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7話 目覚める真紅の女王
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(三人称視点)
シュルトワ王国の南東部にダンタルトという名の山がある。
標高だけを見れば、千メートルを超える程度と大陸に数ある山の中でも特筆すべき点がない。
しかし、荒ぶる山の名として、その名を知らぬ者がいないほどに知れ渡っていた。
一説によれば、その名は『奈落の底』を意味するのだと言う。
かつて、十数年のサイクルで噴火を繰り返し、死を呼ぶ山とまで言われたダンタルトがある日、突如として沈黙した。
麓の村に住む一人の男が、その日もいつものように畑仕事に出ていた時のことだった。
「なんだ……ありゃ?」
ふいに空を見上げた男の目に映ったのは、雲一つない青空に浮かぶ紅い影だった。
大きな二枚の翼と長大な尾。
目にも鮮やかな真紅の鱗に覆われた全身。
紅い影の正体は見る者に恐怖を与えながらもその美しさで魅了する竜の姿だったのだ。
男はあまりの出来事に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
そして、次の瞬間―――
ドンッ!
轟音と共に大地が大きく揺れた。
それは男が今まで経験したことの無い規模の地震であり、立っていることも出来ずその場に倒れ込んだ。
男が地面に手をつき、体を支えながら顔を上げると、目の前にある光景を見て息を呑んだ。
先程まで何事もなかったはずの山の頂から噴煙が上がっている。
さらに山頂の一部が崩落しているのが見えた。
「なっ!?」
思わず声を上げたその時だ。
『ガオオオオン』
今度は耳をつんざくような咆哮が響き渡った。
一体、この世のどんな生物の声なのか?
男は理解できない事態の連続にただ怯えることしか、出来なかったがそれが紅い竜の咆哮ということに気付いていた。
やがて、激しく、噴きあがり始めた噴煙。
男はその中へと紅い竜が入っていく姿をただ、見守ることしか出来なかった。
そして、奇跡が起きた。
以来、荒ぶる山ダンタルトは沈黙したままだったのだ。
「愚かな……あの子は全く…………潮時か」
暗闇の中に二つの黄金色の光が仄かに浮かぶ。
その正体は金色の大きな瞳だ。
ガラガラと岩肌の崩れ落ちる音とともに真紅の体を揺さぶり、巨大な蛇のように長い首をもたげた生き物が現れた。
体長はおよそ十メートルほどだろうか?
長い首の先に頭部があり、そこに人の頭よりも大きい金色の光を宿す瞳が二つあった。
まるで蜥蜴の様な見た目だが、その全身は鋼を思わせる金属質の鱗に覆われており、前足の代わりに軽く体全体を隠せる大きな翼が備えられていた。
普通の生物のそれではないことが一目で分かる。
神話の時代から、伝説に謳われる真紅の飛竜の姿そのものだった。
真紅の女王と呼ばれし、気高く美しきヴェルミリオンが再び、歴史の表舞台に立とうとしていた。
「契約が切れた以上、この地に留まる意味もなかろう」
ヴェルミリオンは翼を広げ、その体をゆっくりと起こす。
ギシギシという音がはっきりと聞こえるほどに彼女の動かしていなかった体が軋んでいるようだ。
同時に背に生える巨大な両翼が大きく広げられた。
バサッ! という空気を打つような鋭い羽ばたきの音とともに、ヴェルミリオンはその巨躯を宙に浮かせた。
ヴェルミリオンはそのまま、火口を飛び出すと何処かへと向かって、飛翔していくのだった。
東の地へと飛び去って行くヴェルミリオンの姿が目撃されてから、数刻後のことだった。
生じた綻びはもはや、直しようのないものになろうとしていた。
沈黙していたダンタルト山が再び、息を吹き返したのである。
シュルトワ王国の南東部にダンタルトという名の山がある。
標高だけを見れば、千メートルを超える程度と大陸に数ある山の中でも特筆すべき点がない。
しかし、荒ぶる山の名として、その名を知らぬ者がいないほどに知れ渡っていた。
一説によれば、その名は『奈落の底』を意味するのだと言う。
かつて、十数年のサイクルで噴火を繰り返し、死を呼ぶ山とまで言われたダンタルトがある日、突如として沈黙した。
麓の村に住む一人の男が、その日もいつものように畑仕事に出ていた時のことだった。
「なんだ……ありゃ?」
ふいに空を見上げた男の目に映ったのは、雲一つない青空に浮かぶ紅い影だった。
大きな二枚の翼と長大な尾。
目にも鮮やかな真紅の鱗に覆われた全身。
紅い影の正体は見る者に恐怖を与えながらもその美しさで魅了する竜の姿だったのだ。
男はあまりの出来事に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。
そして、次の瞬間―――
ドンッ!
轟音と共に大地が大きく揺れた。
それは男が今まで経験したことの無い規模の地震であり、立っていることも出来ずその場に倒れ込んだ。
男が地面に手をつき、体を支えながら顔を上げると、目の前にある光景を見て息を呑んだ。
先程まで何事もなかったはずの山の頂から噴煙が上がっている。
さらに山頂の一部が崩落しているのが見えた。
「なっ!?」
思わず声を上げたその時だ。
『ガオオオオン』
今度は耳をつんざくような咆哮が響き渡った。
一体、この世のどんな生物の声なのか?
男は理解できない事態の連続にただ怯えることしか、出来なかったがそれが紅い竜の咆哮ということに気付いていた。
やがて、激しく、噴きあがり始めた噴煙。
男はその中へと紅い竜が入っていく姿をただ、見守ることしか出来なかった。
そして、奇跡が起きた。
以来、荒ぶる山ダンタルトは沈黙したままだったのだ。
「愚かな……あの子は全く…………潮時か」
暗闇の中に二つの黄金色の光が仄かに浮かぶ。
その正体は金色の大きな瞳だ。
ガラガラと岩肌の崩れ落ちる音とともに真紅の体を揺さぶり、巨大な蛇のように長い首をもたげた生き物が現れた。
体長はおよそ十メートルほどだろうか?
長い首の先に頭部があり、そこに人の頭よりも大きい金色の光を宿す瞳が二つあった。
まるで蜥蜴の様な見た目だが、その全身は鋼を思わせる金属質の鱗に覆われており、前足の代わりに軽く体全体を隠せる大きな翼が備えられていた。
普通の生物のそれではないことが一目で分かる。
神話の時代から、伝説に謳われる真紅の飛竜の姿そのものだった。
真紅の女王と呼ばれし、気高く美しきヴェルミリオンが再び、歴史の表舞台に立とうとしていた。
「契約が切れた以上、この地に留まる意味もなかろう」
ヴェルミリオンは翼を広げ、その体をゆっくりと起こす。
ギシギシという音がはっきりと聞こえるほどに彼女の動かしていなかった体が軋んでいるようだ。
同時に背に生える巨大な両翼が大きく広げられた。
バサッ! という空気を打つような鋭い羽ばたきの音とともに、ヴェルミリオンはその巨躯を宙に浮かせた。
ヴェルミリオンはそのまま、火口を飛び出すと何処かへと向かって、飛翔していくのだった。
東の地へと飛び去って行くヴェルミリオンの姿が目撃されてから、数刻後のことだった。
生じた綻びはもはや、直しようのないものになろうとしていた。
沈黙していたダンタルト山が再び、息を吹き返したのである。
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