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1巻
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しおりを挟むプロローグ
「どうしてお前はこの程度のこともできないのだ? アリアはお前が会得しようとしている魔法を五年も前に取得したというのに」
父の言葉がいつも私を傷つける。
口を開けばアリア、アリア。私だって頑張っているのに。学生時代という貴重な時間を全て魔法に捧げ、魔法学校の成績だって上から十番以内をキープしている。
なのに父の口からは、何故アリアのようになれないのかという失望の言葉ばかり。
不公平だと思う。クラスメイトの子達は、私よりも成績が悪くても全然気にしていない。それどころか、少し成績が上がっただけで両親から杖をプレゼントしてもらったと自慢していた。これでもっと勉強を頑張りなさいって、そう言ってもらえたって花のような笑みを浮かべて。
私はどれだけ頑張っても、そんな言葉は貰えないのに。
目の下に隈を作り倒れる寸前まで頑張って、それで成績が上がっても父は言うのだ。
何故アリアのようにできないのだ? と。
最悪なのは、それを言うのが父だけではないことだ。
「また一番になれなかったのか、この二流が。どうして王子たる俺の婚約者が、お前のような二流女なのだ? 少しは妹のアリアを見習え」
婚約者であるゲルド王子はそう言って私をせせら笑う。
彼は王子であることに強い自尊心を持っており、自分の身の回りにあるものは一流でなければ気が済まないのだ。人も、服も、婚約者も。だから私はいつも罵倒される。超一流の妹を持つ二流の姉だ、と。王子は私に不満で、でも私だってそんな王子が不満だった。
私の家系は始まりの魔法使いの血脈として、国の偉い人達にも覚えがいい。魔法貴族ドロテア家といえば、知らない人がいないくらいだ。
でも有名なのは名前だけ、かつての権勢はもうない。
昔とは違い、魔法がより身近になったせいだ。
ドロテア家に依頼しなくても魔法の使い手は他にもいる。それが時代の流れなんだと思う。なのに、父は現状が許せないらしく、あの手この手を使って私を王子の婚約者に仕立て上げた。
魔法で国の偉い人に取り入ることができなくなったから、自分達が偉い人になろうと考えたわけだ。
その結果、私は日々、父に失望の眼差しを向けられ、休みの日は王子に怒声を浴びせられる。一度は殴られたこともあったが、これは王が厳しく叱ってくれたので二度目はなかった。
「バカ息子が迷惑をかけてすまない。昔、ジオルド……お前の父に助けられたことがあってこの縁談を受けたが、もし婚約が嫌ならいつでも言うがいい。決して悪いようにはせん」
王はいい人だ。自分の息子だろうが叱る時は叱るし、公平な目を持っている。ただ王妃は身内贔屓が強く、ゲルド王子をとことん甘やかす人だ。
「仕事を言い訳にせずにもっと教育に関わるべきだった。すまんな」
そう、王は私に謝ってくれた。
幼い時は父の言いなりだった私でも、働ける年齢にまで成長すれば反抗心の一つくらい芽生えてくるものだ。事あるごとにアリアのようになれと言う父にも、私を見下す王子の態度にも、いい加減我慢の限界を感じていたものの、この国で一番偉い人にそんなふうに謝られたら、もう少し頑張ってみようかなという気持ちになる。
だから私は最後に今までで一番努力した。今までも限界ギリギリだったのに、さらに無理をした。これで父や王子が私を見直すならば……
そんな気持ちで魔法学校の卒業テストに挑んだ。
その結果――
第一章 始まりの家出
「――結局一番になれなかったとは、情けない。やはりお前はアリアにはなれんな」
それがテストが終わると同時に疲労で倒れた私に、父が最初にかけた言葉だった。
魔法学校の卒業試験の結果は二位。
確かに一番にはなれなかった。それは悔しい。
でも、私の通う魔法学校は国中どころか国外からも優秀な魔法使いが集まる超名門。そこで青春の全てを勉学に捧げて二番。それはそんなにも悪い結果なのだろうか?
……ううん。違う。私はそうは思わない。少なくともこんなふうに言われることじゃないはずだ。
「今日はお前の卒業を祝して王が夕食に招待してくださった。頭だけではなく、見栄えも悪いのだ。早めに準備をして少しでもマシな姿になっておけ」
「……分かりました」
確かに私は容姿があまりよくない。魔法の勉強でいつも寝不足だし、肌も荒れに荒れている。目の下にできた隅を隠すために化粧をするけど、これが自分でも分かる下手さだ。あまりにも酷いので、身の回りの世話をしてくれるメイドを雇ってほしいと一度父に言ったことがある。
メイドがいれば、細かいことは任せてもっと勉強に集中できると思ったのだ。何よりもアリアには専属のメイドがいるのに私にいないのが不公平に感じられた。だが、そんな私に父は言うのだ。
「そういうセリフはアリアのような成果を出してから言え」
妹のアリアは十歳で新魔法を開発している。テストだって常に一位。
でもハッキリ言って、これはアリアが異常なのだ。
普通どんな英才教育を受けた貴族の子女だって、十歳なら簡単な魔法を一つか二つ使えればいいほう。そんな年齢の子が新魔法の開発。こんなこと、どんな親だって分かるはずだ。私が怠け者なんじゃない。おかしいのはアリアなのだと。
なのに父はアリアの特別さを当然のもののように考える。
まるで、かつてあったはずの権威をそこに見出すかのように。これこそが魔法貴族と称えられたドロテア家の正しい姿なのだと言わんばかりに。
そして、私を冷遇する。どんなに努力してもそこそこの成果しか出せない凡人。そこに零落している自分の家を重ねてしまうから。
「――い。……おい、ドロシー!」
耳障りな声にハッとする。ふと周りを見渡すと、アリアを除く全員が私に視線を向けていた。
そうだった。もう王との会食は始まっている。試験勉強の疲れか、少しぼうっとしてしまった。
「ドロシー! 聞こえないのか? ドロシー!」
「……ゲルド王子、何か?」
「何か、ではない。貴様、俺の話を聞いていなかったな?」
「そうですね。それが何か?」
いつもならもっと恐縮してみせるが、今の私に怖いものはない。
だって決めたのだ。今日で、こんな辛いだけの日々とは決別する。そう決めたから。
いつもと違う強気な私が気に入らないのか、王の前では比較的おとなしいゲルド王子が分かりやすく怒りに顔を歪めた。
「何か……だと? ふん。聞いたぞ貴様。倒れるほど勉強したのに、また一番になれなかったそうだな」
「大陸で三指に入るとも言われるフェアリーラ魔法学校を次席で卒業できたことを、私は誇りに思ってます。それを馬鹿になさるなら、どうぞ王子が一番を取ってみてください。ゲルド王子の成績では、失礼ながら一番どころか五十番以内に入るのも難しいと思いますが」
「なっ!? き、貴様ぁあ~!!」
王子の顔があっという間に真っ赤に変わる。ううん。ゲルド王子だけじゃない。父もだ。射殺さんばかりの目で私を見ていた。
でも、絶対に撤回はしない。私は凄く頑張った。誰にも認めてもらえなかったけど、だからって、自分までもがその努力を否定したくはない。そんなの惨めすぎる。
「ふ、ふん。試験で一番をとったロナーシャ家の長女だが、魔法裁判所への内定が決まっていて、試験期間中も既に仮職員として働いていたそうだぞ」
「……それが何か?」
「いや、貴様は幸運にも俺の婚約者として将来が約束されている身。将来のことなど何一つ不安に思うことなく勉学に集中できただろう。それなのに、仕事の片手間に勉強する者に負けるとは。なぁ、生きてて恥ずかしくはならないのか? 二流女」
「ゲルド! 貴様、婚約者以前に女性に対してそのような物言い、恥を知れ!」
王の拳がテーブルを激しく揺らした。
「ち、父上。しかし元はといえばこいつが――」
「黙らんか! すまないなドロシー嬢。こいつには後で厳しく言っておく」
「いえ、私がロナーシャさんに負けたのは事実ですので」
そう、私は十の努力をしても十か、それよりも下の結果しか出せない。でも世の中にはいるのだ。二と三の努力であっさり私の十を超える人が。
昔は分かっていてもそれを認めるのが嫌だった。でも、何もかもを放り出すと決めた今は、不思議とそれがどうしたって気持ちになる。
「ほら、ドロシーの奴も認めてますよ、自分が二流女だって。ねぇ? 母上もそう思いますよね?」
「そうねぇ。ドロシーさんは学校の成績以前に、女としての勉強をもっとされたほうがいいんじゃないかしら? そのお化粧、五十番以内どころか最下位争いでもなさっているようよ?」
「はは。流石は母上。そこの二流女に、もっと言ってやってくださいよ」
王子と王妃が私をせせら笑い、父が「いや、お恥ずかしい」と恐縮する。メイドを雇ってくれなかったのは父なのに、なんなのこの茶番は。本当に――
「くだらない」
「ん? 何か言ったか二流女」
「お声が小さいですわよ。もう少しハッキリと喋ってくださいな」
こんなくだらない人達のようになりたくて、父は私を王子の婚約者にしたのだろうか? 私が二流? なるほど、確かに私は一流じゃない。でも自分のことを一流と思っているこの王子や王妃のようになりたくはなかった。努力した先がこんな世界だなんて、こっちからお断りだ。
湧き起こる怒りに促されてテーブルをバァン! と叩き、私は立ち上がった。自分に集まる視線、それら全てに向かって腹の底から声を出す。
「今日この時をもって、私は貴族位を捨て平民として生きてゆきます。王子との婚約も解消してください」
シーン! と水を打ったように会食の場が静まり返った。
「な、な、ド、ドロシー! 貴様、何を言ってるのか分かっているのか!?」
真っ先に反応したのはやはりと言うべきか、お父様だ。
「勿論です。正直言って、お父様の教育方針にはずいぶん前から不満でした。事あるごとに私とアリアを比較するのですから、王子の婚約者も私でなくてアリアにすればいいじゃないですか」
「黙らんかこの愚か者が! アリアはお前より三つも年下だぞ。王子の婚約者には同い年のお前が相応しい」
「そんなこと言って、本当はゲルド王子みたいな身分以外これといって取り柄のない殿方に、才能あるアリアを嫁がせたくないだけでしょ」
そのくせドロテア家を低く見られるのも嫌だと、アリアと同じ水準を私に期待するのだ。
「なっ!? だ、誰が身分以外取り柄がないだと? おい、ジオルド! お前の娘が言っていることは本当なのか? アリアを俺の婚約者にしなかったのは父上の決定ではなく、お前が裏で手を回していたからか?」
「そ、そのようなことは決して。娘は試験で思うような結果が出なかったものですから、自棄になっているのですよ。ドロシー、この馬鹿娘めが。お前は先に帰っていろ」
「人の話を聞いていましたか? 私はもうあの屋敷には帰りません。お父様の侮蔑や、ストレスが溜まるだけのこんな集まりは、うんざりなんです。私は平民になります」
そうだ。元々貴族なんて私の性に合っていなかった。お父様の期待に応えなければいけないと思い込んでいたけれど、合わないものを無理に頑張る必要はどこにもない。
「なりますと言って簡単になれると思っているのか!? 住む所はどうする気だ? 暮らしていくための金は? 貴様は何も持っていないだろうが!」
「働きます。働いて自分で稼いでみせます」
「お前みたいな無能が一人で何ができる! 一体どこまで馬鹿なのだ、魔法使いが簡単に錯乱しおって。アリアを見習え。どんな時でもお前のように情けなく取り乱したりはしないぞ」
こんな時でもアリア。アリア。
分かっていた。分かってはいたけれど、この人は本当に私を見ていない。私のことなどどうでもいいのだ。
それを改めて認識した途端、胸の内で燃え盛っていた怒りがスッと冷えていくのを感じた。
「さようならお父様、これが今生の別れになることを祈っています。アリアも元気でね」
「待て! おい、待たんかドロシー!」
人には魔法使いが簡単に錯乱するなと言ったくせに、自分は怒鳴り散らすお父様を無視してアリアを見る。
彼女はこんな時でさえ我関せずと一人食事を続けていた。私の視線に気付いて、氷みたいに冷たい銀色の瞳がこちらを向く。でもそれはただ向いただけで、その実、私のことなんて見ていない。
無関心。この妹はいつもそうだ。私が何をしても気にしない。たまに私を映す瞳は、まるで地を這う虫を見るかのごとく無機質で、それが凄く嫌だった。
だがそれも最後。
「それでは失礼いたします。皆様、ご機嫌よう」
部屋を出る前に王を除く全ての人を盛大に睨みつけ、私は貴族生活に別れを告げた。
「ドロシー、貴様! 二流女の分際でこの俺との婚約を解消するだと!? 勘違いするなよ。俺が、この俺が、お前を捨てるんだ! 分かったか! おい、聞いているのか? ドロシー!!」
背後で自称一流の王子様が何やら叫んでいるが、婚約者でなくなった以上、あんな男の相手などしていられない。私は喚き続ける王子を完全に無視して城を出た。
「さて、まずはお金を作らなきゃ」
半ば勢いで飛び出してきちゃったものの、まったくの考えなしというわけじゃない。魔法の勉強しかしてこなかった私でも、学んできたものの中に魔法経済学という分野があって、触媒にかかるお金や、魔法の仕事についての知識がちゃんとあるんだから。
「質屋、あるはずよね。うん。クラスの誰かが話してたし、絶対にあるわ」
出不精な私が把握しているのは本屋と魔法店の場所くらいだけど、道に迷ってせっかくの興奮を覚ましたくなかったので、人に声をかけて道を聞いてみた。
いつもならまずしない行動。なのに、この国で一番偉い人の前で啖呵を切った後だと、凄くハードルが低く感じられて、私は簡単に質屋に辿りつけた。
「これ、全部売ります」
ドンッと質屋のカウンターに置いたのは、王子との会食に合わせて父に持たされた数々の宝石。
「えっ!? こ、これ全部かい? 買い取り? 質入れじゃなくて?」
一目で魔法の力が宿っていると分かる宝石を前に、質屋のおじさんが目を見開く。
父は私の化粧には大して気を遣わないくせに、持たせる宝石の類には無駄にお金をかけていた。どこかに出掛ける度に無駄に大きい宝石をジャラジャラつけることになって、凄く嫌だった。それももうおしまい。
「そうだね。こんなもんでどうだい?」
「え? ……えっと、せめて相場で買い取ってほしいんですけど」
「いやいや知識のないお嬢ちゃんには分からないだろうけど、これでもかなり奮発してるんだよ」
おじさんが提示した金額は、ハッキリ言って想定よりもだいぶ低かった。一瞬こんなものかと思いかけたものの、机に齧りついて身につけた知識が囁く。無知な小娘だと足元を見られてるぞ、と。
「……すみません。他の所で売ることにします」
「ちょっ!? な、なら、これでどうだい?」
一気に値段が跳ね上がった。物の価値が分からない貴族だとでも思われていたのだろうが、貴族の身分を捨てた私が頼れるものはもう知識くらいしかない。簡単には引き下がれなかった。
「足りないです。全然。まったく。せめてこれくらいは貰わないと」
「なっ!? いくら何でも、それはないだろう」
うん。私もちょっとないなという金額を提示してしまった。正当な代価は貰うつもりだが、騙したいわけじゃない。慌てて謝ろうとしたところで――
「じゃあ、こんなもんでどうだい?」
質屋のおじさんが新たな値段を提示してきた。その額は私が提示した額には届いていないけれど、前の数字よりはかなり上がっている。
……あれ? ひょっとしてこれって使えるんじゃないかしら?
私はちょっと悪いなと思いつつも――
「それならこれでどうですか?」
最初に提示したものよりもほんの少し下げてみた。
「いやいや。確かにこの宝石は凄いよ? でも……うん。よし、分かった。これでどうだい?」
さらに金額が上昇。当初に予想していた金額にだいぶ近付く。もしも最初にこの金額が提示されていたなら恐らく売っていた。
どうしようかな。ここで売るべきなのかな?
他に質屋があるかどうか知らないし、お金は今すぐ必要だ。弱気になって首を縦に振りそうになる。でも――
――お前みたいな無能が一人で何ができる。
お父様の言葉が蘇った。
ふざげるんじゃないわよ。確かにアリアには敵わない。だからって何もできないと決めつけられてたまるもんですか。
「ダメです。こっちの金額でお願いします」
私はもう一度、提示金額を少しだけ下げた。
「――いや、お嬢ちゃんには負けたよ」
長い、実際には十分も経ってないのかもしれないけど、私にはとても長く、何よりも濃く感じられたやりとりの果てに、ついに交渉が成立した。
金額は当初予定していたものを少しだけ上回る額で、かなりいい感じだ。ただこの金額で決めた際、おじさんがニヤリと笑ったのが少しだけ気になる。
ひょっとしたら私の知らない付加価値や相場があるのかもしれない。
やはり知識は力だ。そう実感すると共に嬉しさが込み上げてくる。
私がやってきたことは無意味なんかじゃない。今ある知識を活用して、ううん、もっと勉強して、お父様とは違う人生を歩んでみせるわ。権威なんかに囚われない、自由な人生を。
「はい、どうぞ。分かってると思うが大金だ。なくさないように気をつけるんだぞ」
「ありがとうございます。また何か売れるものがあったら寄らせてもらいますね」
「ああ。待ってるよ。物の価値が分かる嬢ちゃんになら、少しだけ色をつけてやってもいい」
おじさんの言葉が凄く嬉しい。意気揚々と店を出た私は考える。さぁ、次はどうしようかしら?
不安と期待。震えるような怖さはある。
でも、これからを想像してこんなにも胸が躍るのは、生まれて初めての経験だった。
第二章 魔法店の主
当面の生活資金を十分に確保できた私が次にやろうと決めたのは、ドレスを脱ぐことだった。
私だって女だ。ドレスが嫌いなわけじゃない。でもそれはたまに着られれば嬉しいといった程度のもの。普段着にドレスは動きにくいことこの上ない。
一度丈の短いスカートを穿いた際に、そんな娼婦のごとき格好をして家の品位を貶める気か? とお父様に殴られたので、それ以降は家の中でもドレスで生活していた。
どこに行くにしても宝石をジャラジャラと身につけさせられ、動きにくいドレスで移動。これが貴族の当たり前なんだと自分に言い聞かせてきたが、平民となった今、もうそんな我慢をすることはない。これからは自分が着たいものを着るんだ。
「あの、すみません。着たまま帰ることはできますか?」
「大丈夫ですよ。お一人様ですか? よろしければお手伝いいたしますよ」
「ありがとうございます。でも一人で着替えられますから」
「左様ですか。では何かご不明な点がございましたら、お気軽にお声がけください」
そう言って店員さんが離れていく。近すぎず、遠すぎない絶妙な距離感を保ってくれるので、初めての服選びでも焦らずに済んだ。
流石は『フリー』。流行に疎い私の耳にまで入ってくるだけのことはあるお店だ。
学生時代、ろくに友達がいなかった私でも、休み時間を一人教室で過ごしていると、色々な噂を自然と仕入れる。その内の一つが、庶民の誰もが買える値段のものから貴族でも手が出にくい高価な服までを取り扱う服屋『フリー』。平民と貴族を両方ターゲット層にして成功している数少ないお店だ。
クラスの皆があまりにも楽しそうに話していたから、ずっと来たいと思っていた。
だけど、アリアに勝てないのにショッピングを楽しんでいいのか、負ける言い訳を自分で作っているんじゃないのか、そんなふうに考えてずっと我慢していたのだ。
それももう終わり。家を出た以上、これからはアリアに限らず、人と無理に競争する必要なんてない。そういうのはやりたい人達が勝手にやってればいい。私は私でしたいことをするんだから。だから――
「……ちょ、ちょっと短すぎるかな?」
思いきってスカートの丈が膝上のものを選んじゃった。凄いスースーする。同じスカートなのに、ドレスとは全然違う。
「や、やっぱり似合ってない……かな?」
最初はそこまで酷くないんじゃないかと感じたものの、更衣室に備えられた鏡を見ている内に段々と不安になってきた。どうしよう。誰かに見られる前にドレス姿に戻ろうかな。
「私みたいな女がこんな格好してたら絶対笑われるよね」
指を差されてゲラゲラと。そしてとても惨めな気分になるのだ。
「やっぱりドレスに……って、それじゃあ今までと一緒じゃない」
せっかく平民になったのに。着たいものを自分から諦めるとか……ありえないわ。
「そうよ。笑われるくらい平気よ。だって私は……」
ずっと、父の失望と王子の嘲笑に耐えてきた。今更知らない人に笑われるくらい、何だというのだ。
このスカートを穿いてみたい。そう思った。だから穿く。それ以外の理由なんて必要ないのよ。
私はまた悩み始める前に、勢いよく更衣室のカーテンを開けた。
「すみません、これください」
「はい。ただ今伺います」
やってきた店員さんは私を一目見るなり、「よくお似合いですよ」と言って微笑んでくれた。
たとえそれが店員としてのお世辞であったとしても、私はきっとこの何げない言葉を一生忘れないだろう。そう確信する。
そして他にも何着かの服を買って、着ていたドレスを売り、私は『フリー』を出た。
そろそろ今夜泊まる宿を探したほうがいいかな? 空は夕陽色に染まり、ほんの少しだけ冷たくなった風が私の髪を弄ぶ。
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