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第三章 友哉と俺と獣の本性
3-(1) 友哉が隣にいないと 前編
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何にも気付かないふりをして、友哉に甘えている時間が一番幸せだった。
市内から出られなくても、『あれ』の襲撃を受け続けても、それでも俺は幸せだった。
いつでも友哉が庇ってくれたし、俺を必死で守ろうとする友哉を見ているのが大好きだったから。
でも、『あれ』はますます強くなって友哉を痛めつけていくし、臍の緒の封印がとかれてからは俺自身の力も抑えきれなくなってきていた。
危ういバランスを保っていた日常が少しずつ崩れ始めていたというのに、それでも俺は友哉の前で弱いふりを続けていた。積極的に力を使えばもっと出来ることがあったはずなのに。
「友哉! 友哉……!」
突き飛ばされて結界の中に戻ってしまった。
道切りをはずした一瞬だけ強度が落ちたそれも、もう復活してしまって俺を通さない。
「くそ! 出せ! ここから出せよ!」
こんなことなら、結界なんてさっさと壊してしまえば良かった。
いつまでも友哉に甘えていたくて、俺は力の無いただの人間のふりをずっと続けてきた。そのせいで、一番恐ろしい結果を招いてしまったんだ。
すぐそこに友哉が倒れているのに、壁に阻まれて近づくことすら出来ない。
「友哉! 大丈夫、友哉!」
俺が呼んでいるのに友哉は返事をしない。
その体が黒い靄のようなものに覆われていく。
不自然な姿勢で倒れたまま、まつ毛も指先もピクリとも動かない。
そばに帽子とサングラスが落ちていた。
さっきまで、俺はそっち側にいたのに。
「倉橋!」
ミコッチが駆け寄り、友哉の頬をぺちぺちと叩く。とたんに黒い靄がすぅっと薄らぐ。
「倉橋、倉橋、おい返事しろって!」
「ミコッチ! 友哉は?!」
ミコッチは指先を友哉の鼻に近づけ、次にその首すじに指を当てて脈を診ると、さっと血の気の引いた顔をした。
「息をしていない」
ひうっと喉から声が漏れた。
ぐらりと視界が揺れる。
ミコッチは素早く友哉の体からリュックをはずすと、そっとあおむけに寝かせた。
「友哉、嘘だろ、友哉……!」
「久豆葉ちゃん、救急車っ」
ミコッチに鋭く言われ、俺は慌てて自分のスマートフォンを出して119番を押した。数回のコール音の後に出た相手に聞かれるまま、動揺しながらも必死で受け答えする。
「はい、はい、15歳男性です。一乃峰のハイキングコースで倒れて……い、息を……息をしていなくて……」
スマートフォンに向かって話す自分の声が、どこか遠くから聞こえるみたいだ。
友哉が息をしていない?
そんなはずがない。だって友哉は俺と一緒にいるって、ずっと一緒に戦うって言ってくれて……。
ぐらぐらする視界の中でミコッチは友哉の胸に両手を重ねて乗せると、ぐいっと力を加え始めた。
「いち、に、さん、し、ご、ろく……」
「……は、はい、今、友達が心臓マッサージ、みたいなのをしていて……。ああ、あ、あの、三乃峰側の出口が近いです。そっちへ来てください」
しどろもどろになりながら、電話の向こうに訴える。
「はい、はい、お願いします」
震える指で通話を切ってスマートフォンをポケットに戻す。
俺はちゃんと日本語を話していたか?
この状況は現実なのか?
悪夢を見ているみたいで、現実感が無さ過ぎる。
友哉が死にそうだっていうのに、俺はどうしてこっち側にいるんだ?
ミコッチは数えながら胸を圧迫して30までいくと、友哉の鼻をつまんで口に息を吹き込んだ。そうするとまた黒い靄が消えていく。ミコッチはまた数えながら胸の圧迫を始めた。
「いち、に、さん、し、……」
「友哉、友哉、息をして……!」
すぐそこにいるのに、叫んでも届かない。
「俺を置いていかないで……!」
すぐそこにいるのに、その体に縋りつくことも出来ない。
巨大なものが襲い掛かって来るのが分かったのに、体がすくんで動けなかった。
俺が友哉を守るつもりだったのに、結局俺はまた守られてしまった。
「ともやぁ……」
息が苦しい。
胸が苦しい。
友哉を失う恐怖で、指先が冷たくなっていく。
子供の頃からずっと、俺のまわりはおかしかった。俺は蛾を吸い寄せる炎のように周囲を誘ってしまって、男でも女でも年上でも年下でも周りの人間はいつも俺に強い関心を持って近づいて来た。親代わりの早苗でさえ、かなり早い段階で俺を子供ではなく『男』として見るようになっていた。
それでも、まだ俺はぎりぎり人間の範疇に留まっていたのに……。
自分の力が半分以上封じられていたことを、早苗の失踪の日、臍の緒の封印が解かれてから俺は知った。それまで見えなかったものが急に目に映るようになり、それまで以上に急激に周囲がおかしくなっていったから。
クラスの連中も、ファンクラブとかいう奴らも、どんどんエスカレートして俺に夢中になっていった。
俺にとっては、友哉だけが救いだった。
友哉は俺に支配されなかった。
支配されていないのに、いつでも俺を想ってくれた。
親友として、戦友として、兄弟として、誰より大事にしてくれる。
友哉だけはずっと、何も変わらないでいてくれたんだ。
だから、友哉がそばにいる間だけは、俺は普通の子供でいることが出来た。
子供が子供でいられる時間がどれだけ幸せなものか、当たり前のようにその中にいるやつらはきっと考えもしないんだ。
もしも友哉を失ったら、もう人間のふりをする必要もなくなってしまう。
もしも友哉を失ったら、獣の本性を抑える意味も無くなってしまう。
もしも友哉を失ったら、俺は何人殺せばいいんだろう。
くだらない結界をはったやつらも、そいつらに協力していたであろう早苗も、俺をこんな風に生んだ母親も……。
きっと何人殺したって気が済むことは無くて、俺自身が退治されるまでずっと殺し続けるしかなくなるんだ。
「友哉……ともや……ともやぁ……」
絶望感に抗って何度も何度も名前を呼んだ。
きっと数分のことだったんだろうけど、まるで永遠のような気がしていた。
「かはっ」
小さく、友哉が息を吐いた。
「友哉!」
「倉橋、分かるか、おい倉橋、返事をしろ」
ミコッチの呼びかけに友哉の答えは無い。
いつのまにか、黒い靄は完全に消えていた。
「ミコッチ……」
震える声で確かめると、ミコッチはうなずいた。
「呼吸は戻った。でも意識はまだ」
「うん、うん、でも、息をしているんでしょ」
「ああ、ちゃんと息をしている」
ぶわっと両目から涙が溢れた。
駆け寄って友哉の体を抱きしめたかった。
でも、結界のあっちとこっちで、俺達は別たれている。
「ミコッチ……救急車は三乃峰側に来るから、吉野部長と二人で運んで」
しゃくりあげながら伝える。
「いや、無理に動かさない方が」
「友哉は普通の病気じゃないんだ!『あれ』の呪いにやられたんだから、できるだけ結界から遠くへ離した方がいいよ!」
「だけど」
ここまで来てなお、ミコッチは呪いを信じていないんだろうか。
「それに、今にも雨が降り出しそうじゃん。友哉を濡らして冷やしたくないし、ハイキングコースの足場が悪くなるのもまずいでしょ」
俺は自分のウィンドブレーカーを脱いで、結界の向こうに軽く放った。ミコッチがそれをキャッチして、友哉の体の上にぱさっとかけた。
「分かった。でも倉橋の家は御前市の中じゃ」
「せっかく境界線を抜けたんだよ。こっちへ来ると大きな病院へ行けなくなる」
「そうだな。でも吉野さんは」
ミコッチの視線が、俺の後ろで腰を抜かしている吉野に移る。
俺は吉野を振り返った。
吉野は小さい声でぶつぶつ言いながら、震えてうずくまっていた。
「あ……あ……声がする……! ……帰れって声がする、左側から声が聞こえる……今すぐ戻れ、逃げろって叫んでいる……!」
吉野の左肩には小さな魔物が乗っていて、左耳にキーキーと何かを吹き込んでいる。頭が大きく手足の細いそれは、守り神なんかには見えない。せいぜい小鬼と呼ぶのがふさわしい。
俺は吉野の前にかがみ込んで、その左耳に取り付いている小鬼の体をむんずとつかんだ。
手の中でバタバタと暴れる小鬼に顔を近づけ、じろりと凄む。
「うるさい、黙れ」
小鬼はひきつけを起こしたみたいに、ひくっと痙攣した。
「吉野に危害は加えないから、しばらくその口を閉じてろよ」
小鬼は両手でばっと自分の口を押えた。俺はやっと黙ったその小さな魔物を吉野の左肩にひょいと戻す。
「く、久豆葉君……? え、今、何を?」
動転している吉野を正面から見る。
「吉野部長、ミコッチと一緒に救急車が入れる道まで友哉を運んで」
友哉がいるのは結界の外側だから、救急車に乗れれば大きな病院へ辿り着けるはずだ。けれど、ミコッチひとりで友哉を抱え、山道を降りていくのは危険が伴う。
「え……君はどうするんですか」
「後から行く」
「でも、境界線があるのでしょう?」
「大丈夫。この胸糞悪い結界はすぐ壊すから」
「ど、どうやって……?」
俺は肩越しに後ろを指差した。
「あいつらを使う」
「え、あの女の子達?」
「うん、それからファンクラブとかいうふざけた連中も全部使う。いつも俺のことをしつこく付け回してくるんだから、こんな時ぐらい役に立ってもらわないとね」
「え、で、でも」
「吉野部長。俺ね、今から人間のふりをやめるから」
吉野が目を見開く。
「久豆葉君、今なんて?」
「いいから! まずは友哉を助けて」
まだ動揺している吉野の腕をつかんで立ち上がらせ、境界線の向こう側へぐいと押し出す。
「吉野さん! 倉橋を俺の背中に乗せてください!」
「は、はい!」
ミコッチの叫ぶ声に反応して吉野が駆け出す。
吉野がぐったりした友哉を抱き上げようとして、あっと驚いた声を出した。
「え、なんで……すごく熱い」
「熱があるの?」
「はい、すごい高熱です」
それも『あれ』のせいなんだろうか。
すぐそこにいるのに何も出来なくて、自分の無力を思い知る。
「大丈夫だ、久豆葉ちゃん。絶対に倉橋を無事に病院に連れて行くから!」
「うん、うんお願い……」
ミコッチに背負われ、その背中と尻を吉野に支えられ、友哉の姿が遠ざかっていく。
本当なら俺が友哉を抱えて行きたい。他の奴なんかに任せたくない。
「友哉……」
俺は忌々しい結界に両手をついて、ミコッチに背負われた友哉の姿が坂を下り木々に隠れて見えなくなってしまうまで、じっと見送った。
市内から出られなくても、『あれ』の襲撃を受け続けても、それでも俺は幸せだった。
いつでも友哉が庇ってくれたし、俺を必死で守ろうとする友哉を見ているのが大好きだったから。
でも、『あれ』はますます強くなって友哉を痛めつけていくし、臍の緒の封印がとかれてからは俺自身の力も抑えきれなくなってきていた。
危ういバランスを保っていた日常が少しずつ崩れ始めていたというのに、それでも俺は友哉の前で弱いふりを続けていた。積極的に力を使えばもっと出来ることがあったはずなのに。
「友哉! 友哉……!」
突き飛ばされて結界の中に戻ってしまった。
道切りをはずした一瞬だけ強度が落ちたそれも、もう復活してしまって俺を通さない。
「くそ! 出せ! ここから出せよ!」
こんなことなら、結界なんてさっさと壊してしまえば良かった。
いつまでも友哉に甘えていたくて、俺は力の無いただの人間のふりをずっと続けてきた。そのせいで、一番恐ろしい結果を招いてしまったんだ。
すぐそこに友哉が倒れているのに、壁に阻まれて近づくことすら出来ない。
「友哉! 大丈夫、友哉!」
俺が呼んでいるのに友哉は返事をしない。
その体が黒い靄のようなものに覆われていく。
不自然な姿勢で倒れたまま、まつ毛も指先もピクリとも動かない。
そばに帽子とサングラスが落ちていた。
さっきまで、俺はそっち側にいたのに。
「倉橋!」
ミコッチが駆け寄り、友哉の頬をぺちぺちと叩く。とたんに黒い靄がすぅっと薄らぐ。
「倉橋、倉橋、おい返事しろって!」
「ミコッチ! 友哉は?!」
ミコッチは指先を友哉の鼻に近づけ、次にその首すじに指を当てて脈を診ると、さっと血の気の引いた顔をした。
「息をしていない」
ひうっと喉から声が漏れた。
ぐらりと視界が揺れる。
ミコッチは素早く友哉の体からリュックをはずすと、そっとあおむけに寝かせた。
「友哉、嘘だろ、友哉……!」
「久豆葉ちゃん、救急車っ」
ミコッチに鋭く言われ、俺は慌てて自分のスマートフォンを出して119番を押した。数回のコール音の後に出た相手に聞かれるまま、動揺しながらも必死で受け答えする。
「はい、はい、15歳男性です。一乃峰のハイキングコースで倒れて……い、息を……息をしていなくて……」
スマートフォンに向かって話す自分の声が、どこか遠くから聞こえるみたいだ。
友哉が息をしていない?
そんなはずがない。だって友哉は俺と一緒にいるって、ずっと一緒に戦うって言ってくれて……。
ぐらぐらする視界の中でミコッチは友哉の胸に両手を重ねて乗せると、ぐいっと力を加え始めた。
「いち、に、さん、し、ご、ろく……」
「……は、はい、今、友達が心臓マッサージ、みたいなのをしていて……。ああ、あ、あの、三乃峰側の出口が近いです。そっちへ来てください」
しどろもどろになりながら、電話の向こうに訴える。
「はい、はい、お願いします」
震える指で通話を切ってスマートフォンをポケットに戻す。
俺はちゃんと日本語を話していたか?
この状況は現実なのか?
悪夢を見ているみたいで、現実感が無さ過ぎる。
友哉が死にそうだっていうのに、俺はどうしてこっち側にいるんだ?
ミコッチは数えながら胸を圧迫して30までいくと、友哉の鼻をつまんで口に息を吹き込んだ。そうするとまた黒い靄が消えていく。ミコッチはまた数えながら胸の圧迫を始めた。
「いち、に、さん、し、……」
「友哉、友哉、息をして……!」
すぐそこにいるのに、叫んでも届かない。
「俺を置いていかないで……!」
すぐそこにいるのに、その体に縋りつくことも出来ない。
巨大なものが襲い掛かって来るのが分かったのに、体がすくんで動けなかった。
俺が友哉を守るつもりだったのに、結局俺はまた守られてしまった。
「ともやぁ……」
息が苦しい。
胸が苦しい。
友哉を失う恐怖で、指先が冷たくなっていく。
子供の頃からずっと、俺のまわりはおかしかった。俺は蛾を吸い寄せる炎のように周囲を誘ってしまって、男でも女でも年上でも年下でも周りの人間はいつも俺に強い関心を持って近づいて来た。親代わりの早苗でさえ、かなり早い段階で俺を子供ではなく『男』として見るようになっていた。
それでも、まだ俺はぎりぎり人間の範疇に留まっていたのに……。
自分の力が半分以上封じられていたことを、早苗の失踪の日、臍の緒の封印が解かれてから俺は知った。それまで見えなかったものが急に目に映るようになり、それまで以上に急激に周囲がおかしくなっていったから。
クラスの連中も、ファンクラブとかいう奴らも、どんどんエスカレートして俺に夢中になっていった。
俺にとっては、友哉だけが救いだった。
友哉は俺に支配されなかった。
支配されていないのに、いつでも俺を想ってくれた。
親友として、戦友として、兄弟として、誰より大事にしてくれる。
友哉だけはずっと、何も変わらないでいてくれたんだ。
だから、友哉がそばにいる間だけは、俺は普通の子供でいることが出来た。
子供が子供でいられる時間がどれだけ幸せなものか、当たり前のようにその中にいるやつらはきっと考えもしないんだ。
もしも友哉を失ったら、もう人間のふりをする必要もなくなってしまう。
もしも友哉を失ったら、獣の本性を抑える意味も無くなってしまう。
もしも友哉を失ったら、俺は何人殺せばいいんだろう。
くだらない結界をはったやつらも、そいつらに協力していたであろう早苗も、俺をこんな風に生んだ母親も……。
きっと何人殺したって気が済むことは無くて、俺自身が退治されるまでずっと殺し続けるしかなくなるんだ。
「友哉……ともや……ともやぁ……」
絶望感に抗って何度も何度も名前を呼んだ。
きっと数分のことだったんだろうけど、まるで永遠のような気がしていた。
「かはっ」
小さく、友哉が息を吐いた。
「友哉!」
「倉橋、分かるか、おい倉橋、返事をしろ」
ミコッチの呼びかけに友哉の答えは無い。
いつのまにか、黒い靄は完全に消えていた。
「ミコッチ……」
震える声で確かめると、ミコッチはうなずいた。
「呼吸は戻った。でも意識はまだ」
「うん、うん、でも、息をしているんでしょ」
「ああ、ちゃんと息をしている」
ぶわっと両目から涙が溢れた。
駆け寄って友哉の体を抱きしめたかった。
でも、結界のあっちとこっちで、俺達は別たれている。
「ミコッチ……救急車は三乃峰側に来るから、吉野部長と二人で運んで」
しゃくりあげながら伝える。
「いや、無理に動かさない方が」
「友哉は普通の病気じゃないんだ!『あれ』の呪いにやられたんだから、できるだけ結界から遠くへ離した方がいいよ!」
「だけど」
ここまで来てなお、ミコッチは呪いを信じていないんだろうか。
「それに、今にも雨が降り出しそうじゃん。友哉を濡らして冷やしたくないし、ハイキングコースの足場が悪くなるのもまずいでしょ」
俺は自分のウィンドブレーカーを脱いで、結界の向こうに軽く放った。ミコッチがそれをキャッチして、友哉の体の上にぱさっとかけた。
「分かった。でも倉橋の家は御前市の中じゃ」
「せっかく境界線を抜けたんだよ。こっちへ来ると大きな病院へ行けなくなる」
「そうだな。でも吉野さんは」
ミコッチの視線が、俺の後ろで腰を抜かしている吉野に移る。
俺は吉野を振り返った。
吉野は小さい声でぶつぶつ言いながら、震えてうずくまっていた。
「あ……あ……声がする……! ……帰れって声がする、左側から声が聞こえる……今すぐ戻れ、逃げろって叫んでいる……!」
吉野の左肩には小さな魔物が乗っていて、左耳にキーキーと何かを吹き込んでいる。頭が大きく手足の細いそれは、守り神なんかには見えない。せいぜい小鬼と呼ぶのがふさわしい。
俺は吉野の前にかがみ込んで、その左耳に取り付いている小鬼の体をむんずとつかんだ。
手の中でバタバタと暴れる小鬼に顔を近づけ、じろりと凄む。
「うるさい、黙れ」
小鬼はひきつけを起こしたみたいに、ひくっと痙攣した。
「吉野に危害は加えないから、しばらくその口を閉じてろよ」
小鬼は両手でばっと自分の口を押えた。俺はやっと黙ったその小さな魔物を吉野の左肩にひょいと戻す。
「く、久豆葉君……? え、今、何を?」
動転している吉野を正面から見る。
「吉野部長、ミコッチと一緒に救急車が入れる道まで友哉を運んで」
友哉がいるのは結界の外側だから、救急車に乗れれば大きな病院へ辿り着けるはずだ。けれど、ミコッチひとりで友哉を抱え、山道を降りていくのは危険が伴う。
「え……君はどうするんですか」
「後から行く」
「でも、境界線があるのでしょう?」
「大丈夫。この胸糞悪い結界はすぐ壊すから」
「ど、どうやって……?」
俺は肩越しに後ろを指差した。
「あいつらを使う」
「え、あの女の子達?」
「うん、それからファンクラブとかいうふざけた連中も全部使う。いつも俺のことをしつこく付け回してくるんだから、こんな時ぐらい役に立ってもらわないとね」
「え、で、でも」
「吉野部長。俺ね、今から人間のふりをやめるから」
吉野が目を見開く。
「久豆葉君、今なんて?」
「いいから! まずは友哉を助けて」
まだ動揺している吉野の腕をつかんで立ち上がらせ、境界線の向こう側へぐいと押し出す。
「吉野さん! 倉橋を俺の背中に乗せてください!」
「は、はい!」
ミコッチの叫ぶ声に反応して吉野が駆け出す。
吉野がぐったりした友哉を抱き上げようとして、あっと驚いた声を出した。
「え、なんで……すごく熱い」
「熱があるの?」
「はい、すごい高熱です」
それも『あれ』のせいなんだろうか。
すぐそこにいるのに何も出来なくて、自分の無力を思い知る。
「大丈夫だ、久豆葉ちゃん。絶対に倉橋を無事に病院に連れて行くから!」
「うん、うんお願い……」
ミコッチに背負われ、その背中と尻を吉野に支えられ、友哉の姿が遠ざかっていく。
本当なら俺が友哉を抱えて行きたい。他の奴なんかに任せたくない。
「友哉……」
俺は忌々しい結界に両手をついて、ミコッチに背負われた友哉の姿が坂を下り木々に隠れて見えなくなってしまうまで、じっと見送った。
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