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16 迷探偵の迷推理
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人が集まる冒険者ギルドの特異性に着目したクリスティアーノの発想は間違いではなかった。
ギルドは情報の坩堝。
ただし、それは玉石混淆の様相を呈している。
全く役に立たない情報が一面に散りばめられ、本当に役立つ情報は埋もれる。
真実に辿り着くのは容易なことではない。
「殿下。あまり芳しくないです」
「やはりな。そうか」
既に常連客となりつつある酒場でクリスティアーノとリオネルは浮かない顔を突き合わせ、杯を交わしている。
別行動を取り、情報収集に勤しんだ二人だったがその成果は芳しいものとは言えなかった。
「不自然な何かを感じなかったか?」
「確かに。どうも彼女は……」
赤ずきんは非常に目立つ深紅のケープマントを着用し、不定期に活動している。
普通の占い師であれば、未来が読めると噂になった時点でもっと目立たない装束に変えてもおかしくない。
それでも赤ずきんは変わらず、深紅のケープマントで行動している。
隠そうという意思をそもそもが持ち合わせていないかのようだった。
二人は赤ずきんが普段から、その装束を身に付けているのではないかといった結論に達した。
あまり一般的な衣装ではない。
しかし、冒険者であればその限りではなかった。
冒険者は流れ者ゆえ、様々な装束を纏った者がいてもおかしくないと言える。
木を隠すなら森の中。
そこで冒険者ギルドに目を付け、捜索を開始した。
ところが思うようにいかない。
核心に迫りかけると途端に誰もが口を噤む。
赤ずきんを恐れているからではなく、まるで彼女を守ろうとするかのようにそうしているのだと二人はすぐに気が付いた。
あからさまに人々が占い師と結びつけようとすると話を変えるのである。
これで気が付かないほど鈍い二人ではない。
「少し考えないといけないようだ」
「そのようですね」
クリスティアーノの表情は実に晴れやかでやれやれと辟易としているリオネルとは対照的だった。
彼はこれから起こることを想像すると楽しみで仕方ないのである。
リオネルが辟易としているのは、調査がうまくいかないことより仕える主に振り回されているせいだと言っても過言ではない。
まずは捜索方針を大きく変換した。
冒険者ギルドのホールにたむろする冒険者から、それとなく聞き込みすることにしたのだ。
怪しまれない程度に聞き出すには相手の警戒心を解かなくてはいけない。
スラムで育ち、幼少期は顔色を窺うように生きていたリオネルは犯罪すれすれの行為に手を染めていた過去もある。
その点で彼にとって、その程度の話術はたやすいものだ。
では王子として育ったクリスティアーノはどうなのか?
意外なことにクリスティアーノは人心を掴むのに長けている。
笑うと童顔で少年のように見える容姿もあいまって、リオネルよりも手馴れているようにさえ見えるほどだ。
こうして集められた情報で分かったことは占い師の赤ずきんと似た装束の女性冒険者の姿が浮かび上がった。
目立つ容姿でありながら、これまで冒険者の話に上がらなかった理由は彼女が大々的に売り出し中の冒険者ではなかったせいだ。
噂話のような形でひっそりと語られていたのは赤いずきんの女性冒険者が、対処しにくい幽霊を専門として解決している話だった。
「その話は本当かな?」
「ここだけの話よ」
「ふむ」
「お向かいの薬屋さんの御主人が聞いたんですって。森にある沼の近くに薬草を取りに行った時、世にも恐ろしい歌を!」
「ほお。面白い話だね。もっと詳しく、聞かせてくれないか。そうだ。これも貰おう」
クリスティアーノは冒険者から聞いた話をまとめ、件の女性冒険者こそ赤ずきんであると睨んだ。
しかし、彼女の居場所は杳として知れない。
冒険者としての活動実績は単独のものばかり。
彼女がどこに住んでいるのか、知っている者が誰もいなかったからだ。
そこでクリスティアーノは一計を案じる。
目立つ者がそのまま、街中で暮らす可能性は低いだろうと推理した。
フェンネルで商いを営む者から、さらなる情報を手に入れようとしたのである。
話好きの女将さんに持ち前の話術と容姿を駆使して、うまく取り入ったクリスティアーノはまんまと役に立つ話を聞き出すことに成功した。
郊外の森に隠れた名所として、小さな湖がある。
湖というにはいささか小さく、池や沼というには少々大きいそんな湖だ。
その畔にいつからか建っている誰も住んでいない丸太小屋があり、何かが出るという噂が随分と昔からあった。
そして、ある時を境に気味の悪い歌声が聞こえたと吹聴する人間が、一人ではなかったことから俄かに噂話は現実のものとなった。
「やりましたね、殿下」
「ようやく見つけたな」
「いやあ、危なかったですね。路銀が底を尽きるところでした」
空っぽの革袋をリオネルは逆さまにした。
一銭(一銅貨)たりとも落ちない。
まさに素寒貧である。
それでもクリスティアーノに焦りの色は見えなかった。
鷹揚だから気にしていないのではない。
姉イザベルはやや無謀なところのある弟が、無茶をするだろうと見越していた。
そこで侍女のバルバラを介し、当面の路銀を渡していたのだ。
「案ずることはないさ」
「ですが路銀がなければ……」
「何、ここにあるからな」
たっぷりとは言えないまでもそれなりに膨らんだ革袋を見せるクリスティアーノに、リオネルは呆れから口を大きくあんぐりと開けたまま、固まっている。
「うん? どうしたんだ、リオネル?」
リオネルは無言で「後ろ! 後ろ!」と指で必死に合図をするが、クリスティアーノは中々、どうして気付かない。
あまりに必死なリオネルの様子におずおずと振り返ったクリスティアーノが見たのは、腰に手を当て憤然とした少女の姿である。
深紅のケープマントのフードを被っていない少女の髪は月の光の色を帯び、折りからの風に靡いていた。
ギルドは情報の坩堝。
ただし、それは玉石混淆の様相を呈している。
全く役に立たない情報が一面に散りばめられ、本当に役立つ情報は埋もれる。
真実に辿り着くのは容易なことではない。
「殿下。あまり芳しくないです」
「やはりな。そうか」
既に常連客となりつつある酒場でクリスティアーノとリオネルは浮かない顔を突き合わせ、杯を交わしている。
別行動を取り、情報収集に勤しんだ二人だったがその成果は芳しいものとは言えなかった。
「不自然な何かを感じなかったか?」
「確かに。どうも彼女は……」
赤ずきんは非常に目立つ深紅のケープマントを着用し、不定期に活動している。
普通の占い師であれば、未来が読めると噂になった時点でもっと目立たない装束に変えてもおかしくない。
それでも赤ずきんは変わらず、深紅のケープマントで行動している。
隠そうという意思をそもそもが持ち合わせていないかのようだった。
二人は赤ずきんが普段から、その装束を身に付けているのではないかといった結論に達した。
あまり一般的な衣装ではない。
しかし、冒険者であればその限りではなかった。
冒険者は流れ者ゆえ、様々な装束を纏った者がいてもおかしくないと言える。
木を隠すなら森の中。
そこで冒険者ギルドに目を付け、捜索を開始した。
ところが思うようにいかない。
核心に迫りかけると途端に誰もが口を噤む。
赤ずきんを恐れているからではなく、まるで彼女を守ろうとするかのようにそうしているのだと二人はすぐに気が付いた。
あからさまに人々が占い師と結びつけようとすると話を変えるのである。
これで気が付かないほど鈍い二人ではない。
「少し考えないといけないようだ」
「そのようですね」
クリスティアーノの表情は実に晴れやかでやれやれと辟易としているリオネルとは対照的だった。
彼はこれから起こることを想像すると楽しみで仕方ないのである。
リオネルが辟易としているのは、調査がうまくいかないことより仕える主に振り回されているせいだと言っても過言ではない。
まずは捜索方針を大きく変換した。
冒険者ギルドのホールにたむろする冒険者から、それとなく聞き込みすることにしたのだ。
怪しまれない程度に聞き出すには相手の警戒心を解かなくてはいけない。
スラムで育ち、幼少期は顔色を窺うように生きていたリオネルは犯罪すれすれの行為に手を染めていた過去もある。
その点で彼にとって、その程度の話術はたやすいものだ。
では王子として育ったクリスティアーノはどうなのか?
意外なことにクリスティアーノは人心を掴むのに長けている。
笑うと童顔で少年のように見える容姿もあいまって、リオネルよりも手馴れているようにさえ見えるほどだ。
こうして集められた情報で分かったことは占い師の赤ずきんと似た装束の女性冒険者の姿が浮かび上がった。
目立つ容姿でありながら、これまで冒険者の話に上がらなかった理由は彼女が大々的に売り出し中の冒険者ではなかったせいだ。
噂話のような形でひっそりと語られていたのは赤いずきんの女性冒険者が、対処しにくい幽霊を専門として解決している話だった。
「その話は本当かな?」
「ここだけの話よ」
「ふむ」
「お向かいの薬屋さんの御主人が聞いたんですって。森にある沼の近くに薬草を取りに行った時、世にも恐ろしい歌を!」
「ほお。面白い話だね。もっと詳しく、聞かせてくれないか。そうだ。これも貰おう」
クリスティアーノは冒険者から聞いた話をまとめ、件の女性冒険者こそ赤ずきんであると睨んだ。
しかし、彼女の居場所は杳として知れない。
冒険者としての活動実績は単独のものばかり。
彼女がどこに住んでいるのか、知っている者が誰もいなかったからだ。
そこでクリスティアーノは一計を案じる。
目立つ者がそのまま、街中で暮らす可能性は低いだろうと推理した。
フェンネルで商いを営む者から、さらなる情報を手に入れようとしたのである。
話好きの女将さんに持ち前の話術と容姿を駆使して、うまく取り入ったクリスティアーノはまんまと役に立つ話を聞き出すことに成功した。
郊外の森に隠れた名所として、小さな湖がある。
湖というにはいささか小さく、池や沼というには少々大きいそんな湖だ。
その畔にいつからか建っている誰も住んでいない丸太小屋があり、何かが出るという噂が随分と昔からあった。
そして、ある時を境に気味の悪い歌声が聞こえたと吹聴する人間が、一人ではなかったことから俄かに噂話は現実のものとなった。
「やりましたね、殿下」
「ようやく見つけたな」
「いやあ、危なかったですね。路銀が底を尽きるところでした」
空っぽの革袋をリオネルは逆さまにした。
一銭(一銅貨)たりとも落ちない。
まさに素寒貧である。
それでもクリスティアーノに焦りの色は見えなかった。
鷹揚だから気にしていないのではない。
姉イザベルはやや無謀なところのある弟が、無茶をするだろうと見越していた。
そこで侍女のバルバラを介し、当面の路銀を渡していたのだ。
「案ずることはないさ」
「ですが路銀がなければ……」
「何、ここにあるからな」
たっぷりとは言えないまでもそれなりに膨らんだ革袋を見せるクリスティアーノに、リオネルは呆れから口を大きくあんぐりと開けたまま、固まっている。
「うん? どうしたんだ、リオネル?」
リオネルは無言で「後ろ! 後ろ!」と指で必死に合図をするが、クリスティアーノは中々、どうして気付かない。
あまりに必死なリオネルの様子におずおずと振り返ったクリスティアーノが見たのは、腰に手を当て憤然とした少女の姿である。
深紅のケープマントのフードを被っていない少女の髪は月の光の色を帯び、折りからの風に靡いていた。
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