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(21)ざわめく
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翡翠は次の日もその次の日もベッドから起き上がることが出来なかった。
『いいですか、翡翠殿。あやかしである翡翠殿は、心に受けたダメージが直接体に影響してしまうのです。今、絵の中に戻れないあなたに出来ることはひとつしかありません。ただただ何も考えず、ひたすら休むことです』
アスクレピオス様にはそう言われたが、考えないようにすればするほどぐるぐると頭の中で思いめぐらせてしまう。
―― 友人だと思っていた蓮次郎との関係性が決定的に変化してしまったことについて。
―― 扉の『向こう側』で出会った時津彦様にぶつけられた衝撃的な言葉について。
―― 翡翠の大事な咲夜が翡翠の大事な使用人にしてしまった恐ろしいことについて。
時津彦様が『きさら堂』にいた頃は、時津彦様の望みのままに動いていれば何にも迷わずに済んだ。
時津彦様が『きさら堂』に姿を見せなくなってからも、時津彦様に決められたことを毎日繰り返していれば、ありふれた平穏な日々を過ごせていた。
でも、こんな時にどうすればいいのか、時津彦様には教えられていない……。
「ひすいさま……」
小さなノックの音と共に、元気のない咲夜の声が聞こえてきた。
「咲夜か、入りなさい」
翡翠の返事と同時にドアが開かれ、咲夜がぱたぱたとベッドに走って来る。
「ひすいさま、いたい? くるしい?」
ぎゅっと手を握り、心配そうに覗き込んでくる顔がとても可愛くて、翡翠はふっと微笑んだ。
「いいや、どこも痛くないし苦しくもないよ……」
咲夜は翡翠が倒れて以降、ずっとこの寝室に入り浸っていた。食事や入浴で翡翠から離れるたびに、なぜかいつも同じことを聞いてくる。
「咲夜、お昼ご飯はちゃんと食べたか?」
「うん、たべた」
「今日は何だった?」
「おむらいす……」
「オムライスか。美味しかったか?」
「うん……」
うんとうなずきながら、咲夜の表情はなんだか暗い。
「好みの味じゃなかったのか? それならひいかふうに言って、違うものを作り直させてもいいのだぞ。『きさら堂』の料理人はいくらでもわがままを聞いてくれるから」
咲夜は首を振った。
「もういい。いらない」
「そうなのか?」
「うん、おなかいっぱい」
「それなら良かったが」
「ひすいさま、いっしょにねていい?」
「まだ昼だぞ、眠いのか?」
「ううん。さくや、ひすいさまとくっつくの」
「くっつく?」
「うん、ずっとくっついてるの。そうしたら、いたいのきえるでしょう?」
新月の翌朝、部屋の前で待っていた咲夜に翡翠は同じことを言った。咲夜がいるだけで痛みが消える気がすると……。咲夜はそれを覚えていて、翡翠を治すためにずっとそばにいてくれたらしい。
「咲夜、私はもう大丈夫だ。退屈だったらロングギャラリーに行っても良いのだぞ」
「……さくや、ひすいさまといる」
「では、ひいを呼んでおやつを持ってこさせようか」
「……ううん、いらない」
「そうか」
「うん、さくや、いいこにしてる」
なんだか、妙に違和感を覚える。
翡翠はふと顔を上げ、部屋の中を見回した。
いつも翡翠のそばに控えているはずのひいの姿が見えないことに加えて、『きさら堂』の中がどことなくざわざわしていて、大勢の人が動き回っているような気配を感じるのだ。
「咲夜、部屋の外の様子はどうだった?」
「んっとね……きつねのひとがいっぱいいたよ」
(狐の人? 艶子が何人か連れてきているんだろうか?)
「ひすいさま……」
「ん、どうした?」
「ひすいさま、げんきになる……?」
「あぁ、きっとすぐ元気になる。心配するな」
力が入らない腕を何とか持ち上げて、咲夜の頭を撫でる。咲夜は嬉しそうに目を細めた。
「そうだ、咲夜」
「……なに?」
「あそこの棚にある本を一冊持ってきてくれるか」
咲夜がベッドを降りてトコトコと隅の棚まで行く。そこには蓮次郎が『あちら側』で買ってきた旅行ガイド本や異国の風景写真集、『こちら側』で仕入れてきた奇本や珍本が収められている。
「二段目にある分厚くて古い本だ。そうそう革張りで金属の飾りのついた……」
「これ?」
「そうそれ。けっこう重いが、持てるか」
「うん、さくや、もてるよ」
革の装丁の洋書を両手に抱えて、うんしょうんしょと咲夜がベッドに戻って来る。
「本は枕元に置いて、靴を脱いで上がっておいで」
「はーい」
翡翠は横たわったままで、よじ登って来る咲夜を迎えた。
「本を開いてみなさい。面白いから」
「さくや、じーよめないよ」
「私も異国の字は読めない。けれど、これは挿絵が楽しいんだ」
咲夜の小さな手が分厚い本を開く。最初のページの左側にはびっしりと横文字が、そして右側にはガーベラにとまる小さな妖精が描かれていた。
「わぁ……きれい」
愛らしい少女の背に蝶の羽が生えていて、その葉脈のような線までも写真のように精緻に描かれている。
「あっ! 目が!」
「今、ウィンクしたな」
「うぃんく?」
「こうやって片目を閉じて合図を送って来ただろう?」
「うん! うぃんくした! あれ? いないよ!」
咲夜が翡翠の方に顔を向けた一瞬で、そのページから妖精が消えていた。
「ふふふ、本当だ。消えてしまったな」
「どうして?」
「この本の妖精はかくれんぼが好きなんだ」
「かくれんぼ!」
「どこに行ったかな? ページをめくって探してみるといい」
「うん! さくや、さがしてみるー!」
ページをめくるたびに妖精は光る鱗粉を撒き散らしながら飛び回り、人間のお菓子を盗んだり、旅人を惑わせて躍らせたり、可愛い悪戯をする姿を見せてくれる。
沈んでいた咲夜の表情が次第に明るくなっていくのを、翡翠は微笑んで横から眺めていた。
「ねぇねぇ、ようせいさん、もっとおどる?」
咲夜がカリッと自分の指を噛む。
ハッと気づいた時には、すでに血の付いた指先が本のページに触れてしまっていた。
「さ、咲夜! なにを……!?」
「ひすいさま、みてー! ようせいさんのおともだち!」
「え……友達?」
「うん! おともだち!」
ページの中で、妖精と赤い人型の何かが手をつないでくるくる回っている。丸い頭に棒のような体と手足が生えているそれは、器用にステップを踏んで楽しそうに踊っていた。
「たのし……そう、だな……」
ドクンドクンとうるさいくらいに翡翠の心臓が鳴っている。
「うん、たのしーよ」
妖精と咲夜の描いた赤い人型はひとしきり踊った後、ページの中からニコニコして手を振って来た。
「うん、ばいばい! またあとでねー」
咲夜も手を振り返し、パタンと本を閉じる。
(あ……終わった……? 何事もなく……?)
ほうっと息を吐く翡翠を、咲夜が不思議そうに見上げてきた。
「ひすいさま、あせかいてるー」
「あ、あぁ、ちょっとな」
「あつい? さくや、たおるもってくる」
タオルを渡され、額に浮いた汗をぬぐう。
「友達を、作ってあげたのか……?」
「うん、ようせいさん、ひとりだったから」
「そうか。咲夜は優しいな」
「うん!」
「咲夜はすごく優しい子だ。それなのに……私は……」
「ひすいさま?」
翡翠はタオルで顔を覆い、はーっと大きく息を吐き出した。油断すると涙が出そうだった。
(ほんの一瞬だが、咲夜を疑ってしまった……)
地下の石室での咲夜の行動は、閉じ込められた翡翠を助けるためだった。咲夜が意味もなく酷いことをするはずがないのに、血の付いた指を見たら恐怖で体がすくんでしまった。
「ひすいさま、いたいの?」
「いいや、痛くはない……」
「でも、なんか」
「痛くはないけど、咲夜、ハグしてくれるか」
「うん、はぐする!」
翡翠がいつも通りに両手を広げると、咲夜が胸に飛び込んでくる。
「ぎゅー! ひすいさま、ぎゅー!」
可愛らしい声に翡翠は笑った。
「ぎゅーってしてくれるのか」
「うん! ぎゅーする! いたいのきえろー」
その細い背中を抱きしめ、柔らかな髪に鼻をうずめると、愛しさで胸がいっぱいになり、少し体が軽くなる気がした。
「咲夜、これからは絵を描きたくなっても指を傷つけたりしないでほしい。メイドに言えばクレヨンでも絵の具でも用意してくれるから」
「…………う、うん」
咲夜の返事はすごく小さい。
なぜか困ったような顔を見せる咲夜に問いかけようとした時、ノックの音が聞こえてきた。
「翡翠、ちょっといいか?」
蓮次郎がドアの外から声をかけてくる。
「はい、どうぞお入りください」
返事を言い終わる前にガチャッとドアが開けられた。
蓮次郎と艶子、それからエプロンを身につけた狐の女性が二人、ワゴンに茶器を載せて入って来る。
咲夜がビクッとして、怯えるように翡翠にしがみついてきた。
「お加減はいかがですか」
「だいぶ良い。心配をかけたな」
「いえいえ、翡翠様はきさら狐にとっても大切なお方ですから」
挨拶をする艶子の横から手を伸ばし、蓮次郎が本やタオルを片付ける。
「お前もどけろ」
「やだ」
「子供は邪魔だ」
「さくや、ひすいさまといる」
蓮次郎と咲夜が軽く睨みあっているのを無視して、艶子が翡翠を抱き起こして背中にクッションを当ててくれた。
「咲夜、こっちにおいで」
翡翠が呼ぶと、咲夜はこれ見よがしに翡翠の腰に抱きついてくる。
蓮次郎がいら立ったように頭をかいて見下ろしてきた。
「翡翠」
「はい」
「艶子とも話し合ったんだが、大事な話があるんだ」
このタイミングでの大事な話……。
翡翠の胸の中が、嫌な予感にざわめいてしょうがなかった。
『いいですか、翡翠殿。あやかしである翡翠殿は、心に受けたダメージが直接体に影響してしまうのです。今、絵の中に戻れないあなたに出来ることはひとつしかありません。ただただ何も考えず、ひたすら休むことです』
アスクレピオス様にはそう言われたが、考えないようにすればするほどぐるぐると頭の中で思いめぐらせてしまう。
―― 友人だと思っていた蓮次郎との関係性が決定的に変化してしまったことについて。
―― 扉の『向こう側』で出会った時津彦様にぶつけられた衝撃的な言葉について。
―― 翡翠の大事な咲夜が翡翠の大事な使用人にしてしまった恐ろしいことについて。
時津彦様が『きさら堂』にいた頃は、時津彦様の望みのままに動いていれば何にも迷わずに済んだ。
時津彦様が『きさら堂』に姿を見せなくなってからも、時津彦様に決められたことを毎日繰り返していれば、ありふれた平穏な日々を過ごせていた。
でも、こんな時にどうすればいいのか、時津彦様には教えられていない……。
「ひすいさま……」
小さなノックの音と共に、元気のない咲夜の声が聞こえてきた。
「咲夜か、入りなさい」
翡翠の返事と同時にドアが開かれ、咲夜がぱたぱたとベッドに走って来る。
「ひすいさま、いたい? くるしい?」
ぎゅっと手を握り、心配そうに覗き込んでくる顔がとても可愛くて、翡翠はふっと微笑んだ。
「いいや、どこも痛くないし苦しくもないよ……」
咲夜は翡翠が倒れて以降、ずっとこの寝室に入り浸っていた。食事や入浴で翡翠から離れるたびに、なぜかいつも同じことを聞いてくる。
「咲夜、お昼ご飯はちゃんと食べたか?」
「うん、たべた」
「今日は何だった?」
「おむらいす……」
「オムライスか。美味しかったか?」
「うん……」
うんとうなずきながら、咲夜の表情はなんだか暗い。
「好みの味じゃなかったのか? それならひいかふうに言って、違うものを作り直させてもいいのだぞ。『きさら堂』の料理人はいくらでもわがままを聞いてくれるから」
咲夜は首を振った。
「もういい。いらない」
「そうなのか?」
「うん、おなかいっぱい」
「それなら良かったが」
「ひすいさま、いっしょにねていい?」
「まだ昼だぞ、眠いのか?」
「ううん。さくや、ひすいさまとくっつくの」
「くっつく?」
「うん、ずっとくっついてるの。そうしたら、いたいのきえるでしょう?」
新月の翌朝、部屋の前で待っていた咲夜に翡翠は同じことを言った。咲夜がいるだけで痛みが消える気がすると……。咲夜はそれを覚えていて、翡翠を治すためにずっとそばにいてくれたらしい。
「咲夜、私はもう大丈夫だ。退屈だったらロングギャラリーに行っても良いのだぞ」
「……さくや、ひすいさまといる」
「では、ひいを呼んでおやつを持ってこさせようか」
「……ううん、いらない」
「そうか」
「うん、さくや、いいこにしてる」
なんだか、妙に違和感を覚える。
翡翠はふと顔を上げ、部屋の中を見回した。
いつも翡翠のそばに控えているはずのひいの姿が見えないことに加えて、『きさら堂』の中がどことなくざわざわしていて、大勢の人が動き回っているような気配を感じるのだ。
「咲夜、部屋の外の様子はどうだった?」
「んっとね……きつねのひとがいっぱいいたよ」
(狐の人? 艶子が何人か連れてきているんだろうか?)
「ひすいさま……」
「ん、どうした?」
「ひすいさま、げんきになる……?」
「あぁ、きっとすぐ元気になる。心配するな」
力が入らない腕を何とか持ち上げて、咲夜の頭を撫でる。咲夜は嬉しそうに目を細めた。
「そうだ、咲夜」
「……なに?」
「あそこの棚にある本を一冊持ってきてくれるか」
咲夜がベッドを降りてトコトコと隅の棚まで行く。そこには蓮次郎が『あちら側』で買ってきた旅行ガイド本や異国の風景写真集、『こちら側』で仕入れてきた奇本や珍本が収められている。
「二段目にある分厚くて古い本だ。そうそう革張りで金属の飾りのついた……」
「これ?」
「そうそれ。けっこう重いが、持てるか」
「うん、さくや、もてるよ」
革の装丁の洋書を両手に抱えて、うんしょうんしょと咲夜がベッドに戻って来る。
「本は枕元に置いて、靴を脱いで上がっておいで」
「はーい」
翡翠は横たわったままで、よじ登って来る咲夜を迎えた。
「本を開いてみなさい。面白いから」
「さくや、じーよめないよ」
「私も異国の字は読めない。けれど、これは挿絵が楽しいんだ」
咲夜の小さな手が分厚い本を開く。最初のページの左側にはびっしりと横文字が、そして右側にはガーベラにとまる小さな妖精が描かれていた。
「わぁ……きれい」
愛らしい少女の背に蝶の羽が生えていて、その葉脈のような線までも写真のように精緻に描かれている。
「あっ! 目が!」
「今、ウィンクしたな」
「うぃんく?」
「こうやって片目を閉じて合図を送って来ただろう?」
「うん! うぃんくした! あれ? いないよ!」
咲夜が翡翠の方に顔を向けた一瞬で、そのページから妖精が消えていた。
「ふふふ、本当だ。消えてしまったな」
「どうして?」
「この本の妖精はかくれんぼが好きなんだ」
「かくれんぼ!」
「どこに行ったかな? ページをめくって探してみるといい」
「うん! さくや、さがしてみるー!」
ページをめくるたびに妖精は光る鱗粉を撒き散らしながら飛び回り、人間のお菓子を盗んだり、旅人を惑わせて躍らせたり、可愛い悪戯をする姿を見せてくれる。
沈んでいた咲夜の表情が次第に明るくなっていくのを、翡翠は微笑んで横から眺めていた。
「ねぇねぇ、ようせいさん、もっとおどる?」
咲夜がカリッと自分の指を噛む。
ハッと気づいた時には、すでに血の付いた指先が本のページに触れてしまっていた。
「さ、咲夜! なにを……!?」
「ひすいさま、みてー! ようせいさんのおともだち!」
「え……友達?」
「うん! おともだち!」
ページの中で、妖精と赤い人型の何かが手をつないでくるくる回っている。丸い頭に棒のような体と手足が生えているそれは、器用にステップを踏んで楽しそうに踊っていた。
「たのし……そう、だな……」
ドクンドクンとうるさいくらいに翡翠の心臓が鳴っている。
「うん、たのしーよ」
妖精と咲夜の描いた赤い人型はひとしきり踊った後、ページの中からニコニコして手を振って来た。
「うん、ばいばい! またあとでねー」
咲夜も手を振り返し、パタンと本を閉じる。
(あ……終わった……? 何事もなく……?)
ほうっと息を吐く翡翠を、咲夜が不思議そうに見上げてきた。
「ひすいさま、あせかいてるー」
「あ、あぁ、ちょっとな」
「あつい? さくや、たおるもってくる」
タオルを渡され、額に浮いた汗をぬぐう。
「友達を、作ってあげたのか……?」
「うん、ようせいさん、ひとりだったから」
「そうか。咲夜は優しいな」
「うん!」
「咲夜はすごく優しい子だ。それなのに……私は……」
「ひすいさま?」
翡翠はタオルで顔を覆い、はーっと大きく息を吐き出した。油断すると涙が出そうだった。
(ほんの一瞬だが、咲夜を疑ってしまった……)
地下の石室での咲夜の行動は、閉じ込められた翡翠を助けるためだった。咲夜が意味もなく酷いことをするはずがないのに、血の付いた指を見たら恐怖で体がすくんでしまった。
「ひすいさま、いたいの?」
「いいや、痛くはない……」
「でも、なんか」
「痛くはないけど、咲夜、ハグしてくれるか」
「うん、はぐする!」
翡翠がいつも通りに両手を広げると、咲夜が胸に飛び込んでくる。
「ぎゅー! ひすいさま、ぎゅー!」
可愛らしい声に翡翠は笑った。
「ぎゅーってしてくれるのか」
「うん! ぎゅーする! いたいのきえろー」
その細い背中を抱きしめ、柔らかな髪に鼻をうずめると、愛しさで胸がいっぱいになり、少し体が軽くなる気がした。
「咲夜、これからは絵を描きたくなっても指を傷つけたりしないでほしい。メイドに言えばクレヨンでも絵の具でも用意してくれるから」
「…………う、うん」
咲夜の返事はすごく小さい。
なぜか困ったような顔を見せる咲夜に問いかけようとした時、ノックの音が聞こえてきた。
「翡翠、ちょっといいか?」
蓮次郎がドアの外から声をかけてくる。
「はい、どうぞお入りください」
返事を言い終わる前にガチャッとドアが開けられた。
蓮次郎と艶子、それからエプロンを身につけた狐の女性が二人、ワゴンに茶器を載せて入って来る。
咲夜がビクッとして、怯えるように翡翠にしがみついてきた。
「お加減はいかがですか」
「だいぶ良い。心配をかけたな」
「いえいえ、翡翠様はきさら狐にとっても大切なお方ですから」
挨拶をする艶子の横から手を伸ばし、蓮次郎が本やタオルを片付ける。
「お前もどけろ」
「やだ」
「子供は邪魔だ」
「さくや、ひすいさまといる」
蓮次郎と咲夜が軽く睨みあっているのを無視して、艶子が翡翠を抱き起こして背中にクッションを当ててくれた。
「咲夜、こっちにおいで」
翡翠が呼ぶと、咲夜はこれ見よがしに翡翠の腰に抱きついてくる。
蓮次郎がいら立ったように頭をかいて見下ろしてきた。
「翡翠」
「はい」
「艶子とも話し合ったんだが、大事な話があるんだ」
このタイミングでの大事な話……。
翡翠の胸の中が、嫌な予感にざわめいてしょうがなかった。
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