想紅(おもいくれない)

笹椰かな

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帰り道

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 そう感じたのも束の間、従兄にいさんの唇がゆっくりと離れていった。
 まだキスしていたかったな……って、私、一体何考えてるんだろう。
 私は煩悩を振り払うが如く、ぶんぶんと首を左右に振った。

 そんな私の様子を見た従兄さんが、「キスされたの、嫌だったのか?」そう心配そうに訊いてきた。
「ち、違うよっ」
 慌てて否定したけれど、疑うような目でこっちを見てくる。
 私は従兄さんの言葉を早く否定したかったから慌てただけなのに、従兄さんはそれを自分に気を遣って無理をしているのだと勘違いしているらしい。私が首を激しく振っていたせいもあるのだろうけど。
「本当に違うの。だって……」
「だって?」
「キスされて、う、嬉しかったもん」
 小さな声でぼそぼそと正直な気持ちを口にする。途端に、使い捨てカイロを密着させたかのように頬が熱くなった。従兄さんと目を合わせていられなくなって俯く。
「なら、もう一回するか?」
 それに対して「したい」なんて答えられるほど、私のハートは頑丈にできていない。
「しない」
「そうか」
 あっさりと返されて少しだけ寂しい気持ちになる。
 でも、言えないよ。もう一回キスしたい、なんて。恥ずかしいもん。それに、私ばっかりしたいみたいで何だか悔しいし。

 心の中に少しのモヤモヤを抱えたまま、休園中の植物園を去ることになった。従兄さんに車で家まで送ってもらう。
 その最中、私はずっと車窓の外を流れていく景色を見つめていた。車が向かう方向が反対だというだけで、行きの時とは微妙に違う風景が次々と目に映っていく。行きの時には気付かなかった喫茶店、書店、小さなレストラン、その他もろもろ。
 車中で大人しくしていると、珍しく従兄さんの方から話題を振ってきた。
「今日は悪かったな。休園中なのに、植物園なんて行って」
 従兄さんの横顔を見た。相変わらずその鋭い両目はよそ見なんてしておらず、まっすぐ前を向いたままだ。スピードを出しすぎる事もない。安全運転。
「謝らないでよ。それについてはお互い様って言ったでしょう?」
「だが、椿は受験生だ。俺は遊ぶのも我慢して勉強しているお前に、少しでも気晴らしをしてほしかったんだ」
「なら、ちゃんと気晴らしになったよ。久しぶりに従兄さんと一緒にいられたし、今も一緒にいるし……って、あ!」
 忘れていたことを急に思い出して、私は思わず叫び声に近い声を上げた。いつも冷静な従兄さんもさすがに驚いたのか、両まぶたが瞬いている。
「どうした?」
「従兄さんがお祖父様たちに、お土産買ってくるって言っちゃったのを思い出したの!」
 私が慌てながら言い終えた瞬間、従兄さんがほっと息を吐き出した。
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと……なの? だって植物園はお休みだったし、他の施設だってお休みのはずだし、どこでお土産を買うのかなぁって」
「最悪、コンビニで適当に何か買って帰ればいい」
「コンビニ? そんなのでいいの?」
 驚いて言葉を返すと、「家族なんだからそこまで気を遣う必要はないからな」ともっともな事を言われた。
「そっか。正直、ふたりで一緒に遊びに出かけたお土産がコンビニの食べ物っていうのは……みんなをガッカリさせちゃうかもって思っちゃったけど」
 買うのは私じゃなくて従兄さんなのだから、余計なお世話だとは理解しつつも口に出す。
「そんなことはない。俺んちはみんな、コンビニの菓子もつまみも喜んで食べるぞ。お前は少し、みんなに気を遣いすぎだ。いずれ家族になるんだからそこまで気を遣わなくていい」
「いずれって……また勝手に決めてる」
 思わず両方の頬が膨れる。
「嫌か?」
「だからそんな先のこと、分からないってば。そんなことばっかり言ってると嫌われるからね」
 誰から、とは言わない。けれどもちろん、私からだ。
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