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第四章 友哉とあきらの見えない日常
4-(3) きれいな人 後編
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「近親相姦しちゃうってこと……?」
ひやりと寒気がして、早苗の顔が脳裏に浮かんだ。
「ああ……。あきらの力は自分の手に負えないと思ったんだろう。お前を久豆葉早苗に預けて母親は行方をくらませたと聞いた」
久豆葉早苗。
俺の母になりたいと言ったのに、母になれなかった女の人。生々しい女の情欲を、何も知らなかった俺に教えた女の人。哀れで悲しい女の人だ。
俺は自嘲気味に口を歪めた。
「母親と交わっても叔母と交わっても罪は同じじゃない?」
「お前と久豆葉早苗の間にもしも何かがあったのだとしても、さほど気にする必要は無い。早苗とお前との間には血のつながりは無いからな」
「ああ……やっぱりそうなんだ……」
早苗が酔っぱらって信太の森へ帰れと叫んだ時に、やっと気付いた。それまで俺は、早苗を自分の血縁だと信じて疑わなかったのだが。
「お前の母親は久豆葉の家に入り込んで自分を長女だと思わせ寄生していた。心を操る妖狐がよくやる手口だ」
「じゃぁ早苗さんは十年以上も赤の他人の子供を育てていたんだね」
「早苗はお前と血がつながっていないが、戸籍の上ではお前の母親ということになっているはずだ。妖狐に戸籍は無いからな」
「ははは、なにそれ。偽物の家族になって寄生されて、戸籍まで使われて子供を押し付けられて。妖狐ってひどすぎない? 早苗さんの家、妖狐に利用されまくってるじゃん」
「妖狐とはそういうものだからな。人の心に入り込んで利用し搾取する。あきらもそうだろう? 今までさんざん久豆葉早苗や倉橋家を利用してきて、さらに友哉君も」
「友哉は違う」
「何が違う」
「俺は友哉を操っていない。友哉が俺にくれる愛情は全部本物だ」
雪華は少し黙った。そしてまた中庭の向こうへ目を向けた。
よほど友哉が気になるようで、その視線にイライラする。
「なぁ、妖狐っていったい何なの? 俺、別に油揚げとか好きじゃないし、耳もシッポも生えていないよ」
「母親の方には、狐の耳とシッポが生えていたそうだぞ」
「ええ?」
中年男のジョークかと思ったが、雪華は当たり前のことのように言葉を続けた。
「当主が、たった一度だけだが異形の姿を見たそうだ。まぁ、あきらは半分人間だから母親とすっかり同じではないのだろうが」
「その内に俺も異形の姿になっちゃうわけ?」
「分からない。私は半妖に会ったのは初めてなんだ」
明確に否定してくれなくて不安になる。
俺に耳やシッポが生えても、友哉は怖がらないだろうか。
「早苗さんはいつから、どこまで知ってたの?」
「二ヶ月ほど前、私が接触してすべてを教えた」
「どうして」
「呪詛の入った木箱を渡すためだ」
「呪詛……」
「式狼をいくら飛ばしてもあきらを殺せなかった。起死回生の一手として、当主に命じられて呪詛を作ったんだ」
二ヶ月前というと、俺達が救急車で運ばれて、早苗さんが失踪した頃だ。
「そうか、あの、黒い箱……」
「そうだ。あれは非常に強い呪詛だったが、それでもお前は死ななかった」
「友哉が来てくれなかったら死んでたよ。雪華は本気で俺を殺そうとしたんだよね」
「あの時は、そうだった。まだあきらと会ったことが無かったし、友哉君とも……会っていなかった」
「ふうん。じゃぁ、あの白い箱は何のため?」
「白い箱?」
「うん、臍の緒の封印」
雪華はぎょっとしたように目を見開いた。
「なぜそれを? 本家に保管してあるはずだが」
「早苗さんが持ってたよ。つかもうとっくに早苗さんが開けちゃったけど」
「早苗が開けた……? なぜだ? いったい誰が? なんで彼女にそれを?」
「俺は知らないよ。あの人はもう逃げちゃったし」
雪華が驚いた顔で俺を見ている。
「あの封印が解かれてしまったらお前は本物の化け物になると思っていた」
「はは、病院で起こした騒ぎを見ても、俺はまだ本物の化け物じゃないって?」
「ああ……あの惨状は確かにひどかった。だが、友哉君にすがりついて泣いていたお前は、まるで年相応の人間の子供のようだった」
俺は肩をすくめ、そのまま床にあぐらをかいた。
銀色の狼が左右から近づいてきて、体を擦り寄せて来た。
「うわ、なに」
「叢雲も碧空もあきらが気に入ったらしい」
「え? 狼って狐と仲いいもの?」
「本来は違う。狼は狐を追い払う力を持ち、狐は狼を嫌っている。だが、あきらには大賀見の血も流れているからな」
「ええと、名前なんだっけ」
「叢雲と碧空だ」
「むらくも、へきくう」
呼んでみると、鼻をクンクンさせてまた体を擦り付けてくる。
この凶悪そうな牙を持つ狼が、幾度となく俺達を襲ってきた『あれ』の正体だと分かっても、こうやって懐かれればかわいく見えてくるから不思議だ。
俺はそっと毛皮を撫でてみた。指先には滑らかな感触が伝わってくるのだが、同時にぞわぞわと寒気がした。触ってはいけないものに触っているような、おかしな感覚だった。
近くに来ると、ハッハッと息の音まで聞こえる。
「息をしてる……。え、生き物なの?」
雪華を見ると、少し困ったような顔をした。
「あやかしを生きているか生きていないか論じるのは難しいな。この世界の生き物ではないが、数が増えたり減ったりするので繁殖はするのかもしれない」
「へぇ、繁殖ってことは雄とか雌とかあるの?」
「あるかも知れないが、彼らは体の隅々までは見せてくれないんだ」
「えっと、じゃぁ食べ物とかは?」
雪華は言葉に詰まり、ポソリと言った。
「雑食だな」
「雑食」
「何でも食べる」
言いにくそうにされると、余計に気になる。
「なぁに? まさか人の肉とか?」
「ん、人の肉も食べることは出来るが、霊魂の方を好むかな」
「霊魂……。幽霊のこと?」
「ああ、幽霊でもあやかしでも魔物でも妖怪でも、まぁエネルギーになるものは何でも食べるな」
「あやかしと魔物と妖怪ってどう違うの?」
雪華は肩をすくめた。明確な違いは無いということか。
「大賀見の血族ってみんな式狼を持っているの?」
「外部から嫁いできた者や、血の薄い者は持っていない。だが、式を使えなければ一人前とは認められないので、親戚同士で婚姻する者が多いな」
「大賀見家にとって狼って大事なんだね。途中で狼を失うことってある?」
雪華はぎくりと身を硬くした。
「あるんだ?」
「ああ……」
「狼を失ったらどうなるの?」
「それは一族にとって大きな恥であり危機だ。大賀見の家は式狼の力で繁栄してきた。力の拠り所を失えば、一気に没落するだろう」
「なるほど」
俺はにんまりと笑った。
「雪華。一族の狼持ちを全部リストアップしてよ。名前、住所、資産、それから術ってやつをどの程度使えるのかも、すべての情報を俺に寄越して」
「そんなものを何に使うんだ」
床に座った俺を見下ろす雪華の顔は蒼い。
きっと俺が何を言うか予想がついているだろう。
俺はその予想通りのことを言ってやった。
「あいつら、友哉の目から光を奪ったんだよ。この屋敷とあれっぽっちの金で終わったことになるはずがないでしょ?」
「大賀見家を潰すつもりか」
「だとしたら?」
「そんなこと、友哉君は望んでいないだろう」
「かもね。でも、雪華は望んでいる」
「はっ……なにを言うか……」
「雪華は友哉の視力を奪ってしまったことを後悔しているし、そんなことを命じた大賀見家も許せなく思っている」
「そんなことは……」
俺が世界を滅亡させると言っても顔色一つ変えなかった雪華が、分かりやすく動揺した顔をした。
「雪華は友哉に魅かれているから」
雪華はよろめいて後ろへ下がり椅子に足をぶつけた。
「は? そんなわけが……」
「性的対象っていう意味じゃないよ。でも、雪華はあの日、あの病室にいた。視力を失ったばかりの友哉がどんな表情で何を言ったのかを全部見ていた。だから強烈に魅かれたんでしょ。友哉の美しさが幻なのか、それとも本物なのかを知りたくなった。違う?」
雪華は観念したように両手で顔を覆い、はぁっと息を吐いた。
「違わない……」
雪華は顔を覆ったままで、両手の隙間から絞り出すような声を出した。
「私は、あんなにきれいな人間を、初めて見たんだ」
俺は中庭の向こうへ目をやった。
「うん、友哉はきれいだよね」
十年以上もずっと、あの混じりけの無い愛情を受け取って来た。
独占欲や性欲の混じっていない、きれいなきれいな感情を。
「あげないよ」
「欲しいわけじゃない」
「じゃ、なに?」
「守りたいと思っている」
「俺みたいな化け物から?」
「そうじゃない。二人ともだ」
俺はきょとんと雪華を見上げた。
「へぇ……意外」
「意外でも何でもない。友哉君のきれいな想いの先にいるのは久豆葉あきらだ。わたしはそれごと守りたいと思った」
雪華が足を引きずりながら近づき、俺の前に跪いた。
「私は二人を守るために何でもする。大賀見家によって貢ぎ物にされたからでもなく、あきらの力で支配されたからでもなく、自分の意思でそうしたいんだ。そうさせてくれ」
俺の左右にいた狼も、伏せるように体を低くした。
「二人を守る、か。じゃぁひとつ重要なことを決めよう。俺と友哉のどちらかひとりしか救えない状況に陥った時は、どちらにも手を出さないでね」
雪華がよく分からないと言うように眉をしかめた。
「友哉君を優先しろとは言わないのか?」
「はぁ? それで俺が死んだ後、雪華と友哉が仲良く一緒に生きていくの? そんなことになるくらいなら俺と友哉で一緒に死ぬ方がましだよ」
少しの間考えるように黙っていた雪華は、ひきつるように少し笑った。
「そうだった……。お前は人間のような考え方はしないのだったな」
「そ、だから雪華には二人一緒に助けるっていう選択肢しか残ってないから、忘れないでね」
雪華がまた黙る。
「なぁに? 守るのやめる?」
「いや、あきらは友哉君をどうしたいんだ?」
「どうって、別にどうともしないけど」
「どうとも……」
「うん、今まで通り俺のお兄ちゃんでいて欲しいだけ」
「そうか」
「そうだよ」
雪華の薄い唇がほんのかすかに笑ったようだった。
「かしこまりました。何があっても、二人をお守りいたします」
跪いた状態からさらに頭を下げ、雪華は土下座のような恰好で誓いを立てた。
ひやりと寒気がして、早苗の顔が脳裏に浮かんだ。
「ああ……。あきらの力は自分の手に負えないと思ったんだろう。お前を久豆葉早苗に預けて母親は行方をくらませたと聞いた」
久豆葉早苗。
俺の母になりたいと言ったのに、母になれなかった女の人。生々しい女の情欲を、何も知らなかった俺に教えた女の人。哀れで悲しい女の人だ。
俺は自嘲気味に口を歪めた。
「母親と交わっても叔母と交わっても罪は同じじゃない?」
「お前と久豆葉早苗の間にもしも何かがあったのだとしても、さほど気にする必要は無い。早苗とお前との間には血のつながりは無いからな」
「ああ……やっぱりそうなんだ……」
早苗が酔っぱらって信太の森へ帰れと叫んだ時に、やっと気付いた。それまで俺は、早苗を自分の血縁だと信じて疑わなかったのだが。
「お前の母親は久豆葉の家に入り込んで自分を長女だと思わせ寄生していた。心を操る妖狐がよくやる手口だ」
「じゃぁ早苗さんは十年以上も赤の他人の子供を育てていたんだね」
「早苗はお前と血がつながっていないが、戸籍の上ではお前の母親ということになっているはずだ。妖狐に戸籍は無いからな」
「ははは、なにそれ。偽物の家族になって寄生されて、戸籍まで使われて子供を押し付けられて。妖狐ってひどすぎない? 早苗さんの家、妖狐に利用されまくってるじゃん」
「妖狐とはそういうものだからな。人の心に入り込んで利用し搾取する。あきらもそうだろう? 今までさんざん久豆葉早苗や倉橋家を利用してきて、さらに友哉君も」
「友哉は違う」
「何が違う」
「俺は友哉を操っていない。友哉が俺にくれる愛情は全部本物だ」
雪華は少し黙った。そしてまた中庭の向こうへ目を向けた。
よほど友哉が気になるようで、その視線にイライラする。
「なぁ、妖狐っていったい何なの? 俺、別に油揚げとか好きじゃないし、耳もシッポも生えていないよ」
「母親の方には、狐の耳とシッポが生えていたそうだぞ」
「ええ?」
中年男のジョークかと思ったが、雪華は当たり前のことのように言葉を続けた。
「当主が、たった一度だけだが異形の姿を見たそうだ。まぁ、あきらは半分人間だから母親とすっかり同じではないのだろうが」
「その内に俺も異形の姿になっちゃうわけ?」
「分からない。私は半妖に会ったのは初めてなんだ」
明確に否定してくれなくて不安になる。
俺に耳やシッポが生えても、友哉は怖がらないだろうか。
「早苗さんはいつから、どこまで知ってたの?」
「二ヶ月ほど前、私が接触してすべてを教えた」
「どうして」
「呪詛の入った木箱を渡すためだ」
「呪詛……」
「式狼をいくら飛ばしてもあきらを殺せなかった。起死回生の一手として、当主に命じられて呪詛を作ったんだ」
二ヶ月前というと、俺達が救急車で運ばれて、早苗さんが失踪した頃だ。
「そうか、あの、黒い箱……」
「そうだ。あれは非常に強い呪詛だったが、それでもお前は死ななかった」
「友哉が来てくれなかったら死んでたよ。雪華は本気で俺を殺そうとしたんだよね」
「あの時は、そうだった。まだあきらと会ったことが無かったし、友哉君とも……会っていなかった」
「ふうん。じゃぁ、あの白い箱は何のため?」
「白い箱?」
「うん、臍の緒の封印」
雪華はぎょっとしたように目を見開いた。
「なぜそれを? 本家に保管してあるはずだが」
「早苗さんが持ってたよ。つかもうとっくに早苗さんが開けちゃったけど」
「早苗が開けた……? なぜだ? いったい誰が? なんで彼女にそれを?」
「俺は知らないよ。あの人はもう逃げちゃったし」
雪華が驚いた顔で俺を見ている。
「あの封印が解かれてしまったらお前は本物の化け物になると思っていた」
「はは、病院で起こした騒ぎを見ても、俺はまだ本物の化け物じゃないって?」
「ああ……あの惨状は確かにひどかった。だが、友哉君にすがりついて泣いていたお前は、まるで年相応の人間の子供のようだった」
俺は肩をすくめ、そのまま床にあぐらをかいた。
銀色の狼が左右から近づいてきて、体を擦り寄せて来た。
「うわ、なに」
「叢雲も碧空もあきらが気に入ったらしい」
「え? 狼って狐と仲いいもの?」
「本来は違う。狼は狐を追い払う力を持ち、狐は狼を嫌っている。だが、あきらには大賀見の血も流れているからな」
「ええと、名前なんだっけ」
「叢雲と碧空だ」
「むらくも、へきくう」
呼んでみると、鼻をクンクンさせてまた体を擦り付けてくる。
この凶悪そうな牙を持つ狼が、幾度となく俺達を襲ってきた『あれ』の正体だと分かっても、こうやって懐かれればかわいく見えてくるから不思議だ。
俺はそっと毛皮を撫でてみた。指先には滑らかな感触が伝わってくるのだが、同時にぞわぞわと寒気がした。触ってはいけないものに触っているような、おかしな感覚だった。
近くに来ると、ハッハッと息の音まで聞こえる。
「息をしてる……。え、生き物なの?」
雪華を見ると、少し困ったような顔をした。
「あやかしを生きているか生きていないか論じるのは難しいな。この世界の生き物ではないが、数が増えたり減ったりするので繁殖はするのかもしれない」
「へぇ、繁殖ってことは雄とか雌とかあるの?」
「あるかも知れないが、彼らは体の隅々までは見せてくれないんだ」
「えっと、じゃぁ食べ物とかは?」
雪華は言葉に詰まり、ポソリと言った。
「雑食だな」
「雑食」
「何でも食べる」
言いにくそうにされると、余計に気になる。
「なぁに? まさか人の肉とか?」
「ん、人の肉も食べることは出来るが、霊魂の方を好むかな」
「霊魂……。幽霊のこと?」
「ああ、幽霊でもあやかしでも魔物でも妖怪でも、まぁエネルギーになるものは何でも食べるな」
「あやかしと魔物と妖怪ってどう違うの?」
雪華は肩をすくめた。明確な違いは無いということか。
「大賀見の血族ってみんな式狼を持っているの?」
「外部から嫁いできた者や、血の薄い者は持っていない。だが、式を使えなければ一人前とは認められないので、親戚同士で婚姻する者が多いな」
「大賀見家にとって狼って大事なんだね。途中で狼を失うことってある?」
雪華はぎくりと身を硬くした。
「あるんだ?」
「ああ……」
「狼を失ったらどうなるの?」
「それは一族にとって大きな恥であり危機だ。大賀見の家は式狼の力で繁栄してきた。力の拠り所を失えば、一気に没落するだろう」
「なるほど」
俺はにんまりと笑った。
「雪華。一族の狼持ちを全部リストアップしてよ。名前、住所、資産、それから術ってやつをどの程度使えるのかも、すべての情報を俺に寄越して」
「そんなものを何に使うんだ」
床に座った俺を見下ろす雪華の顔は蒼い。
きっと俺が何を言うか予想がついているだろう。
俺はその予想通りのことを言ってやった。
「あいつら、友哉の目から光を奪ったんだよ。この屋敷とあれっぽっちの金で終わったことになるはずがないでしょ?」
「大賀見家を潰すつもりか」
「だとしたら?」
「そんなこと、友哉君は望んでいないだろう」
「かもね。でも、雪華は望んでいる」
「はっ……なにを言うか……」
「雪華は友哉の視力を奪ってしまったことを後悔しているし、そんなことを命じた大賀見家も許せなく思っている」
「そんなことは……」
俺が世界を滅亡させると言っても顔色一つ変えなかった雪華が、分かりやすく動揺した顔をした。
「雪華は友哉に魅かれているから」
雪華はよろめいて後ろへ下がり椅子に足をぶつけた。
「は? そんなわけが……」
「性的対象っていう意味じゃないよ。でも、雪華はあの日、あの病室にいた。視力を失ったばかりの友哉がどんな表情で何を言ったのかを全部見ていた。だから強烈に魅かれたんでしょ。友哉の美しさが幻なのか、それとも本物なのかを知りたくなった。違う?」
雪華は観念したように両手で顔を覆い、はぁっと息を吐いた。
「違わない……」
雪華は顔を覆ったままで、両手の隙間から絞り出すような声を出した。
「私は、あんなにきれいな人間を、初めて見たんだ」
俺は中庭の向こうへ目をやった。
「うん、友哉はきれいだよね」
十年以上もずっと、あの混じりけの無い愛情を受け取って来た。
独占欲や性欲の混じっていない、きれいなきれいな感情を。
「あげないよ」
「欲しいわけじゃない」
「じゃ、なに?」
「守りたいと思っている」
「俺みたいな化け物から?」
「そうじゃない。二人ともだ」
俺はきょとんと雪華を見上げた。
「へぇ……意外」
「意外でも何でもない。友哉君のきれいな想いの先にいるのは久豆葉あきらだ。わたしはそれごと守りたいと思った」
雪華が足を引きずりながら近づき、俺の前に跪いた。
「私は二人を守るために何でもする。大賀見家によって貢ぎ物にされたからでもなく、あきらの力で支配されたからでもなく、自分の意思でそうしたいんだ。そうさせてくれ」
俺の左右にいた狼も、伏せるように体を低くした。
「二人を守る、か。じゃぁひとつ重要なことを決めよう。俺と友哉のどちらかひとりしか救えない状況に陥った時は、どちらにも手を出さないでね」
雪華がよく分からないと言うように眉をしかめた。
「友哉君を優先しろとは言わないのか?」
「はぁ? それで俺が死んだ後、雪華と友哉が仲良く一緒に生きていくの? そんなことになるくらいなら俺と友哉で一緒に死ぬ方がましだよ」
少しの間考えるように黙っていた雪華は、ひきつるように少し笑った。
「そうだった……。お前は人間のような考え方はしないのだったな」
「そ、だから雪華には二人一緒に助けるっていう選択肢しか残ってないから、忘れないでね」
雪華がまた黙る。
「なぁに? 守るのやめる?」
「いや、あきらは友哉君をどうしたいんだ?」
「どうって、別にどうともしないけど」
「どうとも……」
「うん、今まで通り俺のお兄ちゃんでいて欲しいだけ」
「そうか」
「そうだよ」
雪華の薄い唇がほんのかすかに笑ったようだった。
「かしこまりました。何があっても、二人をお守りいたします」
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