ルーシーの平凡なれど幸福な日常

黒幸

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ケイシー・オーディネリー

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「後は頼んだ」

 青年が背を向け、落日を迎える海に向かって歩いていく。
 金色の髪が夕焼けの色に染められ、まるで返り血を浴びたように見えた。

「待ってよ、兄さん」

 そう叫び、青年を追いかけた少年が砂に足を取られ、転ぶが青年は一度も振り返らず、夕焼け色に染まった海に消えていった。

「にいさあああああん」



「久しぶりに嫌な夢を見たな」

 ケイシーは無意識のうちに虚空へと伸ばしていた腕を見つめ、独り言つ。
 ケイシーには六歳違いの兄レイがいた。
 優秀で優しく、頼りになるレイは誰からも愛され、慕われる領主になると思われた。
 ケイシーもそう願い、信じて疑わなかった。
 ところが事態は急変する。
 過労で急死した父親の跡を継ぎ、領主となったレイは「すまない。運命と出会った」と一行だけの簡素な書置きをケイシーに残し、失踪した。
 二十年前の出来事である。

 当時、寄宿学校に在籍する学生に過ぎないケイシーにとって、寝耳に水の出来事だった。
 奇妙なことに実弟へ向け、簡素な書置きしか残さなかったレイが、正式な手続きを申請し、オーディネリー子爵家の家督を譲っていたのである。
 それからの二十年、ケイシーは歯を食いしばり、懸命に働いた。
 寄宿学校で学んだ経済学を生かし、地元産業を育てることに専念した。
 その為に身なりも整えず、爪に火を点すような吝嗇を旨とした生活をしていたせいか、心無い者からケチンボと呼ばれたがそれすら、気にせずただ、ひたすらに生きてきた男。
 それがケイシー・オーディネリー子爵という男である。

 時折、亡き兄が夢に現れる悪夢がケイシーを苛んだが、その頻度は年を経るにつれ、減っていた。
 兄と決別できたのだと一人合点していたケイシーを久し振りに悪夢が襲ったのだ。
 それも無理に合点しようと考えたケイシーはふと思い出した。
 引き取ると決めた会ったこともない姪――亡き兄が残した一人娘のルーシーがやってくるのは翌日だったことを。

(面倒なことにならなければいいのだが。子供は……面倒だ)

 頭を振り、嫌な考えを振り払ったケイシーはもうひと眠りすることを決め、再び瞼を閉じるのだった。
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