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第一章 亡霊、大地に立つ

第一話 ゴブリンから始める肉体強奪(ボディスナッチ)#4

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 亡霊のいる場所からゴブリンの倒れている所まで数メートルはあるが、イメージに距離など関係ない。

 亡霊はゴブリンの胸の辺りで、花火の様に飛び散っている光へと手を伸ばす。

 そして、そのはかなく散っていく光の一端に指先が触れた途端、目の前の景色が白く染まった。

 眩暈めまい? 

 ぐわんぐわんと音を立てて、世界が回る。

 回転の最中、リンゴの皮をむく様に白い世界が破れて、その下から黒い霧が溢れ出し、亡霊の周りを取り囲む。

 最後に目の前で星が散って、視界が暗転した。

 そして次の瞬間、身体が急に重くなった。

 そうがだ!

 頬に感じる固い地面の感触、肌ざわり。

 顔を突っ込んでいる地面のぬめった苔の臭い。
 
 ひんやりと冷たい洞窟の冷気。

 その何もかもが生々しい。

 亡霊はゆっくりと身体を起こして、自分の両手に目を落とす。

 子供の様な小さな手に鋭い爪、緑がかった肌。

 間違いない。

 この身体はゴブリンのものだ。

 さっきまで見下ろしていたゴブリンの身体。

 それがまさに今、彼のものになっていた。

 短剣ダガーが刺さった筈の腹部には、傷一つない。

 どういう理屈かは分からないが、魂が入れ替われば身体のダメージも無くなるという事らしい。

 ――ああ、重い。身体というのは、こんなに自由の利かないものだったか……。

 その不自由さに、思わず顔がにやける。

 たとえそれが、醜いゴブリンの身体であったとしてもだ。

「もーー! ニヤニヤしてないで、早く助けなさいよぉ!」

 牙をくゴブリンたちを、短剣を振り回して牽制けんせいしながら、エルフの少女が切羽詰まった声を上げた。

 ――助けを求める者の物言いではないな。

「うるさい!」

 亡霊は思わず肩をすくめる。

 だが、いかに小生意気な娘でも、恩人には違いない。
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