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3巻
3-3
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こういったやり取りを十回ほど繰り返した頃、俺たちは大きく開かれた空間に辿りついた。
「ここが、ミスリル鉱石の採掘が出来る現場だ。今から俺は作業に入る。邪魔する魔物が出たら排除を頼むぞ」
「ああ、分かった」
ドドムは背負っている鞄から採掘用のピッケルを取りだすと、ジッと岩壁を確認しながらピッケルで軽く叩いて歩く。返ってくる音で材質を判断しているようだ。
コンコンコン。
ドドムの歩みは止まらず、同じような音が坑道内に響き続ける。
そうしてたっぷり三十分ほど確認した時に、ドドムがため息と共に告げる。
「今までならここで見つかったものだが、今日はどこを探してもミスリル鉱石が見当たらねぇ。となると、封鎖する直前に掘っていた穴の先を見てみるしかないな」
坑道内を詳しく知っているドドムが見つけられないのだ。やはりミスリル鉱石は希少な鉱石なのだと再認識させられる。
「そういえばセイレンもまだ戻ってきていないな。この先の坑道は長いのか?」
「まあ、それなりの距離だな。気を付けろよ。もともとはその現場で坑夫が魔物と遭遇したのが始まりだったからな」
ドドムは手にしたピッケルを鞄に入れ込むと、盾を手に目的地へ続く道へと歩き始める。
「――おい。こいつは……」
先頭を歩くドドムが異変に気付き、声を上げる。同時に俺も魔法を唱えていた。
「水球」
「おい。そんな水魔法をこんなところで使ってどうす……」
魔法の意図が理解出来ないドドムが非難めいた言葉を口にしかけたが、途中で周りの変化に驚いて俺を見た。
「こいつは以前、大量の魔素を回収する目的で開発した魔法なんだ。これで少しは気分がよくなっただろう?」
坑道の奥へ進む度に魔素濃度が上がり、不快感が跳ね上がっていたのだ。
「きっとこの先に魔素溜まりに関係するものがあるはずだ。先に向かったセイレンの姿がないのが心配だ。急ごう。この先は一本道か?」
「ああ、そうだ。ここを抜けた先に広めの空間がある」
俺はドドムから情報を聞くと、彼の前に出て魔素を吸収する魔法を使いながら進む。すると、急に視界が開けた。
その空間にある魔石ランタンの光は、魔素が多い空間のためか、他のそれよりも暗く重たい光となってぼんやりと中を照らしていた。
『――ようやく来たか。遅いぞ』
入り口近くの突きだした岩の上で羽を休めるセイレンが、愚痴のように俺を咎める発言をする。もしかすると、魔素の量が多すぎるせいで行動に制限が出ているのかもしれない。
「すぐに魔素の濃度を下げてやるから待ってろ」
俺は空間の真ん中あたりに特大の水球を作りだし、中にある魔素濃度を下げる。するとその瞬間、セイレンが俺に向けて魔法を放ってきた。
「うおっ!? 何をするんだ!」
咄嗟に躱した俺は、セイレンに向かって抗議の声を上げた。が、次の瞬間。俺の後ろの壁が動いたのが分かった。
「岩蝙蝠かよ!」
ここまで来るのに集中力を必要とする特殊な水魔法を使用していたため、探索魔法を展開していなかったのが仇となったようだ。天井に張り付く多数の岩蝙蝠の存在に気付けなかったのだ。
バサバサバサ。
普通の岩蝙蝠単体ではそれほど脅威にはならない。しかし、今回はその数が多い。
そして、一番厄介なのは、魔素溜まりにいたことにより、そのすべてが魔物化している可能性が非常に高いということだ。
「こいつらは炎に弱いが、こんな狭い空間で高威力の炎魔法を使ったら、息苦しくてこっちが倒れてしまう可能性が高い。ならば……」
俺がセイレンの精霊魔法に頼ろうとした瞬間、俺たちの後ろに控えていたウルリが叫んだ。
「皆、目を瞑って下を向いてください!」
ウルリの言葉に俺は咄嗟に後ろに飛びすさり、マリーの顔を俺の胸に押し付けながら、自分は目を瞑る。
カッ――
目を強く閉じていても周りが明るく光るのが分かるほどの輝きを持つ魔法が、空間を埋め尽くす。それは、ほんのコンマ数秒の世界。すぐに暗くなる。
次の瞬間、ドサドサと岩蝙蝠の落ちる音が聞こえた。
「岩蝙蝠は気絶しているだけですので、トドメが必要です!」
ウルリの言葉に俺は通常の光魔法を天井に向けて放ち、一時的に視界を確保する。
そしてすぐに次の魔法を放つ。
「重力圧縮」
炎魔法が選択肢から排除された状態で、地面に落ちた岩蝙蝠を一網打尽に出来る魔法は限られている。俺は迷わずにこの魔法を選択した。
ギギィ。
地面で気絶していた岩蝙蝠たちは、抵抗することなく重力魔法でその羽を潰され、二度と舞い上がることが出来ない状態になった。
「全部片付いたか?」
俺は念のために剣で一羽ずつトドメを刺して回りながら、あたりを確認して皆に声をかける。
「どうやら大丈夫そうだ。しかし、魔素溜まりの原因はなんだったんだ?」
やれやれといった表情で、ドドムがぼやくように言う。
俺はその言葉を受け、先ほどセイレンが攻撃した壁を見て答えた。
「こいつを見てみろ。瓦礫の中に真っ黒な石があるだろう。おそらくこいつが原因だろうな」
俺はその石を前に、万が一を考慮して手で触ることなく鑑定魔法を発動させる。
「こいつは驚いた。この石みたいなものは古代の魔道具らしい」
「なんだと? これが魔道具だというのか?」
「ああ、そうだ。なぜ、こんな地下に埋まっていたのかは不明だが、この魔道具が周りの魔素を吸収しては増やして吐きだす、という役割を果たすことで、魔素が坑道という狭い空間を埋め尽くしていったようだ」
俺は正体が分かった魔道具を拾いあげると、収納魔法へ仕舞い込んだ。
「この魔道具は、使い方ひとつで魔物を作り放題となりえる危険なものだ。この場に放置するわけにはいかないから、しばらくは俺が預かっておくとするよ」
「ああ、問題ない。それよりもこの岩蝙蝠の死骸もどうにかしなきゃな。このままだと坑夫も嫌がって作業を拒否するだろう」
「なら、俺が片付けておくよ」
ドドムのため息交じりの言葉に俺はそう答えると、死骸を収納へ入れていく。
生きていれば収納には入れられないので、確実に死んでいるかの判断にもなって一石二鳥だ。
ほんの数分ほどですべての死骸を片付けた俺は、次に魔素をたっぷり吸い込んだ水球魔法も収納に入れる。
魔法で作ったものを収納魔法に入れる発想はドドムたちにはなかったようで、魔法知識に長けているウルリも目を丸くしたのだった。
――カンカンカン。
魔物の排除が完了したので、ドドムが鉱石の採掘を始める。
その様子を興味深そうに覗き込むマリーを横目に、俺はウルリと話をしていた。
「コーザには美味い地酒はあるのか?」
「お酒ですか? 本当にドドムさんといい、アルフさんといい、どうしてこんなにお酒が好きなのでしょうかね?」
すっぽりと深く被っていたフードを外して、笑みを見せながらウルリが言う。
この調子だとドドムの酒豪ぶりは相変わらずなのだろう。
「食堂で振る舞われるのはエールくらいのものですよ。鉱山の町と呼ばれているだけあって鉱石はごろごろ出てきますけど、食料関係のほとんどは別の地域からの交易で賄っていますから」
「そうか。ならば、ドドムが無事に仕事を終えたら、俺が各地で買った酒を振る舞うとしよう。少し前にヒューマの村でも喜ばれていた酒だ。きっとドドムも喜んでくれるだろう」
「そうですね。でも、仕事よりも先に見せたら駄目ですよ。きっと先に飲ませろと言って駄々をこねるでしょうから」
酒が飲みたいと駄々をこねるドドムを想像すると、確かにウザい場面しか思い浮かばない。
ウルリの忠告どおりに、すべてが終わってから礼として出すことにしようと俺は決めたのだった。
「うおっし。これだけあれば剣の一本や二本、楽に作れるだろう」
俺たちが警戒を続けながらも話していると、ミスリル鉱石の採掘を終えたドドムが、ピッケルと鉱石の入った袋を持って戻ってくる。
「もういいのか?」
「ああ。必要分は採掘出来たからな。明日にも再度内部の調査をして問題なければ、鉱石の採掘を再開させるつもりだ。それさえ出来ればミスリル鉱石も採れだすから、今無理する必要はない」
ドドムはそう言って鉱石の入った袋を肩に掛けて、出口へ向かう。
その顔には、目的の鉱石が採掘出来て満足したことが分かるような笑みが浮かんでいた。
4
坑道を抜け、無事に工房へ戻ったドドムは、すぐにミスリル鉱石の精製に入った。
「おい、少し休んでからにしたらどうだ? 俺もそれほど詳しくはないが、鉱石の精製は時間のかかる大変な作業だったはずだ」
「俺様に休みなんていらないさ。しかし、よく知っているじゃないか。売ることしか考えてない商人の中には、鍛冶職人は武具さえ作れればいいと思っている奴もいるが、本当に重要なのは鉱石の精製作業がちゃんと出来るかどうかだ。いくら剣を打つ技術が高くても、素材が不純物だらけでは碌なものは出来ない。この町の鍛冶師は弟子にまず鉱石の精製から徹底的に教え込む。だからこの町の武具は質が高いんだよ」
魔王討伐の旅の間、俺様気質のドドムとはよく意見の齟齬があったが、こうして鍛冶職人としての姿を見るとその頑固さも大事なものだと納得した。
「いい機会だ。本来ならば弟子にしか見せない作業だが、特別に鉱石の精製作業から見学させてやるよ」
久しぶりのミスリル加工に気分が上がっているのだろう。ドドムは上機嫌で俺を鍛冶場へと誘う。
「本当にいいのか? ドドムの技術を盗んで、俺が鍛冶師の商売敵になるかもしれないぞ?」
「がっはっは。一度や二度見たくらいで盗まれるような技術じゃねぇよ。それにアルフが鍛冶師をやる姿はまったく想像出来ねぇ。まあ、酒の肴にでも出来るようによく見ておくことだ」
ドドムは口角を上げて笑うと、ウルリに声をかける。
「俺とアルフはこれからしばらく工房に籠ることになる。すまないがそっちの彼女はウルリに任せてもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ。こっちは任せていいものを作ってくださいね」
ウルリの返答に満足したドドムは、俺の背中を押すようにして自慢の工房へと入っていったのだった。
◆◆◆
その後、ドドムとアルフが鍛冶場に入るのを見届けたウルリは、傍にいたマリーに声をかける。
「マリーさんといいましたよね? 二人は鍛冶場に行ってしまいましたので、しばらくは出てこないでしょう。折角ですので少しお話でもしませんか?」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ウルリからの誘いに、マリーは緊張した様子を見せながらも頷いた。それを見たウルリは優しい笑みを浮かべながら居間へとマリーを案内した。
「この度は、多くの食料を届けてくださりありがとうございました。おかげでマイルーンとの交易が再開されるまでのつなぎになりました」
ウルリは町の管理者であるドドムの妻として、商品を卸してくれたマリーに再度お礼を言って頭を下げる。
「いえ。今回の件はすべてアルフさんの提案なのです。私は彼の話に同意しただけですので……」
「そうだったかもしれませんが、商人であるマリーさんが一緒であったがために思いついたものだったはずです。その功績を考えると、やはりマリーさんの存在は私たちにとってありがたいものですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
マリーは出された飲み物に口をつけると、笑顔を見せる。
「そういえば、ウルリさんはアルフさんと面識があるのですよね。昔、パーティーを組んでいたと伺っています。もしよかったら、その時のことを教えていただけると嬉しいです。私がアルフさんと出会ったのは数か月前ですので、少しでも彼のことを知りたいのです」
ウルリはアルフから勇者であったことは極力公言しないでほしいと言われていたことを思いだして、言葉を選びながらマリーに話すことにした。
「――そうですね。どこまで彼から聞いているか分かりませんが、一緒に依頼をこなしている時の話でよければ……」
「えっと。先ほど、アルフさんとドドムさんが話していたのが少しだけ聞こえてきたのですけど、お二人もアルフさんと一緒に魔王討伐に向かわれたのですよね?」
「ええと。その話を知っているということは、アルフさんのことも知っていると思っていいのですよね?」
「アルフさんが魔王を倒した勇者だってことですよね? ここに来る前にセイレンの故郷で一緒に問題解決にあたったのですが、その時に初めて知りました」
マリーは傍でコトラと一緒に寝ているセイレンに手をやりながら、そう答える。
「それを知っているのなら話せることもあると思います。そうですね、こんな話はどうですか?」
魔王討伐に同行していた時のことしか知らないウルリは、マリーの言葉に安堵の息を吐いてから思いだすように話してくれた。
「――魔王の住む地――北の大地と呼ばれる区域があるのですけど、その南側にはノーズラルド国とザンザム国が隣接しているんです。土地の位置関係は分かるかしら?」
「はい。前に商人研修を受けた際に教えてもらいました。この大陸にある人族の住む七つの国、エンダーラ、ポンドール、マイルーン、ドワルゴ、ニード、ノーズラルド、ザンザム。そして魔王の根城と呼ばれる北の大地ですね」
「そうです。これはそのザンザム国を旅していた時の話になります」
ウルリは果実水を一口飲むと、懐かしむように話を続ける。
「――その日は一日中、地面から湧きでるように増えるスライムの駆除に追われていました。魔王の住む根城に近づくにつれて魔物の数も増えていたのです」
◆◆◆
「ちっ、数が多すぎる! 四方から来られては自慢の盾も役に立たねぇ。何かいい対処法はないか?」
珍しい魔物・スライムの群れを前に、大盾を取り回しながらドドムさんが叫びました。
いつもならばドドムさんが前線で魔物たちのヘイトを引き受けて、その隙に私が広域魔法で攻撃する必勝パターンで蹴散らしてきましたが、この時はいつもと違っていました。
焦る私にアルフさんは冷静に指示を飛ばしてくれます。
「落ち着け! 多方向からの攻撃が激しい時は、攻撃魔法を捨てて防御魔法に集中するんだ!」
「はい! 魔法防御」
アルフさんの指示に私はすぐさま攻撃魔法の詠唱を中断し、防御魔法の展開を優先させました。
「いいぞ! そのままシューラとヒューマを守ってくれ。ヒューマは向かってくる敵に矢で応戦。ドドムは俺と一緒に敵の司令塔を潰しにいくぞ!」
「おう! 任せておくがいい。うおおおおおっ!」
ドドムさんは防御魔法が発動したのを確認すると、アルフさんと共に前方へと走りだす。
アルフさんは私を守りに専念させることで、私を守る壁の役目だったドドムさんを自由にしたのです。
そして、あらかじめ探索魔法で見つけていた司令塔のマジックスライムを倒しに走りだしたかと思うと、ものの数分で討ち果たしてしまいました。
◆◆◆
「やっぱりアルフさんは強いのですね」
戦いの話を聞いて、マリーは感嘆の声を上げる。
「そうですね。アルフさんの持つ勇者の称号は伊達ではないと思います。でも、そのあとの彼の行動には皆が驚いたんです」
「何をしたんですか?」
「ええ。司令塔を失ったスライムたちは、攻撃する対象を見失ったように右往左往していたのだけど、アルフさんはそのスライムたちに鑑定魔法を使ったんです」
「それで、何が分かったのですか?」
「スライム自体は毒を持っていて、核を潰す際に気を付けないと毒に侵されてしまう危険な生物だと分かりました。それを知った彼は、シューラさんに対してスライムに聖魔法をかけてくれと言いだしたんです」
「え? スライムに……ですか? ……あっ」
ウルリの話を聞いて、マリーはある出来事を思いだす。
「そういえば以前、アルフさんが特別な素材でデザートを作ってくれたことがあったのですけど、その時の素材が確かスライムだったような……」
「えっ? もしかしてマリーさん。アレを食べさせられたんですか?」
ウルリはマリーの言葉を聞いて、話が繋がったことを察して聞いてくる。
「はい。あの時はデザートの素材を当てられたら金貨をくださるということで皆が挑戦したのですけど、誰も当てられませんでした。まあ、素材がスライムだなんて分かるわけがないですよね?」
「ほんとそれです。その時、『食料はいつ枯渇するかもしれないので、食べられるものは確保しておくのが大事だ』と言って、わざわざシューラさんに聖魔法を頼んでまで捕獲していたんです。確かに毒を抜けば食べられるのでしょうけど、わざわざスライムを食べなくてもと思っていましたよ」
驚いてもらおうと思って話した、とっておきの話のオチを知られていたのは残念だったものの、その話を聞いて嬉しそうに笑うマリーを見てウルリは一緒に笑った。
「――ふふふ。今日はアルフさんの話が聞けて嬉しかったです。ありがとうございました」
それからしばらくして、ウルリの話に満足したマリーがそう言ってお礼の言葉を告げる。
「いいんです。ところで、私からも聞いてもいいですか?」
アルフの昔話が終わったタイミングで、今度はウルリが知りたいことをマリーに問いかける。
「何でしょうか?」
「以前も少し伺いましたが、アルフさんと一緒に旅をしている経緯。あとは今後どうするのか……ですかね」
「えっと。私が依頼で護衛を探していた時に手を挙げてくれたのがアルフさんで……」
マリーはアルフと出会った経緯と、これまでのことを掻い摘んで話をする。
「それで、今後は……。まだ、決まっていません。しばらくはこのまま旅をしながら行商の勉強をさせてもらうことになると思いますが、いつまでもとはいかないのも理解しています。その時は……アルフさんと話し合って決めることに……なるかと思います」
「ふふふ。男の人って異性の前では恰好つけたがるでしょう? その気が少しでもあるなら、しっかりと女性から気持ちを伝えてあげると喜ぶものですよ」
そこまでの話を聞き、何かを察した様子のウルリは、そんな風な意味ありげなことを言って微笑むのだった。
◇◇◇
「まずはさっき話したように鉱石の精製作業をする。どうすればいいか分かるか?」
ドドムが採掘してきたミスリルの原石を手に俺――アルフに問いかける。
「本格的に鍛冶を学んだことはないからはっきりとは分からないが、なんとなく、細かく砕いたり熱処理で不純物を取り除いたりするイメージだな」
「ほう、よく知っているじゃないか。大体あってるぞ」
ドドムは鉱石を台座の上に置くと、壁に立てかけてある巨大なハンマーを手にする。
「こいつはミスリル製のハンマーだ。ミスリル鉱石を砕くにはこいつでなければ無理だからな」
ガゴッ。
ドドムはそう言いながら、巨大なハンマーを軽々と振り上げてミスリル鉱石へと振り下ろす。その後、一撃で粉々に砕けた欠片を集めて、特殊な魔道具へと入れていく。
「そいつは何の魔道具だ?」
「こいつは砕いた鉱石の欠片とただの石を選別してくれる魔道具だ。昔はこの選別作業が一番時間のかかる作業だったが、腕のいい魔道具師がギルドの依頼を受けて作ってくれたんだよ。そして、この魔道具は、この町に住む鍛冶師以外は使う権利がない。だから素材から精製する鍛冶師はこの町を拠点として活動するようになる。つまり、町は腕のいい鍛冶師を囲い込むことが出来るってことだ」
採掘してきた鉱石を次々と粉砕しながらそう話すドドムに、俺はよく考えて治めているのだなと感心する。
「これで粉砕は終わりだ。魔道具によって分別された鉱石の欠片は、こっちの特別な鍋に入れて高い火力で一度すべて溶かす。その時に上澄みにある不純物の除去がきちんと出来るかで、素材の純度に差が出るんだ。ここが一流の鍛冶師の腕の見せどころだ」
ジュワッ。
特殊加工された大鍋に鉱石の欠片が入れられ、その下ではガンガンに火が燃え盛る。
その熱さにドドムの額に汗が流れだすのが見える。
「こいつは凄いな。いつもこんな熱気の中で作業しているのか?」
「今日はミスリル鉱石の精製だからな。こいつはいつもよりも高温の火力でなければ溶けないから、暑いのは当たり前だ。鍛冶師をやっている奴が、この程度に音を上げていては一流にはなれんぞ」
ドドムの言うことは理解出来るが、いくらなんでもこれは暑くてたまらない。俺は自らに氷魔法をまとうように付与する。
「これで、幾分マシになった。体感温度で融解を見極めるならともかく、我慢する理由がないなら、優秀な魔道具師に耐熱性の外套でも作ってもらったほうがよくないか?」
「そうか、その考えはなかった。次の鍛冶師ギルドでの会議で議題としてあげておこう」
ドドムにしては素直に俺の意見を聞き入れた。やはり、この暑さは彼としても我慢の限界に近かったのだろう。
「――ふう、これでいい。少し冷ましたら剣を打ってやるからな」
鉱石の精製を終えたドドムは、傍にあった椅子にどかっと座ると、テーブルに準備されていたお茶をコップに注いで喉に流し込む。
「やはりミスリルの加工は別物だな。早く仕事を終えてエールで一杯やりたいものだ」
酒好きのドドムらしい発言に、俺は思わず手元に酒があると言いそうになる。
だが、坑道でウルリから聞いた言葉を思いだして、慌てて口をつぐむ。
酒の話をしたら、ドドムが仕事を放り投げる可能性があると注意されていたのだった。
「そうだな。酒はないが、そのお茶を冷やすことなら出来るぞ」
俺はそう言いながら、ドドムの持っているコップに魔法をかけてお茶を冷やしてやる。
「おお、すまんな。しかし、相変わらずアルフはこういった魔法の制御が上手い。ウルリは魔法そのものを使うのは得意だが、細かい制御が苦手だから、ちょっとした生活魔法は使いづらいと嘆いていたよ。今度そのあたりを教えてやってくれないか?」
「ああ、もちろん。簡単な魔力制御訓練のやり方を教えておくよ」
「ありがとよ。ウルリも喜ぶだろう。さて、そろそろ素材が冷めてきた頃のようだ。ここからが本番だぞ」
ドドムはそう言って手にした茶を飲み干すと、ハンマーを片手に炉の様子を見るために立ち上がった。
「ここが、ミスリル鉱石の採掘が出来る現場だ。今から俺は作業に入る。邪魔する魔物が出たら排除を頼むぞ」
「ああ、分かった」
ドドムは背負っている鞄から採掘用のピッケルを取りだすと、ジッと岩壁を確認しながらピッケルで軽く叩いて歩く。返ってくる音で材質を判断しているようだ。
コンコンコン。
ドドムの歩みは止まらず、同じような音が坑道内に響き続ける。
そうしてたっぷり三十分ほど確認した時に、ドドムがため息と共に告げる。
「今までならここで見つかったものだが、今日はどこを探してもミスリル鉱石が見当たらねぇ。となると、封鎖する直前に掘っていた穴の先を見てみるしかないな」
坑道内を詳しく知っているドドムが見つけられないのだ。やはりミスリル鉱石は希少な鉱石なのだと再認識させられる。
「そういえばセイレンもまだ戻ってきていないな。この先の坑道は長いのか?」
「まあ、それなりの距離だな。気を付けろよ。もともとはその現場で坑夫が魔物と遭遇したのが始まりだったからな」
ドドムは手にしたピッケルを鞄に入れ込むと、盾を手に目的地へ続く道へと歩き始める。
「――おい。こいつは……」
先頭を歩くドドムが異変に気付き、声を上げる。同時に俺も魔法を唱えていた。
「水球」
「おい。そんな水魔法をこんなところで使ってどうす……」
魔法の意図が理解出来ないドドムが非難めいた言葉を口にしかけたが、途中で周りの変化に驚いて俺を見た。
「こいつは以前、大量の魔素を回収する目的で開発した魔法なんだ。これで少しは気分がよくなっただろう?」
坑道の奥へ進む度に魔素濃度が上がり、不快感が跳ね上がっていたのだ。
「きっとこの先に魔素溜まりに関係するものがあるはずだ。先に向かったセイレンの姿がないのが心配だ。急ごう。この先は一本道か?」
「ああ、そうだ。ここを抜けた先に広めの空間がある」
俺はドドムから情報を聞くと、彼の前に出て魔素を吸収する魔法を使いながら進む。すると、急に視界が開けた。
その空間にある魔石ランタンの光は、魔素が多い空間のためか、他のそれよりも暗く重たい光となってぼんやりと中を照らしていた。
『――ようやく来たか。遅いぞ』
入り口近くの突きだした岩の上で羽を休めるセイレンが、愚痴のように俺を咎める発言をする。もしかすると、魔素の量が多すぎるせいで行動に制限が出ているのかもしれない。
「すぐに魔素の濃度を下げてやるから待ってろ」
俺は空間の真ん中あたりに特大の水球を作りだし、中にある魔素濃度を下げる。するとその瞬間、セイレンが俺に向けて魔法を放ってきた。
「うおっ!? 何をするんだ!」
咄嗟に躱した俺は、セイレンに向かって抗議の声を上げた。が、次の瞬間。俺の後ろの壁が動いたのが分かった。
「岩蝙蝠かよ!」
ここまで来るのに集中力を必要とする特殊な水魔法を使用していたため、探索魔法を展開していなかったのが仇となったようだ。天井に張り付く多数の岩蝙蝠の存在に気付けなかったのだ。
バサバサバサ。
普通の岩蝙蝠単体ではそれほど脅威にはならない。しかし、今回はその数が多い。
そして、一番厄介なのは、魔素溜まりにいたことにより、そのすべてが魔物化している可能性が非常に高いということだ。
「こいつらは炎に弱いが、こんな狭い空間で高威力の炎魔法を使ったら、息苦しくてこっちが倒れてしまう可能性が高い。ならば……」
俺がセイレンの精霊魔法に頼ろうとした瞬間、俺たちの後ろに控えていたウルリが叫んだ。
「皆、目を瞑って下を向いてください!」
ウルリの言葉に俺は咄嗟に後ろに飛びすさり、マリーの顔を俺の胸に押し付けながら、自分は目を瞑る。
カッ――
目を強く閉じていても周りが明るく光るのが分かるほどの輝きを持つ魔法が、空間を埋め尽くす。それは、ほんのコンマ数秒の世界。すぐに暗くなる。
次の瞬間、ドサドサと岩蝙蝠の落ちる音が聞こえた。
「岩蝙蝠は気絶しているだけですので、トドメが必要です!」
ウルリの言葉に俺は通常の光魔法を天井に向けて放ち、一時的に視界を確保する。
そしてすぐに次の魔法を放つ。
「重力圧縮」
炎魔法が選択肢から排除された状態で、地面に落ちた岩蝙蝠を一網打尽に出来る魔法は限られている。俺は迷わずにこの魔法を選択した。
ギギィ。
地面で気絶していた岩蝙蝠たちは、抵抗することなく重力魔法でその羽を潰され、二度と舞い上がることが出来ない状態になった。
「全部片付いたか?」
俺は念のために剣で一羽ずつトドメを刺して回りながら、あたりを確認して皆に声をかける。
「どうやら大丈夫そうだ。しかし、魔素溜まりの原因はなんだったんだ?」
やれやれといった表情で、ドドムがぼやくように言う。
俺はその言葉を受け、先ほどセイレンが攻撃した壁を見て答えた。
「こいつを見てみろ。瓦礫の中に真っ黒な石があるだろう。おそらくこいつが原因だろうな」
俺はその石を前に、万が一を考慮して手で触ることなく鑑定魔法を発動させる。
「こいつは驚いた。この石みたいなものは古代の魔道具らしい」
「なんだと? これが魔道具だというのか?」
「ああ、そうだ。なぜ、こんな地下に埋まっていたのかは不明だが、この魔道具が周りの魔素を吸収しては増やして吐きだす、という役割を果たすことで、魔素が坑道という狭い空間を埋め尽くしていったようだ」
俺は正体が分かった魔道具を拾いあげると、収納魔法へ仕舞い込んだ。
「この魔道具は、使い方ひとつで魔物を作り放題となりえる危険なものだ。この場に放置するわけにはいかないから、しばらくは俺が預かっておくとするよ」
「ああ、問題ない。それよりもこの岩蝙蝠の死骸もどうにかしなきゃな。このままだと坑夫も嫌がって作業を拒否するだろう」
「なら、俺が片付けておくよ」
ドドムのため息交じりの言葉に俺はそう答えると、死骸を収納へ入れていく。
生きていれば収納には入れられないので、確実に死んでいるかの判断にもなって一石二鳥だ。
ほんの数分ほどですべての死骸を片付けた俺は、次に魔素をたっぷり吸い込んだ水球魔法も収納に入れる。
魔法で作ったものを収納魔法に入れる発想はドドムたちにはなかったようで、魔法知識に長けているウルリも目を丸くしたのだった。
――カンカンカン。
魔物の排除が完了したので、ドドムが鉱石の採掘を始める。
その様子を興味深そうに覗き込むマリーを横目に、俺はウルリと話をしていた。
「コーザには美味い地酒はあるのか?」
「お酒ですか? 本当にドドムさんといい、アルフさんといい、どうしてこんなにお酒が好きなのでしょうかね?」
すっぽりと深く被っていたフードを外して、笑みを見せながらウルリが言う。
この調子だとドドムの酒豪ぶりは相変わらずなのだろう。
「食堂で振る舞われるのはエールくらいのものですよ。鉱山の町と呼ばれているだけあって鉱石はごろごろ出てきますけど、食料関係のほとんどは別の地域からの交易で賄っていますから」
「そうか。ならば、ドドムが無事に仕事を終えたら、俺が各地で買った酒を振る舞うとしよう。少し前にヒューマの村でも喜ばれていた酒だ。きっとドドムも喜んでくれるだろう」
「そうですね。でも、仕事よりも先に見せたら駄目ですよ。きっと先に飲ませろと言って駄々をこねるでしょうから」
酒が飲みたいと駄々をこねるドドムを想像すると、確かにウザい場面しか思い浮かばない。
ウルリの忠告どおりに、すべてが終わってから礼として出すことにしようと俺は決めたのだった。
「うおっし。これだけあれば剣の一本や二本、楽に作れるだろう」
俺たちが警戒を続けながらも話していると、ミスリル鉱石の採掘を終えたドドムが、ピッケルと鉱石の入った袋を持って戻ってくる。
「もういいのか?」
「ああ。必要分は採掘出来たからな。明日にも再度内部の調査をして問題なければ、鉱石の採掘を再開させるつもりだ。それさえ出来ればミスリル鉱石も採れだすから、今無理する必要はない」
ドドムはそう言って鉱石の入った袋を肩に掛けて、出口へ向かう。
その顔には、目的の鉱石が採掘出来て満足したことが分かるような笑みが浮かんでいた。
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坑道を抜け、無事に工房へ戻ったドドムは、すぐにミスリル鉱石の精製に入った。
「おい、少し休んでからにしたらどうだ? 俺もそれほど詳しくはないが、鉱石の精製は時間のかかる大変な作業だったはずだ」
「俺様に休みなんていらないさ。しかし、よく知っているじゃないか。売ることしか考えてない商人の中には、鍛冶職人は武具さえ作れればいいと思っている奴もいるが、本当に重要なのは鉱石の精製作業がちゃんと出来るかどうかだ。いくら剣を打つ技術が高くても、素材が不純物だらけでは碌なものは出来ない。この町の鍛冶師は弟子にまず鉱石の精製から徹底的に教え込む。だからこの町の武具は質が高いんだよ」
魔王討伐の旅の間、俺様気質のドドムとはよく意見の齟齬があったが、こうして鍛冶職人としての姿を見るとその頑固さも大事なものだと納得した。
「いい機会だ。本来ならば弟子にしか見せない作業だが、特別に鉱石の精製作業から見学させてやるよ」
久しぶりのミスリル加工に気分が上がっているのだろう。ドドムは上機嫌で俺を鍛冶場へと誘う。
「本当にいいのか? ドドムの技術を盗んで、俺が鍛冶師の商売敵になるかもしれないぞ?」
「がっはっは。一度や二度見たくらいで盗まれるような技術じゃねぇよ。それにアルフが鍛冶師をやる姿はまったく想像出来ねぇ。まあ、酒の肴にでも出来るようによく見ておくことだ」
ドドムは口角を上げて笑うと、ウルリに声をかける。
「俺とアルフはこれからしばらく工房に籠ることになる。すまないがそっちの彼女はウルリに任せてもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ。こっちは任せていいものを作ってくださいね」
ウルリの返答に満足したドドムは、俺の背中を押すようにして自慢の工房へと入っていったのだった。
◆◆◆
その後、ドドムとアルフが鍛冶場に入るのを見届けたウルリは、傍にいたマリーに声をかける。
「マリーさんといいましたよね? 二人は鍛冶場に行ってしまいましたので、しばらくは出てこないでしょう。折角ですので少しお話でもしませんか?」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
ウルリからの誘いに、マリーは緊張した様子を見せながらも頷いた。それを見たウルリは優しい笑みを浮かべながら居間へとマリーを案内した。
「この度は、多くの食料を届けてくださりありがとうございました。おかげでマイルーンとの交易が再開されるまでのつなぎになりました」
ウルリは町の管理者であるドドムの妻として、商品を卸してくれたマリーに再度お礼を言って頭を下げる。
「いえ。今回の件はすべてアルフさんの提案なのです。私は彼の話に同意しただけですので……」
「そうだったかもしれませんが、商人であるマリーさんが一緒であったがために思いついたものだったはずです。その功績を考えると、やはりマリーさんの存在は私たちにとってありがたいものですよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
マリーは出された飲み物に口をつけると、笑顔を見せる。
「そういえば、ウルリさんはアルフさんと面識があるのですよね。昔、パーティーを組んでいたと伺っています。もしよかったら、その時のことを教えていただけると嬉しいです。私がアルフさんと出会ったのは数か月前ですので、少しでも彼のことを知りたいのです」
ウルリはアルフから勇者であったことは極力公言しないでほしいと言われていたことを思いだして、言葉を選びながらマリーに話すことにした。
「――そうですね。どこまで彼から聞いているか分かりませんが、一緒に依頼をこなしている時の話でよければ……」
「えっと。先ほど、アルフさんとドドムさんが話していたのが少しだけ聞こえてきたのですけど、お二人もアルフさんと一緒に魔王討伐に向かわれたのですよね?」
「ええと。その話を知っているということは、アルフさんのことも知っていると思っていいのですよね?」
「アルフさんが魔王を倒した勇者だってことですよね? ここに来る前にセイレンの故郷で一緒に問題解決にあたったのですが、その時に初めて知りました」
マリーは傍でコトラと一緒に寝ているセイレンに手をやりながら、そう答える。
「それを知っているのなら話せることもあると思います。そうですね、こんな話はどうですか?」
魔王討伐に同行していた時のことしか知らないウルリは、マリーの言葉に安堵の息を吐いてから思いだすように話してくれた。
「――魔王の住む地――北の大地と呼ばれる区域があるのですけど、その南側にはノーズラルド国とザンザム国が隣接しているんです。土地の位置関係は分かるかしら?」
「はい。前に商人研修を受けた際に教えてもらいました。この大陸にある人族の住む七つの国、エンダーラ、ポンドール、マイルーン、ドワルゴ、ニード、ノーズラルド、ザンザム。そして魔王の根城と呼ばれる北の大地ですね」
「そうです。これはそのザンザム国を旅していた時の話になります」
ウルリは果実水を一口飲むと、懐かしむように話を続ける。
「――その日は一日中、地面から湧きでるように増えるスライムの駆除に追われていました。魔王の住む根城に近づくにつれて魔物の数も増えていたのです」
◆◆◆
「ちっ、数が多すぎる! 四方から来られては自慢の盾も役に立たねぇ。何かいい対処法はないか?」
珍しい魔物・スライムの群れを前に、大盾を取り回しながらドドムさんが叫びました。
いつもならばドドムさんが前線で魔物たちのヘイトを引き受けて、その隙に私が広域魔法で攻撃する必勝パターンで蹴散らしてきましたが、この時はいつもと違っていました。
焦る私にアルフさんは冷静に指示を飛ばしてくれます。
「落ち着け! 多方向からの攻撃が激しい時は、攻撃魔法を捨てて防御魔法に集中するんだ!」
「はい! 魔法防御」
アルフさんの指示に私はすぐさま攻撃魔法の詠唱を中断し、防御魔法の展開を優先させました。
「いいぞ! そのままシューラとヒューマを守ってくれ。ヒューマは向かってくる敵に矢で応戦。ドドムは俺と一緒に敵の司令塔を潰しにいくぞ!」
「おう! 任せておくがいい。うおおおおおっ!」
ドドムさんは防御魔法が発動したのを確認すると、アルフさんと共に前方へと走りだす。
アルフさんは私を守りに専念させることで、私を守る壁の役目だったドドムさんを自由にしたのです。
そして、あらかじめ探索魔法で見つけていた司令塔のマジックスライムを倒しに走りだしたかと思うと、ものの数分で討ち果たしてしまいました。
◆◆◆
「やっぱりアルフさんは強いのですね」
戦いの話を聞いて、マリーは感嘆の声を上げる。
「そうですね。アルフさんの持つ勇者の称号は伊達ではないと思います。でも、そのあとの彼の行動には皆が驚いたんです」
「何をしたんですか?」
「ええ。司令塔を失ったスライムたちは、攻撃する対象を見失ったように右往左往していたのだけど、アルフさんはそのスライムたちに鑑定魔法を使ったんです」
「それで、何が分かったのですか?」
「スライム自体は毒を持っていて、核を潰す際に気を付けないと毒に侵されてしまう危険な生物だと分かりました。それを知った彼は、シューラさんに対してスライムに聖魔法をかけてくれと言いだしたんです」
「え? スライムに……ですか? ……あっ」
ウルリの話を聞いて、マリーはある出来事を思いだす。
「そういえば以前、アルフさんが特別な素材でデザートを作ってくれたことがあったのですけど、その時の素材が確かスライムだったような……」
「えっ? もしかしてマリーさん。アレを食べさせられたんですか?」
ウルリはマリーの言葉を聞いて、話が繋がったことを察して聞いてくる。
「はい。あの時はデザートの素材を当てられたら金貨をくださるということで皆が挑戦したのですけど、誰も当てられませんでした。まあ、素材がスライムだなんて分かるわけがないですよね?」
「ほんとそれです。その時、『食料はいつ枯渇するかもしれないので、食べられるものは確保しておくのが大事だ』と言って、わざわざシューラさんに聖魔法を頼んでまで捕獲していたんです。確かに毒を抜けば食べられるのでしょうけど、わざわざスライムを食べなくてもと思っていましたよ」
驚いてもらおうと思って話した、とっておきの話のオチを知られていたのは残念だったものの、その話を聞いて嬉しそうに笑うマリーを見てウルリは一緒に笑った。
「――ふふふ。今日はアルフさんの話が聞けて嬉しかったです。ありがとうございました」
それからしばらくして、ウルリの話に満足したマリーがそう言ってお礼の言葉を告げる。
「いいんです。ところで、私からも聞いてもいいですか?」
アルフの昔話が終わったタイミングで、今度はウルリが知りたいことをマリーに問いかける。
「何でしょうか?」
「以前も少し伺いましたが、アルフさんと一緒に旅をしている経緯。あとは今後どうするのか……ですかね」
「えっと。私が依頼で護衛を探していた時に手を挙げてくれたのがアルフさんで……」
マリーはアルフと出会った経緯と、これまでのことを掻い摘んで話をする。
「それで、今後は……。まだ、決まっていません。しばらくはこのまま旅をしながら行商の勉強をさせてもらうことになると思いますが、いつまでもとはいかないのも理解しています。その時は……アルフさんと話し合って決めることに……なるかと思います」
「ふふふ。男の人って異性の前では恰好つけたがるでしょう? その気が少しでもあるなら、しっかりと女性から気持ちを伝えてあげると喜ぶものですよ」
そこまでの話を聞き、何かを察した様子のウルリは、そんな風な意味ありげなことを言って微笑むのだった。
◇◇◇
「まずはさっき話したように鉱石の精製作業をする。どうすればいいか分かるか?」
ドドムが採掘してきたミスリルの原石を手に俺――アルフに問いかける。
「本格的に鍛冶を学んだことはないからはっきりとは分からないが、なんとなく、細かく砕いたり熱処理で不純物を取り除いたりするイメージだな」
「ほう、よく知っているじゃないか。大体あってるぞ」
ドドムは鉱石を台座の上に置くと、壁に立てかけてある巨大なハンマーを手にする。
「こいつはミスリル製のハンマーだ。ミスリル鉱石を砕くにはこいつでなければ無理だからな」
ガゴッ。
ドドムはそう言いながら、巨大なハンマーを軽々と振り上げてミスリル鉱石へと振り下ろす。その後、一撃で粉々に砕けた欠片を集めて、特殊な魔道具へと入れていく。
「そいつは何の魔道具だ?」
「こいつは砕いた鉱石の欠片とただの石を選別してくれる魔道具だ。昔はこの選別作業が一番時間のかかる作業だったが、腕のいい魔道具師がギルドの依頼を受けて作ってくれたんだよ。そして、この魔道具は、この町に住む鍛冶師以外は使う権利がない。だから素材から精製する鍛冶師はこの町を拠点として活動するようになる。つまり、町は腕のいい鍛冶師を囲い込むことが出来るってことだ」
採掘してきた鉱石を次々と粉砕しながらそう話すドドムに、俺はよく考えて治めているのだなと感心する。
「これで粉砕は終わりだ。魔道具によって分別された鉱石の欠片は、こっちの特別な鍋に入れて高い火力で一度すべて溶かす。その時に上澄みにある不純物の除去がきちんと出来るかで、素材の純度に差が出るんだ。ここが一流の鍛冶師の腕の見せどころだ」
ジュワッ。
特殊加工された大鍋に鉱石の欠片が入れられ、その下ではガンガンに火が燃え盛る。
その熱さにドドムの額に汗が流れだすのが見える。
「こいつは凄いな。いつもこんな熱気の中で作業しているのか?」
「今日はミスリル鉱石の精製だからな。こいつはいつもよりも高温の火力でなければ溶けないから、暑いのは当たり前だ。鍛冶師をやっている奴が、この程度に音を上げていては一流にはなれんぞ」
ドドムの言うことは理解出来るが、いくらなんでもこれは暑くてたまらない。俺は自らに氷魔法をまとうように付与する。
「これで、幾分マシになった。体感温度で融解を見極めるならともかく、我慢する理由がないなら、優秀な魔道具師に耐熱性の外套でも作ってもらったほうがよくないか?」
「そうか、その考えはなかった。次の鍛冶師ギルドでの会議で議題としてあげておこう」
ドドムにしては素直に俺の意見を聞き入れた。やはり、この暑さは彼としても我慢の限界に近かったのだろう。
「――ふう、これでいい。少し冷ましたら剣を打ってやるからな」
鉱石の精製を終えたドドムは、傍にあった椅子にどかっと座ると、テーブルに準備されていたお茶をコップに注いで喉に流し込む。
「やはりミスリルの加工は別物だな。早く仕事を終えてエールで一杯やりたいものだ」
酒好きのドドムらしい発言に、俺は思わず手元に酒があると言いそうになる。
だが、坑道でウルリから聞いた言葉を思いだして、慌てて口をつぐむ。
酒の話をしたら、ドドムが仕事を放り投げる可能性があると注意されていたのだった。
「そうだな。酒はないが、そのお茶を冷やすことなら出来るぞ」
俺はそう言いながら、ドドムの持っているコップに魔法をかけてお茶を冷やしてやる。
「おお、すまんな。しかし、相変わらずアルフはこういった魔法の制御が上手い。ウルリは魔法そのものを使うのは得意だが、細かい制御が苦手だから、ちょっとした生活魔法は使いづらいと嘆いていたよ。今度そのあたりを教えてやってくれないか?」
「ああ、もちろん。簡単な魔力制御訓練のやり方を教えておくよ」
「ありがとよ。ウルリも喜ぶだろう。さて、そろそろ素材が冷めてきた頃のようだ。ここからが本番だぞ」
ドドムはそう言って手にした茶を飲み干すと、ハンマーを片手に炉の様子を見るために立ち上がった。
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