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ようこそ、ペンバルへ
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「イーズじいさん、もっと急げないのかい?」
「無理を言うんじゃねえ。これで目一杯だ」
「そうかい。これじゃあ、遅刻だよ」
見るからにところどころがボロボロになっているおんぼろ荷馬車の御者席で不満やるかたない表情と言動を隠そうともしないのは、どこからどう見てもライトブラウンの色をした立ち耳のうさぎだった。
オーディネリー子爵家のメイドであるブリスである。
ステップランナー草奔族と呼ばれる人間サイズのうさぎの姿をした獣人種であり、子爵家のレイ、ケイシー兄弟の乳母子だ。
一方、ブリスに責められようと全く、意に介さず受け流している顎髭を長く伸ばした老年の男性は子爵家の庭師を長く務めるイーズだった。
イーズはかれこれ半世紀以上、オーディネリー家に仕える古株であるどころか、ペンバルの町でも最古参に近い。
生きる辞書と言っても過言ではないイーズは器用貧乏を極めた男であり、庭の手入れだけではなく、馬車の御者までこなしているのだ。
もっともオーディネリー家の馬車はそれなりに格式の高い子爵家の馬車とは思えない。
馬車と言っても貴族が乗る旅客馬車とは程遠い牧草を運ぶのに使う荷馬車だった。
それも当代の当主ケイシーによる無駄な出費をしない方針である。
ブリスはケイシーが血縁上の姪を引き取ると決断したことを手放しで賛同してはいなかった。
自らのことに無頓着なだけではなく、どこか女性や子供を避けようとするきらいのあるケイシーが、いくら身寄りがいないとはいえ、年頃の少女を引き取ったこと自体、無責任だと感じていたからだ。
自分の身さえ無頓着な男が難しい年頃の少女を迎え、うまくいくはずがないとも考えている。
その尻拭いをしなければならないのはどうせ自分に違いないと確信に近い思いを抱いていたゆえ、不機嫌だったのである。
しかし、ブリスの杞憂は杞憂で終わった。
遅れ気味で到着したブリスとイーズが見つけたオーディネリー子爵家の相続人足り得る少女は、彼らが想像していたような姿をしていなかったからだ。
「ルーシーお嬢様だよね?」
「はい。ルーシーです。あっ。本当はルーシディティって言うんですけど、長いし言うのが大変だから、ルーシーなんです。どう思います? あっ。そういうのどうでもいいことですよね。ごめんなさい」
自信なさげに尋ねたブリスに対し、ルーシーは明るい調子で長い返答を返した。
ブリスは複雑な思いを抱いた。
そして、オーディネリー家の当主だったレイを誑かしたのは悪女であり、悪女の娘は相応に我儘に育った女の子に違いないと考えていた己を恥じた。
「とりあえず、馬車にお乗りくださいな、お嬢様」
「はい。立派な馬車ですね。初めて見ました」
ルーシーの返事にブリスとイーズは顔を見合わせ、ふと湧いた疑惑が疑惑ではなく、確信であると気付いた。
体に対して、大きすぎる旅行鞄。
後頭部で髪をまとめる不自然過ぎる大きなリボン。
手入れが行き届いていないルーシーの髪はくすんでおり、無理矢理まとめたとしか思えないいい加減な結び方をされていた。
着ている一張羅と思えるワンピースのドレスもルーシーの体にはまるで寸法が合っていなかった。
何より、腕は細く、枯れ木のようであり、心なし頬もこけていた。
十二歳と聞いていた年齢とは思えない体格だった。
七歳程度の成長にしか見えない。
この娘はこれまで虐待されて生きてきたに違いない。
ブリスとイーズは確信した。
「よっこらっしょと」
小さな体で大きな鞄をどうにかこうにか、載せたルーシーは笑顔を絶やさず、初めて見た馬車と馬に興味津々だった。
「無理を言うんじゃねえ。これで目一杯だ」
「そうかい。これじゃあ、遅刻だよ」
見るからにところどころがボロボロになっているおんぼろ荷馬車の御者席で不満やるかたない表情と言動を隠そうともしないのは、どこからどう見てもライトブラウンの色をした立ち耳のうさぎだった。
オーディネリー子爵家のメイドであるブリスである。
ステップランナー草奔族と呼ばれる人間サイズのうさぎの姿をした獣人種であり、子爵家のレイ、ケイシー兄弟の乳母子だ。
一方、ブリスに責められようと全く、意に介さず受け流している顎髭を長く伸ばした老年の男性は子爵家の庭師を長く務めるイーズだった。
イーズはかれこれ半世紀以上、オーディネリー家に仕える古株であるどころか、ペンバルの町でも最古参に近い。
生きる辞書と言っても過言ではないイーズは器用貧乏を極めた男であり、庭の手入れだけではなく、馬車の御者までこなしているのだ。
もっともオーディネリー家の馬車はそれなりに格式の高い子爵家の馬車とは思えない。
馬車と言っても貴族が乗る旅客馬車とは程遠い牧草を運ぶのに使う荷馬車だった。
それも当代の当主ケイシーによる無駄な出費をしない方針である。
ブリスはケイシーが血縁上の姪を引き取ると決断したことを手放しで賛同してはいなかった。
自らのことに無頓着なだけではなく、どこか女性や子供を避けようとするきらいのあるケイシーが、いくら身寄りがいないとはいえ、年頃の少女を引き取ったこと自体、無責任だと感じていたからだ。
自分の身さえ無頓着な男が難しい年頃の少女を迎え、うまくいくはずがないとも考えている。
その尻拭いをしなければならないのはどうせ自分に違いないと確信に近い思いを抱いていたゆえ、不機嫌だったのである。
しかし、ブリスの杞憂は杞憂で終わった。
遅れ気味で到着したブリスとイーズが見つけたオーディネリー子爵家の相続人足り得る少女は、彼らが想像していたような姿をしていなかったからだ。
「ルーシーお嬢様だよね?」
「はい。ルーシーです。あっ。本当はルーシディティって言うんですけど、長いし言うのが大変だから、ルーシーなんです。どう思います? あっ。そういうのどうでもいいことですよね。ごめんなさい」
自信なさげに尋ねたブリスに対し、ルーシーは明るい調子で長い返答を返した。
ブリスは複雑な思いを抱いた。
そして、オーディネリー家の当主だったレイを誑かしたのは悪女であり、悪女の娘は相応に我儘に育った女の子に違いないと考えていた己を恥じた。
「とりあえず、馬車にお乗りくださいな、お嬢様」
「はい。立派な馬車ですね。初めて見ました」
ルーシーの返事にブリスとイーズは顔を見合わせ、ふと湧いた疑惑が疑惑ではなく、確信であると気付いた。
体に対して、大きすぎる旅行鞄。
後頭部で髪をまとめる不自然過ぎる大きなリボン。
手入れが行き届いていないルーシーの髪はくすんでおり、無理矢理まとめたとしか思えないいい加減な結び方をされていた。
着ている一張羅と思えるワンピースのドレスもルーシーの体にはまるで寸法が合っていなかった。
何より、腕は細く、枯れ木のようであり、心なし頬もこけていた。
十二歳と聞いていた年齢とは思えない体格だった。
七歳程度の成長にしか見えない。
この娘はこれまで虐待されて生きてきたに違いない。
ブリスとイーズは確信した。
「よっこらっしょと」
小さな体で大きな鞄をどうにかこうにか、載せたルーシーは笑顔を絶やさず、初めて見た馬車と馬に興味津々だった。
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