闇夜に道連れ ~友哉とあきらの異常な日常~

緋川真望

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第三章 友哉と俺と獣の本性

3-(1) 友哉が隣にいないと 後編

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 両手でごしごしと涙を拭う。
 息を大きく吸って、吐く。

 今まで友哉に知られたくなくて、必死に力を抑えて来た。
 けれど、今は逆だ。
 どこまで人間を思い通りに操れるのか、やれるところまでやってみようと思う。

 俺は後ろを振り向き、遠巻きに囲んでいる女どもをざっと数えてみた。7、8人どころか20人くらいにまで増えている。

 俺は彼女達に向けて、ニコッと笑顔を作った。
 表情の無かった20人が、とたんにワッと騒ぎ始める。

「あきらくーん」
「あきらくーん、こっち見て―」
「こんなところで会えるなんてすごーい」
「私達、運命みたーい!」
「あきらくーん」
「あきらくーん」

 うるさいだけで煩わしい女どもの反応が、今だけは心地よく感じる。
 俺は両手を大きく振って、にこやかに呼びかけた。

「みんな、こっちにおいでー」

 俺の呼びかけにみんな一斉に走り出した。
 うっとりとした顔をして俺を見つめてくる。
 うん、きっと何でもやってくれそうだ。

「ああ、みんないい子だね。じゃぁこれから俺の言う通りにしてくれる?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ぽつぽつと降り出した雨の中を、吉野に教えてもらった地図アプリを見ながら歩く。
 友哉の搬送先は三乃峰総合病院だとリンリンで連絡が来たので、すぐに車を拾えそうな場所まで近づいておきたかった。

 時々ハイキングコースを外れ、結界を触って確認する。まだ完全には消えていないけど、消えるのも時間の問題だと思う。結界を壊すためだけに、ここから見えるだけでも百人以上の人達が動き回っているんだから。

「リンリンの拡散力ってすごいんだなぁ……」

 数十分前、俺は群がってくる女どもに撮影させながら、その中のひとりに近くの道切りをひとつ木からはずさせた。そして大げさなくらいに褒めてやり、分かりやすく頭を撫でてやった。

『久豆葉あきらが女の頭を撫でる動画』というのは、それだけでかなりインパクトがあったみたいで、一時間もしない内にこれほどの大騒ぎになっている。

 境界線が何の線なのか、道切りとは何なのか、そんな説明なんて別に必要なかった。俺はただ、その動画と境界線の地図データをセットで広めるようにと指示しただけだ。

 たったそれだけで、このハイキングコースにも、鹿塚山にも、市街地にも、あの堤防のある港にも、俺に褒めてもらいたい人間が境界線上に集まって、必死に道切りを探している。

「あきら君、これ、これ見てください」

 野太い声に驚いて振り向くと、D組の担任教師が道切りを手に立っていた。

「先生……?」
「はい、あきら君はこれが欲しいんでしょう」

 両手でそれを差し出してくるから、俺はひきつりそうな頬を押さえて無理に笑顔を作った。

「先生、それをほぐして中から白い欠片を出してみてくれる?」
「は、はい。あ、これですか」
「うん。そうしたら、その白いのを地面に落として粉々に踏みつぶしちゃってよ」
「分かりました」

 担任教師は嬉々として俺の指示に従い、マジナイに使われた何かの骨を砕いた。

「これでいいですか、あきら君」
「上手だよ、先生。じゃぁ、他のみんなにも同じように教えてあげてね」
「はい、分かりました」

 どうやら動画の拡散された範囲はファンクラブ内だけに留まっていないらしく、周囲を見回すと知らない大人の男女もけっこう混ざっている。

 人の心に作用する俺の力と、拡散力のあるネットのツールというものは相性が良すぎるのかもしれない。使い方によってはどんな悪事も出来そうだ。

 その時、リンリンの通知音が小さく鳴った。
 俺は急いでアプリを開く。
 ミコッチからだった。

『倉橋はさっき無事に病院に着いたよ。倉橋の両親にも連絡したから、すぐに来ると思う』
『救急隊員にも医者にも原因を聞かれたけど、なんて答えればいいのか分からなかった』
『久豆葉ちゃん、あれはほんとに呪いだったのか? 呪いに医学で太刀打ちできるのか?』

 3つのメッセージが立て続けに表示されていく。
 雨粒がぽつぽつと画面に落ちる。
 それを袖先で拭って、俺はミコッチに返信した。

『頑丈そうな男一人と、カッターでもハサミでもいいから刃物を用意しといて』

 そしてもう一言付け足した。

『すぐに行くね』

 少しずつ雨が強くなってきていた。
 俺はスマートフォンをポケットに入れて、足を速めた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 どんな大掛かりなマジナイでも、数の暴力には負けるということらしい。
 数百人にまで膨れ上がった協力者のおかげで結界は跡形もなく消え去り、俺は一切の抵抗なくその外へと脱出できた。道切りに仕込まれていた骨をことごとく砕かせたおかげか、今回は遠吠えも聞こえてこない。

 十年以上出られなかった『外』を歩いているというのに、今の俺にはひとかけらの感慨も湧いてこなかった。隣に友哉がいなければ、どんな出来事も砂みたいに味気ない。

 雨は大降りになってきて、俺はびしょ濡れになって先を急いだ。三乃峰側のハイキングコース入り口の駐車場で、人が乗っている車を探す。

 エンジンがかかったままの一台の紺色の車に近づき、運転席の窓をコツコツと叩くと、窓が開いて若い男が顔を見せた。

「何だよ?」

 警戒心いっぱいの顔だ。

「急いでいるんだけど、乗せてくれない?」
「は? なんで知り合いでも無いお前なんかを……。俺は彼女を待っているだけだ、あっち行け」
「そう? 本当にあっち行ってもいいのかな?」
「え……」

 俺は男の目をじっと見て優しく微笑んでみせる。
 男がぽかんと口を開けて、俺を見た。
 ああ、この男は簡単そうだ。

「久豆葉あきらが、せっかく乗ってあげるって言ってるんだよ。乗せなくてもいいのかな? ねぇ? あなたは乗せたくなるんじゃないかなぁ?」

 思った通り、すぐに男の目はトロンと溶けた。

「あ……そうだね、乗って欲しいかも……乗ってください、どうぞ」
「どうも」

 俺は助手席に乗り込むと、すぐ男に指示した。

「じゃぁすぐ出発して。三乃峰総合病院へ行って」
「うん、三乃峰総合病院だね」

 ウィンカーを出して、車が動き始める。俺はシートベルトを閉めながら、ふとバックミラーに若い女が映っているのに気付いた。女はトイレの前で口を開けたまま呆然と立ち尽くしている。

「はは……」

 若い女を置いてけぼりにするなんて、友哉ならかわいそうだと言うんだろう。
 でも今、俺の隣に友哉はいない。
 誰も俺を咎めたりしない。

「急いで」
「うん、分かった。出来るだけ急ぐね」

 男は俺を愛しそうに見て、車を走らせていく。

 俺はリュックからタオルを出そうとして、奥におにぎりが入っているのに気付いた。いったんそれを取り出そうとして、ふぅと重いため息が漏れる。隣に友哉がいないとぜんぜん食欲がわいてこない。俺はタオルだけ取り出して、濡れた髪を拭き始めた。



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