植物使いの四天王、魔王軍を抜けてママになる

名無しの夜

文字の大きさ
30 / 36

29.変化の可能性

しおりを挟む
 優しい香りに包まれてニアは眠る。

 母親の腕の中にいるような安らぎに、ここ数日己を苛んでいた悪夢も忘れ、どこまで穏やかにーー


(起きて! 起きるのよ!)


 その声は幼い娘の意識を一瞬で覚醒させた。

(誰? ママ? ママは?)

 暗い闇の中でニアは母親の姿を探す。そんな幼子の姿に苛立つように声がその大きさを増した。

(ここにママはいない。もう、どこにもママはいない)
(嘘! ママはいるもん。ずっとニアと一緒だもん)

 理解できない状況への不安も忘れてニアは叫んだ。

(そうよ。そうなってほしい。だから貴方の力が必要なの)

 そこでニアは声の主が泣いているのだと何故だか理解できた。

(大丈夫? どこか痛いの?)
(痛い、痛いわ。だから貴方に助けて欲しいのよ。出来るわね?)
(……分かんない)
(分からなくてもやるの! やらなければこうなるのよ)

 そして暗闇に映像が投影される。それは一つの可能性。でもとても強固な選択肢。その未来なかで人と魔族は絶滅の危機に瀕していた。

 視よ、地に栄えていた二足の生き物達は四足の獣に尽く食い尽くされた。それを阻もうとした者は皆殺された。

 連戦戦勝。邪悪さにも勝る狡猾さで神話の獣は世界の全てを喰らい尽くしていく。

 その凶悪なる牙の前に支配者達は破れ去る。大地は砕かれ、海は呑み干され、炎は吹き散らされ、暗黒は砕かれ、そして魔族の王様は地に倒れ伏した。

 何百年にも渡って一つの種を守り続けてきた守護者達はもういない。そんな世界で彼女は戦い続ける。幼い頃にほんの僅かな期間共に過ごした母親の仇を打つ為に、己の片翼と共に絶望的な戦いに身を投じていく。

(こんな、こんな世界を実現させないで。お願い、可能性わたしを消して)

 復讐に焦がれた女が叫ぶ。確定された過去いまへと、あやふやな可能性みらいから。

 それに、その強すぎる渇望ねがいに魅入られるかのようにニアは言葉もなく女を見つめる。

 銀と銀の視線ひとみが絡み合う。ふと、女の顔が力なく笑った。

(ママと誕生日、お祝いしたかったな)

 その一言にニアはーー

「ママ!!」

 飛び起きた。同時に己でもコントロールしきれない情動に突き動かされて部屋中を駆け回る。

「ママ! ママ!! ママ!!」
「ニア起きたの? 落ち着いて、フラウダさんなら出掛けてるわよ」

 声をかけられてそこで初めてニアは姉がいることに気がついた。

「お姉ちゃんママは!? ママはどこ?」
「大丈夫よ。ママならすぐ戻ってくるわ。だから落ち着いて、ね?」

 妹を抱きしめようとするクローナを、しかしニアは突き飛ばす。

「違う! 違うのお姉ちゃん」
「ニア?」
「行かなきゃ、私達が行かなきゃ、ママが、ママが」

 瞳に溜まった涙が落ちるのを防ぐ為、ニアは唇を強く噛み締めた。その表情は普段の年相応に涙もろい彼女とは異なり、まるで夢の中の女の激情が飛び火したかのようだった。

 妹のただならぬ様子に、しかし生まれてくる前から一緒だった姉はすぐに状況を理解した。

「……フラウダさんが危ないのね?」

 コクリ、と頷くニア。早熟の天才はもしもの時の為にと渡された種を取り出した。

(魔王軍の四天王であるフラウダさんと軍団長であるグラシデアさんの手に余る事態。私達に出来ることなんてあるの? ここも危ないようならば、いっそニアと二魔で逃げた方が……)

 不意に湧いた誘惑は、しかしクローナ本人が驚くほど何の魅力も感じなかった。

(そっか、やっぱり私はもう……)

 幼い天才の脳裏に花のような笑みが浮かぶ。同時に湧き起こる想い。抱きしめて欲しい。一緒に本を読みたい。もっとお喋りしたい。生まれて初めて抱く衝動は小さな胸をこれでもかと締め付けた。

「……行こう、ニア。フラウダさんを、私達のお母さんを助けに」

 そして一つの覚悟を決めたクローナが掌の種を握りつぶそうとしたところでーー

「お姉ちゃん待って!」
「な、なに?」

 予想外な妹の反応にクローナはビクリと動きを止めた。

 銀色の瞳が魅入られたように種を見つめる。

「ニア? どうしたの?」
「……救える」
「え?」
「救えるよお姉ちゃん、この二人ならママを助けられるの」
「二人?」

 クローナの幼い美貌に浮かぶ怪訝な表情は、しかしすぐにハッとしたモノへと取って変わられた。

(二魔のうちどちらを頼っても僕の娘だって伝えれば必ず力になってくれるはずだよ)

 脳裏に正確に蘇った言葉は、幼子の予想を確信へと昇華させた。

「ニア、この人達がどこにいるのか分かる?」
「うん。あのね、お姉ちゃん。今私、すっごい力を感じるの。でもね、あのね、私だけじゃコントロールできないの。だからお姉ちゃんの力を貸して欲しいの」
「当たり前じゃない。私達はずっと、ずっと一緒よ。それに……お母さんもね」
「うん!」

 そうして姉妹は手を取り合う。すると妹の特異な感覚と力がその姉へと流れ込んだ。本来であれば決して他者にコントロールできるはずのないそれを、クローナは双子という特性と生まれ持った鋭利な頭脳でコントロールする。

 妹に呼応して高まる魔力はクローナの黒髪黒眼を黄金へと塗り替えた。そしてーー

「見つけた! 跳ぶわよニア」
「うん。行こうお姉ちゃん」

 部屋から姉妹が消え去った。誰も居なくなった空間、いや、居ないはずの空間で一魔の獣人がそっと溜息を付く。

「あの年で空間転移まで扱えるなんて、今まで見てきた特異体の中でもぶっちぎりの二魔ニャ」
「リーダー、何でいかせたニャ? フラウダ様の命令に背くつもりなのニャ?」

 自分達のリーダーへと黒髪ショートカットの獣人が詰め寄った。事実、闇組と呼ばれる魔王軍暗部の精鋭にとって幼い二魔の術を中断させるなんて容易なことだった。彼女達のリーダーが静止を命じさえしなければ。

「やめなさいニャ。今のリーダーの行動は正しいニャ。ずっと前に私達はフラウダ様の為に動くと決めたはずニャ」

 金髪の獣人が怒る黒髪じゅうじんの肩へと手を置いた。

「だからこそあの二魔を守るのが僕達の使命じゃないニャ?」
「頭を冷やしなさいニャ。今までの観測結果から見てもあの二魔の力は疑いようがないのよニャ。ならあの子達がフラウダ様がこのままでは危ないと言い、それを阻止できると行動するならば、たとえフラウダ様の意思に反しようとも私達の行動は決まっているはずじゃないのかしらニャ」
「それは……でももしもあの子達に何かあったらどうするニャ? きっとフラウダ様は悲しむニャ。僕はそんなフラウダ様を見たくないニャ」

 黒髪の獣人の猫耳がペタリと伏せる。

「その時は私が腹を斬ってお詫びするニャ」
「俺はリーダーについていくニャ」

 今まで黙っていた赤髪の獣人が力強く宣言する。黒髪の獣人はショートカットの髪を掻き毟った。

「ああ、もう、分かったよニャ。どっちにしろ既に状況は動き出してるんだし、リーダー、指示を頼むニャ」
「フラウダ様の援護に向かう……と言いたいとこなんだけどニャ」
「何か気になる事でもあるのかしらニャ」
「フラウダ様はグラシデアを連れて行ったニャ。いけすかない奴だけど、軍団長だけあって実力は確かニャ。何が待ち受けているのかは知らないけど、この状況でフラウダ様が不覚をとるなんてありえないニャ」
「確かにそうだよねニャ。聖天者達の動きには目を光らせているけどこっちに来てるなんて情報入ってないし……入ってないよねニャ?」

 質問をした獣人を除いて、その場の全員が頷いた。

「リーダーはニアの予知を疑っているのかしらニャ?」
「いや、予知の精度は私も非常に高いと予測しているニャ。だからこそ不可解なんだニャ。フラウダ様が人間ごときの兵器やその辺の雑魚共にやられるわけがないニャ」
「それはそうだよニャ。フラウダ様は最強ニャ」
「私も全く同意見だわニャ」
「俺はフラウダ様を愛してるニャ」

 部下達の言葉を聞きながら、ネココは腕を組むと眉間に皺を寄せた。

「そう、フラウダ様が負けるわけないニャ。不測の事態があってもグラシデアの奴がいるんだし……もしもこの状態でフラウダ様が追い詰められる状況が発生するとしたら……数? いや、ちょっとやそっとの数じゃフラウダ様には勝てないニャ。なら数と実力以外の要素……」

 眉間の皺が一瞬で消えて、ハッとした顔が上がる。

「リーダー?」
「まずいニャ。すぐにグラシデアの親衛隊に連絡を入れて三つの村全てに非常事態宣言を出すニャ。それから点呼を取って村から出てる者がいないか確認ニャ。特にニアとクローナと親しい者が村から外出していた場合は何としても見つけ出して村に……フラウダ様の張る結果内に連れ戻すニャ」
「ど、どういことニャ?」
「村に大規模な襲撃が予測されるニャ。推定兵力は千から万。既に包囲されていることを想定して、フラウダ様への奉仕は先に述べた役割を全力で行うことだと心得るニャ。間違っても焦って援護に行こうとして各個撃破されるなんて意味のない死に方をするんじゃないニャよ」
「「「了解ニャ」」」

 ネココを含めた四魔の表情から感情がスッと抜け落ちる。

「よし、散るニャ」

 音もなく移動する魔王軍最高のアサシン達。そうして今度こそ部屋には誰も居なくなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...