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1巻
1-2
しおりを挟む「……髪も切ろうかな」
基本的に貴族の子女は長くてボリュームのある髪の人が多い。例に漏れず、私もそんな髪をしているけど、肩の辺りまでならともかく腰まであると、椅子に座る時やベッドで横になる時に気を使う。髪が長くていいことなんてあんまりない。というか皆無だ。なので、以前から手入れの簡単そうな短い髪に憧れていたのに、スカート同様、諦めていた。
「床屋……に行ってみたいけど、やっぱり先に行くのはあそこだよね」
そんなわけで私は移動する。本当は宿を先に探したほうが賢いのだろう。でも、今できることは明日が来るまでに全部しておきたかった。
少し歩くと、見慣れない街の風景が通い慣れた街並みに変わる。人気のない路地裏の行き止まり。商売するには不便極まりないその場所に、目的のお店がポツンと立っていた。
オオルバ魔法店。こことシムカ書店は、学生時代何度となく足を運んだ、数少ない行きつけだ。
「いらっしゃい。……ん? んんっ? おや、まぁ、アンタ、ドロシー嬢ちゃんかい? たった数日で別人のようになってるじゃないか」
「こんばんは、オオルバさん。今日は売りたいものがあって来ました」
「何だい藪から棒に。そりゃ、価値のあるものなら金を払うけどね。会って早々ビジネスの話ってのはつまらないよ。いつも言ってるだろ? 無駄を楽しめってね。まったく、変わったのは見てくれだけなのかい?」
オオルバさんは呆れたように肩をすくめると、キセルに火を灯した。
彼女はかなり身長が低い。でも魔法の力でいつも浮いていて、視線の高さは私と同じだ。
そんな彼女は事あるごとに言う。無駄を楽しめと。それが口癖なのだ。
聞き飽きたその言葉に、いつも私はすっかりお決まりとなった言葉を返している。
無駄なことをしている時間なんてありませんから。
だってそうでしょう? 私は天才じゃない。そんな人間が天才に勝とうと思ったら、無駄なことをしてる暇なんてない。遊ぶ時間を削り、本当は欲しい友達もいらないと嘯いて、教科書を開くだけで気分が悪くなっても我慢。それでようやく天才達が私というちっぽけな凡人を意識してくれる。
それは爪先立ちで歩くような不安定な日々だ。けど、それをやめたら私なんか生きてる価値はないと本気で信じていた。だから、オオルバさんが訳知り顔で無駄を楽しめという度に、心の中でいつも叫んでいたのだ。私に構わないで! って。
でも今は――
「そうですね。それじゃあ少しだけ、私の無駄話に付き合ってもらってもいいですか?」
「おや、珍しい。どうやらドロシー嬢ちゃんの中で大きな変化があったようだね」
「はい。ありました。すっごいことが。それで話を誰かに聞いてほしいだなんて柄にもないことを思ってるんですけど……」
私は一体何を言っているのだ? そりゃ確かにオオルバさんとは顔見知りだし、誰でもいいから愚痴を聞いてもらいたい気持ちはある。でも、友達でもない人にこんなこと頼むかな? 友達がいないからと、都合よくオオルバさんを友達扱いするのは違う気がした。
やだ、なんか急に恥ずかしくなってきたわ。
「あの、ごめんなさい。やっぱり何でもないです。それよりも買い取ってほしいものがあって――」
「待ちな!」
「は、はい?」
「まさかそこまで思わせぶりなことを言っておいて、何も話さずに終わる気かい? 嬢ちゃん、アンタ私に何か恨みでもあるのかい?」
「う、恨みだなんて、そんなのあるわけないじゃないですか。ただ、話そうとしたのは凄く私的なことで、聞いても全然つまらないですよ?」
「はっ。私的な話だって? 覚えておきな。私的じゃない話なんて、この世のどこにもないんだよ。ほら、何があったんだい? 若い子の悩みってのは、このババアには最高の冒険譚なんだ。ケチケチしないで話してみな」
オオルバさんの顔は明らかに好奇心丸出しで、私の心配をしているわけではなさそうだ。だから、簡単に話すことができた。お父様やゲルド王子への不満。平民になったことへの喜びと不安を。
話している最中、少しだけ声が震えて頬を何かが伝った気がするけど、きっと気のせいだ。だってオオルバさんは何も言わない。何も言わず、ただ最後まで私の話を聞いてくれた。
「――そうかい。それでドロシー嬢ちゃん、アンタこれからどうする気だい?」
話を聞き終えたオオルバさんは、まず初めにそう聞いてきた。
ここで弱音タイムは終了だ。
私は目元を腕で拭って、強引に気分を入れ替える。
「ひとまずこの髪を売りたいと思います。買い取ってくれませんか?」
女の髪の毛、とりわけ魔法使いのものは触媒として扱われ、髪の毛を売るだけで生計を立てる魔法使いもいるほどだ。
「そりゃ嬢ちゃんくらい腕の立つ魔法使いの髪の毛なら喜んで買うがね。いいのかい? それだけ伸ばすのには苦労したろ」
「はい。でも私の魔法に髪を触媒として扱うものは殆どありませんし、あっても一、二本あれば十分です。何よりも……」
「何よりも?」
「私、長い髪ってあんまり好きじゃないんですよ」
「ぷっ。ふっ、ふふ……そ、そうかい。よし、それじゃあ奥に来な。私が切ってやる」
「え? ナイフを貸してもらえれば自分でやりますよ」
「若い女が何をバカなこと、言ってるんだい。ほら、入った。入った」
「はぁ。それじゃあ、その、お願いします」
「ああ。このババアに任せておきな」
そして私はオオルバさんに髪を切ってもらった。
「――こんなもんでどうだい?」
「凄く……いいです」
鏡に写っているショートカットは、私の希望と寸分違わない。ナイフで適当に切った後で床屋に行こうと思っていた私は、オオルバさんの思わぬ特技に驚いた。
「それじゃあ約束通りこの髪はこっちで引き取るよ。それとそこに洗面台があるから、いい加減その化粧落としたらどうだい?」
私としても顔に塗りたくった化粧を落としたかったので、遠慮なく洗面台をお借りする。……うわ、凄い隈。
「ふむ。思った通り、若い女の魔力に満ちた上質な髪だね。金額は……こんなもんでどうだい?」
「ありがとうござ……えっ!? あの、金額間違えてませんか?」
「何だい、足りなかったかい?」
「ち、違います。多すぎですよ」
オオルバさんが無造作に投げてきた袋の中には、先ほど宝石を売ったのとほぼ同じ額が入っていた。
「この髪にはそれだけの価値がある。ああ、言っておくが、また伸ばしたからって同じ額は出せないからね。この髪にはお前さんの苦悩と決意が滲み込んでいる。それが上質な魔法の媒介になるからこその額だ」
そう言われても、やはり多すぎる気がする。
「何を迷ってるんだい。もうお貴族様じゃないんだろ? 貰えるもんは遠慮なく貰っておきな。ああ、それと……ふむ。こんなもんか。これはお代として私が貰っておくよ」
「あ、ひょっとして髪を切ってくれた分ですか?」
オオルバさんが報酬の袋から金貨を何枚か取り出す。髪を切っただけにしては多すぎな気もするけど、元々報酬自体が多いのでまったく構わない。
「そんなわけないだろ。私は魔法店の店主であって床屋じゃないんだよ。これは嬢ちゃんに貸す二階の賃料だ。一年なら好きに使って構わないよ」
「……え? いや、でも、私が二階を使ったらオオルバさんが困りますよね?」
「私みたいなごうつくばりのババアがこんな汚い店に寝泊まりしてるわけないだろう。大体そんな疲れ切った顔で今から宿を探す気かい? 行き倒れてお金を全部取られても知らないよ」
「そ、それは……」
「分かったら、ほら、さっさと荷物置いてきな。そのまま寝ちまってもいいからね」
オオルバさんに押し切られる形でお店の二階に移動する。部屋には木製のベッドに机、後は本棚があった。こぢんまりとしていながらも不思議と落ち着く空間だ。
白いシーツに寝っ転がると、日向の匂いに包まれる。
「今日はお言葉に甘えよう。明日になったら……なったら……」
あ、駄目だ眠い。
強烈な睡魔に導かれて瞼が落ちる。こうして人生の転換点とも言うべき濃い一日に幕が降りた。
第三章 朝食
とってもいい匂いが鼻腔をくすぐった。
何だろう? 気になるけど布団が気持ちいい。まだ寝てようかな。ううん。駄目だ。勉強しないと。ただでさえ追いつけないのに、これ以上アリアに差をつけられたらまたお父様に叱られちゃう。
「起きろ。……起きるのよ、私」
二度寝というあまりにも甘美な誘惑。それを断ち切って重い瞼を開き、布団を勢いよく剥ぐ。
上半身を起こして……お、起こして……よし。立ち上がれた。偉い。偉いぞ私。後はドレスに着替えて朝食の前に昨日の復習を……あれ? 昨日は何を勉強したんだっけ? というか――
「え? ど、どこ? ここ」
そこはどう見ても私の部屋じゃなかった。
……えっ? どうして?
「えっと……夢?」
夢とは思えないのに、意味不明すぎる状況だ。
「昨日は確か…………あっ!?」
思い出した。そうだ。そうだった。私、王様の前で貴族を辞めるって宣言しちゃったんだ。それでここは――
「オオルバ魔法店。そっか」
ドレスが見つからないのは当然だ。あれは『フリー』に売った。中古で宝石や髪の毛ほどの値はつかなかったけど、そこそこの金額にはなった。
「……教科書もないのよね」
日課の勉強をしなくていいと分かると途端に気が抜け、私はベッドへ戻る。
「…………これからどうしよう」
今までの人生では、アリアに勝ってお父様に認めてもらうのが目的だった。思い返しても辛いだけの日々だったものの、目的が与えられた環境というのはある意味分かりやすい。
でも、これからは違う。お父様はもう私に命令できない。ううん。命令してきても絶対無視してやるんだ。私は自由。これから何をするのも自分で決められる。それって――
「凄くドキドキする」
テスト前の吐きそうになる緊張とは別の、走り出したくなるような胸の昂まり。それに触発されたのか、グゥウウウ~!! と盛大にお腹が鳴った。
「と、とにかくまずは朝食ね。って、わっ!? え? もうこんな時間?」
部屋に備え付けられている時計に今頃、気が付く。時刻はもう少しで正午だ。
「こんなに眠ったの初めて」
それでもベッドから出たくないと思えるんだから、その気になれば一日中だって寝ていられそう。
「いや、それもありかな?」
せっかくお父様のもとを離れたのだ。今までできなかったことをしてみたい。一日中ベッドで過ごす。……凄く気持ちよさそうだ。
「うん。ありよね。というわけでもう一眠り――」
「ありなわけないだろう。まったくこの子は、起きて早々、何を言ってるんだい」
「ひゃっ!? オ、オオルバさん?」
唐突に開かれたドアの向こうで、この店の主が宙に浮いた状態で腰に手を当てていた。
「目が覚めたんなら早いところ下りてきな。お昼、嬢ちゃんの分もついでに作ったから食べておくれ。ああ、その前に顔を洗うんだよ。洗面台は昨日使ったから場所は分かるね? 私はこの後仕入れに出掛けるから、あまり時間がないんだよ。ちゃっちゃと動く。分かったかい?」
「ええっ!? あの、その……は、はい」
応えた時には既にオオルバさんは部屋を出た後だ。私は慌てて着替えを済ませて一階に下りる。テーブルの上には料理が並んでいて、そこから湯気が立ち昇っていた。
起きた時に嗅いだ匂いはこれだったのかと、よく分からない感動を覚える。
「顔を洗ったなら席に着きな。飲み物はお茶とコーヒー、それと牛の乳があるけど、どれがいい?」
「えっと……コーヒーを頂けますか?」
「はいよ。ミルクと砂糖は置いておくから好きに使っておくれ」
目玉焼きが載った皿の横に銀色のマグカップが置かれる。オオルバさんがテーブルの上に置いた自分専用の小さな席に着いたので、私もその正面に腰掛けた。
誰かと食卓を囲む。そんな経験はいつぶりだろう。お父様の指示で行われる会食以外、家では皆バラバラに食べていたし、学校ではいつも一人だった。昨日の城での会を除けば、食事をするためにこうして人と向き合うのは、本当に久しぶりだ。
「それで? 昨日はよく眠れたかい?」
「は、はい。おかげさまで。本当にありがとうございます。その、色々とよくしてもらって」
「別に礼を言われることじゃないよ。賃料はちゃんと貰ってるんだから、ただのビジネスさ」
確かにそうなのかもしれないけど、とてもそれだけには思えない。今だってこうしてご飯を作ってもらっている。普通あんまりないと思う、人にこんなによくしてもらえることなんて。
「そ、それでも感謝してます。その、ほ、本当に」
交友関係がなさすぎて対人能力が低い私だけど、気持ちを伝えるのが大切なことくらいは分かる。分かるけど……何度もお礼を言うのはしつこいかな? ああ、こういう時の正解が分からない。本屋でこういう場面への対処法を書いた本を探そう。うん。そうしよう。
見ると、オオルバさんは軽く肩をすくめただけで特に何を言うでもなく、ご飯を食べ始めている。気恥ずかしくなった私も、ご飯をいただくことにした。
「わっ、美味しい」
「そりゃよかった。こんなんでよければ毎日作ってあげるよ」
「そ、それは流石に悪いですよ」
「料理は趣味なんでね。ババアの遊びに付き合ってくれると嬉しんだけど、ダメかい?」
「えっと……それじゃあ、お、お願いします」
「承ったよ。ただし好き嫌いに関しては聞かないからね」
「それは大丈夫です。お父様に躾られてますので」
好き嫌いなどという子供っぽい理由で食事に手をつけない姿を、王との会食で見せるわけにはいかないと、子供の頃から何でも食べるように厳しく言い付けられてきた。そのくせ面倒だからと、私が食べるところは直接見ず、メイドさんに報告させる。今思うとどれだけ私を道具扱いしてるんだろうって話だ。
「アンタの父親ね。フェアリーラ魔法学校で二位を取るような逸材を無能扱いするってのは、このババアにはよく分からない感性だよ」
「父は見栄ばかり気にして現実が見えてない古い人間ですから」
「ほう。それじゃあその父親よりも歳を食ってるこのババアはどんな人間なんだい?」
「あっ、いや、そ、そういう意味で言ったんじゃなくて、それにオオルバさんは全然お若く見えますし、その……す、すみません」
「クックック。分かってるよ。からかっただけだよ」
「も、もう。意地悪です」
こういうやり取りに慣れていない私は、オオルバさんを怒らせたわけじゃないと分かってホッと胸を撫で下ろす。
「しかしそんな変人だと逆に興味が湧くね。どれ、嬢ちゃんの父親がどんな人物なのか、ちょっとこのババアに教えてはくれないかね」
「いいですよ。まず父は――」
私はお父様の、こんなこと娘にする? といったエピソードをオオルバさんにこれでもかと話して聞かせた。誰かとお喋りしながらとる食事は凄く美味しくて、気付くと、お皿もマグカップも空になっている。
「ごちそうさまでした」
「はい。お粗末さまでした。そうだ。出掛ける前に、ちょっと嬢ちゃんに見てもらいたいもんがあるんだよ。悪いけど少しだけ付き合ってくれないかい?」
食事を終えた時、オオルバさんが唐突にそう言った。
勉強時間がなくなっちゃう。なんて咄嗟に思ったけど、もうそんなもの気にする必要はないのよね。
「はい。全然構いませんよ」
「よし。それじゃあこっちだよ」
オオルバさんに連れられて店の奥にある商品の保管庫に入る。様々な魔法の道具が仕舞われているその部屋の中央にはテーブルがあって、その上に三つの品が置かれていた。
「それ、先日仕入れたモノが今朝届いたんだけど、何の商品か分かるかい?」
テーブルに並べられているのは黒い鳥の羽に、小瓶に入った輝く粉、そして葉脈が青い草だった。
「左から黒鳥の羽に妖精の粉、そして氷結の傷草ですね」
どれも値が張るものばかりだ。特に妖精の粉はお父様でも持っているか怪しい。
「流石だね。これをこの金額で売ろうと思ってるんだけど、ドロシー嬢ちゃんの意見を聞かせちゃくれないかね」
「構いませんけど、それはお客としての意見ですか? 売る側に回った場合の意見ですか?」
魔法には観測と認識が重要だ。だからテストには、引っ掛け問題がよく出てくる。今みたいに立場によって見方が変わる質問には、まず自分がどの立場にいるのかを意識する癖がついていた。
「ふふ。いいね、流石だよ。売り手側として考えておくれ」
「売り手側、ですか」
てっきり買い手側としての感想を求められているのかと思ったから、ちょっと意外な返答だ。私は金額が書いてあるメモに目を通す。
「そうですね。黒鳥の羽根は妥当な価格だと思います。氷結の傷草はお店の事情次第で、妖精の粉に関してはもっと上げるべきかと」
「ほう、そりゃまた一体どうしてだい?」
「氷結の傷草は生える所が限られている上、年々数が少なくなっています。手に入れるには採取専門の冒険者に依頼するのが普通ですが、少なくないお金が掛かります。オオルバさんが独自の入荷ルートを持っていないのであれば、この価格で販売した場合、殆ど利益が出ないと思われます」
「なるほどね。妖精の粉は?」
「こちらはそもそも依頼したからといって、簡単に入手できるものではありません。多分、この三倍くらいの値段にしても買い手は見つかると思いますよ」
「ふーむ。なるほどね。嬢ちゃんの意見は分かったよ」
オオルバさんは宙にぷかぷか浮かびながら腕を組むと、何やら熟考し始めた。私はドキドキと、まるでテストの結果を待っている時みたいな緊張感を覚える。
「あ、あの。どうでした? 私の考えは」
やっぱり採点って気になっちゃう。私が我慢できずに聞くと、オルバさんは目をカッと見開く。
「うん。決めた! 嬢ちゃん、うちで働いてみないかい?」
「…………はい?」
それはまったく思いもよらぬ提案だった。
「私が、この店で働く」
そう言えば、卒業したら家で花嫁修業しつつ王妃の公務について学ぶ予定だったため、せっかく魔法学校を二番で卒業したのに、私には職がない。お金を作って安心し、そこまで差し迫った必要性を感じていなかったのもあるが、オオルバさんのあまりにも唐突な提案に何と答えていいか咄嗟に言葉が出てこなかった。
「まぁ、働くと言っても、当面は最も人の少ない、月と炎の日にちょっと手伝ってもらう感じかね。嬢ちゃんがやりたい仕事を見つけたら、そっちを優先してくれて構わないよ」
「や、やります! やらせてください!」
我に返った私はそう叫んでいた。
まさかこんな形で職が見つかるなんて。自分でも驚くくらい運がいい。
「よし、それじゃあ細かい条件は今夜にでも話そうか。私は出掛けてくるけど、嬢ちゃんはどうする?」
「そうですね。私は……」
ご飯を食べる前は一日中寝るのもありかと思っていたけれど、今はとてもそんな気分になれない。
「街を見て回ろうかと思います」
「そうかい。まぁ嬢ちゃんは私から見ても根を詰めすぎていたからね。お金もあるだろうし、誰はばかることなく存分に遊びな」
そう言ってオオルバさんは出掛けていった。その際にお店と部屋の鍵を受け取る。
重要な魔法具が入ってる保管庫の鍵はまた別にあるから戸締りは適当でいいと言われたものの、そんなわけにもいかずしっかりと施錠を確認する。
「よし。それじゃあ私も出掛けようかな」
外はいい日差しだ。散歩するだけでも楽しそう。だけど、どうせなら目的の一つでも欲しい。思いつくのは――
「食べ歩き……かな」
クラスの子達がよく話していた。どこどこのお店が美味しいとか、あのお店に新作が出たとか。そんな話を聞く度によくそんな無駄な時間を間食にかけられるなと呆れたフリをしていたけど、本当は私も食べてみたかった。特に気になっていたのが、プリンパフェだ。そもそもプリンパフェって何? プリンとパフェは別のスイーツなのに、それが一つになったものって何なの? そんなの、絶対美味しいスイーツに決まってるわ。
「よし。食べに行こう」
プリンパフェを。プリンとパフェが合体した未知のスイーツを。
目的地が決まった。クラスの子達が話していたお店の名前は覚えている。場所も大体は分かる。問題なく行けるはずだ。そして、実際それらしきお店の前まで来られた。来られたけど――
「あ、あれってまさか……」
こっちに向かって歩いてくる三人。その顔ぶれに、私は覚えがある。
「クラスの子だ」
正確には、卒業したばかりの魔法学校でのクラスメイト。
ど、どうしよう。まさかこんな所でバッタリ会うなんて。……は、話しかけてみようかな? ううん。話しかけてみたい。でも殆ど接点なかったし、今更変かな? 変だよね。
などと考えている内に、元クラスメイト達がこちらにどんどん近付いてくる。三人は相変わらず楽しそうだ。私もあんなふうにお喋りしたいっていつも思っていた。
……いつも? もう私はいつもの私じゃない。
「あ、あの!」
勇気を振り絞って声を出す。元クラスメイト達がこっちを向いた。
「こ、こんにちは」
「? こんにちは」
それだけ。それだけ言って彼女達は私とすれ違う。背後で、「誰?」「さぁ」みたいな会話が聞こえてきて、頬がカァアアと熱くなった。
そ、そうだよね。殆ど会話をしたことのない私なんて覚えているわけがない。なのに私ったら……
晴れやかだった気分が一気に曇る。楽しみにしていたお店が目の前にあるのに、とても入る気にはなれなかった。そもそもこんな気持ちでは、せっかくのスイーツがきっと楽しめない。
だから、どこか別の場所に移動しようとしたんだけど――
「あっ!? ひょっとして?」
そんな声が背後で上がった。振り返ると、元クラスメイトの一人――メルルさんだ。彼女が近付いてくる。
「えっと、ひょっとして……ドロシーさん?」
その一言に、私の心臓は大きく波打った。
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