闇夜に道連れ ~友哉とあきらの異常な日常~

緋川真望

文字の大きさ
25 / 61
第四章 友哉とあきらの見えない日常

4-(1) 自覚

しおりを挟む

 あの時、あきらがひとりじゃなくて良かった。
 あの時、俺がそばにいられて良かった。
 あの時、あきらを守れて本当に良かった。

 もしも時間を巻き戻すことが出来て、あの瞬間をやり直すことが出来たとしても、やっぱり俺は同じことをするだろう。
 俺の身に降りかかって来た結果は簡単には受け止め切れないくらい恐ろしいことだけれど、でも、それがで良かったと思うから。
 もしもあきらの目が見えなくなっていたら、俺は自分自身を許せなかっただろうから。




 ふわっと浮き上がるように目を覚ました。
 まぶたを開いても何も見えなくて、本当に覚めているのかと不安になる。
 手のひらを目の前に持ってきてみても、ひらひらと指を動かしてみても、やっぱり何も見えなくて、俺は確認するように小さく声を出してみた。

「俺は、目が見えない」

 大丈夫、意外と冷静だ。
 まだはっきりと現実感が無いせいかもしれないけれど。

 あきらに手をつないでもらって眠りについたのは覚えている。
 それからどのくらい経ったんだろう?

 ふわふわの布団と肌触りの良いタオルケットをめくって、ゆっくりと体を起こしてみる。
 ここは病院では無いような気がした。違和感の正体を知りたくてつい顔を左右に動かしたが、もちろん何も見ることは出来ない。

 耳を澄ませてみる。 
 鳥の声が聞こえる……近くに公園でもあるのか、何種類もの鳥が鳴いている。でも今まで鳥の声なんて意識したことも無いから、それがどんな鳥かまでは分からなかった。

 賑やかなさえずりに耳を傾けていると、部屋の中に静かな寝息が流れているのに気付いた。

 同じ部屋に誰かが寝ている……?

 寝息の音に集中してみて、知らず口元がほころぶ。
 その人物の立てる静かな寝息だけで、すぐに誰だか分かったからだ。親よりもずっと長い時間を共に過ごしてきた俺の幼馴染。親友で、戦友で、兄弟みたいな存在を、俺が間違えるはずがない。

「あきら」

 つい呼びかけてしまってから、しまったと思って口をふさいだ。
 もしかしたらまだすごい早朝かも知れない。思わず首を動かして時計を探してしまったけど、見えないという事実を再認識しただけだった。俺にはこの部屋に時計があるのかどうかも分からないし、あったとしても時刻を知ることが出来ないのだ。

 口を押えたまま動かずにいると、あきらの寝息はまだ静かに続いているようでほっと息を吐いた。

 ここはどこだろうか。
 自分の家でもないし、病院でもないと思う。
 柔らかな布団の感触から判断すると、お客さん扱いをされている気はするけど。

 すぅっと鼻に息を吸い込むと、柔軟剤の匂いのようなものに混じって何となく青っぽいような匂いを感じた。懐かしくて、何度も嗅いだことのあるような匂い。これは何の匂いだっけ。

「あ……畳……?」

 敷布団を指先で撫でながらその先へ手を伸ばすと、畳の感触があった。思った通りで少し嬉しくなる。見えなくてもひとつ分かった。この部屋は畳が敷いてある和室だ。

 一筋の光も見えない真っ暗闇の世界でも、すべてが真空に呑まれたわけじゃない。見えないだけで世界はちゃんとそこにあって、俺の近くにあきらはいるし、畳の香りは青っぽいんだ。

 ちょっとだけ勇気が出てきて、俺は四つん這いで畳の上に出てみた。片手を前に出し、赤ん坊のようにゆっくりとハイハイして少し進むと、手に何かが当たった。両手で触って確かめると格子のようになっていて、軽く力を入れただけでぷつりと破けてしまった。

「やば……」

 これは障子で、俺は障子紙を破いてしまったらしい。
 後で謝ろうと思いながら、その障子の取っ手を指先で探し出して横へ開く。

 ふいに、銀色っぽい影がぶわっと目の前を走り抜けた。

「え……?」

 驚いて身を乗り出し、影のいなくなった方を向いても、もちろん視界は真っ暗で何も見えない。
 瞬きして首を傾げる。
 見間違いだろうか?
 けれど、盲目の身に見間違いということが起きるものなのかな?

「友哉、起きたの」

 後ろからの声にぱっと振り向く。
 振り向いてもあきらの顔を見られないことに、ドクンと心臓が跳ねた。

「……おはよ、あきら」

 多分こっちだろうという方を向いて、ちょっと無理して笑ってみる。

「友哉、俺が分かるの?」
「そりゃ声で分かるよ」
「そっかぁ。おはよう、友哉……」

 万感のこもったしみじみとした挨拶に俺は首を傾げた。

「俺、どのくらい寝てた?」
「ええと今は」

 多分、時計を見たんだろう。
 少しの間があって、

「7時過ぎだから……15時間くらいかな」

 とあきらは答えた。

「そっか、いっぱい寝たな」
「うん。体は大丈夫? どっか痛いとか気持ち悪いとか無い?」

 声が近付いて来て、あきらの手が俺の腕に触れてくる。俺は反射的に右手でその手をつかんだ。体温を感じたくて思わず両手で包み込む。

「どうしたの?」
「あ、ごめんつい……」

 手を離そうとすると、あきらの手がぎゅっと握ってきた。

「謝らないで。いつでも握っていいよ。だって俺達兄弟じゃん」
「うん……」

 あきらの手はすごく温かくて、ここにいるんだと実感がわいてきて、なぜかじわっと目が潤んできた。見える見えないに関わらず涙は出るんだと思って、俺はちょっと苦い笑いを漏らした。

「やっぱ、あれだな。毎日見ていた顔が見られないって、結構きついな」
「友哉……。俺もきついよ……友哉と目が合わないのきつい……」

 あきらの声が震え出し、握っている手も熱くなってくる。

「うぅ……」

 嗚咽が聞こえてきて俺は焦った。

「泣くなよ」
「泣いて、ないよ」
「泣いてるだろ」
「泣いてなんか……ないもん」

 俺は握っている手の上から、左手でポンポンと軽く叩いた。
 あきらが先に泣いてしまうから、不思議と俺の心は落ち着いていられる。
 俺は、あきらの嗚咽がおさまるまで、手を握ったままじっとその泣き声を聞いていた。

「友哉……見えないってことの他に、体に異変は無い?」

 少しすすり上げながらあきらが聞いてくる。

「ああ、体は……」

 つい自分の体を見下ろしてしまって、真っ黒の視界に溜息が出る。どうしても見えている時と同じように、目や顔を動かしてしまう。慣れるのには相当時間がかかりそうだと思った。

「大丈夫だよ。どこも痛くないし。ただちょっとお腹空いているかも」
「俺もペコペコ。すぐ朝御飯にしてもらうね」

 手を離して立ち上がるような気配がして、俺は慌てた。

「待って、あきら。ここってどこなんだ?」

 一瞬だけ間をあけて、あきらが答えた。

「うーんと、俺の家ってことになるのかなぁ」
「あきらの家?」
「うんまぁ、一応」

 頭の中にハテナマークがいくつも浮かぶ。
 あきらには身寄りがいなくて倉橋家に一緒に住んでいたのに、ここがあきらの家とはどういう意味だろう。

「どういうこと? なんでうちに帰らないんだ? 父さんと母さんは?」

 今度は数秒、沈黙があった。

「あきら?」
「俺、昨日おじちゃんに抱きつかれたんだ。それでむりやり服を脱がされそうになって」
「え!?」
「友哉には……言いたくなかったけど」
「そんな……」

 血の気が引く。
 父さんまでもおかしくなっていたなんて。

「それで? あきらは大丈夫だったのか?」
「うん、突き飛ばして逃げたから」
「そうか……」

 安堵の息とともに大きな不安が沸き上がる。
 両親ともにおかしくなったのなら、もうあの家には戻れない。
 でも俺は今、こんな状態になってしまって、一緒にいるとあきらの負担になってしまうんじゃ……。

「大丈夫、ここは安全だよ。俺と友哉を脅かすものは何も無いから安心して」
「でも」
「友哉が寝ている間に何があったのか、後でゆっくり説明するから。まずはパジャマのままでいいから顔洗って朝御飯にしない?」

 あきらは立ち上がって俺の手を引っ張った。

「ほら、立って。まずは洗面所に案内するからさ」

 スタンッと音を立てて障子が開け放たれたのが分かる。

「こっちだよー」

 あきらがぐいぐいと俺を引っ張ってどこかへ行こうとする。
 体が前へ倒れそうになる。
 どこへ足をついていいのか分からない。
 ぞわっと恐怖が走った。

「わっ、待って! 待って、あきら!」

 俺はあきらの手を振り払った。

「え、どしたの?」
「あ……ごめん。あぁ……なんか……」

 片手で自分の顔を押さえる。

「ほんとごめん。でも、俺……あぁ、嘘だろ……」
「友哉?」

 あきらの声がきょとんとしている。
 俺だって自分が信じられない。
 たったあれだけで身が縮むようだった。
 いかに今まで視力に頼って生きてきたのかを、否応なく思い知った。
 言いたくないけど、言わなければ伝わらない。

「ごめん。俺、歩くのが怖い」
「え……」

 自分がこんなにも憶病者だったなんて思わなかった。
 ただ暗闇を歩くだけのことで、こんなに恐怖を感じるなんて。

「俺は友哉を危ないところへ連れて行ったりしないよ」
「分かってる。あきらを疑うはずがない。でも、完全な暗闇で知らない場所を歩くのはすげぇ怖い。ビビっちゃって、体がすくむ」

 自分の家だったらまだましだったかもしれないけど、あきらの前ではそんなことを言えない。父さんも母さんもあきらをおかしな目で見ているんだ。あんな親はもう頼れない。

 すぅ、はぁ、と何度が深呼吸する。

「だ、大丈夫だ。もう一回、歩いてみる」

 こんなことぐらいで一大決心したみたいに言う自分の声が情けない。
 あきらはどんな顔で俺を見ているんだろう。

「うん、分かった。ね、友哉、両手を前に出してみて」

 言われた通りに両手を出すと、あきらがその両手を握った。

「えっとね、ここは結構広い日本家屋で、俺達が寝ていたのは中庭に面した八畳の部屋なんだ。で、その隣にも八畳の部屋があるから、部屋の前にある廊下を今から歩くからね。で、突き当りを左に曲がると洗面所とトイレとお風呂があるから。そこまでゆっくり行こう」

 俺はこくりとうなずいた。

「めっちゃゆっくりで頼む」
「オッケー、めっちゃゆっくりね」

 俺の両手を引きながら、あきらは後ろ向きにそろそろと進んでいく。
 俺は足を浮かせるのも怖くて、ずりずりとすり足で進んだ。多分、歩幅は10センチくらいしかない。

 両手を引かれて歩きながら、今の自分がどう見えるのか思い浮かべてみた。
 あんよがじょうず、あんよがじょうず、と母さんの声が聞こえてきそうな体勢だ。

「俺ってまるで赤ちゃんだよな……」

 あまりに自分が情けなくて、またじわりと涙が滲んでくる。
 でも、それがしずくになる前にあきらがすすり上げるのが聞こえてきて、すっと涙が引っ込んだ。

「あきら、俺より先に泣くなよ」
「泣いて、ない……」
「あきらってこんなに泣き虫だったっけ?」
「だから、泣いてないって」

 否定する声が震えてしまっている。
 俺より先に、俺のために泣く親友がいる。
 倉橋友哉という男は本当に幸せ者だと思う。
 顔を上げて微笑んでみた。
 目を合わせることは出来ないけど、あきらはちゃんと目の前にいる。

「俺、これからもあきらのそばにいていいのか」
「当たり前じゃん。一生そばにいてよ」

 間髪入れずに言われて、ちょっと笑ってしまう。

「ははっ、一生は大げさだな」
「そんなことないよ! 俺は友哉と死ぬまで一緒にいる、死んでからも一緒にいるもん」
「ええ、何だよそれ」
「友哉。死んだら俺と一緒に地獄へ行こうね」
「おい、なんで地獄一択なんだよ」
「えー、面白そうだから?」
「むちゃくちゃだな、あきらは」
「だって、鬼とかいて楽しそうじゃんか」

 くだらないことを言われて笑ったら、なんだかちょっと気が楽になった。
 どんなに暗い夜道でも、あきらと二人で行くなら怖くないのかもしれない。

 ひとりじゃなくて良かった。
 あきらがそばにいてくれて良かった。
 つないだ手の温かさがじんわりと心に染みてきた。





しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

天啓によると殿下の婚約者ではなくなります

ふゆきまゆ
BL
この国に生きる者は必ず受けなければいけない「天啓の儀」。それはその者が未来で最も大きく人生が動く時を見せる。 フィルニース国の貴族令息、アレンシカ・リリーベルは天啓の儀で未来を見た。きっと殿下との結婚式が映されると信じて。しかし悲しくも映ったのは殿下から婚約破棄される未来だった。腕の中に別の人を抱きながら。自分には冷たい殿下がそんなに愛している人ならば、自分は穏便に身を引いて二人を祝福しましょう。そうして一年後、学園に入学後に出会った友人になった将来の殿下の想い人をそれとなく応援しようと思ったら…。 ●婚約破棄ものですが主人公に悪役令息、転生転移、回帰の要素はありません。 性表現は一切出てきません。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...