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第三章 亡霊、竜になる
第二十九話 バカなんだから。 #2
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跳ね上げた刃が古竜の喉元へと食い込んでいく。
――うぉおおおおおおおおお!
レイは胸の内で雄叫びを上げ、力を込めて、更に深く刃を捻じ込む。
ずぶずぶと、音を立てて食い込んでいく刃。
やがて、刀身が何か硬い物にぶつかる生々しい感触があった。
首の骨に妨げられて、剣はそこで動きを止める。
途端に重力の枷が、翼を失った飛竜の身体を、大地へと引きずり落としにかかった。
レイの身体の重みに牽かれて、剣が滑り落ちると同時に、古竜の喉元に開いた傷口から、大瀑布の如くに一気に血が噴き出す。
真っ赤に染まる視界。
レイは古竜の血の滴りに塗れながら、真っ逆さまに落下していく。
そんな彼の姿を古竜は、ギロリと睨みつけた。
――まだ、生きているのか!?
驚きというよりも、感嘆とでもいうべき想いを抱きながら、レイはその目を睨み返す。
――だが、私の勝ちだ!
レイが胸の内で叫んだその瞬間、古竜の口の中で臨界へと達していた炎が一気に爆ぜた。
空気を詰めた袋を叩き割ったかのような甲高い音を皮切りに、誘爆するような爆発音が、幾つも響き渡る。
渦を巻く炎。飛び散る肉片。
血しぶきが高く、高く噴き上がった。
竜の頭を弾き飛ばした炎は、落下するレイを上回る速度で広がって、彼の身体へとその赤い舌を伸ばしてくる。
今のレイには、それに抗う術は無い。
鱗が焼け焦げ、残った片翼が炎を上げた。
肉が爛れ、黒い煙に巻かれながら、ただ真っ直ぐに落ちて行く。
――くっ!
レイは古竜の身体に乗り移ろうと、死後に現れるあの光を探す。
だが、古竜の周囲のどこにも、それは見当たらない。
見れば、古竜の両手が、レイの姿を求めるかの如くに宙を掻いているのが見えた。
頭部を失っても尚、古竜の生命は尽きていなかったのだ。
――これは参った。目論見が外れたな。
レイはまるで自嘲するかの如くに笑い、静かに目を閉じた。
既に首から下の感覚はない。
――ミーシャは…………まあ、大丈夫だろう。
自分がいなくなっても、ドナがいる。
彼女なら、この古竜ほどの化け物でも現れない限り、どうにかしてミーシャをヌーク・アモーズまで連れて行ってくれるはずだ。
レイは来るべき大地に叩きつけられる衝撃に備えて、身を固くする。
やがて衝撃は訪れた。
だがそれは彼の覚悟を嘲笑うかのような、ファサっという軽い音と、柔らかい感触。
痛みはほとんどない。
ただ、身体が上下に弾む様な感覚だけがあった。
――なんだ?
レイが静かに目を開けると、霞んだ視界の中で肌色の球体のようなものが揺れていた。
やがて、それは一人の女の顔へと像を結んでいく。
「あらぁ、たまたま巣を張ってたら、飛竜の丸焼きが引っかかったわ」
――アリア?
「アンタ、いい具合に焼け焦げて、ちょっと美味しそうね」
――喰われるのは御免だと言っただろう。
人間の姿に戻ったアリアが、レイの顔を覗き込んでクスクスと笑っていた。
――なぜ、逃げなかった。
「言ったでしょ。偶々だって。それよりまず、お礼の一つもないのかしら。助けてあげたんだから」
――偶々なんだろう?
「偶々でもよ」
アリアがレイの鼻先に指を突きつけたその時、レイは彼女の背後にまるで巨大な篝火の様に聳え立つ古竜の身体を飛び越えて、無数の飛竜が、降下してくるのを見た。
――逃げろ!
無数の飛竜が牙を剥いて、二人の方へと殺到してくる。
「こ、こうなったら……やってやるわよ!」
声を上ずらせながら、アリアはレイに背を向けると、指先から白い糸を垂らして身構える。
――うぉおおおおおおおおお!
レイは胸の内で雄叫びを上げ、力を込めて、更に深く刃を捻じ込む。
ずぶずぶと、音を立てて食い込んでいく刃。
やがて、刀身が何か硬い物にぶつかる生々しい感触があった。
首の骨に妨げられて、剣はそこで動きを止める。
途端に重力の枷が、翼を失った飛竜の身体を、大地へと引きずり落としにかかった。
レイの身体の重みに牽かれて、剣が滑り落ちると同時に、古竜の喉元に開いた傷口から、大瀑布の如くに一気に血が噴き出す。
真っ赤に染まる視界。
レイは古竜の血の滴りに塗れながら、真っ逆さまに落下していく。
そんな彼の姿を古竜は、ギロリと睨みつけた。
――まだ、生きているのか!?
驚きというよりも、感嘆とでもいうべき想いを抱きながら、レイはその目を睨み返す。
――だが、私の勝ちだ!
レイが胸の内で叫んだその瞬間、古竜の口の中で臨界へと達していた炎が一気に爆ぜた。
空気を詰めた袋を叩き割ったかのような甲高い音を皮切りに、誘爆するような爆発音が、幾つも響き渡る。
渦を巻く炎。飛び散る肉片。
血しぶきが高く、高く噴き上がった。
竜の頭を弾き飛ばした炎は、落下するレイを上回る速度で広がって、彼の身体へとその赤い舌を伸ばしてくる。
今のレイには、それに抗う術は無い。
鱗が焼け焦げ、残った片翼が炎を上げた。
肉が爛れ、黒い煙に巻かれながら、ただ真っ直ぐに落ちて行く。
――くっ!
レイは古竜の身体に乗り移ろうと、死後に現れるあの光を探す。
だが、古竜の周囲のどこにも、それは見当たらない。
見れば、古竜の両手が、レイの姿を求めるかの如くに宙を掻いているのが見えた。
頭部を失っても尚、古竜の生命は尽きていなかったのだ。
――これは参った。目論見が外れたな。
レイはまるで自嘲するかの如くに笑い、静かに目を閉じた。
既に首から下の感覚はない。
――ミーシャは…………まあ、大丈夫だろう。
自分がいなくなっても、ドナがいる。
彼女なら、この古竜ほどの化け物でも現れない限り、どうにかしてミーシャをヌーク・アモーズまで連れて行ってくれるはずだ。
レイは来るべき大地に叩きつけられる衝撃に備えて、身を固くする。
やがて衝撃は訪れた。
だがそれは彼の覚悟を嘲笑うかのような、ファサっという軽い音と、柔らかい感触。
痛みはほとんどない。
ただ、身体が上下に弾む様な感覚だけがあった。
――なんだ?
レイが静かに目を開けると、霞んだ視界の中で肌色の球体のようなものが揺れていた。
やがて、それは一人の女の顔へと像を結んでいく。
「あらぁ、たまたま巣を張ってたら、飛竜の丸焼きが引っかかったわ」
――アリア?
「アンタ、いい具合に焼け焦げて、ちょっと美味しそうね」
――喰われるのは御免だと言っただろう。
人間の姿に戻ったアリアが、レイの顔を覗き込んでクスクスと笑っていた。
――なぜ、逃げなかった。
「言ったでしょ。偶々だって。それよりまず、お礼の一つもないのかしら。助けてあげたんだから」
――偶々なんだろう?
「偶々でもよ」
アリアがレイの鼻先に指を突きつけたその時、レイは彼女の背後にまるで巨大な篝火の様に聳え立つ古竜の身体を飛び越えて、無数の飛竜が、降下してくるのを見た。
――逃げろ!
無数の飛竜が牙を剥いて、二人の方へと殺到してくる。
「こ、こうなったら……やってやるわよ!」
声を上ずらせながら、アリアはレイに背を向けると、指先から白い糸を垂らして身構える。
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