ホンモノの自分へ

真冬

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第34話「福原先生のお手伝い」

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「よーし、終わりー解散」
 いつものように間の伸びた声で福原が帰りのHRを締めてクラスでは各々の過ごし方をしている。僕はというと最近は彼ら4人の会話に加わり話すことが多くなっていた。

「ねぇ見て見て最近背中で手をつなげるようになったの。ほら!」
「わー理奈すごい」
「それ僕もできるよ」
「え?周、柔らか!私、一週間も練習したのにー」
「同じ体格だったらできるんじゃね?なあ樹?」
「宮橋君それはどういう理屈かな?」
「樹ちょっとやってみてよー」
「いてて」
「「「「「硬!」」」」
「ちょっとお前らいいか」
「あ、福原せんせーどうしたの?」
「この中で一番暇なやついる?」
 すると4人の視線が静かに僕の方へ向けられた。
「僕?」
「天野か。今から来てくれ。ちょっと草むしり手伝ってくれや」
「僕がですか?」
「暇なんだろ?」
「いや…」
 そう言いかけると「さっさと来い」といって引っ張られ連行された。
「ガンバー樹」
「俺ら先帰ってるからな」
「うん、じゃあね」
 なにか最近いじられることが多くなったような気がする…。

 僕は福原に連れられ学校近くの河川敷に到着した。

「草むしりってここですか?」

 福原は気だるそうに首を鳴らして「そうだ」とため息を吐き捨てるように言った。

「ここって学校の敷地外じゃ…」

 福原は徐にズボンのポケットからタバコとライターを取り出して手で風を遮りながらタバコを大切そうに覆い、カチッという音と共に点火して、河川を見つめながらゆっくりと煙を吐いた。

 風向きが悪く、その煙は全て僕の方へとやってきて、僕は手で煙のカタマリを分裂させた。
「学校の敷地外を掃除やゴミ拾いすることで、うちの高校の生徒と職員はよくやってますねっていうことを近隣住民にアピールすんだよ」

 福原は僕の方を向き「ほれ」と言って、軍手と鎌を差し出してきた。

「見た目を整えて、やってる感じを出しとけば大丈夫だ」
「僕は一応、草むしりしますけど…」
「真面目だなお前は。さすが、俺の生徒だ」

 この教師が今までクビにならずに済んでいるのが不思議でしょうがないと思った。きっと、草むしりも周りの教師から押し付けられてやったに違いないと僕の中で結論づけることにしたし、当たってると思う。

 しばらく周辺の草をむしっていると、河川に生える草が風に吹かれてカサカサと立てていた音が止んでいることに気づいた。隣で休憩している福原のタバコの煙は真っ直ぐ天空に向かって伸びる白い糸のように昇っている。

「お前と2人になるのはあの時以来か」
 福原はカーディガンの胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、短くなったタバコを慣れた手付きで入れてポケットに戻した。

「それ以前に4月に2者面談でも2人で話しましたよ」
「あの時の天野は、はいといいえしか言わない機械だったからな。話したうちに入んねぇよ」
「そうですか」

 福原は両腕を羽のように広げて背伸びをして、体に溜まった不要な空気を吐き出すように息を吐いた。

「もう謹慎は明けたからあの時の事をお前がやった、やってないはもういいけどよ。謹慎明けてからちょっと変わったんじゃねーの?」
「何がですか?」
「顔つきが」
「顔つき?」
「毎日教室見渡してるとわかんだよ。恋か?」
 まるで食べかけのパンを「食うか?」と渡してくる時に似たような口調だった。
「はい?」

 人の顔つきが変わったことが恋をしたと必ずしもイコールになるわけがない。
 そもそも、僕は今恋をしていないから福原の問は的を得ていないものだ。

「わかった。好きな人当ててやる」

 当然ながら今の返事は肯定を意味したものではない。

 それに、僕の顔つきが変わったと言うから教師らしいことでも言うのかと期待したら、まるで健全な男子高校生同士がするような話題を展開し始めて、少々面倒だ。

 その僕の気持ちを汲み取ることなく、福原は隣で腕を組んで唸りながら、しばらく考え込んでいる様子だったが、結論が出たようで指をパチンと鳴らして僕の方へ視線を移した。

「明島だろ。当たってるか?」
「僕が会話してる女子が明島さんと成川さんしかいないからどっちか言えば当たると思ってません?」
「へへ、そうかもな」

 福原は白い歯を見せて「よっこいしょ」と見た目相応の言葉を発して座り込み、地面に鎌を突き刺した。
 僕も福原の隣に膝を抱えるようにして座り込み、夕日を映し出している川を見つめていた。

「でもな、恋はしろよ少年」
 僕が見ている川よりも更に遠くのなにかを福原は見ていた。
「なぜですか?」

 福原が急に恋の話するなんて意外だと思ったけど、4月に宮橋に失恋したことがバレていたのを思い出した。

 いつの間にか、さっきまで止んでいた風が吹くことを思い出したかのようにまた吹き始めて、隣に座る福原の髪をなびかせた。

「恋はな、人を成長させる力があるんだ。一方で、人をダメにする力もある。満たすだけの恋、満たされる恋。恋の形は人間が繰り出す物語である以上、多くの種類が存在するからな」

 福原の言葉だからあまり説得力がない。だから、何かの受け売りかと思って聞いていたが、福原の顔を見てみるといつもより真剣な表情をしていた。

「どうしたんですか?急に」

 その真剣な表情の根源に近づこうと興味のないふりをしながらも、この会話を継続させようとした。

「いや、お前には無縁の話だと思ってな。試しに言ってみたんだ」
 訊いたことを後悔した。つくづくテキトーな教師だ。今の僕の思考した分のエネルギーを返してもらいたい。

「お前、彼女いない歴=年齢だろ」
「そうですよ」
「随分あっさり答えるんだな。高校生はもう少しもったいぶるとこじゃねぇの」
 中川にも同じことを言われた気がする。この前も大場と柿原が恋愛について話してたし、福原も今話しているけど、彼女がいるいないなんて僕にとってはあまり重要度の高い問題だと思って今まで生活してきていない。

「お前もしかして、今までに好きになった人もいないだろ?」
 何か核心を突かれたような質問に今まで聞き流していた福原の声が頭に響き渡ったような気がした。

「そうですね」
「かぁもったいねえ」
「もったいないんですか?」
「ああ、人生半分損してるぜ。でも、まあ…」
 福原は途中まで言いかけてから、さっき放った息をもう一度自分に取り込むように息を吸った。
「人間なんだ。いずれ人を好きになるし、生物はそういうふうに出来てんだ」
「人を…」

 僕がそう言いかけて思案していると、福原がまたポケットからタバコを取り出した。その時、一緒に何か光沢のあるものが落ちて、転がるそれをよく見てみるとリングの形をしている。指輪だった。

 福原は「おっとっと」と言って指輪を拾い上げた。
 僕は指輪がポケットから出てくることにまず違和感を感じた。僕の頭にある知識では結婚している人は結婚指輪を左手の薬指にしているものだと思っていたからだ。

「先生は結婚してるんですか?」

 その違和感を解消するべく、4月に失恋していたことは知っていた。しかし、それから今までの間の短い期間だが僅かな可能性を考えて訊いた。

「してた。だ」
「……」

 ただの好奇心だったが、なにか訊いてはいけないことを訊いたような気がして、僕が次に発するべき言葉を探していると、それを察したように福原が口を開いた。

「なに固まってんだよ。大人ならこういうこともあんだよ。ま、ガキに大人の恋はわかんねぇけどな」

 福原が2本目のタバコに火を着けて、白い煙を夕日でオレンジ色に染まった空へ向かって放った。今度は風が静まっていたので煙のカタマリは僕の方へは来なかった。
「恋が人を成長させるのは本当だ。ダメにするのも本当だ。いろんな形があるのも本当だ。まあ当然だよな」

 福原は「へへ」と笑い、親指と人差指で指輪をこするようにして眺めていた。
 夕日に照らし出される指輪のダイアモンドはより一層輝きを増して、指輪から光を放っているようだった。

「人を愛せよ少年」

 僕は背中を叩かれ、福原の方へ視線を移すと後ろには煌々と輝く夕日のせいで福原の姿が眩しく見えた。

「先生からそんな言葉が出てくるなんて想像してませんでした」
「俺はお前らよりも10年長く生きてんだぞ。積んできたものが違うんだ」
 
 
「お、時間だ。そろそろ引き上げるか」
「終わりでいいんですか?全然草取ってませんけど…」

 僕が福原に問いかけたときには福原の背中がすでに3歩ほど先にあった。

「やってる感出しとけばいいって言ったろ」

 45リットルのゴミ袋を10枚ほど持ってきたのに実際、むしった草は僕の両手でつかめるほどの量しかなかった。福原に至っては軍手すらはめていなかった。

「あと、道具片付けとけよー」

 後始末を僕に押し付けて福原の姿は校舎の中へと消えていった。
 あの教師はいつもこうやって仕事をサボってるのか…。
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