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第七章 友哉の成り立ちとあきらの生い立ち
7-(3) 清らかなお人形さん 後編
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「もう、ふざけていないでちゃんと呼んでよ。お母さんって」
嘘だと叫んで逃げ出したかった。
理解することを心が拒んだ。
それなのに、じっと目を見つめられると頭がぽうっとしてしまって拒否できなかった。
「ほら、呼んでみなさいな、お母さんって」
「おかあさん」
「ああ、いい響き。いい子ね、あきらちゃん」
友哉に取り憑いたそいつがバスタブでザバリと立ち上がった。白い肌には狼の噛み跡がいくつも残っている。俺を庇って出来たそれらの傷は、友哉が俺を愛しているという証拠の傷なのに、今、その体を魔物が勝手に使っている。
やめろ、出ていけと、叫びたいのに声にならない。
友哉に取り憑いたそいつは水を滴らせながら、タイルへ足を伸ばす。すかさず影がバスタオルでその体を包み、優しく拭き始めた。得体の知れないものを友哉の体に触れさせたくなんかないのに、俺は動けなかった。
傅かれるのに慣れた様子で、そいつは開いた窓の方へ水音を立てて歩き始める。
「ああ、長かったわ……。やっと、大賀見家を根絶やしにして私の『巣』を取り戻せる」
濡れた足を影に拭かせて開いたフランス窓から部屋に戻り、友哉の姿をしたそいつがするりと両手を広げた。後ろからついて行った影が、紺地に三つ又の葉が描かれた派手なガウンを細い体に着せていく。
「巣って……」
部屋に戻ろうとすると、影のひとりが俺の足から濡れた靴と靴下を取った。
「一乃峰、二乃峰、三乃峰は霊山なの。あやかしにとっては棲みやすくて力の満ちる場所。山からその麓までこの一帯すべてがもともとは狐の、いいえ私の土地だったのよ」
友哉に取り憑いたそいつが臙脂色のソファに腰かけ、俺の手を引いて座らせた。
「余所から入って来た大賀見戌孝に眷属を皆殺しにされ、三乃峰を追われてから何年経ったのかしら。四百年、いいえ五百年は経ったわね。狼の臭いがきつすぎて長い間この土地に近寄ることすら叶わなかった身だけれど、間抜けな道孝と可愛いあきらちゃんのおかげで、やっと……やっと……」
恍惚の表情で、そいつが全身をぶるぶると震わせる。
友哉の顔がいやらしく歪んだ。
ものすごく嫌なのに、俺の頭はぼんやりとしてしまって嫌だという言葉が言えない。
「わからない……」
「あら、なんで泣きそうなの? 簡単なことじゃない。私は大賀見に『巣』を奪われた。そして数百年越しにやっと『巣』を取り戻したの。どうやったか知りたい? 知りたいわよね」
得意げに唇を釣り上げて、続きを聞いて欲しそうな顔に抗えず、俺は問いかけた。
「どうやったのか、しりたい」
「そうでしょう。教えてあげる。まぬけな大賀見家のやつらはね、この土地を奪うためにどれほどの狐を殺したのか、どれほど力のある妖狐を追い出したのか、長い年月とともにすっかり忘れてしまっていたのよ。どれほど狐に恨まれているのかということも、きれいさっぱり忘れ去って、まったく警戒もせずにのほほんと代を重ねていったわけ。許せる? 私は『巣』から引き離されて妖力が落ち、人の中にまぎれて、ただの人として屈辱的に暮らしていたというのに」
なぜそんなに悔しそうな顔をするのか、俺には分からなかった。俺は人の中にまぎれて、人として暮らしてこられてとても幸せだった。
「式狼に頼りきりで自ら研鑽しなくなっていった大賀見の連中は、代を重ねるごとに霊力が落ちていった。それでも、三乃峰付近は狼の臭いが染みつきすぎて私にはどうしても近寄れなかった。ただね、次期当主の道孝はしょっちゅう理由をつけては三乃峰を離れて旅行していたの。大賀見家を狙う敵がいるなんて考えもせず、大賀見の血が呪わしいだとかなんとか甘えたことを言っていたわ。そして一族に内緒で勝手に式狼を手放してしまった。ふふ、バカよねぇ、身を守る狼を失ったら狐の誘惑に対抗できないのに」
ふふふ、と友哉の唇から友哉じゃないそいつの楽し気な笑い声が漏れる。
「私は道孝を誘惑して何度も交わり、この身に大賀見の血を引く子供を宿すことに成功した。そう、もう分かるわね。それがあなたよ、あきらちゃん」
「俺……」
「大賀見の式狼は霊力に関係なく、大賀見の血を引いていれば受け継げるものなの。だから、あきらちゃんが成長したら狼を継承させて、一族をひとりひとりじわじわと殺していくつもりだったのよ」
俺はぎゅっと目を閉じた。母が父に恋をしていたなんて、何も知らない子供の幻想でしかなかった。母は父を愛していなかったし、息子である俺のことも愛してはいなかった。狼憑きの血を利用するためのただの道具として俺を生んだだけだった。
「それが十年前、あきらちゃんが5歳の頃ね、道孝に狐の姿を見られて状況は一変した。私は大賀見の一族に捕まえられ、身動きできないように狼の骨を仕込んだ縄で縛られた。そして、18匹の式狼に生きながら喰われたのよ」
友哉の目が怨念のこもった暗い色を湛えてギラリと光る。
絶対に友哉がしない表情を見せられて、嫌で嫌でしょうがないのに、俺は嫌だと声に出せなかった。
「私は食べられながらも、どの狼が私の体のどの部分を食べたのか、どの狼が誰の式なのかをしっかり目に焼き付けた。そして完全に消滅させられる前に、一部始終を泣きながら見ていた道孝の魂に取り憑いてやったのよ」
十年前に殺された『狐』も、昨夜一晩で15人を殺して回った『狐』も、どちらも俺の母親・久豆葉ヨウコだった。自分の体に狼どもの牙をつきたてられながらも、それを克明に記憶して、十年の歳月を経て執念深く復讐を成し遂げたなんて……。
この十年間、友哉の優しさに甘えて人として育ってきた俺には、想像もつかない世界だった。
「道孝の中に入り込んで、私はその後のことも全部見ていたの。一族はあきらちゃんも殺すように式狼に命じたけれど、大賀見の血を引いているあきらちゃんを狼達は食べようとしなかった。直接ナイフをつきたてようとした者もいたけど、あきらちゃんに魅了されてナイフを取り落としたのよ。まだ幼いのにもう魅了の力が使えるなんて、さすが私の息子だと誇らしかったわ」
その話は雪華から聞いていた。俺を直接殺せないと悟った大賀見家は、俺を御前市に閉じ込めて、結界の外側から式狼を放って襲わせることにしたと。
それから十年間、俺と友哉は『あれ』の襲撃に怯え続け、普通の子供が過ごすような普通の青春を体験することは叶わなかった。
「密かに道孝の体に入った私が表立ってあなたを育てることは出来なかった。けれど、私の思い通りに、あなたは大賀見家を憎んでくれたわね。こちらから命じなくても、私の思い通りに狼はがしを始めた時には、心の中で拍手喝采を送ったものよ」
「思い通りに……」
「そう、いかに大賀見家が卑劣で愚劣で滅亡に値する一族なのかを直接私があなたに教え込む機会は奪われてしまったでしょ。だから、定期的に襲い続けるように道孝の口で命じたの。あきらちゃんの心の中に大賀見家への憎しみがちゃんと育つように」
言っていることの意味が頭に入ってこない。
「……お母さんが、俺を襲わせた……?」
「そうよ。だからこそ、あきらちゃんは大賀見家に復讐する気になって、狼をはがして回ったんでしょう?」
「大賀見家への復讐心を育てるために……? そのためだけに、お母さんが命じて息子の俺を襲わせたの? だって、俺、『あれ』に襲われて何度も何度も死ぬ思いを……」
言いかけ、違う事に気付いた。何度も死ぬ思いをしてきたのは、俺じゃなくて友哉だ。友哉は俺を庇って、俺よりひどい怪我をして、体中に噛み跡をつけられて、耳まで齧り取られて、そしてとうとう視力まで失った。
「何度も……死ぬような目に……」
「もしかして、式狼に襲わせたことを怒っているの? 嫌ねぇ、私が本気であきらちゃんを殺す気なんてあるわけがないでしょう」
「十年間だよ……。十年間ずっと、俺と友哉は怪我が絶えなくて、ずっと『あれ』に怯え続けて……」
「でもあきらちゃんは大丈夫だったでしょう? だって、十年前にこの子を人形としてつけてあげたんだから」
友哉に取り憑いたそいつが、両手で友哉の胸を押さえた。
「え」
「この子よ。くらはしともや君。あきらちゃんの人形」
「ひと……がた……?」
「人形って何か分からないかしら? ええと、身代わり人形って言えば分かりやすいのかしら」
「身代わり人形……友哉が、俺の、身代わり」
「そう、あきらちゃんの代りに災いを受けるものとして、私がこの子を人形にしたの」
ぐらぐらっと眩暈がして、俺はソファの端に手をついた。
友哉の声帯を使って、そいつは得意げに話を続けていく。
「あの時は取り憑いた道孝の体から短い時間しか離れられなかったから、ちょうどいい子を見つけるのに苦労したのよ。素直で、操りやすくて、霊力があって、健康な子供。この子は私があなたのために選んであげた、とっておきの身代わり人形だったの」
喉がカラカラに乾いてしまって、俺は必死にかすれた声を出した。
「何を、言っているの……。友哉は人形なんかじゃない。友哉は、本気で俺を愛してくれて、本気で優しくしてくれて、誰よりも心配してくれて、どんなものからも守ってくれたよ」
「ええ、そうでしょうよ。私がそう命じたんだから」
「命じた……」
だめだ、ぐらぐらする。
体が震えてくる。
「ただの人間が狼の攻撃を防げると思う? この子に力の使い方を教えたのは私よ。この子は素直にその通りにした。自分の魂を糧にして、それを霊力に変えて、毎回狼を追い払っていた。つまり自分の命をガリガリと削りながらあなたを守っていたわけ」
友哉は体だけではなく、魂まで傷付いていると雪華が言っていた。だから、長くは生きられないと……。
「私がこの子の幼くて柔らかい心に強く刻んだの。あきらちゃんが大人になるまで、命懸けであきらちゃんを守るようにって」
崩れていく。
俺の信じたものが全部崩れていく。
体は座っているはずなのに、ソファの革張りの感触も床の冷んやりした感触も、何もかもが崩壊して奈落に落ちていくような感じがする。
「あきらちゃんも妖狐の力を使って、上手に命令が出来るようになったみたいねぇ。三乃峰総合病院に人を集めて、この子と同じことをさせたでしょう? 自分の身代わりとして狼の攻撃を受けさせるために数百人もの人間を操るなんて、ほんっとスペクタクル。さすが私の息子ね。ああ、私も近くで見たかったわぁ」
友哉の声ではしゃぐそいつを見るのは、気持ち悪くてたまらない。
俺はまだ悪あがきに質問を重ねた。
「友哉は自分の意思で、望んで俺を守っていたんじゃないの……?」
「ええ、もちろん望んでいたに決まっているわ。妖狐に身を捧げることは、人間にとっては喜びでしょう」
両目からジワリと涙が溢れてくる。
友哉が俺の唯一だったのに。
友哉がくれる愛情だけが、俺の本物だったのに。
「友哉……」
友哉までもが偽物だったというのならば、この世には誰一人として久豆葉あきらを愛する本物はいないということになる。
「どうして泣くの、あきらちゃん。あきらちゃんも幸せでしょう? お母さんの役に立ててこれ以上ないくらいに幸せなはずだわ」
俺の目をじっと覗き込んでくる目の妖力に、やっと俺は気付いた。
俺の母親は妖狐だ。俺と同じで周囲を魅了して操る力を持ち、今も、この母親は息子である俺を操ろうとしているんだ。
「ほら、とっても幸せだよって声を大にして言っていいのよ、あきらちゃん」
俺は目を閉じてぶんぶんと首を振った。
「お母さん、やめて」
「なぁに、あきらちゃん」
「俺を操ろうとしないで」
友哉の姿をしたそいつはきょとんと俺を見返した。
「操ってなんかいないわ。誰だって私の役に立てれば幸せなはずなんだから」
妖狐は常に周囲を魅了する。だから、周りが自分の思う通りになるのは妖狐にとっては当たり前のことで、相手の感情が本物か偽物かなんて深く考えもしないんだ。
「幸せでしょう? あきらちゃん」
「相手の心を操って、幸せですとむりやり言わせて、そんな偽物に囲まれて何が楽しいの?」
「嫌だわ、母親にそんな口をきいて。狼憑きの血のせいね」
友哉に取り憑いたそいつが、刺すような冷たさで俺を睨んだ。
友哉の優しい顔がそんな表情をつくれるということに驚き、強烈な嫌悪感を覚える。
この十年間、俺に注いでくれた愛情がたとえ人形としてのものだったとしても、優しい表情や優しい仕草や優しい声はすべて友哉本人のものだった。
この下衆な女のつくる表情を見れば見るほど、どれだけ友哉の資質が得難くきれいなものだったかを思い知る。
たとえば、友哉ではなく他の誰かが人形として俺を守っていたとしたら、俺は友哉と同じように、そいつのことを想っただろうか。
きっと、違う。
それが友哉だから俺はこんなにも強く魅かれたんだ。
それが友哉だから、俺はこんなにも愛しているんだ。
やっと分かった。
偽物とか、本物とか、そんなのどうだっていい。
友哉がいい。
俺は友哉がいい。
友哉しか要らない。
「お母さん、友哉を返して」
「はぁ?」
「友哉の体から離れて」
「あきらちゃん」
呆れたようにため息を吐き、友哉に取り憑いたそいつはニヤリと笑った。そして、艶めかしい仕草で俺の頭を撫でてくる。
「あきらちゃん、私を見て。私の目を見なさい」
「お母さんこそ、俺の目を見て。奥まで見つめて」
妖狐の力によって魅了されているということが分かれば、同じ力を持つ俺にも対抗できないはずがない。
友哉に取り憑いたそいつの目を、俺はまっすぐに見つめ返した。口角を引き上げて、瞳に力を込め、魅力的に見える角度で魅力的に見える形に微笑んで見せる。
力と力がぶつかってジジジッとショートしそうな感じがした。
「あきらちゃん、お母さんの役に立てて幸せでしょう?」
「友哉を返して」
バチバチと視線と視線がぶつかる。
「あきらちゃんはお母さんの役に立つために生まれてきたのよ」
「友哉の体から離れて」
互いの妖力が反発して、パシリと弾けた感覚があった。
友哉の姿をしたそいつが、むっと不機嫌そうな顔になる。
「どうしてよ。なんでそこまで……」
「友哉は俺のものだから」
「あきらちゃんのもの? 違うわ。これは十年前から私のものよ」
「違う」
俺は友哉の顔に手を伸ばした。
「友哉のこの目も、この頬も、この鼻も、この唇も、全部俺のものだよ。友哉の優しい笑顔も、優しい声も、優しい体温も、全部俺のものだよ」
「ああ、もしかして」
いたずらっぽい目つきをして、友哉に取り憑いたそいつが俺にしなだれかかって来る。
「あきらちゃん、この子を性処理に使っていたの?」
「は……?」
ぞわりと全身を寒気が走った。
何を勘違いしたのか、そいつはケタケタといやらしく笑った。
「なぁに? そういうこと? 男の子の体ってそんなにいいものなわけ? あきらちゃんならどんな美女でも自由にできるでしょうに、この子の体ってそんなに具合がいいのかしら?」
いやらしく唇を舐めて、そいつはガウンをはだけて友哉の肌をさらした。
「そんなにしたいなら、してあげてもいいわよ」
「な、にを……」
「きっとこんなガキよりも、私の方があきらちゃんを気持ちよくさせてあげられる」
目を伏せて唇を寄せてくるそいつを、俺は突き放した。
ひどい吐き気がした。
ああ、この女は魔物なのだと、はっきりと分かった。
こいつは自分の息子と交わることに何の抵抗も感じていない。
人の倫理が通じない別の生き物なんだ。
「これ以上友哉を汚すな、化け物が」
そいつの目が驚いたように見開かれた。
「何が不満なの? あなたは妖狐の力も狼の力も使えるのよ。やっと三乃峰の土地も取り返したんだから、私達はこれからじゃないの」
「これからって、いったいこれから何がしたいの」
「何でもできるわ。楽しいこといっぱい」
俺は首を振った。
「友哉がいなくちゃ、何も楽しくない」
「何を言っているの。楽しくなるわよ。まずは若くて綺麗な処女を集めて毎日食べるの。そうして妖力を蓄えて、早く本来の体を取り戻したいわ。覚えているでしょう? 私の美貌。あきらちゃんが望むなら、本来の姿で抱いてあげてもいいのよ」
人を食べることも息子と交わることも当然のこととして言われ、どうしてハルがあれほど妖狐を恐れていたのか理解した。
ハルの言う通りに、こいつはモフモフシッポの可愛い動物なんかじゃない。こいつはどこまでも人と相容れない化け物なんだ。
俺は半分妖狐だけれど、ずっと友哉と共にいて、友哉と共に育ってきた。友哉が何を見て何を感じて何をどう考えるのか、友哉の生きる世界を共有して育ってきた。
俺は人だ。友哉がそばにいる限り、俺は人だ。
「それからね、戌孝に奪われたものを全部取り戻すの。この土地の支配者の地位も、殺された眷属も全員復活させて……」
そこまで言って、そいつはふっと皮肉気に唇を歪めた。
「ああ、そういえば眷属は無理ね」
友哉の姿をしたそいつは、ぐるりとまわりに視線を動かした。
人ではない影が何人も身を低くして控えている。
「この子達、顔が見えないでしょ」
神職のようなおそろいの和服を着ている彼らは、どの角度から見ても影のようになっていて顔がよく見えない。
「思い出せなかったのよねぇ、私」
くっくっくっと友哉に取り憑いたそいつが笑う。
「大賀見戌孝の顔は今でもくっきりと頭の中に思い描くことが出来るのに、殺された眷属たちの顔は薄い影みたいにはっきりしなくて、誰一人思い出すことが出来なかった。私がこの土地に復活すれば自然と眷属も戻ると思っていたけれど、顔も名前も思い出せないんじゃそれは無理な話だったというわけ」
友哉には似つかわしくない酷薄な表情で、くすくすと笑う魔物。
もう、見ていたくない。
「お願いだから、友哉から離れて」
「いやよ」
「お母さんを、この手で殺したくない」
母親への思慕などもう無いけれど、俺が母親を殺すような魔物だと友哉に知られたくなかった。
「あきらちゃんに私は殺せないわよ。半分人間の血が流れるお前には、私を殺せるだけの力なんて無いんだから」
「俺には狼がいる」
「はっ、十年前の大賀見家と同じことをするつもり? 無駄よ、また同じことを繰り返すだけ。狼に食べられるのはこの体だけで、私はまた違う奴に取り憑いて生き延びてやるわ」
それは分かっていた。俺の狼は今、友哉を探すために全頭放っていてここには呼び出せない。でも、もし呼び出せたとしても、友哉の体を襲わせることなんて俺には出来なかった。
「お母さんが何をしたっていいよ。この土地を支配しようが、処女を何人殺そうが、そんなの勝手にすればいい。でも、友哉だけは俺に返して」
「無理よ」
「なんでだよ」
「だって、食べちゃったもの」
そいつはぺろりと舌を出して、唇を舐めた。
「この子の魂、もうとっくに食べちゃったもの」
嘘だと叫んで逃げ出したかった。
理解することを心が拒んだ。
それなのに、じっと目を見つめられると頭がぽうっとしてしまって拒否できなかった。
「ほら、呼んでみなさいな、お母さんって」
「おかあさん」
「ああ、いい響き。いい子ね、あきらちゃん」
友哉に取り憑いたそいつがバスタブでザバリと立ち上がった。白い肌には狼の噛み跡がいくつも残っている。俺を庇って出来たそれらの傷は、友哉が俺を愛しているという証拠の傷なのに、今、その体を魔物が勝手に使っている。
やめろ、出ていけと、叫びたいのに声にならない。
友哉に取り憑いたそいつは水を滴らせながら、タイルへ足を伸ばす。すかさず影がバスタオルでその体を包み、優しく拭き始めた。得体の知れないものを友哉の体に触れさせたくなんかないのに、俺は動けなかった。
傅かれるのに慣れた様子で、そいつは開いた窓の方へ水音を立てて歩き始める。
「ああ、長かったわ……。やっと、大賀見家を根絶やしにして私の『巣』を取り戻せる」
濡れた足を影に拭かせて開いたフランス窓から部屋に戻り、友哉の姿をしたそいつがするりと両手を広げた。後ろからついて行った影が、紺地に三つ又の葉が描かれた派手なガウンを細い体に着せていく。
「巣って……」
部屋に戻ろうとすると、影のひとりが俺の足から濡れた靴と靴下を取った。
「一乃峰、二乃峰、三乃峰は霊山なの。あやかしにとっては棲みやすくて力の満ちる場所。山からその麓までこの一帯すべてがもともとは狐の、いいえ私の土地だったのよ」
友哉に取り憑いたそいつが臙脂色のソファに腰かけ、俺の手を引いて座らせた。
「余所から入って来た大賀見戌孝に眷属を皆殺しにされ、三乃峰を追われてから何年経ったのかしら。四百年、いいえ五百年は経ったわね。狼の臭いがきつすぎて長い間この土地に近寄ることすら叶わなかった身だけれど、間抜けな道孝と可愛いあきらちゃんのおかげで、やっと……やっと……」
恍惚の表情で、そいつが全身をぶるぶると震わせる。
友哉の顔がいやらしく歪んだ。
ものすごく嫌なのに、俺の頭はぼんやりとしてしまって嫌だという言葉が言えない。
「わからない……」
「あら、なんで泣きそうなの? 簡単なことじゃない。私は大賀見に『巣』を奪われた。そして数百年越しにやっと『巣』を取り戻したの。どうやったか知りたい? 知りたいわよね」
得意げに唇を釣り上げて、続きを聞いて欲しそうな顔に抗えず、俺は問いかけた。
「どうやったのか、しりたい」
「そうでしょう。教えてあげる。まぬけな大賀見家のやつらはね、この土地を奪うためにどれほどの狐を殺したのか、どれほど力のある妖狐を追い出したのか、長い年月とともにすっかり忘れてしまっていたのよ。どれほど狐に恨まれているのかということも、きれいさっぱり忘れ去って、まったく警戒もせずにのほほんと代を重ねていったわけ。許せる? 私は『巣』から引き離されて妖力が落ち、人の中にまぎれて、ただの人として屈辱的に暮らしていたというのに」
なぜそんなに悔しそうな顔をするのか、俺には分からなかった。俺は人の中にまぎれて、人として暮らしてこられてとても幸せだった。
「式狼に頼りきりで自ら研鑽しなくなっていった大賀見の連中は、代を重ねるごとに霊力が落ちていった。それでも、三乃峰付近は狼の臭いが染みつきすぎて私にはどうしても近寄れなかった。ただね、次期当主の道孝はしょっちゅう理由をつけては三乃峰を離れて旅行していたの。大賀見家を狙う敵がいるなんて考えもせず、大賀見の血が呪わしいだとかなんとか甘えたことを言っていたわ。そして一族に内緒で勝手に式狼を手放してしまった。ふふ、バカよねぇ、身を守る狼を失ったら狐の誘惑に対抗できないのに」
ふふふ、と友哉の唇から友哉じゃないそいつの楽し気な笑い声が漏れる。
「私は道孝を誘惑して何度も交わり、この身に大賀見の血を引く子供を宿すことに成功した。そう、もう分かるわね。それがあなたよ、あきらちゃん」
「俺……」
「大賀見の式狼は霊力に関係なく、大賀見の血を引いていれば受け継げるものなの。だから、あきらちゃんが成長したら狼を継承させて、一族をひとりひとりじわじわと殺していくつもりだったのよ」
俺はぎゅっと目を閉じた。母が父に恋をしていたなんて、何も知らない子供の幻想でしかなかった。母は父を愛していなかったし、息子である俺のことも愛してはいなかった。狼憑きの血を利用するためのただの道具として俺を生んだだけだった。
「それが十年前、あきらちゃんが5歳の頃ね、道孝に狐の姿を見られて状況は一変した。私は大賀見の一族に捕まえられ、身動きできないように狼の骨を仕込んだ縄で縛られた。そして、18匹の式狼に生きながら喰われたのよ」
友哉の目が怨念のこもった暗い色を湛えてギラリと光る。
絶対に友哉がしない表情を見せられて、嫌で嫌でしょうがないのに、俺は嫌だと声に出せなかった。
「私は食べられながらも、どの狼が私の体のどの部分を食べたのか、どの狼が誰の式なのかをしっかり目に焼き付けた。そして完全に消滅させられる前に、一部始終を泣きながら見ていた道孝の魂に取り憑いてやったのよ」
十年前に殺された『狐』も、昨夜一晩で15人を殺して回った『狐』も、どちらも俺の母親・久豆葉ヨウコだった。自分の体に狼どもの牙をつきたてられながらも、それを克明に記憶して、十年の歳月を経て執念深く復讐を成し遂げたなんて……。
この十年間、友哉の優しさに甘えて人として育ってきた俺には、想像もつかない世界だった。
「道孝の中に入り込んで、私はその後のことも全部見ていたの。一族はあきらちゃんも殺すように式狼に命じたけれど、大賀見の血を引いているあきらちゃんを狼達は食べようとしなかった。直接ナイフをつきたてようとした者もいたけど、あきらちゃんに魅了されてナイフを取り落としたのよ。まだ幼いのにもう魅了の力が使えるなんて、さすが私の息子だと誇らしかったわ」
その話は雪華から聞いていた。俺を直接殺せないと悟った大賀見家は、俺を御前市に閉じ込めて、結界の外側から式狼を放って襲わせることにしたと。
それから十年間、俺と友哉は『あれ』の襲撃に怯え続け、普通の子供が過ごすような普通の青春を体験することは叶わなかった。
「密かに道孝の体に入った私が表立ってあなたを育てることは出来なかった。けれど、私の思い通りに、あなたは大賀見家を憎んでくれたわね。こちらから命じなくても、私の思い通りに狼はがしを始めた時には、心の中で拍手喝采を送ったものよ」
「思い通りに……」
「そう、いかに大賀見家が卑劣で愚劣で滅亡に値する一族なのかを直接私があなたに教え込む機会は奪われてしまったでしょ。だから、定期的に襲い続けるように道孝の口で命じたの。あきらちゃんの心の中に大賀見家への憎しみがちゃんと育つように」
言っていることの意味が頭に入ってこない。
「……お母さんが、俺を襲わせた……?」
「そうよ。だからこそ、あきらちゃんは大賀見家に復讐する気になって、狼をはがして回ったんでしょう?」
「大賀見家への復讐心を育てるために……? そのためだけに、お母さんが命じて息子の俺を襲わせたの? だって、俺、『あれ』に襲われて何度も何度も死ぬ思いを……」
言いかけ、違う事に気付いた。何度も死ぬ思いをしてきたのは、俺じゃなくて友哉だ。友哉は俺を庇って、俺よりひどい怪我をして、体中に噛み跡をつけられて、耳まで齧り取られて、そしてとうとう視力まで失った。
「何度も……死ぬような目に……」
「もしかして、式狼に襲わせたことを怒っているの? 嫌ねぇ、私が本気であきらちゃんを殺す気なんてあるわけがないでしょう」
「十年間だよ……。十年間ずっと、俺と友哉は怪我が絶えなくて、ずっと『あれ』に怯え続けて……」
「でもあきらちゃんは大丈夫だったでしょう? だって、十年前にこの子を人形としてつけてあげたんだから」
友哉に取り憑いたそいつが、両手で友哉の胸を押さえた。
「え」
「この子よ。くらはしともや君。あきらちゃんの人形」
「ひと……がた……?」
「人形って何か分からないかしら? ええと、身代わり人形って言えば分かりやすいのかしら」
「身代わり人形……友哉が、俺の、身代わり」
「そう、あきらちゃんの代りに災いを受けるものとして、私がこの子を人形にしたの」
ぐらぐらっと眩暈がして、俺はソファの端に手をついた。
友哉の声帯を使って、そいつは得意げに話を続けていく。
「あの時は取り憑いた道孝の体から短い時間しか離れられなかったから、ちょうどいい子を見つけるのに苦労したのよ。素直で、操りやすくて、霊力があって、健康な子供。この子は私があなたのために選んであげた、とっておきの身代わり人形だったの」
喉がカラカラに乾いてしまって、俺は必死にかすれた声を出した。
「何を、言っているの……。友哉は人形なんかじゃない。友哉は、本気で俺を愛してくれて、本気で優しくしてくれて、誰よりも心配してくれて、どんなものからも守ってくれたよ」
「ええ、そうでしょうよ。私がそう命じたんだから」
「命じた……」
だめだ、ぐらぐらする。
体が震えてくる。
「ただの人間が狼の攻撃を防げると思う? この子に力の使い方を教えたのは私よ。この子は素直にその通りにした。自分の魂を糧にして、それを霊力に変えて、毎回狼を追い払っていた。つまり自分の命をガリガリと削りながらあなたを守っていたわけ」
友哉は体だけではなく、魂まで傷付いていると雪華が言っていた。だから、長くは生きられないと……。
「私がこの子の幼くて柔らかい心に強く刻んだの。あきらちゃんが大人になるまで、命懸けであきらちゃんを守るようにって」
崩れていく。
俺の信じたものが全部崩れていく。
体は座っているはずなのに、ソファの革張りの感触も床の冷んやりした感触も、何もかもが崩壊して奈落に落ちていくような感じがする。
「あきらちゃんも妖狐の力を使って、上手に命令が出来るようになったみたいねぇ。三乃峰総合病院に人を集めて、この子と同じことをさせたでしょう? 自分の身代わりとして狼の攻撃を受けさせるために数百人もの人間を操るなんて、ほんっとスペクタクル。さすが私の息子ね。ああ、私も近くで見たかったわぁ」
友哉の声ではしゃぐそいつを見るのは、気持ち悪くてたまらない。
俺はまだ悪あがきに質問を重ねた。
「友哉は自分の意思で、望んで俺を守っていたんじゃないの……?」
「ええ、もちろん望んでいたに決まっているわ。妖狐に身を捧げることは、人間にとっては喜びでしょう」
両目からジワリと涙が溢れてくる。
友哉が俺の唯一だったのに。
友哉がくれる愛情だけが、俺の本物だったのに。
「友哉……」
友哉までもが偽物だったというのならば、この世には誰一人として久豆葉あきらを愛する本物はいないということになる。
「どうして泣くの、あきらちゃん。あきらちゃんも幸せでしょう? お母さんの役に立ててこれ以上ないくらいに幸せなはずだわ」
俺の目をじっと覗き込んでくる目の妖力に、やっと俺は気付いた。
俺の母親は妖狐だ。俺と同じで周囲を魅了して操る力を持ち、今も、この母親は息子である俺を操ろうとしているんだ。
「ほら、とっても幸せだよって声を大にして言っていいのよ、あきらちゃん」
俺は目を閉じてぶんぶんと首を振った。
「お母さん、やめて」
「なぁに、あきらちゃん」
「俺を操ろうとしないで」
友哉の姿をしたそいつはきょとんと俺を見返した。
「操ってなんかいないわ。誰だって私の役に立てれば幸せなはずなんだから」
妖狐は常に周囲を魅了する。だから、周りが自分の思う通りになるのは妖狐にとっては当たり前のことで、相手の感情が本物か偽物かなんて深く考えもしないんだ。
「幸せでしょう? あきらちゃん」
「相手の心を操って、幸せですとむりやり言わせて、そんな偽物に囲まれて何が楽しいの?」
「嫌だわ、母親にそんな口をきいて。狼憑きの血のせいね」
友哉に取り憑いたそいつが、刺すような冷たさで俺を睨んだ。
友哉の優しい顔がそんな表情をつくれるということに驚き、強烈な嫌悪感を覚える。
この十年間、俺に注いでくれた愛情がたとえ人形としてのものだったとしても、優しい表情や優しい仕草や優しい声はすべて友哉本人のものだった。
この下衆な女のつくる表情を見れば見るほど、どれだけ友哉の資質が得難くきれいなものだったかを思い知る。
たとえば、友哉ではなく他の誰かが人形として俺を守っていたとしたら、俺は友哉と同じように、そいつのことを想っただろうか。
きっと、違う。
それが友哉だから俺はこんなにも強く魅かれたんだ。
それが友哉だから、俺はこんなにも愛しているんだ。
やっと分かった。
偽物とか、本物とか、そんなのどうだっていい。
友哉がいい。
俺は友哉がいい。
友哉しか要らない。
「お母さん、友哉を返して」
「はぁ?」
「友哉の体から離れて」
「あきらちゃん」
呆れたようにため息を吐き、友哉に取り憑いたそいつはニヤリと笑った。そして、艶めかしい仕草で俺の頭を撫でてくる。
「あきらちゃん、私を見て。私の目を見なさい」
「お母さんこそ、俺の目を見て。奥まで見つめて」
妖狐の力によって魅了されているということが分かれば、同じ力を持つ俺にも対抗できないはずがない。
友哉に取り憑いたそいつの目を、俺はまっすぐに見つめ返した。口角を引き上げて、瞳に力を込め、魅力的に見える角度で魅力的に見える形に微笑んで見せる。
力と力がぶつかってジジジッとショートしそうな感じがした。
「あきらちゃん、お母さんの役に立てて幸せでしょう?」
「友哉を返して」
バチバチと視線と視線がぶつかる。
「あきらちゃんはお母さんの役に立つために生まれてきたのよ」
「友哉の体から離れて」
互いの妖力が反発して、パシリと弾けた感覚があった。
友哉の姿をしたそいつが、むっと不機嫌そうな顔になる。
「どうしてよ。なんでそこまで……」
「友哉は俺のものだから」
「あきらちゃんのもの? 違うわ。これは十年前から私のものよ」
「違う」
俺は友哉の顔に手を伸ばした。
「友哉のこの目も、この頬も、この鼻も、この唇も、全部俺のものだよ。友哉の優しい笑顔も、優しい声も、優しい体温も、全部俺のものだよ」
「ああ、もしかして」
いたずらっぽい目つきをして、友哉に取り憑いたそいつが俺にしなだれかかって来る。
「あきらちゃん、この子を性処理に使っていたの?」
「は……?」
ぞわりと全身を寒気が走った。
何を勘違いしたのか、そいつはケタケタといやらしく笑った。
「なぁに? そういうこと? 男の子の体ってそんなにいいものなわけ? あきらちゃんならどんな美女でも自由にできるでしょうに、この子の体ってそんなに具合がいいのかしら?」
いやらしく唇を舐めて、そいつはガウンをはだけて友哉の肌をさらした。
「そんなにしたいなら、してあげてもいいわよ」
「な、にを……」
「きっとこんなガキよりも、私の方があきらちゃんを気持ちよくさせてあげられる」
目を伏せて唇を寄せてくるそいつを、俺は突き放した。
ひどい吐き気がした。
ああ、この女は魔物なのだと、はっきりと分かった。
こいつは自分の息子と交わることに何の抵抗も感じていない。
人の倫理が通じない別の生き物なんだ。
「これ以上友哉を汚すな、化け物が」
そいつの目が驚いたように見開かれた。
「何が不満なの? あなたは妖狐の力も狼の力も使えるのよ。やっと三乃峰の土地も取り返したんだから、私達はこれからじゃないの」
「これからって、いったいこれから何がしたいの」
「何でもできるわ。楽しいこといっぱい」
俺は首を振った。
「友哉がいなくちゃ、何も楽しくない」
「何を言っているの。楽しくなるわよ。まずは若くて綺麗な処女を集めて毎日食べるの。そうして妖力を蓄えて、早く本来の体を取り戻したいわ。覚えているでしょう? 私の美貌。あきらちゃんが望むなら、本来の姿で抱いてあげてもいいのよ」
人を食べることも息子と交わることも当然のこととして言われ、どうしてハルがあれほど妖狐を恐れていたのか理解した。
ハルの言う通りに、こいつはモフモフシッポの可愛い動物なんかじゃない。こいつはどこまでも人と相容れない化け物なんだ。
俺は半分妖狐だけれど、ずっと友哉と共にいて、友哉と共に育ってきた。友哉が何を見て何を感じて何をどう考えるのか、友哉の生きる世界を共有して育ってきた。
俺は人だ。友哉がそばにいる限り、俺は人だ。
「それからね、戌孝に奪われたものを全部取り戻すの。この土地の支配者の地位も、殺された眷属も全員復活させて……」
そこまで言って、そいつはふっと皮肉気に唇を歪めた。
「ああ、そういえば眷属は無理ね」
友哉の姿をしたそいつは、ぐるりとまわりに視線を動かした。
人ではない影が何人も身を低くして控えている。
「この子達、顔が見えないでしょ」
神職のようなおそろいの和服を着ている彼らは、どの角度から見ても影のようになっていて顔がよく見えない。
「思い出せなかったのよねぇ、私」
くっくっくっと友哉に取り憑いたそいつが笑う。
「大賀見戌孝の顔は今でもくっきりと頭の中に思い描くことが出来るのに、殺された眷属たちの顔は薄い影みたいにはっきりしなくて、誰一人思い出すことが出来なかった。私がこの土地に復活すれば自然と眷属も戻ると思っていたけれど、顔も名前も思い出せないんじゃそれは無理な話だったというわけ」
友哉には似つかわしくない酷薄な表情で、くすくすと笑う魔物。
もう、見ていたくない。
「お願いだから、友哉から離れて」
「いやよ」
「お母さんを、この手で殺したくない」
母親への思慕などもう無いけれど、俺が母親を殺すような魔物だと友哉に知られたくなかった。
「あきらちゃんに私は殺せないわよ。半分人間の血が流れるお前には、私を殺せるだけの力なんて無いんだから」
「俺には狼がいる」
「はっ、十年前の大賀見家と同じことをするつもり? 無駄よ、また同じことを繰り返すだけ。狼に食べられるのはこの体だけで、私はまた違う奴に取り憑いて生き延びてやるわ」
それは分かっていた。俺の狼は今、友哉を探すために全頭放っていてここには呼び出せない。でも、もし呼び出せたとしても、友哉の体を襲わせることなんて俺には出来なかった。
「お母さんが何をしたっていいよ。この土地を支配しようが、処女を何人殺そうが、そんなの勝手にすればいい。でも、友哉だけは俺に返して」
「無理よ」
「なんでだよ」
「だって、食べちゃったもの」
そいつはぺろりと舌を出して、唇を舐めた。
「この子の魂、もうとっくに食べちゃったもの」
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