魔王のいない世界に勇者は必要ないそうです

夢幻の翼

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3巻

3-1

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  1


「――このあたりで少し休憩きゅうけいしようか」

 ダクトの町を出発してドワルゴ国方面へ進む途中。
 街道のそばを流れる小川に気付いた俺――アルフはマリーにそう提案した。

「そうですね。小川もちょうど浅瀬になっているところがあるようですので、馬に水を飲ませるのにいい場所だと思います」

 普通の行商馬車ならば、一樽ひとたる分程度は馬に飲ませる水を載せて移動するのが常識だ。
 長い道のりを進む際、今回のように街道沿いを小川が流れていることはそう多くない。
 そのため、活動に多くの飲み水を必要とする馬には、機会があれば時間をいてでも水を与えておく。それが馬を大切に扱う行商人の心得だ。

「別に急ぐ旅でもないから、ゆっくり休むといい。あたりを調べたが特に危険な気配はなさそうだ」

 俺の言葉にうなずいたマリーは、馬車を停めて荷車から馬を外すと、小川の浅瀬へ誘導して水を飲ませる。その姿はもう立派な行商人に見えた。

綺麗きれいな小川ですね。魚も元気に泳いでいます」

 水を飲む馬のかたわらかがんで水辺を眺めるマリーが、微笑みながら言う。

『なんだ? 捕まえたいのか?』

 馬車の幌上ほろじょうで羽を休めていた精霊鳥せいれいちょう――セイレンが、ふわりとマリーの傍に飛んできて馬の背に止まり、念話で言った。セイレンが自重じじゅうを消しているせいか、馬は気にせず水を飲んでいる。

「このあたりは自然も豊かで気候もいいようだ。マイルーンが農業国と呼ばれる所以ゆえんだろう」
「そうですね。ですが、この先にあるドワルゴは食料不足なのですよね?」
「ギルドで聞いた情報だと、もともと鉱業で栄えた国で、食料の生産力はとぼしいということだ。それに加えて、最近は日照りなどによる農作物の不作が響いているらしいな」

 馬は俺たちの話を聞くように耳をぴくぴくさせながら、ゆっくりと水を楽しんでいる。
 そんな風景に笑みを浮かべながら、俺は濃厚だったここ半年余りの出来事を思いだしていた。


 勇者であった俺は、魔王討伐後に国王の度量の狭さから少ない報酬ほうしゅうしか与えられなかったため、祖国に見切りをつけて自由な旅に出た。
 そして、路銀をかせぐために護衛依頼を受けた行商人の少女マリーと共に、多くの国や町を巡る旅を経て、彼女の唯一の肉親・叔母リリエルの元へと辿りつく。
 そこでマリーとは別れるはずだったが、彼女は行商人だった父の背中を追うべく、俺と共に世界を巡る決断をした。
 その後、俺たちは元勇者パーティーメンバー・斥候のヒューマに会うため、大森林の隠れ村を訪れる。そこでマリーの秘めた才能が開花。精霊鳥セイレンとの契約を果たし、祝いのうたげが開かれた。
 しかし、事態は急展開を迎えることになる。
 里の守り神である神木しんぼくの精霊ルーンが、魔王の幹部だった魔族グルゲルグに捕らえられてしまったのだ。
 ヒューマからの願いもあり、俺は精霊ルーンの救出に向かうことを決意。
 戦力の補強に、温泉宿で知り合ったAランク冒険者のコネン、依頼で出会った有能な御者ぎょしゃ兼護衛ガーネットを仲間にし、激闘の末、グルゲルグを倒すことが出来た。
 しかし、魔王を倒したはずの世で、いまだ魔族の力がおとろえていない事実に驚きを持つと共に、ある疑問が脳裏をよぎった。
『もしかすると、俺たち人族は魔王の存在に関して大きな勘違いをしているのではないか?』と。
 それから、俺たちは食料難だというドワルゴ国の様子を探るため、旅を続けていたのだった。


「――ありがとう、セイレン。でも、今はいいです。魚を捕まえるために水辺に魔法をかけたら、水を飲んでいる馬が驚いちゃいますから」

 俺が考えをまとめきれないでいると、それを上書きするようにセイレンに対するマリーの優しい返事が聞こえてくる。その声に俺は考えることをやめ、マリーとセイレンのやり取りへと意識を移したのだった。

「魚が食べたければ俺の収納に入っているぞ」

 せっかくの休憩なので、少し早いが食事をするのもいいかと思い、以前、古代遺跡こだいいせき地底湖ちていこで捕まえた一角獣魚いっかくじゅうぎょさばいて出してやる。
 するとそれを見て、猫の姿をした俺の使つか獣魔じゅうまのコトラが馬車から飛び降りてくるのが見えた。

「昼食の準備をするから、マリーも終わったら来てくれ」
「はーい。分かりました」

 俺は俺だけが使える、無尽蔵むじんぞうで内容物が決して劣化しない収納魔法しゅうのうまほうから、テーブルセットといくつかの食事を取りだして並べていく。
 こんな非常識な風景は他人には見せられないなと思いながら準備をしていった。

「――食事の準備をすべて任せてしまってすみません」

 ちょうど準備が終わったタイミングで、馬を木に繋いだマリーがこちらに顔を出しながら謝る。

「役割分担だ。そんなことより食事を楽しもう」

 俺がマリーに告げると、彼女は笑顔で頷く。そしてそこに並べられたものを見て、ため息まじりに言った。

「相変わらず凄い光景ですね。旅の途中の食事を、作りたての状態で、しかもしっかりとしたテーブルで食べるだなんて聞いたことありませんよ」

 ため息をつきながらきちんとテーブルにつくマリーに、俺は思わず笑ってしまう。
 俺の旅に同行するならば慣れてもらうしかないと考え、別の者が見ていない時にはこうして常識にとらわれない行動を許容してもらえるようにと話し合った結果だった。

「そうかもしれないが、やはり旅の間でも美味いめしを食べたくなるのは仕方ないだろ?」
「まあ、食事は美味しい方がいいのは同意しますけど、テーブルセットまで準備するなんてやりすぎですよ。もしも、このタイミングで別の商人の馬車が通りかかったら、絶対に変な目で見られるでしょうから」

 街道での食事は誰かに見られる可能性があると苦言くげんていしながらも、マリーは出された料理をしっかりと完食していた。
 口ではああ言っていたが、携帯用保存食と比べるまでもないことは、彼女自身もよく分かっているようだ。

「――ごちそうさまでした」

 食事を終えたマリーは、鞄からダクトで仕入れた地図を取りだしてテーブル上に開くと、これからの行動方針の確認をする。

「ここから先、ドワルゴ国との国境砦こっきょうとりでまでの距離は、馬車で四日から五日。途中に小さな中継村がありますので、その日は宿泊が出来ると思います。ですが、それ以外の日は野営をすることになりますね」
「そうだな。まあ、既に何度も野営は経験しているから、特に気にする必要はないな」
『なーに、我が主の安全は保障してやるぞ』
「そいつは頼もしいな」

 俺たちの話をマリーの肩で聞いていたセイレンが、ドヤ顔でそう言った。

「にゃっ、にゃっ」

 セイレンの言葉を理解したのか、コトラも声を上げて主張してきた。

「ああ、コトラも頼んだぞ」

 しばらく旅を共にしてきたおかげか、最近のセイレンとコトラはお互いの領域を侵さないように共存しているようだ。まあ、時々だが食事の取りあいバトルをすることもあるが……。

「まずは今夜の野営ポイントまで進まなくてはな。そうすれば明日は中継村へ辿りつけるだろう」
「そうですね。じゃあ、そろそろ出発しましょうか」

 マリーはそう言って椅子から立ち上がると、木に繋いでいた馬を迎えに歩いていく。
 それを見ながら、俺は取りだしたテーブルセットを収納に仕舞い込んで、コトラたちと一緒に馬車へと乗り込んだのだった。


「――おそらくここだな。近くで水を確保出来ることと、馬車を複数台ほどめられる広さがあるからな」

 俺は地図を見ながらそう言った。
 ギルドが有償提供している地図とはいえ、詳細なものではなく、特徴的な目印が記載されている程度なので、結局は各自がその目で見て判断するしかない。
 それでも地図があるとないとでは、リスクは雲泥うんでいの差だと言えるのだが。

「久しぶりの野営ですね。最近はギルドで研修を受けたり、セイレンの故郷にお邪魔じゃまさせてもらったりと旅から離れていましたので、なんだか緊張しちゃいます」

 実際は精霊の森や遺跡の探索などで移動も多くこなしていたのだが、マリー的には行商の一環いっかんとしての旅は別物なのだろう。ただ、緊張すると言いながらも、嬉しそうな表情を見せてくれる。

「まあ、心配しなくてもいい。俺はもちろんだが、コトラに加えてセイレンもいる。そのへんの獣や盗賊程度なら速攻で返り討ち確定だからな」

 俺はマリーを安心させるようにそう言うと、野営の準備を始めるのだった。


  ◇◇◇


「――おはようございます」

 翌朝、マリーはまだ日が完全に顔を出していない時間に起きてくると、不寝番ふしんばんをしていた俺に声をかけてくる。

「ああ、もう起きたのか。どうだ? よく休めたか?」
「はい。コトラちゃんが傍にいましたし、セイレンもテントの上で休んでいましたので。アルフさんはずっと起きていたのですよね? 今から少しでも仮眠をとられてはどうですか?」
「そうだな。見張りをコトラに任せて、少しだけ休ませてもらうとしよう」

 一夜程度の見張り番は冒険者をしていればよくあることだが、移動中に眠気がきてしまっては元も子もない。
 俺は今まで寝ていたコトラに見張りを代わるように指示を出してから、焚火たきびの傍にシートを出してごろ寝をする。何かあればコトラがすぐに叩き起こしてくれるだろう。

「おやすみなさい」

 マリーの声を聞いて、俺は目をつぶりひと時の休息をとる。
 やがて眠りからめ、目を開いた時には、隣で腰を下ろすマリーが微笑んでいるのが見えた。

「まだ寝ていなくて大丈夫なのですか?」

 笑顔の中にも俺を心配するマリーの言葉が胸に響く。
 誰かに心配されながら旅をするのも、一人では味わえない感覚だと思わず笑みがこぼれた。

「どうかしましたか?」

 俺の表情を見たマリーが、小首を傾げながらそう問いかけてくる。
「いや、ありがとう」と返して、俺はゆっくりと立ち上がり大きく伸びをした。

「はい。どういたしまして?」

 マリーは俺の返答の意味が理解しきれていないようで、語尾が上がっていた。

中級回復魔法ハイ・ヒール

 俺は自らに回復魔法をかける。怪我けがの治療とは違うが、多少なりとも疲労の回復も見込めるからだ。

「さあ、朝食を食べたら出発しようか」

 そう言って収納からパンを取りだすと、マリーに手渡したのだった。



  2


「あ、見えましたね。あれが中継村のようです。えっと、ギルドの情報だと村の名前はハザドと言うようですね。あと、小さな村のようで、宿屋が一軒だけあると記載されていました」

 囲う柵も木材を加工したものなのだろう、町を繋ぐ小さな村らしく簡素に造られているようだ。

「小さくとも国が管理している村だ。ゆっくり休める宿だろう」
「そうですね。それと、ギルドの支部もあると思いますので、ドワルゴ国の話が聞けるといいですね」

 マリーはそう告げると、手綱たづなを握り直して馬車を進める。
 やがて俺たちは村の門へと辿りつき、門兵に商人のあかしを提示して村へと入った。

「まずは宿の確保ですね。一軒だけなので選択の余地はありませんが」

 マリーは御者台から村を見渡して宿を探しながら、ゆっくりと大通りにそって馬車を進ませる。 
 やがて、村の中央付近に建つ宿屋を見つけた。他の町の宿に比べると規模は小さく、少し大きな商隊が泊まれば満室になるのではないかと思える程の建物だった。
 俺たちは馬車を宿の裏手にある施設に預けると、宿のドアを開ける。

「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」

 宿に入るとすぐに女性店員が対応してくれた。

「ああ。二部屋ほど頼めるか?」

 女性店員の問いに俺はそう返す。部屋数は少なそうだが、今はそう多くの客が泊まっている様子はないので大丈夫だろうと、別部屋を選択する。

「可能ですが、よろしいでしょうか。二人部屋だと割安になりますよ。一緒に旅をされている方ですよね?」
「確かにそうかもしれんが、野営ならばともかく、宿に泊まるときはお互いゆっくりと休みたいものじゃないか? 部屋は空いているんだろ?」

 緊急の時以外はきちんと別部屋を取ると決めているのだが、わざわざそこまで店員に教える必要もないからと、俺はそれらしい適当な理由を述べておく。

「私は別に二人部屋でも構わないですよ?」

 話を聞いていたマリーは俺だけに聞こえる声で伝えてきたが、俺はそれを手で制する。
 続けて、受付嬢に再度二部屋でと念を押した。

「――分かりました。ではそのように手続きをいたしますね」

 女性店員は俺の言葉に頷いてから、宿帳やどちょうに記載をすると鍵をふたつ手渡してくれる。

「ありがとう」

 俺は女性店員から鍵を受け取ると、片方をマリーに手渡す。

「マリー。食事を先にすませておくか?」
「そうですね。手持ちの荷物もそう多くありませんし、いい時間ですからそうしましょうか」
「決まりだな。ああ、すまないが食事の準備をお願いしてもいいだろうか?」

 俺は女性店員にそう告げると、傍にある椅子に腰を下ろしたのだった。


「――お待たせしました。スープは熱いので気を付けてお召し上がりくださいね」

 そう言いながら女性店員が持ってきた料理は、パンに葉物野菜のサラダ、メインの肉と熱々のスープだった。

「飲み物は果実水でよろしかったのですよね?」
「ああ、それでいい」

 旅の途中なので今夜も酒は控えておく。そんな俺の表情を見て、マリーがクスクスと笑いながらもお礼を言ってくる。

「私のために我慢がまんしてくれてありがとうございます。ですが、今は私の護衛依頼中ではありませんので、アルフさんの判断で飲まれても大丈夫ですよ」
「いや、これは俺の中で決めたルールだ。一度破るとグダグダになるから、ちゃんと線は引いておかないとな。お、この肉は美味いな」

 思わず気持ちがれそうになり、少し誤魔化ごまかし気味に答えた俺だった。
 そこでふと、食堂に俺たちしかいないことに気付き、女性店員に問いかけてみた。

「俺たちしかいないみたいだが、いつもこの時間は少ないのか?」

 俺の言葉に女性店員は一瞬だけ表情を曇らせて口ごもるが、ゆっくりとその理由を話してくれた。

「この村は、ダクトの町とドワルゴ国の国境砦とを繋ぐ中継村の位置づけですので、そこを往来する商人や旅人の方がいなければ商売は成り立ちません。もともとは農業が盛んなマイルーンから鉱山資源が豊富なドワルゴ国へ穀物を届け、その帰りに鉱物を買って帰る商隊が多く通っていたのです。ただ、このところ街道沿いに魔物や盗賊の目撃情報があって、商隊の往来が激減しているようなのです」

 俺はダクトの町で聞いた話を思いだす。

「魔物の目撃情報はダクトのギルドで聞いたが、盗賊も出ることがあるのか?」
「はい。数日前にも、ダクトからドワルゴ国へ向けた商隊が盗賊に襲われて、荷物を奪われたそうです。私もお客様から聞いただけですので詳細は分かりませんが、ギルドに行けば聞けると思います」
「そうか。貴重な情報をありがとう。明日、出発前にでも顔を出してみることにするよ」

 俺がそう礼を言うと、女性店員は「どういたしまして」と言ってお辞儀し、奥の部屋へと戻っていったのだった。


 翌朝、俺たちは宿で聞いたうわさの真相を探るために、冒険者ギルドを訪れていた。

「――冒険者ギルド・ハザド支部へようこそ。どういったご用件ですか?」

 ギルドは村の規模に見合った大きさで、町のギルドの受付窓口が平均で五つ程あるのに対して、このギルドには一つしかなかった。
 その唯一の窓口で笑顔を振りまきながら問いかける受付嬢に、俺は宿屋で聞いた噂について情報提供を求めた。

「ああ、やっぱり噂は広まっているのですね。少しお待ちください」

 そう前置きをした彼女は、数枚の書類をカウンターに置いて説明してくれる。
 どうやらこのあたりの地図のようだが、いくつか印がつけられている。

「これは、ハザド村から国境砦までの地図です。ここに記されている箇所で、魔物の目撃情報が上がっています。そして、この二重丸が記されている箇所では、盗賊の襲撃があったとの情報がありました」
「魔物はともかく、盗賊に襲撃されてよく無事だったな」
「荷物を捨てて、助かることを優先したそうです。盗賊たちも荷物の強奪ごうだつが先決だったようで、危険を冒してまで護衛たちと戦闘するのは避けたようですね」
「そうすると、ギルドに報告が行くことは自明だから、活動場所は移動しているだろうな」
「はい。ギルドの上層部もそう見ています。ただし前回、商隊が襲われてからドワルゴ方面へは商隊馬車は向かっていませんから、十分に警戒けいかいしてくださいね」

 受付嬢はそう言って、警戒が必要な時だからと、普段なら有料の地図情報を無料で書き写させてくれたのだった。


「――しかし、魔物に盗賊か。魔王を倒したというのに魔物の出現がなかなか減らないようだし、その上で盗賊の出没しゅつぼつが増えているとは困ったものだな」
「その盗賊は、以前捕まえたあの集団と関係があるのでしょうか?」
「ん? 『闇夜やみようたげ』か? それは捕まえてみないと分からないが、可能性としては十分にあるとは思うぞ。奴らは広域で活動していると聞いているからな」

 ギルドで情報を得た俺たちは、そんな話をしながら急ぎドワルゴ国の国境砦へ向けて馬車を走らせていた。
 距離的に、どうあっても道中の野営は避けられないが、危険の少ないとされる野営場所まで進んでおきたかったからだ。
 ――ガラガラガラ。
 馬車を進ませながら、俺はあたりの状況を注意深く探るが、これといって危険なものは検知出来ない。嵐の前の静けさだろうか。
 その後、心配していた野営時の襲撃もなく、二人してほっとする。
 しかし、時間短縮に朝食を簡易なもので済ませ、出発の準備をして馬車に乗り込んだその時。
 セイレンが警告を発した。

『何かよからぬ魔力を感じるぞ――』

 そう言われた俺は、これから向かう街道へ向けて探索魔法の範囲をズイと引き伸ばすが、危険な感じのものは検出されなかった。

「気のせいではないんだな?」
『ふむ。そう言われると自信が揺らぐな。実際に見てこようか?』

 セイレンがそう言って、馬車の幌からふわりと飛び上がる。

「いや、何かがあった時に離れていては初動が遅れる。俺も再度探索魔法を展開して調べるから、セイレンも今よりも確実な感覚があれば教えてほしい」

 俺がそう告げると、セイレンは『分かった』と言ってゆっくりと幌に舞い降りるのだった。


「念のため、ここからは慎重しんちょうに進むとしよう」

 野営場所を出発し、あたりを警戒しながら目的地へ向けて進む。
 その後、野営場所から砦まで半分を過ぎた頃だろうか。俺の探索魔法に反応があったと同時に、セイレンが再び警告を発した。

『やはり、何かがおるな――』
「ああ、俺の探索魔法にも反応があった。馬車が何かに襲われているようだな。ハザド方面からは馬車は出ていないらしいから、砦側から来た馬車かもしれない」
「どうするのですか?」

 マリーが俺とセイレンの会話を聞いて、心配そうに問いかける。

「どちらにしても、この先の道のことだ。向かわないという選択肢はないな。それに、こちらにはコトラに加えてセイレンもいる。相手が上級魔族でもない限り対応出来るだろう。だが、急いだ方がいいかもしれない」

 俺はそう言って、マリーに少し速度を上げるように指示する。
 やがて遠目に見えてきたのは、行商用の馬車を囲う大勢の男たちの姿。馬車の前には御者の他に、護衛であろう二人の人影が確認出来た。

「あまりいい状況ではなさそうだ。馬車を囲んでいるのは盗賊だろうが、馬車に近すぎて範囲魔法は使えそうにない。セイレン、俺も走って向かうが、間に合わないかもしれないから先に向かってもらってもいいか?」
『構わぬ。あやつらをぶち倒せばいいのだな? 主よ、また少しだけ魔力を借りるぞ』

 セイレンはそう言うと、マリーの肩に降りて、彼女の魔力を使って巨大化する。

『では、行ってくるとするか――』

 ――ズズン! ゴガシャッ!
 セイレンが高く舞い上がろうとした瞬間、馬車の方角から轟音ごうおんが響き渡った。

「な、なんだ!? 奴ら、爆発物でも使ったのか?」

 俺たちがその場所に注目すると、盗賊たちの半分近くが倒れているのが見える。あの護衛がやったのだろうか?

水彗星ウオーター・シュート
剛腕槌パワー・ハンマー

 様子をうかがうと、遠くで叫び声が響いた。強力な魔法が飛び交い、その間を縫うようにもう一人の人影が男たちに接触したかと思うと、相手は宙高く飛ばされて地面に叩きつけられていく。
 たった二人で十人以上の盗賊をあっと言う間に沈黙させていく。かなりの手練てだれに見える。

「これは、下手に手を出そうものなら、盗賊に間違えられて攻撃されそうだ。セイレン、どうやら助力は必要なさそうだぞ」
『ふむ。つまらぬがそのようだな』

 せっかく巨大化したセイレンだったが『ふん』と言って、巨大化をいてマリーの肩に舞い降りたのだった。


「こいつは凄いな。あれだけの人数に囲まれた状態で、全員無傷な上、馬車にも損害を出さないとは。いったいどんな護衛なんだ」

 盗賊たちが沈黙したのを確認した俺たちは、ゆっくりと馬車を進ませ、おそわれていた馬車の傍までやってくる。
 盗賊を殲滅せんめつした護衛の二人は、その後始末あとしまつのためまだ戻ってきていないようだ。

「やあ、災難だったな。そっちの馬車はドワルゴ国からマイルーンへ向かう予定だったのか? しかし、いい護衛を連れているな。対処の仕方が見事だったよ」

 俺は御者をしている男に声をかける。男は少し驚いた顔をしたが、俺たちが盗賊のたぐいではないと認識すると、大きな息をいてから苦笑いをする。

「ああ、そりゃあ当然だよ。この馬車は盗賊たちを捕まえるために用意された、ダミー商会の馬車だからな」
「ダミー商会の馬車ってことは、おとり捜査をしていたということか。しかし、結構危ない橋だと思うが……」

 俺がため息をつきながら御者の男性と話していると、盗賊たちを一掃いっそうした護衛の二人が戻ってきた。

「おう、こっちは片付いたぞ。思ったよりも歯ごたえがなかったな」

 馬車の陰になって顔は見えないが、聞き覚えのある声に俺は思わずその名を口にだしていた。

「ドドム?」
「ん? 誰だ、俺様の名前を呼ぶ奴は?」

 低く太い声が特徴的な男は、その姿を俺たちの前に現す。
 そこには魔王討伐の際に苦労を共にした、かつての仲間の顔があった。
 低身長ながら浅黒く日に焼けた太い腕。顔には立派なひげを生やした男で、一見して山賊の親分と言われても疑わない容姿だ。

「ひっ!?」

 その姿を見たマリーが思わず小さく悲鳴を上げる。その声を聞いたセイレンが、警戒態勢を取るのが分かった。

「おっと、待つんだ。この男は敵じゃない」


 精霊魔法の準備をするセイレンを手で制した俺は、男に向かって笑いながら再び名を呼んだ。

「やっぱりドドムじゃないか。となるともう一人はまさか……」

 そう言って俺はもう一人の護衛の顔を見る。

「やっぱりウルリさんも一緒だったか。あの洗練せんれんされた魔法を見れば、上級魔導士なのはすぐに分かったからな」
「どこかで聞いた声だと思ったらアルフじゃないか。お前、エンダーラに帰って貴族にしてもらったんじゃなかったのか?」

 ドドムは突然の再会に驚いた顔をして、そんな疑問を口にする。傍に来たウルリも同様の疑問を持っていたようで、頷きながらも俺の答えを聞こうとこちらを見ていた。

「まあ、いろいろとあってな。今は好きな酒を飲む旅をしているってところだ。そんな時にダクトのギルドで『ドワルゴ国では農作物の不作が原因で食料が不足している』と聞いてな。同行している彼女が行商人だから、マイルーンでかき集めた食料品を運んでいる最中だよ。それで……食料、足りていないんだよな?」

 俺たちの馬車がドワルゴ方面に向かっている理由を聞いたドドムは、ため息を吐きながらも肯定したのだった。


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