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番外:サイドストーリー&後日談
SS4 落ちこぼれ巫女と南洋の守り神 前編
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「はぁああああああ…………」
少女は溜息を吐いた。
南洋に横たわる海溝のように、深い溜め息だった。
鬱蒼たる密林の中。
少女は、スコールが通り過ぎた直後の湿気に汗ばんだ身体を捩りながら、木の上の小さな小屋の中で、独り頭を抱えていた。
「なんで、こんな事になっちゃったんだろ……」
――うん、師匠が悪い。
自分自身への問いかけに、胸の内で即座に答えて、少女は独り項垂れる。
あどけない顔立ち。年の頃は十四、五と言ったところだが、実際の年齢は本人も良く分かっていない。彼女の部族の人間は、十を超えて、成人してしまった後の事は気にしないのだ。
肩のあたりで切りそろえられた黒い髪に褐色の肌。顔立ちは整ってはいるが、顎から頬にかけて、赤い塗料で巫女の証である茨の紋様が描かれている。
健康的な肢体は、胸と腰を僅かに覆う白い布を除けば剥き出しで、首にはじゃらじゃらと、貝で造られた首飾りが幾重にも巻き付いていた。
彼女は、部族にただ一人の巫女。
いや、正確には、つい先日までは巫女の弟子だった。
それも、出来の悪い落ちこぼれの弟子だ。
師匠が、先日あっさり死んでしまった所為で、繰り上げ的に仕方なく、それはもう、どうしようもないぐらい自動的に、巫女ということになってしまった。
だって、他にいないのだから。
師匠は、元々随分、悪食な人ではあったが、まさかフグの毒に当たるとは。アホな師匠を持つと弟子が苦労をする。
「にゃあああああ! どうしよう……。まさか、呼び出せないなんて、もう言えないよぉお!」
手足を伸ばせば、もう一杯というような小さな小屋の中で、彼女はジタバタと暴れた。
巫女は、部族の人間の供物で生活している。
今更、『守り神』なんて呼び出せませんと正直に言って、巫女を辞めようったって、自分で狩りも漁も出来っこない。速攻、飢え死にするに決まっている。
彼女も一応一頻りの儀式や、呪術を習い終えてはいるが、彼女に出来るのは、せいぜい治癒の祈祷と地霊の慰撫ぐらいのもの。
肝心の守り神の秘蹟など、これまで一度たりとも成功した事が無い。
「おーい! チャナ!」
彼女がジタバタしていると、下の方から彼女を呼ぶ声がした。
わざわざ顔を見なくとも、誰かは声で分かる。
いじめっ子のムアンだ。子どもの頃、イヤだと言ってるのに、しょっちゅう蛙を投げつけてきたイヤな男の子だ。
チャナはつる草で編んだ縄のれんを捲って、木の下を覗き込む。
「なによ!」
「もう、謝っちまえよ! 守り神を呼ぶなんて出来ませんってさ。オマエ、落ちこぼれなんだからさ!」
「うっさい! あっちいけ! バカ!」
手元にあった木皿を乱暴にムアンに投げつけると、チャナは耳を塞いでゴロンと横になる。
ここは八十世帯ほどの人々が、肩を寄せ合って暮らしている南洋に浮かぶ小さな島。
常夏の小さな島だ。
だが、楽園というにはほど遠い。
この島を取り囲む海域には、多くの魔物が生息しているのだ。
今更、守り神を呼び出せないなんて言えっこない。
やらなきゃならないのだ。
チャナが、この島唯一の巫女が、守り神を呼び出せなければ、部族みんなで、住み慣れたこの島を捨てて逃げ出さなきゃならなくなる。
魔物が陸地にまで上がってくることなど、数年に一度有るか無いかという事ではあったが、その時になって守り神を呼び出せなければ、話にならない。
村を守るのは、巫女の義務なのだ。
守り神との契約自体は、師匠が存命の間に済ませているが、一体、何が悪いのか。彼女の祈りは守り神には届かない。
次に魔物が襲ってくるまでに、何とか守り神を呼び出せるようにならないと。彼女は、そう焦っていた。
だが魔物が、彼女の都合など考えてくれる訳など、ある筈が無かったのだ。
◇ ◇ ◇
それは良く晴れた朝の出来事。
浜辺で漁の準備をしていた男達が、沖の方で水面が大きく盛り上がるのを目にして、声を上げた。
「ま、マズいぞ! 巨大蛸だ!」
「み、皆に知らせろ!」
それは、島を襲う魔物の中でも、最悪の部類の化け物だった。
巨大蛸の体長は守り神に匹敵する程巨大で、地上にも平然と上ってくる。
「山へ逃げろぉおおお!」
男達は大声を張り上げて、魔物の到来を告げながら、木々の間を走り抜ける。
それを聞いた村人たちは、木の上の家から飛び降りると、口々に巨大蛸の到来を叫びながら、山の方へと走り始めた。
その頃、村の広場で『治癒の祈祷』を行っていたチャナも、聞こえてくる声に祈祷を中断して、慌てて腰を浮かした。
広場に集まっていた人たちも一斉に、山の方へと駆け出し始める。
同じように山の方へ駆けだそうとするチャナ。だが、即座にその場にいた大人達が、彼女の行く手を阻んだ。
「チャナ! 早く『守り神』を呼んでくれ!」
「そうだ! 巫女、早く!」
彼女を取り囲む大人たちの視線が、チャナの細い身体に突き刺さる。
「わ、わかった……」
チャナは歯切れの悪い返事をすると、山の上の方へと向かう人達と別れて、師匠がいつも祈りを捧げていた、山の中腹から突き出した小高い丘の方へと向かう。
出来ないなんて言えない。
やるしかないのだ。
丘の上に登って、チャナは海岸の方を見下ろす。
良く晴れた青空に、似つかわしくない荒れた海。
海原が山の様に盛り上がって、巨大な蛸の魔獣が顔を覗かせている。それは、水しぶきを上げて、触手を蠢かせながら、海岸線から島へと上ってくる。
――怖い。
奥歯をグッと噛みしめて、その感情を抑えつけると、チャナは両手を太陽に翳して、一心不乱に祈りを捧げ始める。
師匠が教えてくれた通りに。
師匠のいう通りなら、すぐに憑依状態になるはず。
彼女の魂が守り神へと憑依し、守り神が見ている物が、彼女の目に映る。そのはずだった。
確かに、何度か彼女の魂が身体から抜け出る感覚があった。だが、どうやっても決定的に繋がらない。
――怖い。怖い。怖い。
巨大蛸は、既に完全に上陸しきっている。
まるで火山から流れ出た溶岩のように、巨大な身体を揺さぶりながら、うねる様に地を這って、木々をへし折り、何もかもを押しつぶしながら彼女の方へと迫ってくる。
「何でっ! 守り神! なんで、チャナに応えてくれない!」
恐怖の余り、チャナは思わず声を荒げた。
だが、集中を乱しては、ここまでの祈りも全てが水の泡だ。
もはや、守り神を呼び出すどころの騒ぎでは無い。
その時、チャナの手を掴んだ者がいた。慌てて振り向くと、そこに居たのは幼馴染の少年――ムアンだった。
「ムアン!? なんでこんなとこにいるっ! 早く逃げなよっ!」
「逃げるんなら一緒だ! オマエは絶対、守り神を呼び出せないんだって!」
怒鳴り声を上げたチャナを、ムアンがもっと大きな声で怒鳴りつける。
その言いように、カチン! と来たチャナは――
「ほっといて!」
――ムアンの手を振り払うと、再び祈りを捧げるべく、宙に手を掲げようとした。
だが、既に遅かった。
彼女が見上げた空には、吹き流しの布が風に揺蕩うかの如くに、巨大蛸の触手が舞っていたのだ。
振り上げられた一本の巨大な触手が、風切り音を立てて、真っすぐに二人の方へと迫ってくる。
「くぉんの! ばかやろぉおおおおお!」
恐怖の余り、立ち尽くすチャナに、ムアンが身体ごと飛びついた。
二人の身体をかすめるように、巨大蛸の触手が大地に叩きつけられる。
それと同時に石礫が飛び散って、絡まる様に丘から転がり落ちる二人の上へと降り注いだ。
「ひゃっ……あ、あ!? ム、ムアン!?」
チャナは尻餅をついた姿勢のまま、頭を手で覆って、恐れに顔を歪める。
ムアンは彼女の上に覆いかぶさったまま、ピクリとも動かない。
立ち昇る土煙の向こうで、再び触手が振り上げられるのが見えた。
そして、二人の身体の上に触手の影が落ちたその瞬間、チャナは声を限りに叫んだ。
「守り神! なんで来ないんだよ! ばかぁああ!」
それは、もはや祈りでも何でもない只の罵声。曲りなりにも神と呼んでいる者への、恐れを知らぬ痛罵であった。
もはや、助かる見込みはない。
そう思った途端、チャナの脳裏を、悪戯っぽい笑いを浮かべる老婆の姿が過った。
走馬灯にしては腹立たしい。この師匠っ!!
だが、その瞬間のことである。
巨大蛸の背後で、唐突に、海が立ち上がった。比喩では無い。少なくともチャナの目には、そう見えた。
津波と見紛う程の大海嘯。天高く聳え立つ水の壁。そこから前触れもなく、チャナ達のいる方へと、黒い虹がアーチを描いて伸びてくる。
いや違う。
それは巨大な魔物の長い首。
次の瞬間、黒い鱗に覆われた巨大な顎が、巨大蛸に鋭い牙を立てた。
宙空に吊り上げられて、激しくのたうつ巨大蛸。
チャナが、それを呆然と眺めている内に、巨大な魔物はジタバタと暴れる蛸を、一気に丸のみにしてしまった。
「ダ、守り神……なの?」
いや、そんな筈がない。
チャナは師匠が呼び出した守り神の姿を、これまでに何度も目にしている。
こんな凄まじい化け物では無かった。
頭上でゴクン! と、巨大蛸を呑み込む音が聞こえて、チャナはハタと我に返る。
気が付けば、その巨大な化け物は、爬虫類特有の三白眼でじっとチャナの事を見ていた。
もはや、目を逸らすことも出来ない。
「は、ははは……は、あは……は」
余りにも怖すぎて、口から乾いた笑いが零れてくる。
そして、股間に生温かい感触が広がっていくのを感じながら、チャナは、――意識を手放した。
少女は溜息を吐いた。
南洋に横たわる海溝のように、深い溜め息だった。
鬱蒼たる密林の中。
少女は、スコールが通り過ぎた直後の湿気に汗ばんだ身体を捩りながら、木の上の小さな小屋の中で、独り頭を抱えていた。
「なんで、こんな事になっちゃったんだろ……」
――うん、師匠が悪い。
自分自身への問いかけに、胸の内で即座に答えて、少女は独り項垂れる。
あどけない顔立ち。年の頃は十四、五と言ったところだが、実際の年齢は本人も良く分かっていない。彼女の部族の人間は、十を超えて、成人してしまった後の事は気にしないのだ。
肩のあたりで切りそろえられた黒い髪に褐色の肌。顔立ちは整ってはいるが、顎から頬にかけて、赤い塗料で巫女の証である茨の紋様が描かれている。
健康的な肢体は、胸と腰を僅かに覆う白い布を除けば剥き出しで、首にはじゃらじゃらと、貝で造られた首飾りが幾重にも巻き付いていた。
彼女は、部族にただ一人の巫女。
いや、正確には、つい先日までは巫女の弟子だった。
それも、出来の悪い落ちこぼれの弟子だ。
師匠が、先日あっさり死んでしまった所為で、繰り上げ的に仕方なく、それはもう、どうしようもないぐらい自動的に、巫女ということになってしまった。
だって、他にいないのだから。
師匠は、元々随分、悪食な人ではあったが、まさかフグの毒に当たるとは。アホな師匠を持つと弟子が苦労をする。
「にゃあああああ! どうしよう……。まさか、呼び出せないなんて、もう言えないよぉお!」
手足を伸ばせば、もう一杯というような小さな小屋の中で、彼女はジタバタと暴れた。
巫女は、部族の人間の供物で生活している。
今更、『守り神』なんて呼び出せませんと正直に言って、巫女を辞めようったって、自分で狩りも漁も出来っこない。速攻、飢え死にするに決まっている。
彼女も一応一頻りの儀式や、呪術を習い終えてはいるが、彼女に出来るのは、せいぜい治癒の祈祷と地霊の慰撫ぐらいのもの。
肝心の守り神の秘蹟など、これまで一度たりとも成功した事が無い。
「おーい! チャナ!」
彼女がジタバタしていると、下の方から彼女を呼ぶ声がした。
わざわざ顔を見なくとも、誰かは声で分かる。
いじめっ子のムアンだ。子どもの頃、イヤだと言ってるのに、しょっちゅう蛙を投げつけてきたイヤな男の子だ。
チャナはつる草で編んだ縄のれんを捲って、木の下を覗き込む。
「なによ!」
「もう、謝っちまえよ! 守り神を呼ぶなんて出来ませんってさ。オマエ、落ちこぼれなんだからさ!」
「うっさい! あっちいけ! バカ!」
手元にあった木皿を乱暴にムアンに投げつけると、チャナは耳を塞いでゴロンと横になる。
ここは八十世帯ほどの人々が、肩を寄せ合って暮らしている南洋に浮かぶ小さな島。
常夏の小さな島だ。
だが、楽園というにはほど遠い。
この島を取り囲む海域には、多くの魔物が生息しているのだ。
今更、守り神を呼び出せないなんて言えっこない。
やらなきゃならないのだ。
チャナが、この島唯一の巫女が、守り神を呼び出せなければ、部族みんなで、住み慣れたこの島を捨てて逃げ出さなきゃならなくなる。
魔物が陸地にまで上がってくることなど、数年に一度有るか無いかという事ではあったが、その時になって守り神を呼び出せなければ、話にならない。
村を守るのは、巫女の義務なのだ。
守り神との契約自体は、師匠が存命の間に済ませているが、一体、何が悪いのか。彼女の祈りは守り神には届かない。
次に魔物が襲ってくるまでに、何とか守り神を呼び出せるようにならないと。彼女は、そう焦っていた。
だが魔物が、彼女の都合など考えてくれる訳など、ある筈が無かったのだ。
◇ ◇ ◇
それは良く晴れた朝の出来事。
浜辺で漁の準備をしていた男達が、沖の方で水面が大きく盛り上がるのを目にして、声を上げた。
「ま、マズいぞ! 巨大蛸だ!」
「み、皆に知らせろ!」
それは、島を襲う魔物の中でも、最悪の部類の化け物だった。
巨大蛸の体長は守り神に匹敵する程巨大で、地上にも平然と上ってくる。
「山へ逃げろぉおおお!」
男達は大声を張り上げて、魔物の到来を告げながら、木々の間を走り抜ける。
それを聞いた村人たちは、木の上の家から飛び降りると、口々に巨大蛸の到来を叫びながら、山の方へと走り始めた。
その頃、村の広場で『治癒の祈祷』を行っていたチャナも、聞こえてくる声に祈祷を中断して、慌てて腰を浮かした。
広場に集まっていた人たちも一斉に、山の方へと駆け出し始める。
同じように山の方へ駆けだそうとするチャナ。だが、即座にその場にいた大人達が、彼女の行く手を阻んだ。
「チャナ! 早く『守り神』を呼んでくれ!」
「そうだ! 巫女、早く!」
彼女を取り囲む大人たちの視線が、チャナの細い身体に突き刺さる。
「わ、わかった……」
チャナは歯切れの悪い返事をすると、山の上の方へと向かう人達と別れて、師匠がいつも祈りを捧げていた、山の中腹から突き出した小高い丘の方へと向かう。
出来ないなんて言えない。
やるしかないのだ。
丘の上に登って、チャナは海岸の方を見下ろす。
良く晴れた青空に、似つかわしくない荒れた海。
海原が山の様に盛り上がって、巨大な蛸の魔獣が顔を覗かせている。それは、水しぶきを上げて、触手を蠢かせながら、海岸線から島へと上ってくる。
――怖い。
奥歯をグッと噛みしめて、その感情を抑えつけると、チャナは両手を太陽に翳して、一心不乱に祈りを捧げ始める。
師匠が教えてくれた通りに。
師匠のいう通りなら、すぐに憑依状態になるはず。
彼女の魂が守り神へと憑依し、守り神が見ている物が、彼女の目に映る。そのはずだった。
確かに、何度か彼女の魂が身体から抜け出る感覚があった。だが、どうやっても決定的に繋がらない。
――怖い。怖い。怖い。
巨大蛸は、既に完全に上陸しきっている。
まるで火山から流れ出た溶岩のように、巨大な身体を揺さぶりながら、うねる様に地を這って、木々をへし折り、何もかもを押しつぶしながら彼女の方へと迫ってくる。
「何でっ! 守り神! なんで、チャナに応えてくれない!」
恐怖の余り、チャナは思わず声を荒げた。
だが、集中を乱しては、ここまでの祈りも全てが水の泡だ。
もはや、守り神を呼び出すどころの騒ぎでは無い。
その時、チャナの手を掴んだ者がいた。慌てて振り向くと、そこに居たのは幼馴染の少年――ムアンだった。
「ムアン!? なんでこんなとこにいるっ! 早く逃げなよっ!」
「逃げるんなら一緒だ! オマエは絶対、守り神を呼び出せないんだって!」
怒鳴り声を上げたチャナを、ムアンがもっと大きな声で怒鳴りつける。
その言いように、カチン! と来たチャナは――
「ほっといて!」
――ムアンの手を振り払うと、再び祈りを捧げるべく、宙に手を掲げようとした。
だが、既に遅かった。
彼女が見上げた空には、吹き流しの布が風に揺蕩うかの如くに、巨大蛸の触手が舞っていたのだ。
振り上げられた一本の巨大な触手が、風切り音を立てて、真っすぐに二人の方へと迫ってくる。
「くぉんの! ばかやろぉおおおおお!」
恐怖の余り、立ち尽くすチャナに、ムアンが身体ごと飛びついた。
二人の身体をかすめるように、巨大蛸の触手が大地に叩きつけられる。
それと同時に石礫が飛び散って、絡まる様に丘から転がり落ちる二人の上へと降り注いだ。
「ひゃっ……あ、あ!? ム、ムアン!?」
チャナは尻餅をついた姿勢のまま、頭を手で覆って、恐れに顔を歪める。
ムアンは彼女の上に覆いかぶさったまま、ピクリとも動かない。
立ち昇る土煙の向こうで、再び触手が振り上げられるのが見えた。
そして、二人の身体の上に触手の影が落ちたその瞬間、チャナは声を限りに叫んだ。
「守り神! なんで来ないんだよ! ばかぁああ!」
それは、もはや祈りでも何でもない只の罵声。曲りなりにも神と呼んでいる者への、恐れを知らぬ痛罵であった。
もはや、助かる見込みはない。
そう思った途端、チャナの脳裏を、悪戯っぽい笑いを浮かべる老婆の姿が過った。
走馬灯にしては腹立たしい。この師匠っ!!
だが、その瞬間のことである。
巨大蛸の背後で、唐突に、海が立ち上がった。比喩では無い。少なくともチャナの目には、そう見えた。
津波と見紛う程の大海嘯。天高く聳え立つ水の壁。そこから前触れもなく、チャナ達のいる方へと、黒い虹がアーチを描いて伸びてくる。
いや違う。
それは巨大な魔物の長い首。
次の瞬間、黒い鱗に覆われた巨大な顎が、巨大蛸に鋭い牙を立てた。
宙空に吊り上げられて、激しくのたうつ巨大蛸。
チャナが、それを呆然と眺めている内に、巨大な魔物はジタバタと暴れる蛸を、一気に丸のみにしてしまった。
「ダ、守り神……なの?」
いや、そんな筈がない。
チャナは師匠が呼び出した守り神の姿を、これまでに何度も目にしている。
こんな凄まじい化け物では無かった。
頭上でゴクン! と、巨大蛸を呑み込む音が聞こえて、チャナはハタと我に返る。
気が付けば、その巨大な化け物は、爬虫類特有の三白眼でじっとチャナの事を見ていた。
もはや、目を逸らすことも出来ない。
「は、ははは……は、あは……は」
余りにも怖すぎて、口から乾いた笑いが零れてくる。
そして、股間に生温かい感触が広がっていくのを感じながら、チャナは、――意識を手放した。
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