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竜がいた国『パプリカ王国編』
お願いです! ボクと一緒に自殺の名所に行ってください!
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「あーしがマルちゃんを死なせずに、幽霊にしてみせるっス!」
――その発言から一夜が過ぎた。現在、朝の八時三二分。
二日目の朝は外に食べに行こうということになり、城下町の広場に来ているのだが、いつもなら朝食の時間には一番にいるフィオがどこにもいない。
「フィオ、どうするつもりだろうね?」
「さぁな」
ミドがキールに話しかけると、キールは短く返す。
昨日マルコの殺害依頼を遂行するかどうかの話をしていたのだが、その中でフィオが解決法があると言っていた。
そして朝になってから、朝食も取らずに飛び出して行ったまま帰ってこない。どうやら王国の外に停めてある自分たちの船、まんまるマンボウ号に何かを取りに行ってるようだ。
「キールは幽霊って信じる?」
「オレは自分の目で見て、触れるものしか信じねぇ」
ミドが何気なくキールに話題を振ると、キールらしい現実的な答えが返ってくる。フィオ抜きで先に朝食をとっていても良かったのだが、フィオは仲間外れにされることを極端に嫌がる為、二人はフィオの帰りを待っているのだ。
そうしていると、背後から元気いっぱいの声が聞こえてきた。
「二人ともお待たせっス! ちょっと運ぶのに時間がかかっちゃったっス!」
その声にミドとキールが振り返る。
そこには洗濯機の乾燥機のようなカラクリらしきものが台車に乗ってあり、フィオが自信ありげに腰に手を当ててい放った。
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、実は既に開発してあったっス……これぞ世紀の大発明! 名付けて『幽体離脱くん』っス!」
ミドは「へぇ~」と言ってパチパチ拍手をしているが、キールは眉間にしわを寄せて訝しげな表情をして言う。
「また怪しげなもんを……」
「失礼な! 全っ然、怪しくないっスよ! これを使えば肉体と霊体を分離させて、幽体離脱ができるっス!」
「幽体離脱?」
「相手が幽霊で目に見えないなら、こっちも幽霊になるっス!」
キールはますます訝しむ。フィオはお構いなしにミドの手を引いて言った。
「百聞は一見に如かずっス! ミドくん、中に入るっス!」
「え?! あ、うん」
ミドはフィオに言われるがままに乾燥機……じゃない。幽体離脱マシンの中に入る。
そしてフィオが幽体離脱マシンを起動した。するとガタガタとマシンが震え出し、中が高速でグルグル回り始める。
「こうやって、水分を飛ばすように霊体を外に飛ばすっス」
「わわわあああぁぁ!? 目がまわるよおぉおおおおおお……」
「ミドくん、もう少しの我慢っス!」
「おええぇぇ……気持ち悪いいいい……今朝飲んだ牛乳、吐いちゃうよおおぉ……」
ミドが乾燥機……じゃない幽体離脱マシンの中で体をグルグル回しながら、同時に目も回している。
ブシュウゥゥ……ガチャ。
すると、ミドの幽体離脱が完了し、マシンの振動がおさまると、ドアがバタンと開いて中からドライアイスの様な煙が噴き出してくる。
「おいミド! 大丈夫か?!」
キールが心配そうに声をかける。しかしミドの返事がない。慌てて中を覗こうとすると、何か空気の様な物体がキールの身体をすり抜けていった。
キールが驚いて振り返る。そこにはいつものミドが立っていた。
「なんだよ、いつ出たんだミド。おいフィオ、何も変わってねぇじゃねぇか――おわっ!?」
キールがミドに近づいて触ろうとすると、するっと手がすり抜けてよろめいてしまう。ミドもキールが転びそうになったのを確認すると目を丸くして言った。
「おおお、すり抜けた! スゴイスゴイ! 本当に幽霊になっちゃったよ~」
ミドは何度もキールに触ろうとしてすり抜ける感覚を面白がっているが、キールはミドが自分の身体を行き来することを気味が悪そうにしている。
するとミドは突然、空を見上げてしゃがみ、両腕を天に突き上げながら立ち上がった。再びしゃがむともう一度勢いよく立ち上がる。それを何度も繰り返しているため、キールがミドに問いかける。
「……何でいきなりスクワットしてんだよ?」
「ねぇキール、幽霊って空飛べるもんじゃないのかな?」
どうやらミドは幽霊になったら空を飛べるものだと思っていた様子だ。しかし何度も空を飛ぼうとするが一向に浮かばず疑問に思っている。するとフィオが言う。
「ミドくん! 幽霊に対する偏見は捨てるっス! 幽霊だって元は人間、あーし等と同じっス! 自分の足で歩いて当然っス!」
「そうか、なるほど! 幽霊はボクたちと何も変わらないんだ」
「その通り! さすがミドくん、察しがいいっス!!」
するとフィオは、天を指さして高らかに宣言した。
「これならマルちゃんを死なせる必要なんてないっス! 幽体離脱して、お空の向こうにいる天国のお母さんに会いに行けるっスよ!」
フィオの説明にミドが感心していると、キールが横から冷静に言う。
「飛べねぇのに、どうやって空の向こうに行くんだよ?」
「………………」「………………」
キールの冷静な発言にフィオとミドが沈黙してしまう。するとフィオが急に大声で言う。
「ふ、船に乗せてあげればいいっス! 一緒にあーし等のまんまるマンボウ号に乗って、天の国に出航すればいいっス!」
「それじゃあ幽体離脱した意味ねぇだろ!」
キールが怒鳴ると、フィオはしゃがみこんでシュンとしてしまう。ミドがフィオの側に座って慰めようとする。すると落ち着きを取り戻したフィオが言った。
「あ、言い忘れてたっスけど、幽体離脱は三〇分が限界っス。それ以内に戻らないと本当に死んじゃうっスよ」
「……え?!」
背中をさすっていたミドの顔が凍りつき、キールが慌てて叫んだ。
「先に言えええええええええええええええええええええええええええええええ!」
結局、ミドは大急ぎでマシンを使って肉体を霊体を融合させることに成功し、無事に生き返ることができた。
三人で話し合った結果、幽体離脱マシンは使用禁止という結論にいたり、後に破壊することが決定した。フィオは最後まで嫌だとゴネたが、キールが一切異論を認めず、しぶしぶマシンを戻しに、三人で船まで運んで行った。
三人は気を取り直して朝食にしようという話になった。さっきまで元気がなかったフィオだったが、朝ご飯となるやいなや急に元気になり、先頭を切って歩き出した。
そして三人は広場近くのカフェテラスで三人分の朝食を注文する。優雅な朝の時間を満喫していた。聞き覚えのある声がしたのは、そんな時だった――。
「ミドさあああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
その声に、ミドがトーストを咥えたまま振り返る。キールはブラックコーヒーを持ったまま目線を動かす。フィオは両手にたまごサンドを持ったまま顔を上げた。
ミドはトーストをお皿に置いて、マルコに体を向けて言う。
「どうしたのマルコ? そんなに慌てて。悪いんだけど……あの約束のことだったら、まだ時間が掛かりそうで――」
ミドが頭を掻きながら言いかけると、マルコはその言葉を遮って言う。
「――ボク、まだ死ねません!」
「………………へ?」
ミド一行がポカンと口を開けて、マルコを見た――。
*
「――ミドさんに、別のお願いがあるんです!」
フィオが口に運ぼうとしていたパンを止めて、どこか安心したようにマルコを見る。キールが眉間にしわを寄せてマルコを見据える。ミドは少し驚いた表情でマルコに体を向ける。
「別の?」
「ボクと一緒に……、自殺の名所に来て欲しいんです!」
「自殺の?」「名所?」「っス!!??」
ミド、キール、フィオの三人がほぼ同時に言った。
「自殺の名所に一緒に来てくれだァ?」
「肝試しっスか! 面白そうっス!」
キールの機嫌が悪くなっていくのが傍から見ても分かる。対照的にフィオは、なぜかワクワクし始めている。ミドはにっこり微笑むとマルコに問いかけた。
「まだ死ねないっていうのは、どういう意味?」
「ボクのお母さんが……生きてるかもしれないんです」
「生きてる……かも?」
「はい、正確に言うと植物状態らしいです」
「……なるほど、詳しい事情を話してもらえるかな? マルコ」
ミドがマルコを落ち着かせて、水を一杯飲ませる。そしてマルコが言う。
「ありがとうございます、実は皆さんが帰った後――」
マルコは謎の天の声に導かれていった王家の墓での出来事をミドたちに話した。ミドは静かにそれを聞き、キールが腕を組んで目をつぶる。フィオが目を輝かせている。
「お母さんの声、か……」
ミドは静かに呟く。
「間違いないっス! お母さんの魂は生きてるっス! あーし等で助けに行くっスよ!」
「待て」
フィオが大喜びで引き受けようとした時、キールが制止する。フィオは不満そうに唇を尖らせて言う。
「なんで止めるっスかキール!」
「オレは反対だ」
「なんでっスか!」
すると横からマルコが声が聞こえてきた。
「ボクも反対です。天の声なんて信用できません」
「ちょっと!? 何言いだすっスかマルちゃんまで?!」
フィオがそう言ってマルコを見ると、マルコは自分じゃないと言った風に首を横に振っている。よくよく見ると声の発生源はマルコではなく、キールだった。
キールは喉を触り、咳払いをする。どうやら先ほどのマルコの声はキールが声を変えて出したものだったようだ。そしてキールが、フィオとマルコを見て言った。
「声を真似るくらいオレだってできる。その天の声ってのが信用できるのか甚だ疑問だ」
「………………」
「それにマルコの話を聞く限り、女王の態度も気になる。マルコの母親の封印を解くことが災いの種になるのかもしれない」
「………………」
「何にせよ、自殺の名所なんてところに行くのは反対だ。オレたちにメリットがあるとは思えねぇし、下手に関わって、やぶ蛇をつつくような真似はごめんだな」
キールが淡々と反対意見を述べるのを、マルコは黙って聞いていた。そして言う。
「……お願いです。それでもボクは、お母さんを助けたいんです」
マルコが真っ直ぐにキールを睨んで言う。その目を見てキールが言う。
「オレたちに自殺願望はねぇ。仮に協力するとして、こっちに利益があるのか?」
「……メリットなら、あります」
キールは厳しい声でマルコに訊ねると、マルコは言う――。
*
――今から一時間前に遡る。
時刻は、約七時三〇分。
朝から門番の二人が何者かが城に侵入したと騒いでいたが、マルコはミドたちのことを黙っていた為、夜中だったから寝ぼけていたんだろうということになっていた。
女王カタリナは玉座に座っている。横には大臣が立っており、目の前には兵士長を含めた兵士たちが整列していた。玉座の周りには女王カタリナ本人の他に、マルコの兄シュナイゼルと、ボクシーが堂々としている。マルコは隅の方にポツンと立っていた。
皆を集めた理由は、女王カタリナから直々に話さなければいけないことがあるとのことだ。兵士たちがヒソヒソと話している。
「一体なんだろう?」
「女王様が直々に話があるなんて珍しいな」
「シッ! お前ら静かにしろ、女王様の話が始まるぞ」
女王カタリナはゆっくり立ち上がって、階段の上まで歩いてくる。兵士たちに緊張が走った。そして女王は兵士たちに向かって言い放った。
「皆の者、落ち着いて聞いてください! 昨日、一〇年前にパプリカ王国を血で染めた邪竜の封印が弱まっていることが判明しました! このまま放置しておけば、邪悪な存在が復活し、再び王国に血の雨が降るでしょう!」
女王カタリナの言葉に兵士たちがざわつく。
「なんだって!?」
「ウソだろ……?!」
「またあの悲劇が繰り返されるのか……」
兵士たちは明らかに動揺していた。すると女王カタリナの横に立っていた男が叫ぶ。
「皆の者、女王の前だぞ! 静まれ!!!」
その声に兵士たちは緊張し、再び整列し直す。女王カタリナは皆が静まるのを待ってから、再び話し始めた。
女王の話によると、邪竜を封印している『ドラゴ・シムティエール迷宮』が、時間の経過によって封印力が低下しているとのことだった。
封印というと、魔法の力によって永久に押さえておくことができるイメージがあるが、実際はそうではない。時間が立てば錆びついて劣化する部品のように、封印も風化によって文字が消えかけたり、紙が痛んで破けたりするのだ。
そのため王国では封印を補強するために王国の人間が迷宮に赴き、封印の修繕や、補強をしてくる必要がある。
実は以前も一度封印が弱まったことがあり、その時は女王カタリナ自身が赴いて封印を強化し、帰還した経緯がある。
女王カタリナは、どこから封印が弱まっているという情報を得たのか。実は邪竜封印の劣化具合を確認する方法は、マルコの母アンリエッタに会いに行くことなのだ。
女王カタリナが王家の墓でマルコの母、アンリエッタに会いに行っていたのは、その体の健康状態を確認するためだった。つまり、マルコの母であるアンリエッタの身体が冷凍保存されているかのように生気が弱ければ問題なし、逆に生きているかのように生気が強ければ、封印の力が弱まっているという証拠なのだ。
女王カタリナは言う。
「封印の補強は、王家の者と複数の護衛による少数精鋭で任務にあたりなさい!」
そして女王の言葉に二つの精鋭部隊が出来上がった。シュナイゼル率いる第一部隊。そして、ボクシー率いる第二部隊。
大勢でゾロゾロと行ったのでは王国の警備が手薄になる。だから責任者である王家の人間が信頼できる優秀な兵士数名を連れて封印補強任務にあたるのだ。
シュナイゼル王子は優秀な剣士でもあり、兵士たちからの信頼も厚い男である。彼が協力を要請すれば、兵士たちは喜んでついて行くだろう。実際あっという間に六人の優秀な兵士が志願してきた。
ボクシー王子は少々変わり者だが非常に優れた頭脳を持っており、特に封印系の魔術に精通している。そのため、今回の任務は適任と言ってもいいだろう。彼の知識があれば、向こう三〇年以上は封印が弱まることはないだろう。
当然だが、女王カタリナは王国に残ることになる。前回カタリナが封印を補強したのは、彼女がまだ騎士だった頃の話だ。現在は女王として、王国を留守にはできない。
「頼みましたよ、二人とも」
女王が二人の王子に向かって言う。
「任せてくれ姉さん。俺が責任をもって封印してくる!」
「ぬふふ……ついにボキの実力を発揮する出番なのね」
シュナイゼル王子とボクシー王子が意気込みを女王に伝える。
どちらも優秀な王子であり、優秀な兵士たちが集まった素晴らしい部隊である。女王はそれを静かに見据えて深呼吸をすると、目の前の王子二人に向かって言った。
「――私はこの任務を達成した者に、次の王位を譲ります」
「え!?」「ホントなのね?!」
シュナイゼルとボクシーが目を丸くしている。女王は続けた。
「私が女王になったきっかけは、封印補強の任務を成功させた功績が大きいのです。ですから、あなたたちにもその資格があります」
二人の王子は女王カタリナの言葉に体の中からうずうずとするような高揚感を感じる。シュナイゼル王子は、より一向気を引き締めて拳を握っている。
ボクシ―王子は元々野心家でもあるため、女王の言葉は願ったりかなったりだ。口の端が緩んでしまうのを必死に堪えているのが分かる。
――すると一番隅っこで何か言いたそうにしている少年が目の端に入る。
それはマルコだった。女王はマルコがこちらを見ていることに気付いていたが、意識的に無視していた。マルコはゆっくりとだが、女王に歩み寄って言った。
「姉さ――いや、女王様、ボクも……」
「マルコ、あなたが行くことは許しません」
「ど、どうしてですか?!」
「それを説明する必要はありません。下がりなさい」
マルコは必死に食い下がろうとするが、女王は一切聞く耳を持たずにマルコを遠ざけようとする。マルコは俯いて、トボトボと戻って行った。
兵士たちは、女王カタリナとマルコを見てヒソヒソいう。
「邪竜の血を引いた王子に頼むわけないだろ……」
「もし行かせたら、逆に封印を解くかもしれないからな……」
「王子だからって調子に乗ってんじゃねぇよ、汚れた王子が……」
そして女王は皆を解散させて、城の中に戻って行った。
マルコが諦めて部屋に戻ろうすると、再びマルコの脳内に母の声が聞こえてくる。
「マルコ……女王を信じてはなりません……」
「――! お母さん!」
マルコは母の声に意識を集中する。すると声は続ける。
「マルコ……よく聞いて……。今まさに、邪悪な存在が目覚めようとしています……」
「邪悪な? 何ですかそれは?!」
「女王カタリナは、私の体に眠っている強大な竜の力を手に入れて、パプリカ王国を滅ぼそうとしています……」
「そんな!?」
「竜の力を手に入れた女王カタリナは、王位を譲るように見せかけて二人の王子を殺すでしょう……。そしてパプリカ王国もろともすべてを灰にしようとしています……」
マルコは言葉を失ってしまう。
マルコの母は封印を解除して生き返ろうとしていた。そしてもうすぐというところで、女王カタリナにバレてしまったそうなのだ。
女王も今までマルコの母の竜の力を手に入れる方法を模索していたらしい。そしてついに、竜の力を手に入れるための方法。肉体を乗っ取る方法を発見した。
「このままでは、私の体は女王に乗っ取られてしまいます……そうなったら、私は帰る肉体を失くし……生き返ることができません……」
「姉さんが、お母さんの体を乗っ取ろうとしている……?」
「お願い……マルコ。私の封印を解いて、お母さんを助けて……」
「………………分かったよ。ボクがお母さんを助けに行く!」
マルコは、どうするべきか思考し、そして結論を出した――。
*
「それで、母親を助けに行きたい……と?」
ミドが静かに呟くと、マルコが言う。
「どうか護衛をお願いします」
「さっきも言ったが、オレたちにどんな得があるってんだ?」
すると、キールが問いかける。
確かにそうだ。マルコの母親を助けたところで、ミドたちに何の得があると言うのか。慈善事業ではないのだから明確な報酬がなくては依頼を受けることはできない。無償の依頼を受けるより、有償のペット探しの依頼でも受けた方がまだマシだ。
するとマルコは懐から大きな袋を取り出す。ジャラジャラと音を立てているそれを、マルコはミドたちに差し出した。ミドが袋を開けると、目を見開く。
「金貨だ……」
「うひゃあ~。こりゃ大金っスね。お札じゃなくて金貨なんて、ヤバいっスね」
通常は紙幣による取引が多いのだが、国によっては金貨や銀貨といった硬貨が主流の場合がある。特に金貨は非常に高価な代物で、紙幣よりも貴重なものである。
キールが袋を持ち上げて言う。
「こりゃ一枚、一〇〇万ゼニー相当の金貨だな……。袋の重さ的に、ざっと五〇〇〇万ゼニーってとこか」
「ぶふっ!? 五〇〇〇万っスか!?」
フィオが牛乳を拭いて驚く。キールが顔に吹きかかった牛乳の飛沫をハンカチで拭きとる。するとマルコが言った。
「これは前金です」
「ってことは、成功報酬にさらに五〇〇〇万ゼニーか?」
「そうです。それがボクの全財産です」
「………………」
「引き受けてもらえますか?」
マルコが問いかけると、キールが閉口する。すると今度はミドがマルコに言った。
「一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「どうしてボク等を選んだの?」
「え……」
「マルコは王子様なんだから、城の優秀な兵士が護衛してくれるでしょ? 仮にそうじゃなくても、酒場とかに行けば強い傭兵や戦士たちがいっぱいだ。しがない旅人のボク等よりもずっと頼もしいと思うよ」
「………………」
マルコはミドの問いかけに目線を下に向けて考えている。そして言った。
「城の兵士たちはボクを快く思っていません……」
「………………」
「皆さんが頼れる人だと思ったのは最初から思っていました。でなきゃ見ず知らずの人を助けようなんて思いませんよ。それに城に侵入して無傷で帰れる人たちです、それ相応の実力がある人だと思います」
マルコの言い分は以下二つである。
ミドたちは見ず知らずの自殺願望者を助けてしまうほどのお人好しである可能性があること。そして、小さな王国とはいえパプリカ王国城に三人も潜入して、門番を気絶させた以外は誰にも気づかれずにマルコに接触をできるほど実力がある可能性である。
そして最後にマルコは言う。
「ミドさんは、ボクを差別しないと思ったから――」
マルコにとっては、それが一番の理由だったのかもしれない。
ミドは目をつぶり、静かに深呼吸をする。その場に沈黙が生まれる。すると突然ミドが店員に言った。
「すいませーん、お勘定お願いしまーす!」
「え……」
マルコはミドの反応に、依頼を断られたと瞬時に判断した。目を見開き、口を強く閉じる。最後の理由は言ってはいけなかったのだろうか。それともほかの理由がまったくの見当外れだったのだろうか。マルコは分からず不安そうにミドを見ている。
キールとフィオの二人はミドがどうするのかを黙って見ている。すると店員がやってきて、ミドに言った。
「ありがとうございます。合計、三四〇〇ゼニーになります」
キールが懐からお金を出そうとするとミドがそれを制止し、キールは驚いて手を止めた。
するとミドは袋の中の金貨を一枚取り出して店員に渡した。店員は金貨に驚いて「少々お待ちください」と言ったまま店の奥に入って行った。
マルコはぽかんと口を開いている。キールは察しがついているようだが、フィオとマルコは理解できていない様子である。
ミドはマルコのお金をたった今使ってしまった。それはつまり、マルコからの前金を受け取ったと言って相違ない。つまり依頼を引き受けるということでもあった。
そしてミドはマルコに言う。
「これで契約成立だ」
「……ミドさん!」
ミドはマルコに振り返って手を差しだす。マルコはミドの手を両手でつかんで握手をした。フィオはそれを見てニッコリ笑い、キールもやれやれといった表情で頭を掻いている。
こうしてミド一行は、マルコと共に自殺の名所『ドラゴ・シムティエール迷宮』に赴き、マルコの母アンリエッタの魂の救出に向かうことになったのであった。
……ちなみに金貨という大金を出した結果、お店から大量のおつりをジャラジャラ貰ってしまい、ミドはキールに怒られちゃうのであった。
――その発言から一夜が過ぎた。現在、朝の八時三二分。
二日目の朝は外に食べに行こうということになり、城下町の広場に来ているのだが、いつもなら朝食の時間には一番にいるフィオがどこにもいない。
「フィオ、どうするつもりだろうね?」
「さぁな」
ミドがキールに話しかけると、キールは短く返す。
昨日マルコの殺害依頼を遂行するかどうかの話をしていたのだが、その中でフィオが解決法があると言っていた。
そして朝になってから、朝食も取らずに飛び出して行ったまま帰ってこない。どうやら王国の外に停めてある自分たちの船、まんまるマンボウ号に何かを取りに行ってるようだ。
「キールは幽霊って信じる?」
「オレは自分の目で見て、触れるものしか信じねぇ」
ミドが何気なくキールに話題を振ると、キールらしい現実的な答えが返ってくる。フィオ抜きで先に朝食をとっていても良かったのだが、フィオは仲間外れにされることを極端に嫌がる為、二人はフィオの帰りを待っているのだ。
そうしていると、背後から元気いっぱいの声が聞こえてきた。
「二人ともお待たせっス! ちょっと運ぶのに時間がかかっちゃったっス!」
その声にミドとキールが振り返る。
そこには洗濯機の乾燥機のようなカラクリらしきものが台車に乗ってあり、フィオが自信ありげに腰に手を当ててい放った。
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、実は既に開発してあったっス……これぞ世紀の大発明! 名付けて『幽体離脱くん』っス!」
ミドは「へぇ~」と言ってパチパチ拍手をしているが、キールは眉間にしわを寄せて訝しげな表情をして言う。
「また怪しげなもんを……」
「失礼な! 全っ然、怪しくないっスよ! これを使えば肉体と霊体を分離させて、幽体離脱ができるっス!」
「幽体離脱?」
「相手が幽霊で目に見えないなら、こっちも幽霊になるっス!」
キールはますます訝しむ。フィオはお構いなしにミドの手を引いて言った。
「百聞は一見に如かずっス! ミドくん、中に入るっス!」
「え?! あ、うん」
ミドはフィオに言われるがままに乾燥機……じゃない。幽体離脱マシンの中に入る。
そしてフィオが幽体離脱マシンを起動した。するとガタガタとマシンが震え出し、中が高速でグルグル回り始める。
「こうやって、水分を飛ばすように霊体を外に飛ばすっス」
「わわわあああぁぁ!? 目がまわるよおぉおおおおおお……」
「ミドくん、もう少しの我慢っス!」
「おええぇぇ……気持ち悪いいいい……今朝飲んだ牛乳、吐いちゃうよおおぉ……」
ミドが乾燥機……じゃない幽体離脱マシンの中で体をグルグル回しながら、同時に目も回している。
ブシュウゥゥ……ガチャ。
すると、ミドの幽体離脱が完了し、マシンの振動がおさまると、ドアがバタンと開いて中からドライアイスの様な煙が噴き出してくる。
「おいミド! 大丈夫か?!」
キールが心配そうに声をかける。しかしミドの返事がない。慌てて中を覗こうとすると、何か空気の様な物体がキールの身体をすり抜けていった。
キールが驚いて振り返る。そこにはいつものミドが立っていた。
「なんだよ、いつ出たんだミド。おいフィオ、何も変わってねぇじゃねぇか――おわっ!?」
キールがミドに近づいて触ろうとすると、するっと手がすり抜けてよろめいてしまう。ミドもキールが転びそうになったのを確認すると目を丸くして言った。
「おおお、すり抜けた! スゴイスゴイ! 本当に幽霊になっちゃったよ~」
ミドは何度もキールに触ろうとしてすり抜ける感覚を面白がっているが、キールはミドが自分の身体を行き来することを気味が悪そうにしている。
するとミドは突然、空を見上げてしゃがみ、両腕を天に突き上げながら立ち上がった。再びしゃがむともう一度勢いよく立ち上がる。それを何度も繰り返しているため、キールがミドに問いかける。
「……何でいきなりスクワットしてんだよ?」
「ねぇキール、幽霊って空飛べるもんじゃないのかな?」
どうやらミドは幽霊になったら空を飛べるものだと思っていた様子だ。しかし何度も空を飛ぼうとするが一向に浮かばず疑問に思っている。するとフィオが言う。
「ミドくん! 幽霊に対する偏見は捨てるっス! 幽霊だって元は人間、あーし等と同じっス! 自分の足で歩いて当然っス!」
「そうか、なるほど! 幽霊はボクたちと何も変わらないんだ」
「その通り! さすがミドくん、察しがいいっス!!」
するとフィオは、天を指さして高らかに宣言した。
「これならマルちゃんを死なせる必要なんてないっス! 幽体離脱して、お空の向こうにいる天国のお母さんに会いに行けるっスよ!」
フィオの説明にミドが感心していると、キールが横から冷静に言う。
「飛べねぇのに、どうやって空の向こうに行くんだよ?」
「………………」「………………」
キールの冷静な発言にフィオとミドが沈黙してしまう。するとフィオが急に大声で言う。
「ふ、船に乗せてあげればいいっス! 一緒にあーし等のまんまるマンボウ号に乗って、天の国に出航すればいいっス!」
「それじゃあ幽体離脱した意味ねぇだろ!」
キールが怒鳴ると、フィオはしゃがみこんでシュンとしてしまう。ミドがフィオの側に座って慰めようとする。すると落ち着きを取り戻したフィオが言った。
「あ、言い忘れてたっスけど、幽体離脱は三〇分が限界っス。それ以内に戻らないと本当に死んじゃうっスよ」
「……え?!」
背中をさすっていたミドの顔が凍りつき、キールが慌てて叫んだ。
「先に言えええええええええええええええええええええええええええええええ!」
結局、ミドは大急ぎでマシンを使って肉体を霊体を融合させることに成功し、無事に生き返ることができた。
三人で話し合った結果、幽体離脱マシンは使用禁止という結論にいたり、後に破壊することが決定した。フィオは最後まで嫌だとゴネたが、キールが一切異論を認めず、しぶしぶマシンを戻しに、三人で船まで運んで行った。
三人は気を取り直して朝食にしようという話になった。さっきまで元気がなかったフィオだったが、朝ご飯となるやいなや急に元気になり、先頭を切って歩き出した。
そして三人は広場近くのカフェテラスで三人分の朝食を注文する。優雅な朝の時間を満喫していた。聞き覚えのある声がしたのは、そんな時だった――。
「ミドさあああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
その声に、ミドがトーストを咥えたまま振り返る。キールはブラックコーヒーを持ったまま目線を動かす。フィオは両手にたまごサンドを持ったまま顔を上げた。
ミドはトーストをお皿に置いて、マルコに体を向けて言う。
「どうしたのマルコ? そんなに慌てて。悪いんだけど……あの約束のことだったら、まだ時間が掛かりそうで――」
ミドが頭を掻きながら言いかけると、マルコはその言葉を遮って言う。
「――ボク、まだ死ねません!」
「………………へ?」
ミド一行がポカンと口を開けて、マルコを見た――。
*
「――ミドさんに、別のお願いがあるんです!」
フィオが口に運ぼうとしていたパンを止めて、どこか安心したようにマルコを見る。キールが眉間にしわを寄せてマルコを見据える。ミドは少し驚いた表情でマルコに体を向ける。
「別の?」
「ボクと一緒に……、自殺の名所に来て欲しいんです!」
「自殺の?」「名所?」「っス!!??」
ミド、キール、フィオの三人がほぼ同時に言った。
「自殺の名所に一緒に来てくれだァ?」
「肝試しっスか! 面白そうっス!」
キールの機嫌が悪くなっていくのが傍から見ても分かる。対照的にフィオは、なぜかワクワクし始めている。ミドはにっこり微笑むとマルコに問いかけた。
「まだ死ねないっていうのは、どういう意味?」
「ボクのお母さんが……生きてるかもしれないんです」
「生きてる……かも?」
「はい、正確に言うと植物状態らしいです」
「……なるほど、詳しい事情を話してもらえるかな? マルコ」
ミドがマルコを落ち着かせて、水を一杯飲ませる。そしてマルコが言う。
「ありがとうございます、実は皆さんが帰った後――」
マルコは謎の天の声に導かれていった王家の墓での出来事をミドたちに話した。ミドは静かにそれを聞き、キールが腕を組んで目をつぶる。フィオが目を輝かせている。
「お母さんの声、か……」
ミドは静かに呟く。
「間違いないっス! お母さんの魂は生きてるっス! あーし等で助けに行くっスよ!」
「待て」
フィオが大喜びで引き受けようとした時、キールが制止する。フィオは不満そうに唇を尖らせて言う。
「なんで止めるっスかキール!」
「オレは反対だ」
「なんでっスか!」
すると横からマルコが声が聞こえてきた。
「ボクも反対です。天の声なんて信用できません」
「ちょっと!? 何言いだすっスかマルちゃんまで?!」
フィオがそう言ってマルコを見ると、マルコは自分じゃないと言った風に首を横に振っている。よくよく見ると声の発生源はマルコではなく、キールだった。
キールは喉を触り、咳払いをする。どうやら先ほどのマルコの声はキールが声を変えて出したものだったようだ。そしてキールが、フィオとマルコを見て言った。
「声を真似るくらいオレだってできる。その天の声ってのが信用できるのか甚だ疑問だ」
「………………」
「それにマルコの話を聞く限り、女王の態度も気になる。マルコの母親の封印を解くことが災いの種になるのかもしれない」
「………………」
「何にせよ、自殺の名所なんてところに行くのは反対だ。オレたちにメリットがあるとは思えねぇし、下手に関わって、やぶ蛇をつつくような真似はごめんだな」
キールが淡々と反対意見を述べるのを、マルコは黙って聞いていた。そして言う。
「……お願いです。それでもボクは、お母さんを助けたいんです」
マルコが真っ直ぐにキールを睨んで言う。その目を見てキールが言う。
「オレたちに自殺願望はねぇ。仮に協力するとして、こっちに利益があるのか?」
「……メリットなら、あります」
キールは厳しい声でマルコに訊ねると、マルコは言う――。
*
――今から一時間前に遡る。
時刻は、約七時三〇分。
朝から門番の二人が何者かが城に侵入したと騒いでいたが、マルコはミドたちのことを黙っていた為、夜中だったから寝ぼけていたんだろうということになっていた。
女王カタリナは玉座に座っている。横には大臣が立っており、目の前には兵士長を含めた兵士たちが整列していた。玉座の周りには女王カタリナ本人の他に、マルコの兄シュナイゼルと、ボクシーが堂々としている。マルコは隅の方にポツンと立っていた。
皆を集めた理由は、女王カタリナから直々に話さなければいけないことがあるとのことだ。兵士たちがヒソヒソと話している。
「一体なんだろう?」
「女王様が直々に話があるなんて珍しいな」
「シッ! お前ら静かにしろ、女王様の話が始まるぞ」
女王カタリナはゆっくり立ち上がって、階段の上まで歩いてくる。兵士たちに緊張が走った。そして女王は兵士たちに向かって言い放った。
「皆の者、落ち着いて聞いてください! 昨日、一〇年前にパプリカ王国を血で染めた邪竜の封印が弱まっていることが判明しました! このまま放置しておけば、邪悪な存在が復活し、再び王国に血の雨が降るでしょう!」
女王カタリナの言葉に兵士たちがざわつく。
「なんだって!?」
「ウソだろ……?!」
「またあの悲劇が繰り返されるのか……」
兵士たちは明らかに動揺していた。すると女王カタリナの横に立っていた男が叫ぶ。
「皆の者、女王の前だぞ! 静まれ!!!」
その声に兵士たちは緊張し、再び整列し直す。女王カタリナは皆が静まるのを待ってから、再び話し始めた。
女王の話によると、邪竜を封印している『ドラゴ・シムティエール迷宮』が、時間の経過によって封印力が低下しているとのことだった。
封印というと、魔法の力によって永久に押さえておくことができるイメージがあるが、実際はそうではない。時間が立てば錆びついて劣化する部品のように、封印も風化によって文字が消えかけたり、紙が痛んで破けたりするのだ。
そのため王国では封印を補強するために王国の人間が迷宮に赴き、封印の修繕や、補強をしてくる必要がある。
実は以前も一度封印が弱まったことがあり、その時は女王カタリナ自身が赴いて封印を強化し、帰還した経緯がある。
女王カタリナは、どこから封印が弱まっているという情報を得たのか。実は邪竜封印の劣化具合を確認する方法は、マルコの母アンリエッタに会いに行くことなのだ。
女王カタリナが王家の墓でマルコの母、アンリエッタに会いに行っていたのは、その体の健康状態を確認するためだった。つまり、マルコの母であるアンリエッタの身体が冷凍保存されているかのように生気が弱ければ問題なし、逆に生きているかのように生気が強ければ、封印の力が弱まっているという証拠なのだ。
女王カタリナは言う。
「封印の補強は、王家の者と複数の護衛による少数精鋭で任務にあたりなさい!」
そして女王の言葉に二つの精鋭部隊が出来上がった。シュナイゼル率いる第一部隊。そして、ボクシー率いる第二部隊。
大勢でゾロゾロと行ったのでは王国の警備が手薄になる。だから責任者である王家の人間が信頼できる優秀な兵士数名を連れて封印補強任務にあたるのだ。
シュナイゼル王子は優秀な剣士でもあり、兵士たちからの信頼も厚い男である。彼が協力を要請すれば、兵士たちは喜んでついて行くだろう。実際あっという間に六人の優秀な兵士が志願してきた。
ボクシー王子は少々変わり者だが非常に優れた頭脳を持っており、特に封印系の魔術に精通している。そのため、今回の任務は適任と言ってもいいだろう。彼の知識があれば、向こう三〇年以上は封印が弱まることはないだろう。
当然だが、女王カタリナは王国に残ることになる。前回カタリナが封印を補強したのは、彼女がまだ騎士だった頃の話だ。現在は女王として、王国を留守にはできない。
「頼みましたよ、二人とも」
女王が二人の王子に向かって言う。
「任せてくれ姉さん。俺が責任をもって封印してくる!」
「ぬふふ……ついにボキの実力を発揮する出番なのね」
シュナイゼル王子とボクシー王子が意気込みを女王に伝える。
どちらも優秀な王子であり、優秀な兵士たちが集まった素晴らしい部隊である。女王はそれを静かに見据えて深呼吸をすると、目の前の王子二人に向かって言った。
「――私はこの任務を達成した者に、次の王位を譲ります」
「え!?」「ホントなのね?!」
シュナイゼルとボクシーが目を丸くしている。女王は続けた。
「私が女王になったきっかけは、封印補強の任務を成功させた功績が大きいのです。ですから、あなたたちにもその資格があります」
二人の王子は女王カタリナの言葉に体の中からうずうずとするような高揚感を感じる。シュナイゼル王子は、より一向気を引き締めて拳を握っている。
ボクシ―王子は元々野心家でもあるため、女王の言葉は願ったりかなったりだ。口の端が緩んでしまうのを必死に堪えているのが分かる。
――すると一番隅っこで何か言いたそうにしている少年が目の端に入る。
それはマルコだった。女王はマルコがこちらを見ていることに気付いていたが、意識的に無視していた。マルコはゆっくりとだが、女王に歩み寄って言った。
「姉さ――いや、女王様、ボクも……」
「マルコ、あなたが行くことは許しません」
「ど、どうしてですか?!」
「それを説明する必要はありません。下がりなさい」
マルコは必死に食い下がろうとするが、女王は一切聞く耳を持たずにマルコを遠ざけようとする。マルコは俯いて、トボトボと戻って行った。
兵士たちは、女王カタリナとマルコを見てヒソヒソいう。
「邪竜の血を引いた王子に頼むわけないだろ……」
「もし行かせたら、逆に封印を解くかもしれないからな……」
「王子だからって調子に乗ってんじゃねぇよ、汚れた王子が……」
そして女王は皆を解散させて、城の中に戻って行った。
マルコが諦めて部屋に戻ろうすると、再びマルコの脳内に母の声が聞こえてくる。
「マルコ……女王を信じてはなりません……」
「――! お母さん!」
マルコは母の声に意識を集中する。すると声は続ける。
「マルコ……よく聞いて……。今まさに、邪悪な存在が目覚めようとしています……」
「邪悪な? 何ですかそれは?!」
「女王カタリナは、私の体に眠っている強大な竜の力を手に入れて、パプリカ王国を滅ぼそうとしています……」
「そんな!?」
「竜の力を手に入れた女王カタリナは、王位を譲るように見せかけて二人の王子を殺すでしょう……。そしてパプリカ王国もろともすべてを灰にしようとしています……」
マルコは言葉を失ってしまう。
マルコの母は封印を解除して生き返ろうとしていた。そしてもうすぐというところで、女王カタリナにバレてしまったそうなのだ。
女王も今までマルコの母の竜の力を手に入れる方法を模索していたらしい。そしてついに、竜の力を手に入れるための方法。肉体を乗っ取る方法を発見した。
「このままでは、私の体は女王に乗っ取られてしまいます……そうなったら、私は帰る肉体を失くし……生き返ることができません……」
「姉さんが、お母さんの体を乗っ取ろうとしている……?」
「お願い……マルコ。私の封印を解いて、お母さんを助けて……」
「………………分かったよ。ボクがお母さんを助けに行く!」
マルコは、どうするべきか思考し、そして結論を出した――。
*
「それで、母親を助けに行きたい……と?」
ミドが静かに呟くと、マルコが言う。
「どうか護衛をお願いします」
「さっきも言ったが、オレたちにどんな得があるってんだ?」
すると、キールが問いかける。
確かにそうだ。マルコの母親を助けたところで、ミドたちに何の得があると言うのか。慈善事業ではないのだから明確な報酬がなくては依頼を受けることはできない。無償の依頼を受けるより、有償のペット探しの依頼でも受けた方がまだマシだ。
するとマルコは懐から大きな袋を取り出す。ジャラジャラと音を立てているそれを、マルコはミドたちに差し出した。ミドが袋を開けると、目を見開く。
「金貨だ……」
「うひゃあ~。こりゃ大金っスね。お札じゃなくて金貨なんて、ヤバいっスね」
通常は紙幣による取引が多いのだが、国によっては金貨や銀貨といった硬貨が主流の場合がある。特に金貨は非常に高価な代物で、紙幣よりも貴重なものである。
キールが袋を持ち上げて言う。
「こりゃ一枚、一〇〇万ゼニー相当の金貨だな……。袋の重さ的に、ざっと五〇〇〇万ゼニーってとこか」
「ぶふっ!? 五〇〇〇万っスか!?」
フィオが牛乳を拭いて驚く。キールが顔に吹きかかった牛乳の飛沫をハンカチで拭きとる。するとマルコが言った。
「これは前金です」
「ってことは、成功報酬にさらに五〇〇〇万ゼニーか?」
「そうです。それがボクの全財産です」
「………………」
「引き受けてもらえますか?」
マルコが問いかけると、キールが閉口する。すると今度はミドがマルコに言った。
「一つ聞いていいかな?」
「何ですか?」
「どうしてボク等を選んだの?」
「え……」
「マルコは王子様なんだから、城の優秀な兵士が護衛してくれるでしょ? 仮にそうじゃなくても、酒場とかに行けば強い傭兵や戦士たちがいっぱいだ。しがない旅人のボク等よりもずっと頼もしいと思うよ」
「………………」
マルコはミドの問いかけに目線を下に向けて考えている。そして言った。
「城の兵士たちはボクを快く思っていません……」
「………………」
「皆さんが頼れる人だと思ったのは最初から思っていました。でなきゃ見ず知らずの人を助けようなんて思いませんよ。それに城に侵入して無傷で帰れる人たちです、それ相応の実力がある人だと思います」
マルコの言い分は以下二つである。
ミドたちは見ず知らずの自殺願望者を助けてしまうほどのお人好しである可能性があること。そして、小さな王国とはいえパプリカ王国城に三人も潜入して、門番を気絶させた以外は誰にも気づかれずにマルコに接触をできるほど実力がある可能性である。
そして最後にマルコは言う。
「ミドさんは、ボクを差別しないと思ったから――」
マルコにとっては、それが一番の理由だったのかもしれない。
ミドは目をつぶり、静かに深呼吸をする。その場に沈黙が生まれる。すると突然ミドが店員に言った。
「すいませーん、お勘定お願いしまーす!」
「え……」
マルコはミドの反応に、依頼を断られたと瞬時に判断した。目を見開き、口を強く閉じる。最後の理由は言ってはいけなかったのだろうか。それともほかの理由がまったくの見当外れだったのだろうか。マルコは分からず不安そうにミドを見ている。
キールとフィオの二人はミドがどうするのかを黙って見ている。すると店員がやってきて、ミドに言った。
「ありがとうございます。合計、三四〇〇ゼニーになります」
キールが懐からお金を出そうとするとミドがそれを制止し、キールは驚いて手を止めた。
するとミドは袋の中の金貨を一枚取り出して店員に渡した。店員は金貨に驚いて「少々お待ちください」と言ったまま店の奥に入って行った。
マルコはぽかんと口を開いている。キールは察しがついているようだが、フィオとマルコは理解できていない様子である。
ミドはマルコのお金をたった今使ってしまった。それはつまり、マルコからの前金を受け取ったと言って相違ない。つまり依頼を引き受けるということでもあった。
そしてミドはマルコに言う。
「これで契約成立だ」
「……ミドさん!」
ミドはマルコに振り返って手を差しだす。マルコはミドの手を両手でつかんで握手をした。フィオはそれを見てニッコリ笑い、キールもやれやれといった表情で頭を掻いている。
こうしてミド一行は、マルコと共に自殺の名所『ドラゴ・シムティエール迷宮』に赴き、マルコの母アンリエッタの魂の救出に向かうことになったのであった。
……ちなみに金貨という大金を出した結果、お店から大量のおつりをジャラジャラ貰ってしまい、ミドはキールに怒られちゃうのであった。
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