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15 ギルドを巡る思惑

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 ギルドは国という柵、枠組みから外れている。
 一種の治外法権を有する独立している存在であるがゆえ、彼らに対する考えは様々なものがあった。
 代表的なのが冒険者ギルドであり、商人ギルドである。

 冒険者は自由闊達を愛する無頼の徒である。
 こう称した文化人がいたが言い得て妙と言えよう。
 有事の際には確かに民を守る力となる心強き存在だった。
 そうではない場合、彼らは力を持て余す。
 なまじっか、ギルドが後ろ盾にあり身分を保証されているのが仇となった。
 違法とならないぎりぎりの線で犯罪者のような行為を働く冒険者も少なからずいたのである。
 しかし、冒険者ギルドは人々の暮らしになくてはならない存在となっていた。

 イザベルのアドバイスを受け、クリスティアーノはリオネルを伴い、捜索に赴いたが全くの無策だった訳ではない。
 彼には一つのアイデアがあった。
 冒険者ギルドには様々なものが訪れる。
 それを利用しない手は無いと考えたのだ。

 クリスティアーノにも王家の者としての矜持がある。
 だが、民草を守るべきと心に誓った彼の取った行動はどこか、ずれたものだった。
 冒険者になり、人知れず困っている人を助けようとしたのだ。
 これには母親のクリスティナ王妃が大きく関わっている。
 民草の愛する冒険小説が好きだったクリスティナは、クリスティアーノが幼い頃からこんこんと言って聞かせた。
 人は幼き頃に聞いた絵本に少なからぬ影響を受けることがある。
 クリスティアーノはまさにそれに該当したのだ。
 剣を手に悪しき者を倒す英雄物語に憧れ、そうならんと欲した。
 ただ、それだけのことである。

 そんなクリスティアーノが意気揚々と向かった冒険者ギルドで出会ったのが、当時『荒野の疾風』の二つ名で呼ばれていたリオネルだった。
 二人の戦闘スタイルは非常に似通っている。
 圧倒的な脚力から繰り出す驚異的な機動力が最大の武器だ。
 得物こそ、大剣と双剣と異なるが似た感性の持ち主だと言えるだろう。
 しかし、性格は水と油と言っていいほどに全く、違う。
 王族らしく、鷹揚で時に無謀なクリスティアーノ。
 スラムでの厳しい暮らしから、慎重さを身に付けたリオネル。
 出会ったばかりの頃の二人は性格の違いから、相容れることなどないと誰しもが思うほどに犬猿の仲だったのである。
 まさか、そんな二人が固い絆で結ばれることになろうとは当時を知る者は誰もいないだろう。

「さすがはフェンネルといったところか。いいギルドだ」
「リジュボーの規模には及ばないですが、活気ではフェンネルの方が上と言われてますからね」

 冒険者の街とも呼ばれるフェンネルだ。
 冒険者ギルドの象徴たるギルドホールを備えたフェンネル支部は、それなりに立派な建物であると言えた。
 規模では首都リジュボーに遠く及ばない。
 それでも開拓民の気概を未だに忘れない活気に満ち満ちている。

「それでは情報収集としゃれこもうか」

 茶目っ気たっぷりに片目でウインクをするクリスティアーノに「この人の悪い癖がまた始まったか」と頭痛を覚えるリオネルだった。



 第三王子クリスティアーノが冒険者ギルドに悪印象を抱くどころか、懇意にしていることはお分かりいただけただろう。
 王家や貴族が全て、そうという訳ではなかった。
 中にはあまり好意的に捉えない者も少なくはない。
 冒険者を下賤の輩と考える一部の特権意識に凝り固まった昔ながらのお貴族様に多く見られる傾向だった。
 しかし、これはまだ、ましな方であると言えよう。
 もっとも危険なのはギルドの存在を快く思っていないタカ派である。
 彼らは治外法権を有すること自体を憎々しく、考えていた。
 ただし、事あるごとにギルドの危険性を指摘し、勢力を削ごうと動き始める者達はその末端に過ぎないのだ。

 だが、当代の王ジョアンは冒険者稼業のような生業から身を起こし、王になった経歴からかギルドに悪印象を抱いていない。
 王国とギルドの関係は蜜月関係と言っても憚らないものだった。
 王妃クリスティナが生粋の王族でありながら、ギルドに好意的なのも大きく影響していた。
 その為、ギルドに敵意を抱く者らも際立った動きを見せることはなかった。

 ただ、次世代は分からない。
 王位継承権を返上した第一王女イザベルは王太子候補だった頃より、中立の立場を貫いている。
 彼女の考えは極めて中庸であり、清濁併せ呑む不思議な風格を持っていた。
 離宮に引き籠ったまま、動きを見せないイザベルだが相変わらず、中立の姿勢を保っている。
 とはいえ、彼女の周囲を固める側近三人は冒険者ギルドに所属する冒険者であることを忘れてはならない。

 第一王子ヴィトール・ジョアンは航海王子の異名を持つだけあって、どちらかと言えばギルド寄りの思考を持っている。
 もっともヴィトールとギルドの関係はあくまで持ちつ持たれつといった極めて、難しい綱渡りをしている状態に似ている。
 突き詰めたリアリストでもあるヴィトールはギルドが利用できる間は友好的な姿勢を取るが、そうでなくなったらどう動くか分からないのだ。

 第二王女マリアは両親と姉、兄の愛を一身に受けて育ったこともあり、疑うことを知らない夢見る少女だ。
 クリスティアーノと年が近く、もっとも仲が良いことが影響し、自由気ままに生きたいと望むマリアもまた、ギルドに好意的である。
 彼女の場合、現実的な思惑を考慮に入れず、読み物語の英雄と冒険者を混同しているきらいも否めない。

 では最後の一人、第二王子ヌーノ・リカルドはどうだろうか?
 彼はギルドに対する態度を表明していない。
 これはギルドに対してだけではなく、全てにおいてと言ってもいいだろう。
 常に蠱惑的な微笑を湛え、慈愛の王子と呼ばれるヌーノだがその本性を知る者は誰もいない。
 恐らくは本人すら、己を理解できていないのだ。

「ラヴェラン。首尾はどうか?」
「殿下。全てはこの吾輩にお任せくだされ」
「ふむ。そういうものか」
「為政者とはかくあるべきでございますな」
「そうだな。私もそう思う」

 見目麗しい美貌の王子の前に傅くのは大柄な男だった。
 闇夜の色で染められた漆黒のローブを纏っているが、がっしりとした筋肉質の体が体型の分かりにくい装束であってもはっきりと分かるほどに鍛え抜かれたものだ。
 目深に被ったフードのせいで表情は読み取れないが、浅黒い肌は異国の者であることをうかがわせる。
 男の名はラヴェラン。
 リオネルと同じく異国から流れ着いた者の一人である。
 そして、彼こそが王太子候補たらんと欲するヌーノに良からぬ知恵を授けた張本人だった。
 ラヴィニアがオディールだった頃、森を焼くように進言したのもこのラヴェランだ。
 森が全ての悪意を生む元凶であり、魔物を排除するには森を消すしかない。
 ラヴェランはそうヌーノに囁いた。
 思うところがあったヌーノはその進言を入れ、魔物討滅の大義名分を掲げ、森を焼き尽くしたのである。
 彼らは再び、動きを見せようとしていた。
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