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第一章 亡霊、大地に立つ
第二話 魂が覚えている。#1
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――ああ、なんという懐かしい感触だろう。
亡霊は目の端に溜まる涙を、指先でそっと拭った。
だが、いつまでも感動に浸っている訳にはいかない。
足元に転がるゴブリンの死骸を見下ろして、その手からもう一本鉈を拾い上げる。
二本になったと言っても、みすぼらしい得物には違いない。
恰好がつく訳でも無い。
だが亡霊は、左右の手、それぞれに掴んだ得物の感触を確かめると、
――どうやら、私は元々こういうスタイルだったらしい。
そう胸の内で独りごちて、満足げに頷いた。
だが、亡霊は満足でもゴブリン達にしてみれば、堪ったものではない。
死んだはずの仲間が起き上がって、別の仲間を殺したのだ。
人間であっても大混乱を起こすであろう事態に、知能で劣るゴブリン達が即応できる訳もなかった。
少女のことなど、既にゴブリン達の意識の外。
呆気に取られた様な空白の時間が、暗い洞窟に居座っていた。
一際体格の良いゴブリンが、ハタと我に返る。
その一匹が「ぐぎゃ!」と声を上げて身構えると、他のゴブリン達も慌てて得物を構え直した。
静謐な洞窟の中に、次第に囲みを狭めていく、ゴブリン達のにじり寄るような足音が響く。
押し殺した呼吸音。
カンテラの灯りを宿して、爛々と輝く殺意に満ちた赤い目。
空白の時間をどこかへと追いやって、張り詰めた糸のような緊張感が、狭い空間に満ちる。
エルフの少女が表情を強張らせながら、ゴクリと喉を鳴らしたその瞬間、殺気が爆発的に膨れ上がった。
ぐぎゃぎゃあぁあ!
ゴブリンたちが口々に激しく叫び始め、限界まで膨れ上がった殺気が一気に破裂する。
凶悪に顔を歪めたゴブリン達が、得物を振り上げて、一斉に亡霊の方へと雪崩れ込んできた。
ぐぎゃああああああッ!
雄叫びと共に突き出される、錆びた短槍。
だが、
――遅い!
亡霊は軽く身体を傾けてそれを躱すと、突き出された腕を下から斬り上げ、即座に手首を返して、その一匹の首を刎ねる。
だが、それで終わりにはさせない。
更にその勢いを駆って身体を回転させると、背後から襲い掛かってきた連中の胴を横なぎに払う。
一匹、二匹、三匹ッ!
ところが、おそらく偶然なのだろう。四匹目は足を縺れさせて倒れ込み、斬撃が空を斬った。
――三匹どまりか。
やはり、この身体は動きが鈍い。
バランスが悪い。
フォロースルーの勢いに耐えきれずに、乗っ取ったゴブリンの身体がギシギシと軋む。
外れそうになる肩を庇って、亡霊がよろけたその瞬間、一番体格の良いゴブリン、おそらくこの群れのボスなのだろう。それが、石鎚を高く振り上げるのが見えた。
攻撃のタイミングとしては悪くない。
むしろ、これを狙っていたのだとしたら、大したものだ。
亡霊は他人事のようにそれを眺めながら、胸の内で独り、こう呟く。
――まあ、やられてやる事は出来ないが。
亡霊は目の端に溜まる涙を、指先でそっと拭った。
だが、いつまでも感動に浸っている訳にはいかない。
足元に転がるゴブリンの死骸を見下ろして、その手からもう一本鉈を拾い上げる。
二本になったと言っても、みすぼらしい得物には違いない。
恰好がつく訳でも無い。
だが亡霊は、左右の手、それぞれに掴んだ得物の感触を確かめると、
――どうやら、私は元々こういうスタイルだったらしい。
そう胸の内で独りごちて、満足げに頷いた。
だが、亡霊は満足でもゴブリン達にしてみれば、堪ったものではない。
死んだはずの仲間が起き上がって、別の仲間を殺したのだ。
人間であっても大混乱を起こすであろう事態に、知能で劣るゴブリン達が即応できる訳もなかった。
少女のことなど、既にゴブリン達の意識の外。
呆気に取られた様な空白の時間が、暗い洞窟に居座っていた。
一際体格の良いゴブリンが、ハタと我に返る。
その一匹が「ぐぎゃ!」と声を上げて身構えると、他のゴブリン達も慌てて得物を構え直した。
静謐な洞窟の中に、次第に囲みを狭めていく、ゴブリン達のにじり寄るような足音が響く。
押し殺した呼吸音。
カンテラの灯りを宿して、爛々と輝く殺意に満ちた赤い目。
空白の時間をどこかへと追いやって、張り詰めた糸のような緊張感が、狭い空間に満ちる。
エルフの少女が表情を強張らせながら、ゴクリと喉を鳴らしたその瞬間、殺気が爆発的に膨れ上がった。
ぐぎゃぎゃあぁあ!
ゴブリンたちが口々に激しく叫び始め、限界まで膨れ上がった殺気が一気に破裂する。
凶悪に顔を歪めたゴブリン達が、得物を振り上げて、一斉に亡霊の方へと雪崩れ込んできた。
ぐぎゃああああああッ!
雄叫びと共に突き出される、錆びた短槍。
だが、
――遅い!
亡霊は軽く身体を傾けてそれを躱すと、突き出された腕を下から斬り上げ、即座に手首を返して、その一匹の首を刎ねる。
だが、それで終わりにはさせない。
更にその勢いを駆って身体を回転させると、背後から襲い掛かってきた連中の胴を横なぎに払う。
一匹、二匹、三匹ッ!
ところが、おそらく偶然なのだろう。四匹目は足を縺れさせて倒れ込み、斬撃が空を斬った。
――三匹どまりか。
やはり、この身体は動きが鈍い。
バランスが悪い。
フォロースルーの勢いに耐えきれずに、乗っ取ったゴブリンの身体がギシギシと軋む。
外れそうになる肩を庇って、亡霊がよろけたその瞬間、一番体格の良いゴブリン、おそらくこの群れのボスなのだろう。それが、石鎚を高く振り上げるのが見えた。
攻撃のタイミングとしては悪くない。
むしろ、これを狙っていたのだとしたら、大したものだ。
亡霊は他人事のようにそれを眺めながら、胸の内で独り、こう呟く。
――まあ、やられてやる事は出来ないが。
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