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第二章 俺とあきらの崩れる日常
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あきらは立ち上がると、ローテーブルの上のケースからティッシュを三枚引き抜いて、ぶーっと豪快に鼻をかんだ。
「ほら、友哉も」
そう言ってティッシュケースを寄越すので、俺も涙を拭いて、大きな音を立てて鼻をかんだ。
互いに赤い鼻をして、なんだか少し笑ってしまう。
あきらは手のひらでぐしぐしと目を拭いながら、俺を見た。
「はーあ……友哉って、恥ずかしいことを大真面目に言うよなぁ」
「は? 何も恥ずかしくないだろ。大切な友達に大切だって伝えただけなんだから」
「うわぁ」
「うわぁってなんだよ」
「そういうとこだよ」
「は? 何がだよ」
「いつも俺が言って欲しい言葉を、声に出して言ってくれる。かなわないなぁって思うよ」
あきらは涙に濡れた目で、ニカッと笑った。
「そこまでなりふり構わず縋りつかれちゃったら、もうしょうがないなぁ」
「なっ、縋りついてはいないだろ」
「あははは。ま、これからも一緒にいるよ、友哉お兄ちゃん」
あきらがこぶしを作って掲げる。俺はそこへこぶしをコツンとぶつける。指を握り合って、手のひらを合わせる。
コツン、グッ、パチン、友情の合図。
互いに泣きはらした顔で照れたように笑う。
「ええと、それでとりあえずどうしようか」
照れ臭さをごまかすように言うと、あきらはまたベッドに座り直した。
「今すぐ家を出なくても、まだまだ大丈夫だと思う」
「そう、なのか……?」
俺はローテーブルの前にあぐらをかいて座る。
「うん、おばちゃんは時たまおかしい感じのことを言うけれど、今のところ実際に何かされるわけじゃないから。だから家出は最終手段に取っておいた方がいいと思う」
「そうか……。あきら、ほかに俺に隠していることはないか? 父さんから何かされたとか」
「おじちゃんは普段夜しか会わないし、何もないよ。会うたびに頭を撫でてくるけど、それは前からそうだったから」
「ちょっとでも変だと思ったら俺に言えよ」
「分かった」
自分の親から友人への性的虐待を疑うなんて、精神的にかなりきつい。でも、俺だけ何も知らずにいるのはもっと嫌だと思った。
「で、友哉」
「ん、なんだ?」
「友哉も俺に隠していることがあるだろ」
「え」
「あるよね。ベッドの下とか」
あきらは自分が座っている下をトントンと指差す。
トクンと心臓が跳ねる。
「ここに、何かを隠しているよね」
俺はごくっと息を呑んだ。
「……分かるのか」
「分かるよ。すごく嫌な気配がするもん」
「そ、そうか」
俺はベッドの下に手を突っ込むと、小さな木箱をふたつ取り出してローテーブルに並べた。何の模様も無い黒い木箱と、破れたお札が貼ってある白っぽい木箱のふたつだ。
あきらはそのふたつの木箱を見ると、小さく息を吐いた。
「やっぱり友哉が持っていたんだ」
「この木箱の存在を知っていたのか」
「うん。てっきり早苗さんが持って行ったのかと思っていた。なんで友哉が隠してたの?」
俺はふたつの木箱を見るふりをして、あきらから目をそらした。
「あきらを、怖がらせたくなかったんだ」
違う。怖かったのは俺の方だ。
あきらがじっと俺を見ているのが分かる。その目に心の中まで見透かされてしまいそうで、俺はさらに下を向いた。
あの時、あの人は俺に『あきらを守れるか』と聞いた。そして俺の答えを聞くと、ガリガリとお札をはがして白い木箱の蓋を開けてしまった。ずしりとあきらの重みを腕に感じた瞬間に、決定的な何かが始まってしまったんだと俺は悟った。
でも俺はそれを直視したくなかったし、あきらにも直視させたくなかった。今の状態のままで留まっていたいという、俺の怯えや甘えだったんだと思う。
「ごめん……」
「謝る必要なんてないよ。怖いのは本当だから」
「あきらは、これが何か知っているのか」
「正確には分からない。早苗さんは、俺の世界を終わらせる箱だって言っていた」
「終わらせる? え、どっちの箱が?」
「どっちの箱もだよ」
「ええ」
あきらは黒っぽい箱の方に人差し指を向けた。
「そっちは今すぐ死ねて楽に終わる箱」
次に、破れたお札のついた白い箱へ人差し指を向ける。
「こっちは自分で自分の世界を壊してしまってゆっくり終わる箱」
「どういう意味?」
あきらはゆっくり首を振った。
「あの夜、早苗さんは俺の部屋に来て、箱を選べって言ったんだ。どちらを選んでも今までの俺の世界は終わるけれど、どういう風に終わるのかを選ばせてあげるって」
「なんで、そんなこと」
「多分、早苗さん自身が終わらせたかったんじゃないのかな」
そうだ。あの時、彼女は限界だというようなことを口にしていた。
「それで選んだのか」
「ううん。俺は選べないって答えた。そしたら早苗さんが……」
あきらの視線が黒い箱に向けられる。
俺があのボロアパートに飛び込んだ時、すでにこちらの蓋は開けられていた。
「叔母さんが、すぐに死ぬっていう方の箱を開けたんだな」
「うん。その瞬間、何かが飛び出してきて俺は襲われた。いつもの『あれ』より強くて凶暴なやつで俺はもう死ぬかと思ったのに、その時、友哉が助けに来てくれた」
俺は黒い方の箱をぱかりと開けてみた。あきらがぎくりと身構えたが、今は何も入っていないし、何も飛び出しては来ない。
「あの時の『あれ』は今までで一番強かったよな」
息づかいや臭いまでして、生々しい存在感もあった。俺もあきらも体中を噛まれて、俺は右耳が少し欠けてしまった。
「早苗さんは俺に死んでほしかったんだよね。だから迷わず黒い箱を開けたんだ」
「違う」
「何が違うの」
「俺に助けてって電話してきたのは、早苗さんだ」
「え……?」
「あきらを助けて、お願いって」
「自分で箱を開けておいて……?」
俺はこくりとうなずいた。
「きっと、怖くなっちゃったんだと思う。土壇場になって、やっぱりあきらを死なせたくないって、そう思ったんだろ」
「そうなのかな……」
あきらはベッドから降りてこちらへ近付き、恐る恐る箱に手を伸ばした。
「わっ」
電気でも走ったかのように、手を引っ込める。
「なんか、痛い。触れない」
「そうなのか? じゃぁ、こっちの箱は?」
「えっと……痛っ! こっちも触れないや」
あきらは箱に触れない。
それはどういう意味を持つんだろう。
「こっちの箱、お札が破れているってことは友哉が開けたの?」
「いや、俺じゃない」
俺は、あの時あきらの叔母と交わしたやり取りを、思い出せる限りあきらに伝えた。
あきらがぱちくりと瞬きする。
「重くなった? 俺が?」
「ああ」
「それってどういう現象?」
「よく分からない」
「分からないことだらけだね」
「そうだよな」
「で、そっちの箱には俺の臍の緒とかが入ってるんだ?」
「そうだ」
俺は札のついている方の箱を開けて見せた。中には白いさらしのような包みが入っているので、俺はそれを取り出してあきらへ差し出した。
あきらは恐々それをつつく。今度は痛みもなく触れたようで、ほっとした顔で受け取ると包みを開いた。
5センチくらいの干からびた臍の緒と、こよりで束ねられた十数本の短い髪の毛、それと3センチ四方の和紙の包み。和紙を開くと、薄い桜色の小さな爪が入っていた。
「うわ、ちっちゃ!」
「赤ちゃんの頃の爪って言っていたからな」
「へぇ……俺って大きくなったんだね」
「そうだな」
俺より大きくなるなんて、育ちすぎた気もするけど。
「自分の臍の緒ってどうしたらいいんだろう」
「嫌な感じがするか?」
「ううん。嫌なのは箱だけ」
「じゃぁ、箱は処分しよう。臍の緒とかは大事に取っておけばいいんじゃないか? 母親とのつながりみたいなものだろうし」
「そっか。持っていたらお母さんと会えるかな」
「……多分な」
「でも十年も経っているから会っても分からなかったりして」
「そんなことはないだろ。目元とか、あきらによく似ていたし」
「え?」
きょとんとあきらは俺を見た。
「ん?」
「友哉は俺のお母さんに会ったこと無いよね」
「一回だけ会ったぞ。色白で長い黒髪の美人だった」
「確かにお母さんの髪は俺と違って真っ黒だけど、ええー、でもそんなわけないよ」
「なんでだよ」
「だって、俺はお母さんが行方不明になってから御前市に引っ越して来て、それから友哉と公園で会ったんだもん」
「それは記憶違いだろ」
「友哉こそ記憶違いじゃない? 会ったのは早苗さんだったとか」
「いや、早苗さんも美人だけど、あきらの母親はもっと迫力のある雰囲気で、目があきらとそっくりだった……はず」
俺とあきらは何となく変な気分で顔を見合わせた。
多分、どちらかが記憶違いをしている
「まぁ、どっちでもいいか。友哉、これを入れるのにちょうどいい箱とかある?」
俺は部屋の中を見回した。壁も棚も天井も世界各国の魔除けがカラフルに彩っているが、良さそうなものは見当たらない。
「あ、そうだ」
俺はクローゼットを開けて、下の段からプラスチックケースを引っ張り出した。
「なにそれ」
「思い出いっぱい、ガラクタ箱」
プラスチックケースのホコリをはらって、蓋を開ける。中には、捨てられない玩具などがごちゃごちゃと入っていた。
「おー、初期のプレグラもあるじゃん。チョーなつかしー」
「だろ」
テレビゲームも、ロボットの玩具も、カードゲームも、俺の玩具はすべてあきらと遊んだものばかりだ。
俺はそこに手を突っ込んで、お菓子の空き缶を取り出した。
「あった、これなんかどうだ?」
「うわー、ドラゴンハンターじゃん!」
「中のキャンディーは食べちゃったんだけど、絵がかっこいいから捨てられなかったんだ」
「これ、もらってもいいの?」
「ああ、こんなので良ければ」
「チョー嬉しいよー」
あきらはお菓子の缶を高く掲げた。
「ドラゴンハンター、今日もゆく!」
「目指すは遥か竜の城!」
「「速度は全速、いざ参る!」」
声を合わせてアニメの真似をしたら、笑いが込み上げてきて二人でケタケタと笑い転げた。
あきらは臍の緒などをさらしに包み直すと、ドラゴンハンターの小さな缶にそっと入れる。
「おー、ぴったり。友哉、ありがと」
「うん。で、木箱の方なんだけど、普通に燃えるゴミでいいのかな」
「いいんじゃない? なんか作法とかあるわけ?」
「お守りとかは、塩で清めてから捨てるとかいうけど……」
「呪いの品は?」
「どうなんだろう」
「あんなもの、砕いて燃やしちゃいたいくらいなんだけどなぁ」
「勝手に焚火すると怒られるよな」
「うーん」
二人で腕を組み、ローテーブルの上の木箱を見る。
「やっぱ燃えるゴミでいいか」
「うん……ね、友哉」
「ん?」
「どうせ捨てるなら、壁のお札もいくつか捨てていい?」
俺は驚いてあきらの顔を見た。
魔除けコレクターみたいになっていく俺をからかうことがあっても、今まで一度も俺のものを捨てろなんて言わなかったのに。
「別に、いいけど……」
魔除けを何のために集めているのかといえば、俺とあきらを守るためだ。あきらが不快になるものを貼っておく必要は無い。
「どれを捨てたいんだ?」
「これと、これと、あとこれも……」
俺はすぐにあきらの言ったお札を壁からはがした。見れば、三つとも同じ神社から授かったものだった。
「大賀見神社……?」
自分達で参拝して授かったものではなかった。誰からもらったものだったか、すぐには思い出せない。
お札には、『火伏、盗賊除け、四足除け』と筆で書いてあり、下の方に犬のような動物が二匹、描かれている。一匹は口を開け、一匹は口を閉じているから、阿吽の狛犬だろうか。でもよく見かけるたてがみのある狛犬ではなくて、随分とスリムな犬の絵だ。それ以外は、他の魔除けと比べてみても特に変わったところはないけれど。
「あきらはこのお札も触れないのか」
「たぶん」
あきらはそっと手を伸ばし、うっと小さく声を上げて手を引っ込めた。
「やっぱ触れない……」
「そうか」
あきらは少し蒼ざめた顔で、寒そうに腕をさすった。
「そのお札も、木箱も、すごく嫌だ。『あれ』と同じですごくすごく嫌な気配がする」
「え、同じ?」
「うん、完全に同じ気配」
―― 『あれ』と神社のお札が同じ気配?
ぐるり。
いきなり天と地とがひっくり返った気がした。
なぜ、『あれ』はあきらを閉じ込め、執拗に攻撃してくるのか。
なぜ、あきらに関わる誰もが、取り憑かれたようにあきらを求めるのか。
思いついてしまった仮説に、トクトクと心臓が鳴り出す。
じっとりと汗が出てきて、指先がかすかに震え出す。
だって、神社のお札に触れないなんて、それじゃまるであきらは……。
カタカタカタカタ……。
頭の中にオセロの盤面が思い浮かんだ。
ほとんど白で埋まっている盤面がたった一手ですべて黒に変えられていく。カタカタカタカタと、ひとつひとつの出来事の意味が、頭の中ですべてひっくり返されていく。
白い駒が、黒い駒へ。
表側が、裏側へ。
今まで呪いだと思っていた『あれ』が、まったく逆のものへと。
全部が、すべてが、さかさまに。
「友哉?」
動きを止めた俺を、あきらが不思議そうに見つめてくる。
「な、何でもない。こんなもん、すぐ捨てよう」
頭に浮かんだ考えを振り払うように、俺はそのお札をビリっと勢いよくふたつに裂いた。そのふたつを重ねて、またビリビリと破いていく。厚手の和紙で出来た札はすごく破りにくいけれど、俺は指に力を込めて何度も何度も粉々になるまで破り続けた。
「大丈夫。嫌なものは全部外のゴミ箱に捨ててくるから」
「う、うん」
細かくなったお札を木箱と一緒にビニール袋に詰め、一階の勝手口の外にある大型のゴミ箱へ捨てに行く。
暗い階段を降りたところで、あきらのいる二階を見上げた。俺の部屋の開けっ放しのドアから、温かい光が漏れている。
あきらのいるところは、いつも明るくて温かい。俺にとってあきらは光そのものだ。だから、こんなことを考えるなんて馬鹿げているのに。
俺はお札と木箱が入ったビニール袋を、ぎゅうっと強く握りしめた。
…………もしかしたら、あきらは人間じゃないかもしれない…………。
ゴミを捨て、ゆっくりと階段を上がり、部屋に戻る。
どういう顔をしていいのか分からずに、無理に笑顔を作ってから部屋に入ると、あきらがかがみ込んでベッドの下を覗き込んでいた。
「何してるんだ、あきら」
「うーん、エッチな本とかDVDとか隠してないのかなーって」
「は? そんなもの隠して無いよ」
ちょっと緊張していた自分との、あまりの落差に力が抜ける。
「そう? じゃぁクローゼットの中? もしかしてスマホに動画ためてる?」
「だからそんな大人が見るようなもの、俺は見たことないって。つうか、あきらもだろ? そもそもR18のものなんて高校生には買えないだろ」
「え……」
あきらが信じられないものでも見るような顔をして、俺を見上げた。
「何だよ、その顔」
「友哉って……大人ぶっているけど、実は中身が小学生だよね」
「はぁ? 中身小学生はあきらだろ。そんなこと言うってことは、お前はそういうヤラシイものを持っているってことなのか?」
「さぁ、どうでしょう」
「くそ、その言い方なんかムカつく。持っているんなら見せてみろよ」
「えー、やだよ。友哉にはいつまでも清らかでいて欲しいもん」
「清らかって何だ。バカにするな」
「バカになんてしてないよ。いいから、もう寝ようよ。明日、一乃峰にハイキング行くんでしょ」
「それは、そうだけど」
明らかに話題をそらされたのが分かって、なんだか釈然としない。
普通の高校生はそういうものを持っているものなのか?
俺は自分の世界がかなり狭いことを自覚している。ほとんど毎日学校と家との往復だけで、あきら以外に友達はいない。でも、あきらは学校に御子神を含めてたくさんの友達がいるみたいだし、俺の知らないことを色々と知っているということだろうか。
「ごめんごめん、嘘だから。俺もエッチなものなんて持ってないよ」
あきらがニコッと笑った。
「そうか……?」
「うん、ちょっとからかってみただけ。それより明日楽しみだなー、ハイキング」
「遊びに行くわけじゃないんだぞ」
「分かってるよ。その道切りっていうのを取り除いてみて、俺達がそこを通れるようになるのか実験するんだろ」
『あれ』の境界線と道切りの蛇の位置は、ぴったりと重なっている。それだけで、その道切りが『あれ』と関係があるという確証にはならないけど、偶然にしては出来過ぎている。
「通れるようになったらすごいよなー! まずはどこに行く? やっぱ東京? それともテーマパーク? いやもう二人で行けるならどこでもいいよな。一歩でも外に出られたら、俺、泣いちゃうかも」
「あきら、気が早いよ。まだ出られるかも分からないし、出られたら出られたで新しい問題が浮上するだろ」
「新しい問題?」
あきらはきょとんと俺を見返した。
「あの写真の中の道切りは、どう見ても人が作ったものだったろ」
「だから?」
「道切りをはずしたことで俺達が外に出られるようになったら、その道切りこそが境界線を作っているものだと証明されたことになる。それはすなわち俺達を閉じ込めていたのが生身の人間だっていうことになるんだ」
「生身の人間……」
十年以上も戦ってきた相手が呪いでも妖怪でもなく、祓い屋のような人間だとしたら俺達はどうしたらいいんだろう。
正義は相手側にあって、あきらは退治されなくちゃならない魔物だとでも告げられたら、どうしたらいいんだろう。
「なんだ、人間ならいいじゃん。『あれ』が呪いなんかじゃなくて生きている人間の仕業なら、敵は目も鼻も口もあって話も出来るってことだろ。やっと顔と顔を合わせて、まともなケンカが出来るってことじゃんか」
「ケンカって……。そんな簡単じゃないだろ」
あきらは無害だってことを、知ってもらわなくちゃいけないのに。
「俺はこのままやられっぱなしでいるつもりは無いよ。敵の正体が分かったら、やられた分はきっちりとやり返してやる」
あきらは宙を睨んで、少し怖い顔をした。
「で、でもあきら、誰かを怒鳴ったり暴力をふるったりなんてお前に出来ないだろ」
「出来るよ」
「え」
「出来ると思う、たぶん。したこと無いけど」
「ほら、今までケンカしたことが無いのに急には出来ないって!」
「友哉は俺が腰抜けだと思ってるんだ?」
「いや、腰抜けとかそういうんじゃなくて、あきらは争いごとには向かない穏やかな性格しているから」
「ん-。俺は、友哉が思うほど穏やかなんかじゃないかもよ」
「でも、あきらの乱暴なところなんて一度も見たことが無いし」
あきらはなぜか、ふっと優しく笑った。
「友哉。俺がいつも笑っていて、今までケンカのひとつもしないで生きてこられたのは、友哉がいたからなんだよ」
「え? お、俺?」
「うん。ずっと友哉がそばにいてくれて毎日がめちゃめちゃ楽しかったから、俺は誰のことも怒ったり憎んだりする必要が無かったんだ。それってさ、かなりすごいことだよ。俺はずーっと友哉に守られていたんだ。でもさ、このままだといつかこの平和な時間も終わっちゃう。俺はそんなの絶対に嫌なんだよ」
「俺だって、嫌だけど……」
相手はどうして俺達を、あきらを閉じ込めて攻撃してくるんだろう?
たとえあきらが人間じゃないとしても、目も口も鼻もあって話も出来て、泣いたり笑ったりする優しい心もちゃんとあるのに。
「ねぇ、友哉。俺は体も大きくなったし、力も強くなったし、これからは俺が友哉を守りたい。俺にどーんとまかせてくれていいよ」
あきらは大げさに自分の胸を叩いて見せた。
「いや、そんな、まかせられないって。なんか心配すぎる」
「えええー」
あきらが子供みたいに口を尖らせる。
「俺、今、ちょっと良いこと言わなかった? ここは感動するところじゃない?」
めちゃくちゃ心配している俺の気も知らないで、あきらはまた能天気なことを言っている。
「はいはい、分かった、チョー感動した」
「うわなんか、おざなり」
「そんなことないって、これからはあきらを頼りにするよ」
「ほんとだよ。友哉が俺を守るんじゃなくて、俺が友哉を守るから」
「はいはい。ああほら、青春ドラマっぽいセリフはもういいから。遅いからもう寝よう。寝不足で山道はきついだろ、つか俺がきつい」
「うー、分かった。じゃ、おやすみ」
「おやすみ。寝坊すんなよ」
「寝てたら起こして、お兄ちゃん」
「こんなときばっかりお兄ちゃんって言うな」
「はぁーーーい」
「はい伸ばし過ぎ」
「はいはい」
「はいは一回」
「さっき、友哉もはいはいって言ったー」
「え、言ったか?」
「言ったよー。でも分かった。はい、おやすみー」
あきらは笑いながら部屋を出て行った。
急に部屋の中が静まり返って、俺はくたっとベッドに倒れ込んだ。
感情の起伏が大きい一日だったから何だかひどく疲れていて、お札三つ分の空白が出来た壁をぼんやりと見上げる。そのままベッドの上でぼうっとしていると、さっきのあきらの子供っぽいしゃべり方が思い出されてきて、知らずクスクスと口から笑いが漏れていた。
あきらは、やっぱりあきらだ。
悩むのもバカらしい。
たとえあきらが何者だとしても、結局何も変わりはしないんだ。
俺にとってあきらは親友で戦友で兄弟で、バカ話が好きでゲームが好きでいつも笑っていて、ちっとも怖くなんかない。
この先もずっと、俺はあきらのそばにいるだろう。
俺の心の中には最初から、あきらから離れるという選択肢は存在しないのだから。
「ほら、友哉も」
そう言ってティッシュケースを寄越すので、俺も涙を拭いて、大きな音を立てて鼻をかんだ。
互いに赤い鼻をして、なんだか少し笑ってしまう。
あきらは手のひらでぐしぐしと目を拭いながら、俺を見た。
「はーあ……友哉って、恥ずかしいことを大真面目に言うよなぁ」
「は? 何も恥ずかしくないだろ。大切な友達に大切だって伝えただけなんだから」
「うわぁ」
「うわぁってなんだよ」
「そういうとこだよ」
「は? 何がだよ」
「いつも俺が言って欲しい言葉を、声に出して言ってくれる。かなわないなぁって思うよ」
あきらは涙に濡れた目で、ニカッと笑った。
「そこまでなりふり構わず縋りつかれちゃったら、もうしょうがないなぁ」
「なっ、縋りついてはいないだろ」
「あははは。ま、これからも一緒にいるよ、友哉お兄ちゃん」
あきらがこぶしを作って掲げる。俺はそこへこぶしをコツンとぶつける。指を握り合って、手のひらを合わせる。
コツン、グッ、パチン、友情の合図。
互いに泣きはらした顔で照れたように笑う。
「ええと、それでとりあえずどうしようか」
照れ臭さをごまかすように言うと、あきらはまたベッドに座り直した。
「今すぐ家を出なくても、まだまだ大丈夫だと思う」
「そう、なのか……?」
俺はローテーブルの前にあぐらをかいて座る。
「うん、おばちゃんは時たまおかしい感じのことを言うけれど、今のところ実際に何かされるわけじゃないから。だから家出は最終手段に取っておいた方がいいと思う」
「そうか……。あきら、ほかに俺に隠していることはないか? 父さんから何かされたとか」
「おじちゃんは普段夜しか会わないし、何もないよ。会うたびに頭を撫でてくるけど、それは前からそうだったから」
「ちょっとでも変だと思ったら俺に言えよ」
「分かった」
自分の親から友人への性的虐待を疑うなんて、精神的にかなりきつい。でも、俺だけ何も知らずにいるのはもっと嫌だと思った。
「で、友哉」
「ん、なんだ?」
「友哉も俺に隠していることがあるだろ」
「え」
「あるよね。ベッドの下とか」
あきらは自分が座っている下をトントンと指差す。
トクンと心臓が跳ねる。
「ここに、何かを隠しているよね」
俺はごくっと息を呑んだ。
「……分かるのか」
「分かるよ。すごく嫌な気配がするもん」
「そ、そうか」
俺はベッドの下に手を突っ込むと、小さな木箱をふたつ取り出してローテーブルに並べた。何の模様も無い黒い木箱と、破れたお札が貼ってある白っぽい木箱のふたつだ。
あきらはそのふたつの木箱を見ると、小さく息を吐いた。
「やっぱり友哉が持っていたんだ」
「この木箱の存在を知っていたのか」
「うん。てっきり早苗さんが持って行ったのかと思っていた。なんで友哉が隠してたの?」
俺はふたつの木箱を見るふりをして、あきらから目をそらした。
「あきらを、怖がらせたくなかったんだ」
違う。怖かったのは俺の方だ。
あきらがじっと俺を見ているのが分かる。その目に心の中まで見透かされてしまいそうで、俺はさらに下を向いた。
あの時、あの人は俺に『あきらを守れるか』と聞いた。そして俺の答えを聞くと、ガリガリとお札をはがして白い木箱の蓋を開けてしまった。ずしりとあきらの重みを腕に感じた瞬間に、決定的な何かが始まってしまったんだと俺は悟った。
でも俺はそれを直視したくなかったし、あきらにも直視させたくなかった。今の状態のままで留まっていたいという、俺の怯えや甘えだったんだと思う。
「ごめん……」
「謝る必要なんてないよ。怖いのは本当だから」
「あきらは、これが何か知っているのか」
「正確には分からない。早苗さんは、俺の世界を終わらせる箱だって言っていた」
「終わらせる? え、どっちの箱が?」
「どっちの箱もだよ」
「ええ」
あきらは黒っぽい箱の方に人差し指を向けた。
「そっちは今すぐ死ねて楽に終わる箱」
次に、破れたお札のついた白い箱へ人差し指を向ける。
「こっちは自分で自分の世界を壊してしまってゆっくり終わる箱」
「どういう意味?」
あきらはゆっくり首を振った。
「あの夜、早苗さんは俺の部屋に来て、箱を選べって言ったんだ。どちらを選んでも今までの俺の世界は終わるけれど、どういう風に終わるのかを選ばせてあげるって」
「なんで、そんなこと」
「多分、早苗さん自身が終わらせたかったんじゃないのかな」
そうだ。あの時、彼女は限界だというようなことを口にしていた。
「それで選んだのか」
「ううん。俺は選べないって答えた。そしたら早苗さんが……」
あきらの視線が黒い箱に向けられる。
俺があのボロアパートに飛び込んだ時、すでにこちらの蓋は開けられていた。
「叔母さんが、すぐに死ぬっていう方の箱を開けたんだな」
「うん。その瞬間、何かが飛び出してきて俺は襲われた。いつもの『あれ』より強くて凶暴なやつで俺はもう死ぬかと思ったのに、その時、友哉が助けに来てくれた」
俺は黒い方の箱をぱかりと開けてみた。あきらがぎくりと身構えたが、今は何も入っていないし、何も飛び出しては来ない。
「あの時の『あれ』は今までで一番強かったよな」
息づかいや臭いまでして、生々しい存在感もあった。俺もあきらも体中を噛まれて、俺は右耳が少し欠けてしまった。
「早苗さんは俺に死んでほしかったんだよね。だから迷わず黒い箱を開けたんだ」
「違う」
「何が違うの」
「俺に助けてって電話してきたのは、早苗さんだ」
「え……?」
「あきらを助けて、お願いって」
「自分で箱を開けておいて……?」
俺はこくりとうなずいた。
「きっと、怖くなっちゃったんだと思う。土壇場になって、やっぱりあきらを死なせたくないって、そう思ったんだろ」
「そうなのかな……」
あきらはベッドから降りてこちらへ近付き、恐る恐る箱に手を伸ばした。
「わっ」
電気でも走ったかのように、手を引っ込める。
「なんか、痛い。触れない」
「そうなのか? じゃぁ、こっちの箱は?」
「えっと……痛っ! こっちも触れないや」
あきらは箱に触れない。
それはどういう意味を持つんだろう。
「こっちの箱、お札が破れているってことは友哉が開けたの?」
「いや、俺じゃない」
俺は、あの時あきらの叔母と交わしたやり取りを、思い出せる限りあきらに伝えた。
あきらがぱちくりと瞬きする。
「重くなった? 俺が?」
「ああ」
「それってどういう現象?」
「よく分からない」
「分からないことだらけだね」
「そうだよな」
「で、そっちの箱には俺の臍の緒とかが入ってるんだ?」
「そうだ」
俺は札のついている方の箱を開けて見せた。中には白いさらしのような包みが入っているので、俺はそれを取り出してあきらへ差し出した。
あきらは恐々それをつつく。今度は痛みもなく触れたようで、ほっとした顔で受け取ると包みを開いた。
5センチくらいの干からびた臍の緒と、こよりで束ねられた十数本の短い髪の毛、それと3センチ四方の和紙の包み。和紙を開くと、薄い桜色の小さな爪が入っていた。
「うわ、ちっちゃ!」
「赤ちゃんの頃の爪って言っていたからな」
「へぇ……俺って大きくなったんだね」
「そうだな」
俺より大きくなるなんて、育ちすぎた気もするけど。
「自分の臍の緒ってどうしたらいいんだろう」
「嫌な感じがするか?」
「ううん。嫌なのは箱だけ」
「じゃぁ、箱は処分しよう。臍の緒とかは大事に取っておけばいいんじゃないか? 母親とのつながりみたいなものだろうし」
「そっか。持っていたらお母さんと会えるかな」
「……多分な」
「でも十年も経っているから会っても分からなかったりして」
「そんなことはないだろ。目元とか、あきらによく似ていたし」
「え?」
きょとんとあきらは俺を見た。
「ん?」
「友哉は俺のお母さんに会ったこと無いよね」
「一回だけ会ったぞ。色白で長い黒髪の美人だった」
「確かにお母さんの髪は俺と違って真っ黒だけど、ええー、でもそんなわけないよ」
「なんでだよ」
「だって、俺はお母さんが行方不明になってから御前市に引っ越して来て、それから友哉と公園で会ったんだもん」
「それは記憶違いだろ」
「友哉こそ記憶違いじゃない? 会ったのは早苗さんだったとか」
「いや、早苗さんも美人だけど、あきらの母親はもっと迫力のある雰囲気で、目があきらとそっくりだった……はず」
俺とあきらは何となく変な気分で顔を見合わせた。
多分、どちらかが記憶違いをしている
「まぁ、どっちでもいいか。友哉、これを入れるのにちょうどいい箱とかある?」
俺は部屋の中を見回した。壁も棚も天井も世界各国の魔除けがカラフルに彩っているが、良さそうなものは見当たらない。
「あ、そうだ」
俺はクローゼットを開けて、下の段からプラスチックケースを引っ張り出した。
「なにそれ」
「思い出いっぱい、ガラクタ箱」
プラスチックケースのホコリをはらって、蓋を開ける。中には、捨てられない玩具などがごちゃごちゃと入っていた。
「おー、初期のプレグラもあるじゃん。チョーなつかしー」
「だろ」
テレビゲームも、ロボットの玩具も、カードゲームも、俺の玩具はすべてあきらと遊んだものばかりだ。
俺はそこに手を突っ込んで、お菓子の空き缶を取り出した。
「あった、これなんかどうだ?」
「うわー、ドラゴンハンターじゃん!」
「中のキャンディーは食べちゃったんだけど、絵がかっこいいから捨てられなかったんだ」
「これ、もらってもいいの?」
「ああ、こんなので良ければ」
「チョー嬉しいよー」
あきらはお菓子の缶を高く掲げた。
「ドラゴンハンター、今日もゆく!」
「目指すは遥か竜の城!」
「「速度は全速、いざ参る!」」
声を合わせてアニメの真似をしたら、笑いが込み上げてきて二人でケタケタと笑い転げた。
あきらは臍の緒などをさらしに包み直すと、ドラゴンハンターの小さな缶にそっと入れる。
「おー、ぴったり。友哉、ありがと」
「うん。で、木箱の方なんだけど、普通に燃えるゴミでいいのかな」
「いいんじゃない? なんか作法とかあるわけ?」
「お守りとかは、塩で清めてから捨てるとかいうけど……」
「呪いの品は?」
「どうなんだろう」
「あんなもの、砕いて燃やしちゃいたいくらいなんだけどなぁ」
「勝手に焚火すると怒られるよな」
「うーん」
二人で腕を組み、ローテーブルの上の木箱を見る。
「やっぱ燃えるゴミでいいか」
「うん……ね、友哉」
「ん?」
「どうせ捨てるなら、壁のお札もいくつか捨てていい?」
俺は驚いてあきらの顔を見た。
魔除けコレクターみたいになっていく俺をからかうことがあっても、今まで一度も俺のものを捨てろなんて言わなかったのに。
「別に、いいけど……」
魔除けを何のために集めているのかといえば、俺とあきらを守るためだ。あきらが不快になるものを貼っておく必要は無い。
「どれを捨てたいんだ?」
「これと、これと、あとこれも……」
俺はすぐにあきらの言ったお札を壁からはがした。見れば、三つとも同じ神社から授かったものだった。
「大賀見神社……?」
自分達で参拝して授かったものではなかった。誰からもらったものだったか、すぐには思い出せない。
お札には、『火伏、盗賊除け、四足除け』と筆で書いてあり、下の方に犬のような動物が二匹、描かれている。一匹は口を開け、一匹は口を閉じているから、阿吽の狛犬だろうか。でもよく見かけるたてがみのある狛犬ではなくて、随分とスリムな犬の絵だ。それ以外は、他の魔除けと比べてみても特に変わったところはないけれど。
「あきらはこのお札も触れないのか」
「たぶん」
あきらはそっと手を伸ばし、うっと小さく声を上げて手を引っ込めた。
「やっぱ触れない……」
「そうか」
あきらは少し蒼ざめた顔で、寒そうに腕をさすった。
「そのお札も、木箱も、すごく嫌だ。『あれ』と同じですごくすごく嫌な気配がする」
「え、同じ?」
「うん、完全に同じ気配」
―― 『あれ』と神社のお札が同じ気配?
ぐるり。
いきなり天と地とがひっくり返った気がした。
なぜ、『あれ』はあきらを閉じ込め、執拗に攻撃してくるのか。
なぜ、あきらに関わる誰もが、取り憑かれたようにあきらを求めるのか。
思いついてしまった仮説に、トクトクと心臓が鳴り出す。
じっとりと汗が出てきて、指先がかすかに震え出す。
だって、神社のお札に触れないなんて、それじゃまるであきらは……。
カタカタカタカタ……。
頭の中にオセロの盤面が思い浮かんだ。
ほとんど白で埋まっている盤面がたった一手ですべて黒に変えられていく。カタカタカタカタと、ひとつひとつの出来事の意味が、頭の中ですべてひっくり返されていく。
白い駒が、黒い駒へ。
表側が、裏側へ。
今まで呪いだと思っていた『あれ』が、まったく逆のものへと。
全部が、すべてが、さかさまに。
「友哉?」
動きを止めた俺を、あきらが不思議そうに見つめてくる。
「な、何でもない。こんなもん、すぐ捨てよう」
頭に浮かんだ考えを振り払うように、俺はそのお札をビリっと勢いよくふたつに裂いた。そのふたつを重ねて、またビリビリと破いていく。厚手の和紙で出来た札はすごく破りにくいけれど、俺は指に力を込めて何度も何度も粉々になるまで破り続けた。
「大丈夫。嫌なものは全部外のゴミ箱に捨ててくるから」
「う、うん」
細かくなったお札を木箱と一緒にビニール袋に詰め、一階の勝手口の外にある大型のゴミ箱へ捨てに行く。
暗い階段を降りたところで、あきらのいる二階を見上げた。俺の部屋の開けっ放しのドアから、温かい光が漏れている。
あきらのいるところは、いつも明るくて温かい。俺にとってあきらは光そのものだ。だから、こんなことを考えるなんて馬鹿げているのに。
俺はお札と木箱が入ったビニール袋を、ぎゅうっと強く握りしめた。
…………もしかしたら、あきらは人間じゃないかもしれない…………。
ゴミを捨て、ゆっくりと階段を上がり、部屋に戻る。
どういう顔をしていいのか分からずに、無理に笑顔を作ってから部屋に入ると、あきらがかがみ込んでベッドの下を覗き込んでいた。
「何してるんだ、あきら」
「うーん、エッチな本とかDVDとか隠してないのかなーって」
「は? そんなもの隠して無いよ」
ちょっと緊張していた自分との、あまりの落差に力が抜ける。
「そう? じゃぁクローゼットの中? もしかしてスマホに動画ためてる?」
「だからそんな大人が見るようなもの、俺は見たことないって。つうか、あきらもだろ? そもそもR18のものなんて高校生には買えないだろ」
「え……」
あきらが信じられないものでも見るような顔をして、俺を見上げた。
「何だよ、その顔」
「友哉って……大人ぶっているけど、実は中身が小学生だよね」
「はぁ? 中身小学生はあきらだろ。そんなこと言うってことは、お前はそういうヤラシイものを持っているってことなのか?」
「さぁ、どうでしょう」
「くそ、その言い方なんかムカつく。持っているんなら見せてみろよ」
「えー、やだよ。友哉にはいつまでも清らかでいて欲しいもん」
「清らかって何だ。バカにするな」
「バカになんてしてないよ。いいから、もう寝ようよ。明日、一乃峰にハイキング行くんでしょ」
「それは、そうだけど」
明らかに話題をそらされたのが分かって、なんだか釈然としない。
普通の高校生はそういうものを持っているものなのか?
俺は自分の世界がかなり狭いことを自覚している。ほとんど毎日学校と家との往復だけで、あきら以外に友達はいない。でも、あきらは学校に御子神を含めてたくさんの友達がいるみたいだし、俺の知らないことを色々と知っているということだろうか。
「ごめんごめん、嘘だから。俺もエッチなものなんて持ってないよ」
あきらがニコッと笑った。
「そうか……?」
「うん、ちょっとからかってみただけ。それより明日楽しみだなー、ハイキング」
「遊びに行くわけじゃないんだぞ」
「分かってるよ。その道切りっていうのを取り除いてみて、俺達がそこを通れるようになるのか実験するんだろ」
『あれ』の境界線と道切りの蛇の位置は、ぴったりと重なっている。それだけで、その道切りが『あれ』と関係があるという確証にはならないけど、偶然にしては出来過ぎている。
「通れるようになったらすごいよなー! まずはどこに行く? やっぱ東京? それともテーマパーク? いやもう二人で行けるならどこでもいいよな。一歩でも外に出られたら、俺、泣いちゃうかも」
「あきら、気が早いよ。まだ出られるかも分からないし、出られたら出られたで新しい問題が浮上するだろ」
「新しい問題?」
あきらはきょとんと俺を見返した。
「あの写真の中の道切りは、どう見ても人が作ったものだったろ」
「だから?」
「道切りをはずしたことで俺達が外に出られるようになったら、その道切りこそが境界線を作っているものだと証明されたことになる。それはすなわち俺達を閉じ込めていたのが生身の人間だっていうことになるんだ」
「生身の人間……」
十年以上も戦ってきた相手が呪いでも妖怪でもなく、祓い屋のような人間だとしたら俺達はどうしたらいいんだろう。
正義は相手側にあって、あきらは退治されなくちゃならない魔物だとでも告げられたら、どうしたらいいんだろう。
「なんだ、人間ならいいじゃん。『あれ』が呪いなんかじゃなくて生きている人間の仕業なら、敵は目も鼻も口もあって話も出来るってことだろ。やっと顔と顔を合わせて、まともなケンカが出来るってことじゃんか」
「ケンカって……。そんな簡単じゃないだろ」
あきらは無害だってことを、知ってもらわなくちゃいけないのに。
「俺はこのままやられっぱなしでいるつもりは無いよ。敵の正体が分かったら、やられた分はきっちりとやり返してやる」
あきらは宙を睨んで、少し怖い顔をした。
「で、でもあきら、誰かを怒鳴ったり暴力をふるったりなんてお前に出来ないだろ」
「出来るよ」
「え」
「出来ると思う、たぶん。したこと無いけど」
「ほら、今までケンカしたことが無いのに急には出来ないって!」
「友哉は俺が腰抜けだと思ってるんだ?」
「いや、腰抜けとかそういうんじゃなくて、あきらは争いごとには向かない穏やかな性格しているから」
「ん-。俺は、友哉が思うほど穏やかなんかじゃないかもよ」
「でも、あきらの乱暴なところなんて一度も見たことが無いし」
あきらはなぜか、ふっと優しく笑った。
「友哉。俺がいつも笑っていて、今までケンカのひとつもしないで生きてこられたのは、友哉がいたからなんだよ」
「え? お、俺?」
「うん。ずっと友哉がそばにいてくれて毎日がめちゃめちゃ楽しかったから、俺は誰のことも怒ったり憎んだりする必要が無かったんだ。それってさ、かなりすごいことだよ。俺はずーっと友哉に守られていたんだ。でもさ、このままだといつかこの平和な時間も終わっちゃう。俺はそんなの絶対に嫌なんだよ」
「俺だって、嫌だけど……」
相手はどうして俺達を、あきらを閉じ込めて攻撃してくるんだろう?
たとえあきらが人間じゃないとしても、目も口も鼻もあって話も出来て、泣いたり笑ったりする優しい心もちゃんとあるのに。
「ねぇ、友哉。俺は体も大きくなったし、力も強くなったし、これからは俺が友哉を守りたい。俺にどーんとまかせてくれていいよ」
あきらは大げさに自分の胸を叩いて見せた。
「いや、そんな、まかせられないって。なんか心配すぎる」
「えええー」
あきらが子供みたいに口を尖らせる。
「俺、今、ちょっと良いこと言わなかった? ここは感動するところじゃない?」
めちゃくちゃ心配している俺の気も知らないで、あきらはまた能天気なことを言っている。
「はいはい、分かった、チョー感動した」
「うわなんか、おざなり」
「そんなことないって、これからはあきらを頼りにするよ」
「ほんとだよ。友哉が俺を守るんじゃなくて、俺が友哉を守るから」
「はいはい。ああほら、青春ドラマっぽいセリフはもういいから。遅いからもう寝よう。寝不足で山道はきついだろ、つか俺がきつい」
「うー、分かった。じゃ、おやすみ」
「おやすみ。寝坊すんなよ」
「寝てたら起こして、お兄ちゃん」
「こんなときばっかりお兄ちゃんって言うな」
「はぁーーーい」
「はい伸ばし過ぎ」
「はいはい」
「はいは一回」
「さっき、友哉もはいはいって言ったー」
「え、言ったか?」
「言ったよー。でも分かった。はい、おやすみー」
あきらは笑いながら部屋を出て行った。
急に部屋の中が静まり返って、俺はくたっとベッドに倒れ込んだ。
感情の起伏が大きい一日だったから何だかひどく疲れていて、お札三つ分の空白が出来た壁をぼんやりと見上げる。そのままベッドの上でぼうっとしていると、さっきのあきらの子供っぽいしゃべり方が思い出されてきて、知らずクスクスと口から笑いが漏れていた。
あきらは、やっぱりあきらだ。
悩むのもバカらしい。
たとえあきらが何者だとしても、結局何も変わりはしないんだ。
俺にとってあきらは親友で戦友で兄弟で、バカ話が好きでゲームが好きでいつも笑っていて、ちっとも怖くなんかない。
この先もずっと、俺はあきらのそばにいるだろう。
俺の心の中には最初から、あきらから離れるという選択肢は存在しないのだから。
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