植物使いの四天王、魔王軍を抜けてママになる

名無しの夜

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8.お風呂と食事

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「ねぇ、ママ。体洗わないとダメ?」

 お風呂って何? と聞いてくる娘に体を洗うことと説明したフラウダ。するとニアはさっきまではしゃいでたのが嘘のような暗い表情になった。

「お風呂嫌いなの?」

 コクン。と小さな頭が縦に揺れる。フラウダはそんな娘と目の高さを合わせた。

「どうして嫌いなの?」
「だってお水冷たいし、怖い人が怒鳴ってくるんだもん」

 元四天王はどういうことかともう一人の娘へと視線で問いかける。

「私達の沐浴はバケツに汲まれた水で体を洗うだけでした。冬は魔力で体を覆わないと耐えられない程の寒さで、また担当の監視者次第では時間を少しかけるだけで怒鳴られるので、ニアはあまり沐浴が好きじゃないんです」
「そうなんだ。それは大変だったね」

 フラウダは涙目になってる娘を抱き抱えた。

「体……洗わなくていい?」
「そうだね。なら、ママと一緒に入って、やっぱり無理そうならその時はお風呂入らなくてもいいよ」
「……ママも一緒?」
「そう、ママも一緒。それでも怖い?」

 フラウダの胸の中でニアは首を横に振った。

「良かった。……あっ、クローナは平気なの?」
「問題ありません。それにこの宿のお風呂でしたらニアも気にいると思います」
「そう。君は本当に賢いね。でも不安なことがあったらいつでもママを頼っていいんだよ」
「……ありがとうございます」

 クローナは自分の頭を撫でてくる元四天王を幼子とは思えぬ凛とした瞳で見上げる。そしてーー

「キャハハ! お姉ちゃん、あわあわぁ~」

 お風呂場に響き渡る笑い声。

 最初こそ不安げにフラウダから離れようとしなかったニアだが、広くて清潔なお風呂場に驚き、また浴槽のお湯が暖かいことを知るや否やーー

「ママ! このお水温かい! 温かいお水だよ」

 そう言って大はしゃぎだ。今はシャンプーの類が珍しいらしく、自分と姉を泡塗れにして遊んでいる。

「ニア、それ玩具じゃないのよ。無駄に使うのは止めなさい」

 最初こそ嬉しそうにニアを眺めていたクローナだが、いつまで経ってもシャンプーボトルの頭を押し続ける妹をついには嗜める。

「でもお姉ちゃんあわあわだよ! あわあわ。ほら、ほら」
「あわあわでもダメなの。ね? いい子だからお姉ちゃんの言うこと聞いて」
「……ごめんなさい」

 ニアは空になりかけたボトルを床に置いた。

 フラウダはそんな姉妹のやりとりを湯船に浸かって楽しげに眺めている。

「二魔とも、ママが寂しいから体洗ったら早くきてね」
「はーい」
「あっ、体流してからだよ。じゃないとーー」

 泡塗れのまま湯舟に入るニア。あっという間にそれは湯の中に広がっていった。

「あらら」

 苦笑するフラウダの様子に気付いた様子もなく、ニアは嬉しそうにお湯をかき分けて母親へと抱きついた。

「ほら、見てママ。あわあわ、あわあわ」
「そうだね。でもね、ニア。湯船に入る時はあわあわは落として入らないとダメなんだよ」
「そうなの?」
「そんなんです。じゃないとこんな事されちゃうんだよ」

 娘の体を擽るフラウダ。

「キャハハ! ママ、擽ったい、擽ったいよぉ~」

 ニアの手足がお湯をバチャバチャと弾き出す中、体を綺麗にしたクローナが湯船に浸かる。

「この後ご飯食べに行くわけだけど、ついでに行ってみたい所はあるかい?」

 フラウダの質問にニアは元気よく手をあげた。

「ケーキ! ママ、私ケーキ食べたいの」
「え? あ~……そうだね。ケーキ食べようね」
「食べる~!!」

 元気に応える娘の頭を撫でながら、フラウダはもう一人の娘へと問いかける。

「クローナは? 何処か行ってみたい所や、欲しい物はない?」
「いえ、特にありませんのでお気遣いなく」
「そうかい? まぁ、もしも何かあったら遠慮なく言ってね」
「分かりました。ありがとうございます」

 言葉とは裏腹に興味なさげに頷くクローナであったがーー



「ねぇ、ママ。ケーキは? ケーキ食べにいくんじゃないの?」

 入浴と着替えを済ませ、宿を出た三魔は食事処へと向かっていたが、その途中にある本屋に珍しくクローナが興味を示したので立ち寄ってみることに。

「うーん。そうなんだけど、お姉ちゃんが動いてくれないんだよね」

 クローナは店に入るなり分厚い本を広げては、その場に彫像のように立ち尽くしている。

「ねぇ、お姉ちゃん。私、ケーキ食べたいの。ねぇ、お姉ちゃんってば。ねぇ、ねぇ」

 ニアにどれだけ体を揺らされてもクローナはピクリとも反応しない。

「凄い集中力だね。いつもこうなの?」
「あのね、お姉ちゃんお本読むと動かないの。お本どけると動くけど、すっごく怖いの。だからね、お姉ちゃんがお本読む時は私もお姉ちゃんの横でお本読むことにするんだよ」
「なるほど。じゃあお姉ちゃんの気が済むまでニアも読書する?」 
「う~。でも私ケーキ食べたいよぉ」

 ニアは頰を膨らませると不満げに俯いた。

「う~ん。ならこうしましょうか」

 フラウダは本のページを無言で捲り続けるクローナはそっと抱き抱えると、そのままレジまで移動した。

「すみません。この本ください。あっ、この子から本を取らないように気をつけてね」
「ママ賢い! ママは天才さんなの?」
「ふっふっふ。そうだよ、ママは賢いんだよ。なんならもっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「天才! 天才! あのね、あのね、ママは天才さんなんだよ」
「そ、それはよかったわね」

 突然話を振られた店員が愛想笑いを浮かべながら相槌を打つ。

 そうしてフラウダはそのまま娘を抱き抱えて、はしゃぐニアと共に街でも評判の食事処へと訪れた。

「わ~。ママ! ママ! ケーキ、ケーキがいっぱいあるよ」

 店内の様子に目を輝かせていたニアはメニューを見て大はしゃぎだ。店に漂う美味しそうな香りに誘われたのか、クローナは既に本を閉じている。

「好きなの頼んでいいからね。ケーキ以外も欲しいものがあったら遠慮しないで。勿論、クローナもね」
「は、はい。ありがとうございます。それと先程はすみませんでした」

 メニューに視線を落としてフラウダと決して目が合わないようにしている幼い相貌は、今や羞恥で真っ赤になっていた。

「ふふ。後でまた本屋に寄るかい? 気になる本があったら買ってあげるよ」
「え? い、いえ……大丈夫です」

 そう言うクローナは誰がみても本心とは逆のことを口にしていた。

「気が変わったらいつでも言ってね。それで、食べたいものは決まったかい」
「あ、あの、少し高いんですが、このお肉を注文しても大丈夫でしょうか?」
「勿論。ニアは?」
「全部」
「「え?」」

 母親と姉が首を傾げる中、ニアはーー

「あのね、ママ。ここにあるケーキ全部食べたいの」

 そう言って満面の笑みを浮かべるのだった。
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