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第2巻 ひとつめの記憶
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再びあの扉の前に立ったとき、私はなぜか深呼吸をしていた。
懐かしい空気に触れたくなった――そう言えば聞こえはいいけれど、実際のところは、自分でもよくわからない。ただ、心の中の何かが、またあの書店へ行けと背中を押していた。
木の扉を押すと、前と同じ鈴の音が迎えてくれた。
本棚の並びも、店内の薄暗さも変わっていない。けれど今日は、少しだけ明るく見えたのは、私の気分のせいだろうか。
「おや、また来てくれたのかね」
あの日と同じように、店の奥から店主が姿を現した。
柔らかな声。少し首を傾げて、目尻に皺を寄せて微笑む。
「ええ、なんとなく…気になってしまって」
「それは、それは。そういう“なんとなく”が、大事なんだよ」
店主の言葉は、どれも不思議と私の中にすっと入ってくる。
私はまた、特に目的もなく店内を歩き始めた。手に取る本に意味はない。ただ、指先が惹かれる方へ、気の向くままに。
しばらくして、背表紙に金色の模様が入った一冊が目に留まった。
薄い青緑の布張りの表紙。手に取った瞬間、ひやりとした感触が指に伝わる。
開くと、古い家屋の間を縫うように流れる小川の挿絵。
そこに立っている、黄色い傘の少女。
――あの子を知ってる。
心の奥が、静かに震えた。忘れていた記憶の扉が、軋む音を立てて開く。
それは、小学生の頃のある雨の日。
傘を忘れた私に、見知らぬ少女が自分の傘を差し出してくれた。小川沿いの細道で。声も名前も覚えていないのに、あの黄色い傘だけが、記憶に焼きついている。
なぜこんな場面が、この本の中にあるのだろう。
偶然? それとも…。
「思い出したかね?」
いつの間にか店主がそばにいた。
「…ええ。でも、不思議なんです。なんでこんな、本の中に…」
店主は、まるで子どもに秘密を打ち明けるように、そっと囁いた。
「この店の本はね、“あなたが忘れたままにしたもの”を、そっと教えてくれるんだよ」
私は言葉を失った。
この場所は――忘れていた記憶に、そっと光を当てる場所なのかもしれない。
私はその本も購入し、帰り道、何度もページをめくった。
記憶の中の少女の顔は曖昧なまま。でも、たしかに“あの日の自分”にもう一度触れた気がした。
そして私は思った。
また、この扉を開けよう。
過去と向き合う勇気を、この小さな書店がくれるのなら。
懐かしい空気に触れたくなった――そう言えば聞こえはいいけれど、実際のところは、自分でもよくわからない。ただ、心の中の何かが、またあの書店へ行けと背中を押していた。
木の扉を押すと、前と同じ鈴の音が迎えてくれた。
本棚の並びも、店内の薄暗さも変わっていない。けれど今日は、少しだけ明るく見えたのは、私の気分のせいだろうか。
「おや、また来てくれたのかね」
あの日と同じように、店の奥から店主が姿を現した。
柔らかな声。少し首を傾げて、目尻に皺を寄せて微笑む。
「ええ、なんとなく…気になってしまって」
「それは、それは。そういう“なんとなく”が、大事なんだよ」
店主の言葉は、どれも不思議と私の中にすっと入ってくる。
私はまた、特に目的もなく店内を歩き始めた。手に取る本に意味はない。ただ、指先が惹かれる方へ、気の向くままに。
しばらくして、背表紙に金色の模様が入った一冊が目に留まった。
薄い青緑の布張りの表紙。手に取った瞬間、ひやりとした感触が指に伝わる。
開くと、古い家屋の間を縫うように流れる小川の挿絵。
そこに立っている、黄色い傘の少女。
――あの子を知ってる。
心の奥が、静かに震えた。忘れていた記憶の扉が、軋む音を立てて開く。
それは、小学生の頃のある雨の日。
傘を忘れた私に、見知らぬ少女が自分の傘を差し出してくれた。小川沿いの細道で。声も名前も覚えていないのに、あの黄色い傘だけが、記憶に焼きついている。
なぜこんな場面が、この本の中にあるのだろう。
偶然? それとも…。
「思い出したかね?」
いつの間にか店主がそばにいた。
「…ええ。でも、不思議なんです。なんでこんな、本の中に…」
店主は、まるで子どもに秘密を打ち明けるように、そっと囁いた。
「この店の本はね、“あなたが忘れたままにしたもの”を、そっと教えてくれるんだよ」
私は言葉を失った。
この場所は――忘れていた記憶に、そっと光を当てる場所なのかもしれない。
私はその本も購入し、帰り道、何度もページをめくった。
記憶の中の少女の顔は曖昧なまま。でも、たしかに“あの日の自分”にもう一度触れた気がした。
そして私は思った。
また、この扉を開けよう。
過去と向き合う勇気を、この小さな書店がくれるのなら。
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