運命なんて残酷なだけ

緋川真望

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8 夢の終わり

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 頭の中を再起動したみたいに、数日前の記憶が一気に戻って来る。

 透が働かせてもらっている鬼在きさらの個室ビデオ店に兄と姉が訊ねて来た。探偵を雇って透の居場所を突き止めたらしい。二人は、母が死んだことを透に告げた。母は透が行方不明になった直後に心労で倒れ、その際に検査で癌が見つかったという。心痛のせいか母親は治療の意志が弱く、手術も抗癌剤も拒否して静かに死んでいったらしい。会わせる顔が無いと言って、母は死ぬまで透に会うことを望まなかったと兄に聞かされた。

 葬儀会場は珀山の屋敷だったが、兄と姉が父に会わずに済むようにとこっそり裏口から透を入れてくれた。……亡くなった母の顔は別人のようにやつれてしまっていた。透を襲った犯人は、透から生まれ育った家を奪い、婚約者との未来を奪い、そして今度は母親を奪って行ったのだ。

 涙も流せないまま母の亡骸に寄り添っていた透は、突然強烈なαのフェロモンを感じ取った。
 有り得ないことだった。透は三年前にむりやり首を噛まれていて、誰のフェロモンにも反応しない体になっていたからだ。透が感じることが可能なフェロモンはただひとつ、犯人のフェロモンだけだ。

―――― 犯人がこの場所にいる……!!

 怒りで頭が真っ白になる。
 透を拉致して暴行しておいて、素知らぬ顔で母の葬儀に参列しているのか?

 体が熱くなって、芯が疼いた。
 やっと見つけたと思った。
 絶対に殺してやると思った。
 そのためだけに生きて来たのだ。

 透は熱くなる体を引きずって屋敷の表へ回った。そこでフェロモンを発するαを見つけ出し、そいつにナイフで切りかかって…………。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 その後は何が起こったのかよく覚えていない。

「くそ……!」

 でも、見知らぬαと二人でベッドにいるこの状況を見れば馬鹿でも理解できる。
 透は番のフェロモンに逆らえずに、結局また好き勝手に犯されてしまったんだろう。

「透……?」

 美形のαがキングサイズのベッドの上で透を見ている。
 整った容貌にモデルみたいな体型、シルクのパジャマにカシミヤのカーディガンを羽織っていて、いかにも裕福そうな部屋に住んでいるαの男。

「なんで、お前みたいなやつが……!?」

 こんないかにもエリートなαが金に困って宝石付きの首輪を奪う必要なんてないはずだ。
 全性別からモテそうな容姿のαが、わざわざ透を拉致して発情薬を使う理由も無いはずだ。
 すべてを持っているような恵まれたαが、それまで会ったことも無かった透から、なぜすべてを奪って行ったのか。

「なんで、俺にあんなことを!? なんであんなにひどいことをしたんだ! 面白半分だったのか? それとも珀山家に恨みでもあったのか?」

 怒りをぶつける透に対して、αはつらそうに目を伏せて首を振った。

「すまない。不可抗力だった。……透のフェロモンを嗅いで発情してしまって、どうしても透に触れたくて……」
「はぁ? なんだそれ。俺に触れたいから? そんな理由で? ストーカーかよ!」
「ちが……」
「うるさい! 俺に触れたいなんて、そんなしょうもない理由で迎えの車を襲って俺をさらったのか? 薬で俺を発情させて大勢で輪姦まわしたのか? 抵抗する俺のあばらを思い切り蹴ってきて、足を踏みつけたのかよ!」
「そ、そんなことはしていない!」
「今さら言い逃れできると思っているのか!」

 怒りが強すぎて眩暈がした。
 くらくらとする透に、αが手を差し伸べてくる。

「透、大丈夫か」
「触るな!」

 バシリと手を振り払うと、αは傷付いたような顔をした。

「……すまない、透。だが俺は透に暴力など振るっていない」

 犯人であることは明白なのに、なぜ今さら否定するのか。
 つらそうな目をして見上げてくるαが、さらに言い訳を口にする。

「透、冷静になってくれないか。確かに俺は透を抱いた。発情期を収めるためだと理由を付けて、繰り返し何度も抱いた。だが、俺は透の言うようなことは何もしていない。大勢で輪姦した? あばらを蹴って足を踏みつけた? 俺が透にそんなことをするはずがない。いったい何のことを言っているんだ?」

 誠実そうな声と表情が癪にさわった。
 透はギリリと唇をかんだ。

「……俺のナイフは」
「透の荷物ならあそこに……」

 αの目が壁際にある大理石のコンソールテーブルをちらりと見る。そこに、透のナイフと財布、畳まれた喪服が並べて置いてあった。
 透は瞬時にベッドを飛び降りテーブルまで全速力で走った。その手にナイフをつかんで身構えて振り返ったが、てっきり追いかけてくると思ったαはベッドの上から動いていなかった。

「透……」

 αの男はまるでショックを受けているような顔をしている。
 暴行事件のことなど何も知らないとでも言いたげな顔だ。
 強いフェロモンの香りが無ければ、無関係な男だと騙されてしまいそうだ。

 透はナイフを握る手にぐっと力を込めた。

「善良なふりがうまいんだな。それで警察の捜査もかわしたのか? でも、俺には……俺だけには確実に犯人が分かる。なぜかはお前自身が一番よく知っているだろ?」
「何のことを言っているのか……」

 途惑うふりをするαに透はその罪を突き付けた。

「三年前、俺は複数の男達に暴行され、その中のひとりに首を噛まれた。そいつはαだった。俺は見知らぬαにむりやり番にされたんだ!」
「そんな……」

 さぁっとαの顔が蒼ざめた。

「は、自分で噛んでおいて忘れたふりか?」
「噛んだのは俺じゃない」
「そんなわけがあるか! お前だってΩの体の仕組みを知らないわけじゃないだろう? 番を持ったΩは自分の番のフェロモンにしか反応しなくなるんだ。俺はお前が垂れ流しているαのフェロモンが分かる。お前のフェロモンで発情したんだ。俺をむりやり番にした犯人はお前に決まっているだろうが!」
「違う。俺は透を噛んでいない」
「まだしらばっくれる気かよ!」
「お願いだ、透。話を聞いてくれ」
「うるさい!」

 透は叫んで、αの男にナイフを突き出した。




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