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第七章 友哉の成り立ちとあきらの生い立ち
7-(5) 嘘の上に成り立つ 後編
しおりを挟む「あれ? あきら正座しているのか?」
「ねぇ、友哉」
「ん、なんだ?」
「俺と一緒に暮らさない?」
「一緒に暮らしているだろ」
「雪彦おじさんの屋敷じゃなくて、どこか遠くで。大賀見家の影響のないところで、ずーっと、ずーっと、遠くの知らない町で」
「え」
―――― どこか遠くの知らない町で、あきらと共に二人で暮らす。
俺の真っ暗な視界の中に、一気にぶわーっと虹色の光景が広がった。
知らない部屋で目を覚まして、知らない道を踏みしめて、知らない街並みを散歩して、知らない店で買い物をして、知らない人達とたくさん出会う。
物心ついた時から御前市の中に閉じ込められ、外へ出ることが出来なかった俺達は、知らない町を自由に歩く光景をどれほど思い描いただろう。
「ずーっと遠くの、知らない町で……?」
「そう。ずーっと遠くの知らない町で」
あきらが同じ言葉を繰り返すから、俺の顔に笑みが広がっていく。
現実的に考えれば、子供二人で暮らすことがどれだけ大変かってことも、目の見えない俺が人の何倍も苦労するってことも、それであきらにどれだけ負担をかけるのかってことも、ちゃんと分かっていた。
それでも、枷がはずれたみたいに、願望が一気に膨らんでいく。
遠くへ行きたい、自由になりたい、新しい空気を吸いたい、希望で胸がいっぱいになる。
現実を考えろよって、大人になりかけた俺が頭の中で冷静に言う。
やりたいことをやれよって、まだ子供の俺が頭の中で大声で叫ぶ。
俺はまだ子供で、まだとても若くて、まだ何も人生の本当を知らない。
「そんなこと、ほんとにいいのか」
期待と不安で声が震える。
「いいに決まってる! だってやっと、呪いとか化け物から解放されたんだよ。ずっと思っていたことでしょ」
「確かにずっと思っていた。あきらと一緒に外へ出たいって」
「うん! 俺も思ってた」
「でも」
「でもって言わないで、友哉」
「だって、それって、ほんとにいいのか。俺ばっかり幸せなんじゃないか」
「なんでだよ! 俺だって、幸せだよ! だって二人一緒にいるだけで楽しいって、もう俺達って最強なんだから!」
知らない町であきらと暮らせる。
見えない目に光が差してきたみたいに、ぱーっと心が晴れていく。
うっと嗚咽が漏れそうになり、俺は自分の口を押えた。それでも、我慢できずにジワリと涙が滲んだ。
「友哉……泣いてるの?」
あきらの指先が俺の目尻を拭ってきた。
「あきら、ひとつだけ約束してくれるか」
「なに」
「もういいって思ったら、絶対にすぐ『もういい』って言ってくれ」
「もういいなんて、俺が思うわけがないのに」
「それでも、約束して欲しい。絶対に無理はしないって。もしも二人で暮らすのがしんどくなったら、俺ははっきりあきらに言うし、あきらにもはっきりと俺に言って欲しいんだ」
「……うん」
俺はこぶしを握って前へ出した。
あきらがそこに、こぶしをコツンとぶつけてくる。指をぐっと握って、手のひら同士をパチンと合わせる。
コツン、グッ、パチン、友情の合図。
「すぐにこの土地を出たいよね。友哉が退院して、体力が回復したらすぐ」
「焦らなくていいよ。準備はちゃんとしないと」
「えー、もう明日にでも行きたいくらいなのに」
「はは、気持ちは分かる。でも、少なくともひばりちゃんと竹久が自然に成仏してからだな」
「そっかぁ。じゃぁ、さっさと成仏しろって活を入れてやらなきゃ」
「活を入れたら元気になっちゃうんじゃないか」
「大丈夫、元気になってきっと天国まで飛んでいっちゃうんだよ」
サイトウさんとトクダさんはうっすらと光りながら消えていった。あれが成仏というなら、ひばりちゃんと竹久ももうすぐかもしれない。
ひばりちゃんは怪我が消えて、良く笑うようになって、最近、少し透けて来ていた。竹久は、会うたびに下半身が見えるようになってきていて、もうすぐつま先まで戻りそうになっている。
退院したらすぐに二人に会いに行こうと思った。
「友哉はまずどこで暮らしたい? 海の近く? それとも雪の降るところ?」
「まずって?」
「一か所にずっといる必要は無いでしょ。俺の狐の力のこともあるし、三か月か、長くても半年くらいのスパンで引っ越ししたいんだけど」
あきらが周囲に及ぼす影響のことは確かに考えなければならない。俺の両親も、通いの家政婦の佐藤や山田も、あきらと接する時間が長いせいでおかしくなっていった。
「でも、そんなに頻繁に引っ越せるかな。一度引っ越すだけでもかなりのお金がかかるだろ。ええと、敷金礼金とか」
自分で部屋を借りたことなんて無いから、どのくらいの費用が掛かるのか見当もつかない。繰り返し転居すれば、かなりの額になるだろう。
「お金なら何の心配も無いよ。俺は父親から毎月生活費が出ているし、友哉も慰謝料代わりに大賀見家が生活の面倒を見るって言っているんだし。今は雪彦おじさんがお金の管理してくれているけど」
「そうなのか。知らなかった」
「友哉はそれだけひどい目にあっているんだから当然の権利としてもらえばいいんだよ」
「うん……」
「納得いかない?」
「いや、面倒を見てもらえるのはありがたいことだと思う。雪彦さんにはすごく良くしてもらっているし、不満なんてないよ。でも、俺達は大賀見家の影響のある土地から遠くへ離れたいのに、大賀見家からお金をもらい続けるのは、なんだかちょっと」
「ああ、確かに……そうだけど」
あきらの声がトーンダウンする。
「矛盾してるし、甘えてるって友哉は思うんだよね」
「まぁ、そうだな」
あきらがちょっと深呼吸するのが聞こえた。
「俺達さ……大賀見家と関わらなかったら、今頃は普通に高校に通ってたよね」
「ああ、たぶんな」
「俺達が普通の高校生だったら、きっと試験では勝ったり負けたり何度も勝負をしてたと思う。体育祭も文化祭も全力で参加してたと思う。あと、夏休みは海へ行ったり、それこそテーマパークへ行ったり、夏祭りにも花火大会にも行ったはずだと思わない? 『あれ』に襲われる心配が無ければ、そもそも道切りの封印に閉じ込められていなければ、もっともっといろんなことが出来たよね」
出来なかったことを数えていくあきらの声が切なく響いて来る。
「そしてもちろん、校外学習も修学旅行も参加できて、いっぱい写真撮っていっぱいはしゃいで、夜は恋バナとか怪談で盛り上がってさ、めちゃくちゃ楽しめたはずだった。あとは部活とか生徒会とか委員会とかを頑張ったり、あと……あと、何があるはずだったんだろう? 二ヶ月間しか通わなかったから、知らないことばかりだよね」
「うん……」
「俺達、まだ15なんだよ。いいじゃん、甘えたって」
「あきら……」
「だからね、二十歳まで面倒見てもらおうよ」
「え」
「俺達は未成年、だから大人に世話になるのは当たり前なの。雪彦おじさんなら、喜んで面倒見てくれるよ」
むりやり展開のむりやり論理だけど、俺は笑いながらうなずいた。
「分かった、そうしよう」
「二十歳になるまでに自立の道を探そうね」
「ああ。あきらはどんな仕事をやりたいんだ」
「友哉と一緒にできること」
俺は少し困って、見えない目を下に向けた。
「できることは、かなり限られるぞ」
「俺達にしかできないこともきっとあるよ。それに、二人一緒なら」
わざとらしく、あきらは言葉を切った。
仕方なく質問する。
「二人一緒なら?」
「いつだって楽しい!」
「言うと思った」
「ばれてた?」
「楽しいだけで仕事を考えていいのか? あきらなら何でも出来そうなのに」
「俺は一生子供でいるって決めているんだー」
「こども?」
「うん、子供は楽しいを優先するものなんだよ。わがままで自由で、甘えん坊なの」
「兄の座はもういいのか? 甘えん坊は一生弟だぞ」
「うん、もういい。よろしくね、お兄ちゃん」
俺は笑った。開き直った子供には、こっちが折れるしかなくなる。
それにあきらが一緒なら、きっと一生楽しいだろう。
「ねぇ、友哉」
「なんだ」
「俺のこと好き?」
「好きだよ。ってその質問、今日何回目だよ?」
俺が苦笑すると、あきらはきょとんとした声を返してきた。
「え? 一回目だけど?」
「一回目?」
「うん、一回目」
「だって、さっきグチョグチョに泣きながら聞いて来ただろ?」
「ぐちょぐちょ? さっき? 俺、今日は泣いてないよ」
「あれ、でも……?」
「夢でも見たの、友哉?」
「ゆめ、なのか……?」
あきらの泣き顔を袖口でぬぐってやった感触が、リアルに記憶に残っているのに?
でも確かに、俺が着ているのはペラペラに薄い入院着で、涙をぬぐえるような長い袖はついていない。
「夢……」
そういえば泣いているあきらがそんなことを言っていた気がする。これは怖い夢だと。
「こわいゆめ」
「怖い夢だったの?」
「え? さぁ、どうかな。あまり怖くはなかったけれど……」
目を閉じて耳をふさいでいてとあきらに頼まれて、俺はその通りに目を閉じて耳をふさいだ。
「どんな夢だったの?」
「どんな? ええと」
どんな夢だったんだろう。あの後、あきらは怖い夢から覚めることが出来たのか、呪いをとくことが出来たのか。
「あれ……? 尻切れトンボで夢の結末が分からないや」
「はは、まぁ夢ってそういうもんだよね」
「ええー、まじか。マジで夢か? なんか記憶が混乱しているんだけど」
「そんなにリアルだったの?」
「ああ、すごいリアルな夢だった。俺、見えない夢を初めて見たよ」
「見えない夢ってなに? なぞなぞ?」
「違う違う。目が見えなくなってからも、俺の夢は見えていた時みたいにいつもフルカラーだったんだ。でも、さっきあきらが泣いていた夢では視界が真っ暗で何も見えなかったからさ」
「へぇ……そっか」
「ハッピーエンドだったんならいいけどなぁ。夢の中のあきら、すごくつらそうだったから」
「ハッピーエンドだよ。だって、俺は今、友哉と一緒にいるもん」
あきらの両腕が背中に回され、包むようにして俺の体を抱きしめて来た。また背が伸びたらしくて、あきらの体はとても大きくて温かい。
俺はぎゅっとあきらの体を抱き返した。
あきらの体が温かくて、心臓がきちんと鼓動を打っていて、健やかに呼吸しているのを感じると、なぜか涙が出るほど安堵した。
「こうしていると、友哉が生きているって感じがして安心する」
俺の心を読んだみたいに、あきらが同じことを呟く。
「うん、そうだな」
俺達のまわりでは怖いことがたくさんあって、人がたくさん死んでしまったというのに、こんな風に互いの体温が近くにあるだけで、全部大丈夫な気がしてくる。
俺はあきらにだけ聞こえるように小さく小さく囁いた。
「良かった……」
俺達は、ひとりじゃなくて良かった。
俺達は、そばにいられて良かった。
あきらが生きているというだけで、きっと俺が生きているというだけで、ただそれだけで。
「うん、良かった」
あきらも俺の耳元で嬉しそうに囁いてきた。
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