剣術だけでギルドの魔法使いたちをぶった斬る -禁欲の呪いのせいで世界唯一の魔法が斬れる剣術を覚えました-

座佑紀

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第45話 - 魔導研究院 水平眼

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『あーあー。ざまあないねえ。ぜーんぶ、盗られちゃった。ねえ、レウ、どんな気分? やっぱり悲しい?』

 小悪魔リーリスが、レウに語り掛ける。
 脳内に棲みつく、呪いの具現。自身にしか聞こえない幻聴に近しいものだが、何故だかシャロには聞こえていた。
 その理由が、なんとなく、わかった。

 ――お前、シャロの一部だったんだな。だから、あいつにも聞こえてたんだ。

『えー、話そらしちゃうんだー。レウのいけず! ふふ、でも、そうだよー。私はあの子の、ちょっとえっちな部分の切り離し。いや、そういうのを認められない気持ちの具現かな? ま、表裏一体ということで』

 ――お前が、僕とシャロを、出会わせたのか。

『うーん。全部が全部じゃないよ。あそこであなたたちが出会ったのは、本当の偶然。でも、その時に、強烈な欲の匂いを感じたから、シャロにエロ本のほうを拾わせたのは本当。こーんなに強くなるとは思わなかったけどね』

 ――全く。そのせいで、こんなことになってるぞ。

『えー。だってしょうがないじゃーん。でもね、そんなに悪いことじゃないでしょ? 言っとくけど、私が介入したのはそのへんだけ。二人が抱いていた気持ちは、本物だから』

 抱いていた気持ち。
 白兎のような少女の手を引いて、死の街を駆け抜けた。
 共に騎士と戦った。
 命を救われた。
 口喧嘩も、和解も、くだらない冗談も、照れた顔も、短い間に色んな表情を見た。
 そうやって育んだ感情が、ハーヴィスの邪法によって、神を作る儀式とやらに持っていかれた。

『レウ。今、どんな気持ち? あなたは今、あの子のこと、別に好きでもなんでもないよね。今すぐ帰りたい? 後悔してる? 欲が満たされないなら、人間は動けないよね』

 小悪魔が囁く。空っぽの心をつついて、嘲笑う。
 レウが少女に抱いていた特別な感情を奪われたのであれば、戦う理由は何処にあるだろうか。
 単純明快で、無いはずである。ハーヴィスに許しを乞い、命だけでも助けてもらうことが望ましいだろう。
 なのに、どうしてだろうか。
 レウは、両目から、涙を流していた。

「ありがとうな。リーリス」
『レウ?』
「僕ァ、間違えてたよ」

 レウは、立ち上がった。涙をぬぐい、頭の中の小悪魔との問答を続ける。

「僕ァ、あの日から、全てが無価値なことが、水平の論理だと思っていた。だからあの日、自分だけ生き残ったことが許されると思ったんだ。でも、違うんだ。そうじゃない。それは、間違いだったんだよ、リーリス」
「……坊ちゃん。一度だけ、聞いてやる。二度は無いぞ。いいか、今すぐ、そこの扉から出て行くのであれば、俺は追わないでやる。お前のことは、買ってるんだ。大人しく、従えるか?」

 突如立ち上がり、何かをぶつぶつと唱えるレウは、はた目から見てもおかしくなってしまったようにしか見えない。
 神が今、生まれようとしている。レウは今脅威でもなんでもない。ハーヴィスは最大限の温情として、ここから逃げることを許した。
 果たして、それを受けるか否かであるが。
 レウは、ぶつぶつと独り言を続けた。

「そうじゃないんだ。真逆だったんだ。皆、同じく、特別なんだ。それぞれが、同じく、平等に、水平に、特別な価値を持つんだ。どの価値を選ぶか、というだけの話なんだ。はは、はははははははははは! そうだ、そうだよ、こんなに、簡単な話だったんだ……!」
「レウ、おかしくなったのか。いいから、ここから出て行け」
「そうだ! この世の全ては等しく特別で、だから、僕は、シャロへの恋心を失っても、彼女は特別だから――好きじゃなくなっても、どうにか幸せに生きて欲しいと、願ってるんじゃないか!」

 無価値の論理は無敵だった。だが、レウが少女に抱いた感情により、揺らいでいた。
 だからそれは間違っていた。全ては逆であった。
 万物は特別である。だから、万物が水平でも、シャロのことが愛おしいという理屈が通じる。等しく特別が故に、水平なのである。
 失った感情を見つめることにより、抱いた境地。
 レウはこの瞬間、万物水平の悟りに至っていた。
 そして彼は剣を抜き《魔法卿》へ切っ先を向ける。

「ハーヴィス。舐めたこと言ってんじゃねえぞ。逃げる? そしたら、あんたを斬れねえじゃねえかよ」
「……そうだな。お前は、愚かな男だったよ」

 ハーヴィスは、実に残念そうに、両手をレウに向ける。
 せめてもの手向けとして、男が持つ最大の魔法で仕留めてやろうと、魔力をじっくりと回し始めた。
 ――だが、なんだか、妙であった。
 宣戦布告をしたレウは、ハーヴィスのほうではなく、中空に浮く、妖精へと変貌を始めているシャロの肢体を眺めていた。

 不気味な時間であった。気味が悪かった。少年の目は、舐めまわすように、成長したシャロの長い脚と胸に向いている。
 
「ハーヴィス。あんた、バカだな。三つ教えておいてやるよ」
「……何?」
「一つ。僕の趣味は、脚が長くて胸の豊かな女だ。二つ。――好きじゃない女のほうがなぁ――シコれるんだよぉ!」

 そしてレウは駆け出した。相手はギルド大幹部《魔法卿》ハーヴィス。
 あまりに愚かな特攻であると、ハーヴィスは呆れながら首を振った。

「【宙は空を塗り潰すコスモ・プロ―ジョン

 レウの周囲が激しく歪む。空間そのものが赤熱する。とてつもなく圧縮されたエネルギーが殺到し、レウを圧し潰そうとする。
 ハーヴィスの魔法。任意の範囲を圧倒的なパワーで圧し潰す、強力な魔法だ。
 捕らわれた時点で動くことすらままならない。対抗する術もない。彼が保有する、対人最強の魔法は。

 レウが鋭く剣を振るうと、魔法が容易く、粉々に砕けた。
 
 驚愕を隠せないハーヴィス。レウは驚くことすらせずに真っすぐ。
 再び両手を掲げ、とにかく発動できるあらゆる魔法を撃ち込む。
 炎、雷、風、氷、空間圧縮、重力捕縛、武器錬成。
 その全てが、レウの剣の乱舞で粉々に砕け、無に帰していく。
 ハーヴィスに迫る少年の目は、全てを水平に捉えているようであった。

「魔崩剣。いや、違う。《水平線》の至高の領域――水平眼」

 あらゆる妖精文字を見分ける。あらゆる神秘を見定める。
 何処を斬れば瓦解させられるかを完全に見極めることのできる、神秘を殺す水平の眼。万物水平の悟りの果てに宿すことのできる、極致であった。
 どんな修行をすれば、ここに至ることができるのであろうか。
 
 そしてレウはハーヴィスの目の前に迫る。
 上段に構えた剣の刃が、眩しく光る。
 
「……【黒城の絶壁ブラックルーク・スフィア】!」

 ハーヴィスは全身に暗黒の結界を張った。ダイオンの魔法に比肩する、至高の防御魔法の一つであるが。
 レウが稲妻のように斬り下した刃は、暗黒の鎧を、粉々に斬り裂いた。
 そして、その下から、鮮血が激しく吹き上がる。

 胸から大量の血を流すハーヴィスは、様々な感情が入り混じった目で、レウを見ていた。
 それを真っすぐに見つめ返し、レウは剣を肩にかけ、最後の言葉を放つ。

「三つ。この世に、絶対は無い。なぜなら全ては水平だから。神ですらきっと、僕らと同じように、殺せるし死ぬんだ」
「……ぐは、ぐ、ぐぁ、ははは、ははははは……俺の……敗け、かぁ」

 そしてハーヴィスは倒れ伏す。致命を超える血を流しながら。

 レウは、中空に浮かぶシャロを、見た。
 彼女は、更に神秘的な輝きを増し、周囲の次元すら変化させているようであった。
 既に、様々な妖精との融合を果たしている。
 人が触れられる領域にいない。ただの剣では、傷付けることもできないはずだ。

 だが、それは次元が違う、という前提の話である。
 万物は水平である。次元が異なることはない。石ころも、虫けらも、人も、妖精も、等しく同じ地平におり、同じ剣で傷付けることができる。
 水平眼は、そう視る。
《水平線》の極致たる水平眼の本質が、ここにある。あまりに強烈な妄執が、対象を同じ地平に引きずりおろしてしまう。
 殺せないはずのものも、殺せるようになってしまう。
 これは魔法などではない。人がそう観測をするのだから、世界その形である、ということなのだ。思想の果てに為せる業の一つである。

 レウは剣を構える。低く、居合を抜くような体勢で――シャロを見据える。
 否。見据えるのは、シャロのその奥にいる、余計な妖精どもだ。

「そこはお前らが、いていい場所じゃねえ――!」

 そして閃光のような剣が、シャロの胸の中央を貫いた。
 悲鳴のような、爆発するような、聞いたこともないような音が聞こえる。
 全てが上下左右ぐちゃぐちゃの逆さまになり、視界が白く黒く赤く、目まぐるしく塗り替わり、全部がぐちゃぐちゃに混ぜ変わって……少年の意識は、途切れた。
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