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まつろわぬ番・裏 V視点
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しおりを挟む「はい、これで涙拭いて。」
しゃがみ込んで泣いている俺にそう言ってハンカチを渡してくれたのはアーサーの従弟のルイだった。
威圧をぶつけた俺に悪感情はないのだろうか?
「アーサーのハンカチだから、後で洗って返してあげてね。」
アーサーの方を見ると頷いてくれた。
「ありがとう・・・」
俺がハンカチを受け取って涙を拭いていると、ウィルが慌てた様子で駆け込んできた。
「トール!」
診察時間も終わって閑散としていたとはいえ、ロビーで痴話げんかをしていたように見えたただろうから、誰かが呼んだんだろう。
「今日は叔父の家に行くから、俺の連絡先はウィリアムに聞いてくれ。」
「うん、ありがとう。」
「ウィリアム、俺は勤務外になったので、今日はルイもいるので帰ります。後でヴィクトールに俺の個人の連絡先を教えてやって下さい。」
「アーサー、いいのかい?」
「はい。まだきちんと和解はしてませんが・・・俺たちには会話が必要だと思いますから。」
「ありがとう。本当に・・・」
ウィルはアーサーに頭を下げると、俺の肩を抱き寄せ「良かったな」と囁いた。
「では、今日はこれで失礼します。お疲れ様でした。」
「ああ、お疲れ様。」
アーサーはルイを連れて帰って行った。
自動ドアをくぐる前、ルイだけが振り返って俺に手を振ってくれた。
なんていい子なんだろう・・・
10年前のアーサーが振り返ってくれたみたいで、嬉しかった。
だから、ルイに威圧をぶつけてしまったことをすごく後悔した。
***
数日後、ウィルがくれたアーサーの連絡先に思い切って電話をかけた。
テンパりながらも、何とかアーサーの休日に合わせて、病院の近所の公園のベンチで会う約束を取り付けた。
当日は、約束の時間より30分早くついた。
アーサーを待っている間、ヘンリーから教えてもらったブルーアンバーの動画チャンネルを観た。
プロモーションビデオには小さいころのアーサーが出ているものもあったので、それをプレイリストに保存して何回も見てしまった。
「待たせたな。」
「来てくれてありがとう。」
アーサーは俺との間に距離を開けてベンチに座った。
横並びだから、視線が合わない。
「えと、アーサーは好きな食べ物はなに?」
マーサに、好きな人と何を話したらいいか聞いたら、
「そうですねぇ、とりあえず好きな食べ物の話を聞いて、次にそれを食べにレストランに誘うのがいいかもしれません。価値観とか食の好みは人それぞれですから、きちんとすり合わせをしておいた方がよろしいかと。」
「すり合わせ?」
「嫌いな食べ物を知らずに勧めて、嫌われたくないでしょう?」
「最近はリンゴパイと唐揚げだな。」
リンゴパイはわかるけれど、カラアゲってなんだろう?
「カラアゲって何?」
「日本のフライドチキンみたいなやつ。フライドチキンより衣が薄くて、味付けが色々あって、一口サイズで食べやすい。ルイの母親が日本人だから、一緒に住んでた時によく作ってくれて、それで好きになった。ライスに合うし、パンで挟んでも美味しい。」
「へぇ、一度食べてみたいな。」
「お前は?」
「え?」
「お前が好きな食べ物はなんだ?」
「俺はキュウリのサンドイッチが好き。マムがそれだけ作ってくれるんだ。切って挟むだけで簡単だから。」
「うちの亡くなった母親と似たような人だな。」
「そうなの?」
「うちの両親、ロックスターで、家にあまりいなかったけど、いる時はいつも父さんが凝った料理を作ってくれて、母さんはサンドイッチしか作れなかったな。」
・
・
・
初日は食べ物の話だけで終わった。
レストランに誘うタイミングもなかった。
次からも会うのは休日の午前中、30分だけ。
雨が降ってたり、風が強い日は公園の近くのカフェのカウンター席。
一度、一緒にランチしたいって言ったけど、「まだ無理。」って断られた。
それでも、会えるのが嬉しい。
座る距離も少しづつ狭まっていった。
半年くらいして、「手を繋ぎたい。」って思い切って言ってみた。
そうしたら、「いいよ。」って、アーサーが手を差し出してくれた。
恐る恐る握ると、じんわりとアーサーの体温が伝わってきた。
「温かいね。」
「ああ。」
「ここから始めてたらアーサーは逃げないで傍にいてくれた?」
「そうだな。薬で無理矢理じゃなくて、お前がちゃんと俺に告白して、ゆっくり少しずつ心も体も繋がっていたら逃げることはなかった。」
「ごめん、アーサー、俺、本当に酷いことをした。」
俺は、初めてあの日のことを心の底からアーサーに謝った。
アーサーは俺と目を合わせると、
「俺に対しては100%お前が悪い。でも、お前も辛かったんだよな。だから、許すよ。」
そう言って微笑んでくれた。
「ありがとう、アーサー。・・・あの、ハグしてキスしたい。」
許して貰えたのが嬉しくて、調子に乗ってついそう言ってしまった。
けれど、「それはまだ早い。今は無理。」って、目を逸らされた。
「ええぇ・・・」
俺はアーサーに拒否されて、がっがりして項垂れてしまった。
「少し、歩こう。」
手を繋いだままアーサーがベンチから立ち上がった。
「手は繋いでいていい?」
「いいよ。」
現金な俺は、繋いでいた手を指と指を絡めた形、恋人繋ぎに変えた。
アーサーは、それを黙って見つめるだけで拒否しなかった。
いつかアーサーが俺を完全に受け入れてくれるかもしれない可能性が、少しだけ見えた気がした。
だから今はこのまま、ただ傍にいられるだけで幸せだ。
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