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第32話 烏令嬢、ばったりと再会する

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 道中は何のトラブルも起きなかった。
 たかが二日の旅程なのもある。
 冒険者稼業で慣れているあたし達にとって、この程度はそれほど苦にならない。
 荷馬車での旅もそれほど珍しいことではないのだから。

 こんなことに慣れている貴族令嬢とは何だろうか?
 そんな疑問を抱かないでもないけれど、生まれた頃には没落した貴族で育ったので令嬢らしいことをしていないのだ。
 前世がなかったら、とんでもない野生児のようになっていたことだろう。

 心配だったのは旅に慣れていないベラベランジェールだ。
 しかし、これは杞憂に終わった。
 ベラはあたしが思った以上に根性があったらしい。
 伊達に没落貴族の家に長年、仕えている訳ではないということのようだ。

「え、えっと」
「ここがルアンなんだよな?」

 お兄ちゃんカミーユと思わず顔を見合わせて、首を捻るけど。
 それで目の前の光景が変わるはずもない。

 ジェシージュスタンとベラも言葉を失っているから、恐らくはあたしと同じことを考えているんだと思う。
 『嘘だと言ってよ!』と叫びたくて、仕方がない気分だ。

 想像していたような荒れ果てた街並みが広がっていない。
 ドラゴンに破壊された家屋と瓦礫の山なんて、どこにもなかった。

 きれいに整備された石畳の通りを行き交う人々の顔には活気があって。
 とても辺境の廃棄された町とは思えない。

「思っていたよりも遅かったわね」

 少々、呆けていたあたしを現実に戻したのは聞き覚えのある女性の声。
 よく通る高い音質の声だった。
 何となく、堅苦しさを感じさせるとでも言おうか。
 下手な冗談を言おうものなら、怒られそうなことは間違いない。

「オ……あぁ」
「エマさん。どうして、ここにいるんです。貴女はここにいてはいけない人だ」

 お兄ちゃんがエマさんと言ってくれたから、助かった。
 危ない。
 オッシュ嬢と口から出かかったのをどうにか、止めた。
 今世のあたしはこれまで一切、関りがないのだ。
 それなのに顔と名前を知っていたら、絶対怪しまれるじゃない。

 エマニュエル・オッシュ。
 戦争の達人の異名を持つ騎士ラウル・オッシュ。
 救国の英雄であり、尊厳なる王オーギュストアランを擁立したラウルの子孫ということもあって、伯爵という家格でありながら特別な家であるオッシュ家の一人娘。

 前世では何かにつけて、絡まれて鬱陶しく感じていたし、苦手に思っていた人でもある。
 今世で冷静に考えられるようになってから、あの時のことを思い出してみるとあたしのことを考えて、動いてくれていたのだということが分かる。
 ただ、頭が固くて、融通が利かないところがあった。
 そのせいで言い方がきついから、注意されているようにしか、聞こえないのがあの人の不幸なところだ。

「ようこそ、ルアンへ。聖騎士パラディン第四隊はあなたがたの到着を心から、歓迎致します」

 今、初めて気が付いた。
 オッシュ嬢は見慣れたドレス姿ではない。
 若草の色で染められた古めかしいデザインで足首までしっかりと覆っている長いドレスを着てないのだ。

 騎士が着る純白の礼装は彼女の体に合わせて、誂えられているようでよく似あっていた。
 前世では腰まで伸ばされていた栗色チェスナットの髪は割合、短く切り揃えられていて、肩まで届くか、届かないかといった具合である。
 名乗ってもらうか、声を聞かない限り、エマニュエル・オッシュと気付かないで通り過ぎる可能性が高いと思う。

「少し、付き合ってもらえるかしら? カミーユ。あなたにとって、懐かしい顔を見るいい機会でもあるわ」

 はそう言うと耳にかかった髪を指で軽く、直す。
 大人の女性の空気にお兄ちゃんが少し、色めき立った気がして、イラッとしたがジェシーもどこか、苛立っているように見えた。

 そうだった。
 ジェシーにはパラディンになれなかった過去がある。
 護衛騎士として、あまりにも長く一緒にいたのですっかり、忘れていた。
 ジェシーとエマは前世でも水と油のように反発する仲だったのだ。
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