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1 押し付けられた悪役
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突然の浮遊感で目が覚めた。
「へ? か、母さん!? な、なにが?」
お城のベッドで眠っていたはずなのに、何がどうなって母に抱き抱えられているのか、訳が分からなかった。
「ごめん、ロマちゃん。説明は後、今は大人しくしてて」
『最強の貴族令嬢』という二つ名と共に天才の名を欲しいままにしてきた母さんだけど、僕の前ではいつものほほんとしてて、こんな切羽詰った声を聞くのは初めてだった。
「着地するわ。舌噛まないでね」
「へ? え? わっ!?」
終わる浮遊感。僅かに揺れる視界の中で、お空に浮かんだ真ん丸いお月様が見えた。
「よし。母さん今から全力疾走しちゃうけど、しっかりつかま……ッ!?」
「母さん? どうしたの?」
「まさかあの状況からガキ連れてここまで逃げるなんてね、流石だなシーニア」
突然の声に心臓がドキリと跳ねる。見れば月明かりの下、二本の大きな斧を手にした赤い髪の女性と黒髪のメイドさんが立っていた。
「セブンさんにシックスさん?」
「おい、ガキ! 気安く話しかけてんじゃねぇぞ、コラ! 何がさんだ、様をつけろや、このボケ!」
「えっ!? せ、セブンさん?」
いつも気さくだったあのセブンさんの言葉とは思えずビックリする僕を、母さんがギュッと抱き締めてくれる。
「……通しては、くれないのよね?」
「通すわけねーだろ! テメェは今日この城に集った穏健派のボケ共を皆殺しにした罪人だぞ? ここで処刑されるんだよ、処刑。クックック。散々英雄だとか持ち上げられておいて、最後は罪人として殺されるってどんな気分だ? なぁ、教えてくれよ、最強の貴族令嬢様よ」
「み、皆殺し? 罪人? 母さんが?」
「おうおう。そうだよ、クソガキ。そこの女はな、戦争に勝つためにやっちゃいけねー非人道的な実験を山ほど繰り返した大罪人なんだよ。俺達ナンバーズもその犠牲者なんだ。見ろよこの耳に尻尾、可愛そうだろ? なぁ!?」
セブンさんは見せつけるように頭に生えた狼の耳をいじって、お尻の尻尾を動かして見せた。
「で、でも、セブンさん達を改造したのは皇妃様で、それでも、皇妃様はお母さんの友達で、だから、その、今日は沢山の人達と、そのお話を……」
そうだ。それでもう帝国の非道な歴史に幕を下ろすんだって母さん張り切っていたんだ。なのに何でこんなことに?
ドスン! と凄い音を立ててセブンさんが持っている斧が地面につき刺さった。
「ハァ。…………テメェみてーな頭の良いガキは嫌いだよ」
セブンさんの腕が盛り上がる。
「うらぁああ!! 死ねやぁああ!!」
僕らに向かって投げられた巨大な斧が、回転しながら凄い勢いで迫ってきた。
「う、うわぁあああ!?」
「弾け!」
母さんが手をかざすと光が盾となって大きな斧を弾いてくれた。
「ハッ、まぁ防ぐよな。おい、シックス」
「……凍れ。天使を捕らえる地獄のように」
「シックスさん!?」
未熟な僕でも分かる凄い冷気がシックスさんに収束していく。そんな中、セブンさんが大きく跳躍したんだ。
「オラ! こいつも防いでみせろよ最強様よぉおあお!!」
炎を纏う巨大な斧。それを見上げる母さんの身体が魔力で淡く発光して、周囲の空間に魔力で作られた文字が踊った。
「展開しなさい。『絶対ぼうーー」
「堕としなさい『闇の手』」
「死ねや『大炎殺』」
「……『完璧な停止』
世界が光で覆い尽くされる。視界がクルクル回って何がなんだか訳が分からない。体中に走る衝撃。僕は咄嗟に全身に魔力を張り巡らせたんだ。
「ゴホッ、ゴホッ。な、なにが?」
「へぇ、シーニアが守ったとはいえあんだけ派手に転んで生きてんのか。咄嗟に魔力を展開したか? マジで生意気なガキだな」
「セブンさん。シックスさん」
傷付いた僕を見下ろす二人の目は、見たこともないくらいに冷たかった。
「ど、どうして? 母さんは二人にあんなに優しかったのに」
「けっ、何が優しいだ。人を勝手に哀れみやがって。私はな、実験で手にいれたこの力を気にいってんだよ。確かに力を得るまでは屈辱的な目にもあったが、まぁ結果よければ全てよしだ」
セブンさんに髪の毛を掴まれて、僕の足がブラブラと宙に浮いた。
「知ってるか? ツエー奴の手足を落として犯してやると、スゲー気持ちいいんだぜ? それだけじゃねぇ、ナンバーズになってからは思いつく欲望は思いのままだ。それなのにテメーの母親はくだらねぇ倫理観を気にして、人体実験を止めろとバカ同士で手を組みやがった。大陸の派遣を争う戦争の最中にだぜ? 許せねーよな。だからああなるんだよ」
セブンさんが強引に僕の顔をある方向に向ける。そこにあったのはーー
「ああ、嘘だ! 嘘だ!」
お腹を大剣で突き刺された母さんの姿だった。
「かあさぁあああん!!」
知ってる。あの人を知ってる。母さんを刺してるあの人は皇帝。僕達の国で一番偉い人。でも何でそんな人が?
「母さん! 母さん!! うわぁあああ!! シックスさん。助けて! お母さんを助けてよ! シックスさん!!」
ナンバーズの中でも特に母さんが気にかけていたシックスさん。でも彼女は母さんのあの姿を見ても眉一つ動かさない。
「アッハッハッハ。無駄だぜ。そいつは主と決めた相手の言うとおりになんでもするお人形さんだからな。ボスには逆らわねぇよ」
「そ、そんな」
世界が足元から崩壊していく感覚。皇帝が僕を見た。
「ふん。泣くしかできんか。貴様の息子にしては情けのないことだな」
「ふ、ふふ。ゴホッ、ロマちゃんの……ハァハァ……魅力が分かんないなんて、やはり貴方の目は、ゴホッ、ゴホッ。ふ、節穴ね」
「まぁ、シーリア。親友の夫にそんなこと言うなんて、酷いじゃない」
一瞬世界が暗くなったかと思ったら、闇の中から皇妃様が現れた。
「ゴホッ! ……ダーナ、さ、さっきは、よくもやってくれたわね」
「ふふ。ナンバーズ二人を相手にしながら私の不意打ちをかわすなんて、やっぱり素敵よ貴女。でも、だからこそ残念ね。もう少し貴女が賢ければよかったのだけど」
「ゴホッ! あ、んた……ハァハァ……だけには、言われたく、ゴホッ、ないわ」
「ふふ。血にまみれた貴女ってとってもセクシーよ」
皇妃様が笑う。母さんの親友のはずなのに、死にそうな母さんを見て機嫌良さそうに笑ってる。
「陛下、言われた通り全員殺してきたぜ」
筋肉隆々とした、上半身裸の男がお城から出てくる。ニーメルを超えるその巨躯の肩には、小柄な女の子が乗っていた。
「フォースさん。フィフスさん」
二人は僕に視線さえ向けてくれない。
「キャハハハ!! 何? シーニア死にかけてるじゃん! キャハハハ!!」
「ハッ。美人が勿体ねぇ。死ぬ前に一回くらいヤッておけばよかったぜ」
お城が燃え始めている。ここで初めて僕はここがお城の正門前なんだと気が付いたんだ。
炎をかき分けて更に三人の男女が出てきた。
「ファーストさん。セカンドさん。サードさん。あ、貴方達まで……」
王妃様が行っていた人体実験、その究極の完成形ーーエルフ。透き通るような白い肌に金色の髪のファーストさん。その横にいるのは夜を思わす褐色の肌に腰まで伸びた銀色の髪が特徴的なセカンドさん。どちらもその信じられない美貌と、先っぽが伸びた耳が特徴だ。
「全て終わった。これでお前が悪役として死んでくれれば当面はつまらん謀叛に煩わされることもないだろう」
「ゴホッ! ふふ、それは……ハァハァ……どうかしらね?」
母さんはもう息も絶え絶えだ。なのに誰も母さんを心配してくれない。誰も母さんを助けようとしてくれない。
「……なんなんだよ。皆、母さんのことを尊敬してるって言ってたのに。感謝してるって言ってたのに。なんなんだよ! なんなんだよ! お前ら!!」
「ハッ! マジで煩いガキだな。だがムカつき具合もここまで来ると逆に愛らしいぜ。おい、ボス! このガキは私がもらってもいいかい?」
背後のセブンさんが叫ぶ。同時に僕の髪を握っている手に力が入るけど、そんなの怒りのせいで全然痛くなんかなかった。
「勝手にしろ」
皇帝はそれだけ言ってこちらを見もしない。皇妃様は何も出来ない僕を見てニヤニヤ笑っている。
壊れた世界につられて、僕は僕の心が壊れていく音を確かに聞いた。
「ふざけるなよ! ふざけるなよ!! 殺してやる! ここにいる全員、一人のこらず僕が……俺がぶっ殺してやる!!」
「キャハハハ! 何その子? マジ笑えるんだけど」
「いやー、いいなお前、ただのお坊っちゃんと思ってたが、虐めがいがありそうだぜ」
「ちょっとセブン、独り占めは狡いんじゃない? 私にもその玩具貸しなさいよね」
「チッ。……私が楽しんだ後ならな」
誰も、誰も、俺のことなんか歯牙にもかけていない。俺が自分達を殺せるなんて思ってない。そんな中ーー
「ロマちゃん」
母さんがギュッと握りしめた拳をこちらに向けてきた。そしていつものように微笑むと、
「やっちゃいなさい」
そう言ったんだ。だからきっとこの瞬間、俺の人生は決定的に決定したのだと思う。
母さんの身体が淡く輝いた。
「届け! 我が盟約者の下に。聞け! 始まりの者よ。汝と結んだ契約を今ここに。どうか我が願いをーー」
「さらばだ、シーニア」
皇帝の大剣がその大きさからは信じられないほど早く動いて母さんを切り裂いた。
「う、うわぁああああ!! かあさぁああああん!!」
母さんが、俺の母さんがバ、バラバラになっちゃった。
「ハッ、せいせいしたぜ。さてと、それじゃあ私達は私達で楽しもうぜ……ん?」
バラバラの破片となって地面に落ちる母さんの身体。宙を舞っている血が淡く輝いたかと思えば、次の瞬間には辺り一面をその輝きで照らした。
「んだ、これは? あっ!? おい!?」
近くにいるはずのセブンの声が遠い。あまりの目映さに閉じていた瞼を開ければ、俺はさっきまでとは全然別の所に立っていた。
「え? な、なに? どこ? どこなの? ……母さん? 母さんどこにいるの?」
「お前の母は死んだ。分かっているのだろう?」
風が吹く。月がとっても近くて、遠くに海が見える。月光に照らされた高台の上で、俺は一人の少女と向き合っていた。
「よ、妖精?」
長い金色の髪はキラキラ光ってて、虹色に輝く瞳はまるでこの世界の綺麗なものを全て詰め込んで出来たかのようだった。
「妖精ではない。妾は吸血鬼の真祖じゃ」
「きゅ、吸血鬼!? って絵本に出てくる?」
「絵本……まぁお主の住んでいた大陸では妾達の存在は架空のものとされておるからの。そうじゃ、その吸血鬼じゃ」
吸血鬼を名乗った少女は軍の偉い人みたいな感じで頷いた。見た目は俺より少しだけ年上といった感じなのに、そんな態度が不思議とよく似合っていた。
「そっか、吸血鬼なんだ」
「そうだ。妾は吸血鬼だ。それも世界最強のな」
「世界最強……」
ああ、それは何て魅力的な言葉なんだろうか。気付いたら俺は額を地面に擦りつけていた。
「お、俺を貴方の眷属にしてください! お願いします!」
「妾の眷属になって何をなす?」
「復讐を! 母さんを殺したあいつらをみんなぶっ殺してやるんだ」
「その為に無関係の多くの血が流れるぞ。その覚悟はあるのか?」
その言葉に一瞬、ほんの一瞬だけ俺は躊躇した。でもそれはやはり一緒に過ぎなかったんだ。
「はい。構いません。俺は英雄になんかなれなくていい、俺は……俺はどんな奴にも敗けない最強の復讐鬼になりたいんです」
「……お前の母には世話になった。お前が望むなら、お前を新たな眷属として迎え入れよう」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「エルミリア。妾の名前はエルミリア・ノア・アラマじゃ」
「ありがとうございます。エルミリア様」
そうして母を失ったこの日、俺は人であることを捨てた。
「へ? か、母さん!? な、なにが?」
お城のベッドで眠っていたはずなのに、何がどうなって母に抱き抱えられているのか、訳が分からなかった。
「ごめん、ロマちゃん。説明は後、今は大人しくしてて」
『最強の貴族令嬢』という二つ名と共に天才の名を欲しいままにしてきた母さんだけど、僕の前ではいつものほほんとしてて、こんな切羽詰った声を聞くのは初めてだった。
「着地するわ。舌噛まないでね」
「へ? え? わっ!?」
終わる浮遊感。僅かに揺れる視界の中で、お空に浮かんだ真ん丸いお月様が見えた。
「よし。母さん今から全力疾走しちゃうけど、しっかりつかま……ッ!?」
「母さん? どうしたの?」
「まさかあの状況からガキ連れてここまで逃げるなんてね、流石だなシーニア」
突然の声に心臓がドキリと跳ねる。見れば月明かりの下、二本の大きな斧を手にした赤い髪の女性と黒髪のメイドさんが立っていた。
「セブンさんにシックスさん?」
「おい、ガキ! 気安く話しかけてんじゃねぇぞ、コラ! 何がさんだ、様をつけろや、このボケ!」
「えっ!? せ、セブンさん?」
いつも気さくだったあのセブンさんの言葉とは思えずビックリする僕を、母さんがギュッと抱き締めてくれる。
「……通しては、くれないのよね?」
「通すわけねーだろ! テメェは今日この城に集った穏健派のボケ共を皆殺しにした罪人だぞ? ここで処刑されるんだよ、処刑。クックック。散々英雄だとか持ち上げられておいて、最後は罪人として殺されるってどんな気分だ? なぁ、教えてくれよ、最強の貴族令嬢様よ」
「み、皆殺し? 罪人? 母さんが?」
「おうおう。そうだよ、クソガキ。そこの女はな、戦争に勝つためにやっちゃいけねー非人道的な実験を山ほど繰り返した大罪人なんだよ。俺達ナンバーズもその犠牲者なんだ。見ろよこの耳に尻尾、可愛そうだろ? なぁ!?」
セブンさんは見せつけるように頭に生えた狼の耳をいじって、お尻の尻尾を動かして見せた。
「で、でも、セブンさん達を改造したのは皇妃様で、それでも、皇妃様はお母さんの友達で、だから、その、今日は沢山の人達と、そのお話を……」
そうだ。それでもう帝国の非道な歴史に幕を下ろすんだって母さん張り切っていたんだ。なのに何でこんなことに?
ドスン! と凄い音を立ててセブンさんが持っている斧が地面につき刺さった。
「ハァ。…………テメェみてーな頭の良いガキは嫌いだよ」
セブンさんの腕が盛り上がる。
「うらぁああ!! 死ねやぁああ!!」
僕らに向かって投げられた巨大な斧が、回転しながら凄い勢いで迫ってきた。
「う、うわぁあああ!?」
「弾け!」
母さんが手をかざすと光が盾となって大きな斧を弾いてくれた。
「ハッ、まぁ防ぐよな。おい、シックス」
「……凍れ。天使を捕らえる地獄のように」
「シックスさん!?」
未熟な僕でも分かる凄い冷気がシックスさんに収束していく。そんな中、セブンさんが大きく跳躍したんだ。
「オラ! こいつも防いでみせろよ最強様よぉおあお!!」
炎を纏う巨大な斧。それを見上げる母さんの身体が魔力で淡く発光して、周囲の空間に魔力で作られた文字が踊った。
「展開しなさい。『絶対ぼうーー」
「堕としなさい『闇の手』」
「死ねや『大炎殺』」
「……『完璧な停止』
世界が光で覆い尽くされる。視界がクルクル回って何がなんだか訳が分からない。体中に走る衝撃。僕は咄嗟に全身に魔力を張り巡らせたんだ。
「ゴホッ、ゴホッ。な、なにが?」
「へぇ、シーニアが守ったとはいえあんだけ派手に転んで生きてんのか。咄嗟に魔力を展開したか? マジで生意気なガキだな」
「セブンさん。シックスさん」
傷付いた僕を見下ろす二人の目は、見たこともないくらいに冷たかった。
「ど、どうして? 母さんは二人にあんなに優しかったのに」
「けっ、何が優しいだ。人を勝手に哀れみやがって。私はな、実験で手にいれたこの力を気にいってんだよ。確かに力を得るまでは屈辱的な目にもあったが、まぁ結果よければ全てよしだ」
セブンさんに髪の毛を掴まれて、僕の足がブラブラと宙に浮いた。
「知ってるか? ツエー奴の手足を落として犯してやると、スゲー気持ちいいんだぜ? それだけじゃねぇ、ナンバーズになってからは思いつく欲望は思いのままだ。それなのにテメーの母親はくだらねぇ倫理観を気にして、人体実験を止めろとバカ同士で手を組みやがった。大陸の派遣を争う戦争の最中にだぜ? 許せねーよな。だからああなるんだよ」
セブンさんが強引に僕の顔をある方向に向ける。そこにあったのはーー
「ああ、嘘だ! 嘘だ!」
お腹を大剣で突き刺された母さんの姿だった。
「かあさぁあああん!!」
知ってる。あの人を知ってる。母さんを刺してるあの人は皇帝。僕達の国で一番偉い人。でも何でそんな人が?
「母さん! 母さん!! うわぁあああ!! シックスさん。助けて! お母さんを助けてよ! シックスさん!!」
ナンバーズの中でも特に母さんが気にかけていたシックスさん。でも彼女は母さんのあの姿を見ても眉一つ動かさない。
「アッハッハッハ。無駄だぜ。そいつは主と決めた相手の言うとおりになんでもするお人形さんだからな。ボスには逆らわねぇよ」
「そ、そんな」
世界が足元から崩壊していく感覚。皇帝が僕を見た。
「ふん。泣くしかできんか。貴様の息子にしては情けのないことだな」
「ふ、ふふ。ゴホッ、ロマちゃんの……ハァハァ……魅力が分かんないなんて、やはり貴方の目は、ゴホッ、ゴホッ。ふ、節穴ね」
「まぁ、シーリア。親友の夫にそんなこと言うなんて、酷いじゃない」
一瞬世界が暗くなったかと思ったら、闇の中から皇妃様が現れた。
「ゴホッ! ……ダーナ、さ、さっきは、よくもやってくれたわね」
「ふふ。ナンバーズ二人を相手にしながら私の不意打ちをかわすなんて、やっぱり素敵よ貴女。でも、だからこそ残念ね。もう少し貴女が賢ければよかったのだけど」
「ゴホッ! あ、んた……ハァハァ……だけには、言われたく、ゴホッ、ないわ」
「ふふ。血にまみれた貴女ってとってもセクシーよ」
皇妃様が笑う。母さんの親友のはずなのに、死にそうな母さんを見て機嫌良さそうに笑ってる。
「陛下、言われた通り全員殺してきたぜ」
筋肉隆々とした、上半身裸の男がお城から出てくる。ニーメルを超えるその巨躯の肩には、小柄な女の子が乗っていた。
「フォースさん。フィフスさん」
二人は僕に視線さえ向けてくれない。
「キャハハハ!! 何? シーニア死にかけてるじゃん! キャハハハ!!」
「ハッ。美人が勿体ねぇ。死ぬ前に一回くらいヤッておけばよかったぜ」
お城が燃え始めている。ここで初めて僕はここがお城の正門前なんだと気が付いたんだ。
炎をかき分けて更に三人の男女が出てきた。
「ファーストさん。セカンドさん。サードさん。あ、貴方達まで……」
王妃様が行っていた人体実験、その究極の完成形ーーエルフ。透き通るような白い肌に金色の髪のファーストさん。その横にいるのは夜を思わす褐色の肌に腰まで伸びた銀色の髪が特徴的なセカンドさん。どちらもその信じられない美貌と、先っぽが伸びた耳が特徴だ。
「全て終わった。これでお前が悪役として死んでくれれば当面はつまらん謀叛に煩わされることもないだろう」
「ゴホッ! ふふ、それは……ハァハァ……どうかしらね?」
母さんはもう息も絶え絶えだ。なのに誰も母さんを心配してくれない。誰も母さんを助けようとしてくれない。
「……なんなんだよ。皆、母さんのことを尊敬してるって言ってたのに。感謝してるって言ってたのに。なんなんだよ! なんなんだよ! お前ら!!」
「ハッ! マジで煩いガキだな。だがムカつき具合もここまで来ると逆に愛らしいぜ。おい、ボス! このガキは私がもらってもいいかい?」
背後のセブンさんが叫ぶ。同時に僕の髪を握っている手に力が入るけど、そんなの怒りのせいで全然痛くなんかなかった。
「勝手にしろ」
皇帝はそれだけ言ってこちらを見もしない。皇妃様は何も出来ない僕を見てニヤニヤ笑っている。
壊れた世界につられて、僕は僕の心が壊れていく音を確かに聞いた。
「ふざけるなよ! ふざけるなよ!! 殺してやる! ここにいる全員、一人のこらず僕が……俺がぶっ殺してやる!!」
「キャハハハ! 何その子? マジ笑えるんだけど」
「いやー、いいなお前、ただのお坊っちゃんと思ってたが、虐めがいがありそうだぜ」
「ちょっとセブン、独り占めは狡いんじゃない? 私にもその玩具貸しなさいよね」
「チッ。……私が楽しんだ後ならな」
誰も、誰も、俺のことなんか歯牙にもかけていない。俺が自分達を殺せるなんて思ってない。そんな中ーー
「ロマちゃん」
母さんがギュッと握りしめた拳をこちらに向けてきた。そしていつものように微笑むと、
「やっちゃいなさい」
そう言ったんだ。だからきっとこの瞬間、俺の人生は決定的に決定したのだと思う。
母さんの身体が淡く輝いた。
「届け! 我が盟約者の下に。聞け! 始まりの者よ。汝と結んだ契約を今ここに。どうか我が願いをーー」
「さらばだ、シーニア」
皇帝の大剣がその大きさからは信じられないほど早く動いて母さんを切り裂いた。
「う、うわぁああああ!! かあさぁああああん!!」
母さんが、俺の母さんがバ、バラバラになっちゃった。
「ハッ、せいせいしたぜ。さてと、それじゃあ私達は私達で楽しもうぜ……ん?」
バラバラの破片となって地面に落ちる母さんの身体。宙を舞っている血が淡く輝いたかと思えば、次の瞬間には辺り一面をその輝きで照らした。
「んだ、これは? あっ!? おい!?」
近くにいるはずのセブンの声が遠い。あまりの目映さに閉じていた瞼を開ければ、俺はさっきまでとは全然別の所に立っていた。
「え? な、なに? どこ? どこなの? ……母さん? 母さんどこにいるの?」
「お前の母は死んだ。分かっているのだろう?」
風が吹く。月がとっても近くて、遠くに海が見える。月光に照らされた高台の上で、俺は一人の少女と向き合っていた。
「よ、妖精?」
長い金色の髪はキラキラ光ってて、虹色に輝く瞳はまるでこの世界の綺麗なものを全て詰め込んで出来たかのようだった。
「妖精ではない。妾は吸血鬼の真祖じゃ」
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「絵本……まぁお主の住んでいた大陸では妾達の存在は架空のものとされておるからの。そうじゃ、その吸血鬼じゃ」
吸血鬼を名乗った少女は軍の偉い人みたいな感じで頷いた。見た目は俺より少しだけ年上といった感じなのに、そんな態度が不思議とよく似合っていた。
「そっか、吸血鬼なんだ」
「そうだ。妾は吸血鬼だ。それも世界最強のな」
「世界最強……」
ああ、それは何て魅力的な言葉なんだろうか。気付いたら俺は額を地面に擦りつけていた。
「お、俺を貴方の眷属にしてください! お願いします!」
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その言葉に一瞬、ほんの一瞬だけ俺は躊躇した。でもそれはやはり一緒に過ぎなかったんだ。
「はい。構いません。俺は英雄になんかなれなくていい、俺は……俺はどんな奴にも敗けない最強の復讐鬼になりたいんです」
「……お前の母には世話になった。お前が望むなら、お前を新たな眷属として迎え入れよう」
「あ、ありがとうございます。えっと……」
「エルミリア。妾の名前はエルミリア・ノア・アラマじゃ」
「ありがとうございます。エルミリア様」
そうして母を失ったこの日、俺は人であることを捨てた。
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