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追加エピソード
Episode1 雪の降る街
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書籍三巻後のお話です。
各地を巡る旅を続ける二人でしたが、偶然冬の始めにノーズラルド国を訪れて昔の思い出を語り合う。
そこでマリーが「本物の雪を見てみたい」と言っていたのを思い出したアルフはどうにかそれを叶えてやりたいと考える。
だが、エンダーラ王国へ向かう山岳ルートへ向かうのは断念したが、もしかするとノーズラルド首都でも雪が見れるかもしれないとの情報を得て暫く滞在することになった。
そんなお話です。
二人のほのぼのとした空気をお楽しみください。
◇◇◇
――今年もそろそろ冬がやって来る。どこかの国に店舗を構える者と違い、行商を通じて世界中を旅する俺たちはある選択をする季節となる。
「マリー。今年の冬もマイルーンへ戻るのか?」
「そうですね。春に出発してから今年も戻っていませんから。リリエル叔母さんのお店も手伝いたいですから多分そうなると思います」
マリーと本格的に行商を始めて五年。俺たちは今、最北に位置するザンザム国に来ている。本格的な冬が来る前に北の地へギルドに依頼された物資の輸送を済ませるためだ。
「この後はノーズラルドのギルドに荷を下ろしてからマイルーンに向かうことになると思います」
「リリエル叔母さんに何かお土産を買って帰るかい?」
「そうですね。食堂で使う食材は既に確保していますし、市場で気にいるものがあればといったところですね」
マリーはそう言って俺に微笑みかける。毎年、無事に顔を見せるのが一番の土産なのかもしれない。
「じゃあ、出発しますね」
マリーはそう言うと馬車をゆっくりと走らせ始める。荷車の中ではコトラが丸まって寝ている姿が、特に危険がないと判断してかその隣にはセイレンが一緒になって目を閉じていた。
「すっかり仲良しになりましたね」
「まあ、五年も毎日顔を併せてればな。食事の時だけは相変わらずだけど」
「ふふふ。そうですね」
魔王の根源を封印してから魔族はおろか魔獣さえも見かけることが無くなり、主に野盗にだけ注意をすれば比較的安全に旅をすることが出来るようになった。あの時、騒ぎの中心だった『闇夜の宴』盗賊団は大陸協定を元に各国が討伐団を編成したことにより壊滅に追い込むことが出来ていたのだ。
「こんなにのんびりとした旅が出来るようになるとはあの時は思ってなかったです」
青い空を見上げながらマリーが隣に座る俺に言う。その時、冬の気配を感じる冷たい風が横切った。
「今年は思ったよりも早く冬が来るのかもしれないな」
俺はそう呟くと収納魔法から外套を取り出してマリーの肩に掛けてあげながらふと昔のことを思い出していた。
「――ここで雪を見ることが出来るのですか? いつか本物の雪を見てみたいですね」
「ノーズラルドからエンダーラに向かう山岳ルートにある村に一か月ほど滞在すれば嫌というくらい体験出来そうだがな」
以前、ノーズラルドを訪れた際にマリーと話したことだ。結局、その時から一度も冬にノーズラルドへ訪れる機会がなくその希望は叶えてやれていなかった。
「今年は少しばかり早く冬が来るみたいだから今から向かえば丁度いいかもしれないぞ?」
「うーん。二、三日程度なら問題ないですけど、一か月も移動できないと少し困りますね。リリエル叔母さんにも連絡しないといけないですし」
雪に興味はあるけれど、やるべき仕事が優先だと告げるマリーを見て思案をする。
「雪が積もる時期までの滞在は難しいかもしれないが、ノーズラルドの首都でも初雪が見られるかもしれない。ギルドで話を聞いて可能性があるなら少し長い休みをとるのも良いかもしれない」
「そう……ですね。この時期にノーズラルドに来たのも何かの縁かもしれません。アルフさんがそれで良いならお願いします」
マリーは少し考えるそぶりも見せたが直ぐに頷いて俺の案を肯定してくれた。やはり雪には興味があるのだろう、答えた時の表情はどこか嬉しそうに見えた。
◇◇◇
――からんからん
無事にノーズラルド首都に辿り着いた俺たちはギルドに予定の商品を卸すと案内カウンターへ足を運ぶ。
「すまないが、聞いていいか?」
「どのようなことでしょうか?」
「今年の雪はいつ頃から降るものなのかを知りたいのだが、分かるものなのか?」
「雪ですか? もしかしてこれからエンダーラ王国方面の山岳ルートを通る予定なのでしょうか?」
ノーズラルドのギルドで商人が雪の話を聞けば山岳ルートを通る予定だと判断するのは普通のことで特に深い意味はない。俺は特に隠す必要もないと考え、素直に質問に答えた。
「いや、山岳ルートを越えて行くつもりはない。ただ、この寒さだ。もしかすると雪が見られるのではないかと思ってな」
「ああ、そういうことでしたか。確かに他の地域では雪を見ることはほとんどありませんので見たことがない人も多く、わざわざ遠方から雪を見に来る人も居るくらいですからね」
受付嬢の言葉を聞いて俺たちみたいな人が他にも居ることに自然と笑みが零れる。
「そうですね。天気に詳しい者に聞いて来ますので少しお待ちくださいね」
受付嬢は俺たちの様子を見て本来のギルド仕事とは違う案件にも関わらず、そう告げると会釈をしてから奥の部屋に消えた。
「――お待たせしました」
受付嬢が奥の部屋に消えてから十分も経たないうちに受付に戻って来ると聞いて来たことを教えてくれる。
「お二人は大変運が良いようですね。早ければ明日の夜には初雪が見られるかもしれないそうです」
「明日の夜か。急に冷え込んできたとは思っていたが、そんなに早く見るチャンスが来るとは思わなかったよ」
「それに伴いエンダーラ方面の山岳ルートは明日から閉鎖が決まったようです。まあ、お二人はエンダーラ方面に向かう予定ではないと伺っていますので問題はないでしょうけど」
「ああ、そうだな。情報をありがとう」
受付嬢の言葉に俺は頷き、礼を言うとマリーと共にギルドを出る。受付嬢はそう言ったが実際に降るかは明日になってみなければ分からない。まずは宿の確保をするべきだろう。
「彼女はああ言っていたが、実際に雪が降るかは明日にならなければ分からない。仮に明日の夜に振らなくても数日間はゆっくりと休むのもいいだろう」
俺はマリーにそう伝えると行きつけ宿のドアを叩く。
「いらっしゃいませ。あら、グランさんとマリーさんじゃないですか。半年ぶりかしら」
宿屋の女主人が俺たちふたりの顔を見ると笑顔で迎え入れてくれる。
「お久しぶりです。エディアさん」
彼女の顔を見てマリーが挨拶を返すとエディアは満面の笑みを見せてくれる。
「今日はギルドに品卸かい? ノーズラルドにはいつまで滞在するつもりかい?」
マリーが答えを返す前に次々と質問が飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに早くは答えられないですから」
商売の口は上手くなっても弾丸質問にはまだ慣れないマリーが慌ててそう告げた。そんなマリーに俺は助け舟を出すことに。
「今回は旅の疲れを癒すために少しだけゆっくりしようと思っている。ギルドで聞いたんだが、明日あたりから雪が降るかもしれないそうだな。雪なんてこの時期にこの地方でしか拝めない貴重な体験だ。せっかくだからマリーに見せてやりたいと思ったんだよ」
「そう。それは丁度いいタイミングね。マリーさんはこの街の外壁が茶色の理由は知っている?」
「あ、はい。前にアルフさんから聞いたことがありますので。雪が積もっても遠くから町が見えるようにってことでしたよね?」
「ええ、そうよ。だけど外壁が完成してから今までこの街が白く染まったことは一度もないの」
「それも聞きました。でも、当時の領主様は領民が遭難しないようにと考えて作られたのですよね? それだけ領民を大切に考えていた証拠でしょう」
マリーはエディアの話に耳を傾けながら前に俺が話したことを思い出すように頷く。
「積もる話もあるけれど先ずはお風呂に入って身体を温めてらっしゃい。食事はお任せでいいわね?」
「ああ、よろしく頼むよ。マリー、先にお風呂へ入ってから食事をいただくとしよう」
「はい」
俺たちはエディアが食事の準備をしてくれている間にお風呂を堪能し、改めて食堂へと集まった。
「はいよ。前に来てくれた時にまた食べたいと言ってくれていた食事を準備しといたわよ」
テーブルにつくと寒いノーズラルド地域特有の煮込みスープが湯気をたてていた。その横には大きなジョッキに並々と注がれたエールが置かれており、マリーの席には果実水が添えられていた。
「覚えていてくれたんだな」
俺はエディアに礼を言うとエールを一口流し込む。その横では喉が渇いていた様子のマリーも果実水を口に運んでいた。
「美味い! やはり風呂上りのエールは最高だな」
俺はそう言って満面の笑みを見せる。
「ほらほら、酒ばかり飲んでいないで料理も食べなさいよ」
エディアは俺たちが楽しそうにしているのを見て気を良くしたようで食事も勧めてくる。彼女の料理が美味いのは前回で知っていたので安心して料理にも手をつけた。
「相変わらず料理の味もいいな」
「本当ですね。私もあれから料理の勉強をしたのですが、なかなか満足いくものはつくれませんね」
「そんなことはないぞ。マリーの料理の腕は確実に上がっている。自信を持っていいぞ」
俺は本心でそう言い切る。その言葉にマリーが果実水の入ったカップを両手で持ちながら少し照れた様子を見せた。
「はいはい。いちゃつくのは部屋に行ってからにしとくれ。目の毒だよ」
エディアは俺たちをからかうように笑いながら言うが、悪意がないのは知っているので俺たちも笑顔を返したのだった。
「――凄く美味しかったです。ごちそうさまでした」
いくつかの料理を堪能した俺たちは部屋に戻ることにする。席を立つ時にちょうどエディアの姿があったのでマリーが礼を言って軽く頭を下げた。
「どういたしまして、口に合って良かったよ。それより外を見てみな、雪が降り始めたようだよ」
食事と会話に集中していたので全く気が付かなかったが、外に目を向けると確かに白いものが降り注いでいるのが見えた。
「マリー、外に出てみるか?」
「は、はい」
俺はマリーの返事を聞いて収納から暖かい外套を取り出して彼女の肩に掛ける。
「ありがとうございます」
俺は礼を言うマリーの手を取ると宿の扉をゆっくりと押し開いたのだった。
「これが雪なのですね。本で読んだとおり真っ白です」
ノーズラルド地方でも平地に降る雪としては珍しく牡丹雪となっている。
「珍しいな。山頂付近ならともかく平地の首都付近で牡丹雪が降るなんて数十年に一度くらいじゃないか?」
「そうなのですか? 初めて見たので違いがわかりませんけど」
「この雪が降る時は積もることが多い雪さね。私がこの地に嫁に来てから二十年になるけど初めてのことだよ」
俺が言葉を続ける前にいつの間にか後ろに居たエディアが俺の言葉を代弁してくれた。
「さあさあ、そろそろ中に入るんだね。風呂あがりにこんな寒いところに立っていたら風邪をひいちまうよ。客に風邪をひかせたなんて言われたくないから中で温かい紅茶でも飲んで休みなさい」
初めて見る雪に目を奪われていたマリーにエディアは優しく声をかけて宿の中へと案内し、温かい紅茶を淹れてくれた。そんな彼女の気遣いに感謝しながら俺たちは温かいベッドで一夜を明かしたのだった。
◇◇◇
次の日の朝、俺が目覚めると一階の食堂からエディアの元気な声が聞こえる。
「ほらほら、二人とも起きて外を見てみるさ」
追い立てられるように起こされた俺はマリーに声をかけてから一緒に一階へと降りる。
「やっと起きて来たね。外を見てみな、こんな風景は数十年に一度の奇跡だよ」
俺はエディアの言葉にまさかと思い、食堂にある大きなガラス窓から外を眺めた。
「――すごい……。真っ白な世界」
俺が感想を口にするより早くマリーが感激の声を漏らす。その視線は真っ白に変わった街の様子をじっと見つめていた。
「まさかノーズラルドの首都で積もった雪が見られるとは思わなかった。マリー、せっかくだから外にも出てみよう」
俺は収納から外套を取り出してマリーに掛けてあげながら外へと誘う。マリーはそれに頷くと俺より先に宿のドアを開く。次の瞬間、極寒の風が吹き思わず身震いをして直ぐにドアを閉めた。
「ちょっと外に出る前に耐寒魔法を付与するとしよう」
俺はマリーにそう言うと魔法を発動させる。
「温感付与。これで大丈夫だろう」
俺はマリーの手をひいて素早く外へと歩き出す。外の世界は窓から見た一部の街ではなく視界全体に降り積もる雪が飛び込んできた。振りゆく雪に手を伸ばすマリーだったが手にした雪を見て俺に疑問を投げかけた。
「雪って冷たいものじゃなかったかな?」
マリーの言葉を聞いて俺は「ああ」と呟いた。寒くないようにと耐寒魔法をかけたせいで雪の冷たさも遮断してしまっていたのだ。
「せっかく雪を楽しもうとしていたのに失敗だったな。寒いと思うけど魔法を解除するよ」
俺はそうマリーに告げると魔法を解除した。
「冷たいです。でも、凄く綺麗です」
俺が魔法を解除したタイミングで降り続いていた雪が止まり、輝く朝日が顔を出した。その光は降り積もった雪に反射してきらきらと輝き始めたのだ。
「私、この景色を一生忘れません。これから先も多くの地域を巡るでしょうが、あなたと見る世界はいつもきらきらと輝いています。私、本当にあなたと一緒になれて幸せです」
優しく微笑みながらそう告げるマリーに俺は照れながらも言葉を返す。
「俺も同じ気持ちだ」
二人を優しく照らす柔らかな朝日を浴びながら俺とマリーは肩を寄せ合ったまま銀世界を眺めていた。
各地を巡る旅を続ける二人でしたが、偶然冬の始めにノーズラルド国を訪れて昔の思い出を語り合う。
そこでマリーが「本物の雪を見てみたい」と言っていたのを思い出したアルフはどうにかそれを叶えてやりたいと考える。
だが、エンダーラ王国へ向かう山岳ルートへ向かうのは断念したが、もしかするとノーズラルド首都でも雪が見れるかもしれないとの情報を得て暫く滞在することになった。
そんなお話です。
二人のほのぼのとした空気をお楽しみください。
◇◇◇
――今年もそろそろ冬がやって来る。どこかの国に店舗を構える者と違い、行商を通じて世界中を旅する俺たちはある選択をする季節となる。
「マリー。今年の冬もマイルーンへ戻るのか?」
「そうですね。春に出発してから今年も戻っていませんから。リリエル叔母さんのお店も手伝いたいですから多分そうなると思います」
マリーと本格的に行商を始めて五年。俺たちは今、最北に位置するザンザム国に来ている。本格的な冬が来る前に北の地へギルドに依頼された物資の輸送を済ませるためだ。
「この後はノーズラルドのギルドに荷を下ろしてからマイルーンに向かうことになると思います」
「リリエル叔母さんに何かお土産を買って帰るかい?」
「そうですね。食堂で使う食材は既に確保していますし、市場で気にいるものがあればといったところですね」
マリーはそう言って俺に微笑みかける。毎年、無事に顔を見せるのが一番の土産なのかもしれない。
「じゃあ、出発しますね」
マリーはそう言うと馬車をゆっくりと走らせ始める。荷車の中ではコトラが丸まって寝ている姿が、特に危険がないと判断してかその隣にはセイレンが一緒になって目を閉じていた。
「すっかり仲良しになりましたね」
「まあ、五年も毎日顔を併せてればな。食事の時だけは相変わらずだけど」
「ふふふ。そうですね」
魔王の根源を封印してから魔族はおろか魔獣さえも見かけることが無くなり、主に野盗にだけ注意をすれば比較的安全に旅をすることが出来るようになった。あの時、騒ぎの中心だった『闇夜の宴』盗賊団は大陸協定を元に各国が討伐団を編成したことにより壊滅に追い込むことが出来ていたのだ。
「こんなにのんびりとした旅が出来るようになるとはあの時は思ってなかったです」
青い空を見上げながらマリーが隣に座る俺に言う。その時、冬の気配を感じる冷たい風が横切った。
「今年は思ったよりも早く冬が来るのかもしれないな」
俺はそう呟くと収納魔法から外套を取り出してマリーの肩に掛けてあげながらふと昔のことを思い出していた。
「――ここで雪を見ることが出来るのですか? いつか本物の雪を見てみたいですね」
「ノーズラルドからエンダーラに向かう山岳ルートにある村に一か月ほど滞在すれば嫌というくらい体験出来そうだがな」
以前、ノーズラルドを訪れた際にマリーと話したことだ。結局、その時から一度も冬にノーズラルドへ訪れる機会がなくその希望は叶えてやれていなかった。
「今年は少しばかり早く冬が来るみたいだから今から向かえば丁度いいかもしれないぞ?」
「うーん。二、三日程度なら問題ないですけど、一か月も移動できないと少し困りますね。リリエル叔母さんにも連絡しないといけないですし」
雪に興味はあるけれど、やるべき仕事が優先だと告げるマリーを見て思案をする。
「雪が積もる時期までの滞在は難しいかもしれないが、ノーズラルドの首都でも初雪が見られるかもしれない。ギルドで話を聞いて可能性があるなら少し長い休みをとるのも良いかもしれない」
「そう……ですね。この時期にノーズラルドに来たのも何かの縁かもしれません。アルフさんがそれで良いならお願いします」
マリーは少し考えるそぶりも見せたが直ぐに頷いて俺の案を肯定してくれた。やはり雪には興味があるのだろう、答えた時の表情はどこか嬉しそうに見えた。
◇◇◇
――からんからん
無事にノーズラルド首都に辿り着いた俺たちはギルドに予定の商品を卸すと案内カウンターへ足を運ぶ。
「すまないが、聞いていいか?」
「どのようなことでしょうか?」
「今年の雪はいつ頃から降るものなのかを知りたいのだが、分かるものなのか?」
「雪ですか? もしかしてこれからエンダーラ王国方面の山岳ルートを通る予定なのでしょうか?」
ノーズラルドのギルドで商人が雪の話を聞けば山岳ルートを通る予定だと判断するのは普通のことで特に深い意味はない。俺は特に隠す必要もないと考え、素直に質問に答えた。
「いや、山岳ルートを越えて行くつもりはない。ただ、この寒さだ。もしかすると雪が見られるのではないかと思ってな」
「ああ、そういうことでしたか。確かに他の地域では雪を見ることはほとんどありませんので見たことがない人も多く、わざわざ遠方から雪を見に来る人も居るくらいですからね」
受付嬢の言葉を聞いて俺たちみたいな人が他にも居ることに自然と笑みが零れる。
「そうですね。天気に詳しい者に聞いて来ますので少しお待ちくださいね」
受付嬢は俺たちの様子を見て本来のギルド仕事とは違う案件にも関わらず、そう告げると会釈をしてから奥の部屋に消えた。
「――お待たせしました」
受付嬢が奥の部屋に消えてから十分も経たないうちに受付に戻って来ると聞いて来たことを教えてくれる。
「お二人は大変運が良いようですね。早ければ明日の夜には初雪が見られるかもしれないそうです」
「明日の夜か。急に冷え込んできたとは思っていたが、そんなに早く見るチャンスが来るとは思わなかったよ」
「それに伴いエンダーラ方面の山岳ルートは明日から閉鎖が決まったようです。まあ、お二人はエンダーラ方面に向かう予定ではないと伺っていますので問題はないでしょうけど」
「ああ、そうだな。情報をありがとう」
受付嬢の言葉に俺は頷き、礼を言うとマリーと共にギルドを出る。受付嬢はそう言ったが実際に降るかは明日になってみなければ分からない。まずは宿の確保をするべきだろう。
「彼女はああ言っていたが、実際に雪が降るかは明日にならなければ分からない。仮に明日の夜に振らなくても数日間はゆっくりと休むのもいいだろう」
俺はマリーにそう伝えると行きつけ宿のドアを叩く。
「いらっしゃいませ。あら、グランさんとマリーさんじゃないですか。半年ぶりかしら」
宿屋の女主人が俺たちふたりの顔を見ると笑顔で迎え入れてくれる。
「お久しぶりです。エディアさん」
彼女の顔を見てマリーが挨拶を返すとエディアは満面の笑みを見せてくれる。
「今日はギルドに品卸かい? ノーズラルドにはいつまで滞在するつもりかい?」
マリーが答えを返す前に次々と質問が飛んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに早くは答えられないですから」
商売の口は上手くなっても弾丸質問にはまだ慣れないマリーが慌ててそう告げた。そんなマリーに俺は助け舟を出すことに。
「今回は旅の疲れを癒すために少しだけゆっくりしようと思っている。ギルドで聞いたんだが、明日あたりから雪が降るかもしれないそうだな。雪なんてこの時期にこの地方でしか拝めない貴重な体験だ。せっかくだからマリーに見せてやりたいと思ったんだよ」
「そう。それは丁度いいタイミングね。マリーさんはこの街の外壁が茶色の理由は知っている?」
「あ、はい。前にアルフさんから聞いたことがありますので。雪が積もっても遠くから町が見えるようにってことでしたよね?」
「ええ、そうよ。だけど外壁が完成してから今までこの街が白く染まったことは一度もないの」
「それも聞きました。でも、当時の領主様は領民が遭難しないようにと考えて作られたのですよね? それだけ領民を大切に考えていた証拠でしょう」
マリーはエディアの話に耳を傾けながら前に俺が話したことを思い出すように頷く。
「積もる話もあるけれど先ずはお風呂に入って身体を温めてらっしゃい。食事はお任せでいいわね?」
「ああ、よろしく頼むよ。マリー、先にお風呂へ入ってから食事をいただくとしよう」
「はい」
俺たちはエディアが食事の準備をしてくれている間にお風呂を堪能し、改めて食堂へと集まった。
「はいよ。前に来てくれた時にまた食べたいと言ってくれていた食事を準備しといたわよ」
テーブルにつくと寒いノーズラルド地域特有の煮込みスープが湯気をたてていた。その横には大きなジョッキに並々と注がれたエールが置かれており、マリーの席には果実水が添えられていた。
「覚えていてくれたんだな」
俺はエディアに礼を言うとエールを一口流し込む。その横では喉が渇いていた様子のマリーも果実水を口に運んでいた。
「美味い! やはり風呂上りのエールは最高だな」
俺はそう言って満面の笑みを見せる。
「ほらほら、酒ばかり飲んでいないで料理も食べなさいよ」
エディアは俺たちが楽しそうにしているのを見て気を良くしたようで食事も勧めてくる。彼女の料理が美味いのは前回で知っていたので安心して料理にも手をつけた。
「相変わらず料理の味もいいな」
「本当ですね。私もあれから料理の勉強をしたのですが、なかなか満足いくものはつくれませんね」
「そんなことはないぞ。マリーの料理の腕は確実に上がっている。自信を持っていいぞ」
俺は本心でそう言い切る。その言葉にマリーが果実水の入ったカップを両手で持ちながら少し照れた様子を見せた。
「はいはい。いちゃつくのは部屋に行ってからにしとくれ。目の毒だよ」
エディアは俺たちをからかうように笑いながら言うが、悪意がないのは知っているので俺たちも笑顔を返したのだった。
「――凄く美味しかったです。ごちそうさまでした」
いくつかの料理を堪能した俺たちは部屋に戻ることにする。席を立つ時にちょうどエディアの姿があったのでマリーが礼を言って軽く頭を下げた。
「どういたしまして、口に合って良かったよ。それより外を見てみな、雪が降り始めたようだよ」
食事と会話に集中していたので全く気が付かなかったが、外に目を向けると確かに白いものが降り注いでいるのが見えた。
「マリー、外に出てみるか?」
「は、はい」
俺はマリーの返事を聞いて収納から暖かい外套を取り出して彼女の肩に掛ける。
「ありがとうございます」
俺は礼を言うマリーの手を取ると宿の扉をゆっくりと押し開いたのだった。
「これが雪なのですね。本で読んだとおり真っ白です」
ノーズラルド地方でも平地に降る雪としては珍しく牡丹雪となっている。
「珍しいな。山頂付近ならともかく平地の首都付近で牡丹雪が降るなんて数十年に一度くらいじゃないか?」
「そうなのですか? 初めて見たので違いがわかりませんけど」
「この雪が降る時は積もることが多い雪さね。私がこの地に嫁に来てから二十年になるけど初めてのことだよ」
俺が言葉を続ける前にいつの間にか後ろに居たエディアが俺の言葉を代弁してくれた。
「さあさあ、そろそろ中に入るんだね。風呂あがりにこんな寒いところに立っていたら風邪をひいちまうよ。客に風邪をひかせたなんて言われたくないから中で温かい紅茶でも飲んで休みなさい」
初めて見る雪に目を奪われていたマリーにエディアは優しく声をかけて宿の中へと案内し、温かい紅茶を淹れてくれた。そんな彼女の気遣いに感謝しながら俺たちは温かいベッドで一夜を明かしたのだった。
◇◇◇
次の日の朝、俺が目覚めると一階の食堂からエディアの元気な声が聞こえる。
「ほらほら、二人とも起きて外を見てみるさ」
追い立てられるように起こされた俺はマリーに声をかけてから一緒に一階へと降りる。
「やっと起きて来たね。外を見てみな、こんな風景は数十年に一度の奇跡だよ」
俺はエディアの言葉にまさかと思い、食堂にある大きなガラス窓から外を眺めた。
「――すごい……。真っ白な世界」
俺が感想を口にするより早くマリーが感激の声を漏らす。その視線は真っ白に変わった街の様子をじっと見つめていた。
「まさかノーズラルドの首都で積もった雪が見られるとは思わなかった。マリー、せっかくだから外にも出てみよう」
俺は収納から外套を取り出してマリーに掛けてあげながら外へと誘う。マリーはそれに頷くと俺より先に宿のドアを開く。次の瞬間、極寒の風が吹き思わず身震いをして直ぐにドアを閉めた。
「ちょっと外に出る前に耐寒魔法を付与するとしよう」
俺はマリーにそう言うと魔法を発動させる。
「温感付与。これで大丈夫だろう」
俺はマリーの手をひいて素早く外へと歩き出す。外の世界は窓から見た一部の街ではなく視界全体に降り積もる雪が飛び込んできた。振りゆく雪に手を伸ばすマリーだったが手にした雪を見て俺に疑問を投げかけた。
「雪って冷たいものじゃなかったかな?」
マリーの言葉を聞いて俺は「ああ」と呟いた。寒くないようにと耐寒魔法をかけたせいで雪の冷たさも遮断してしまっていたのだ。
「せっかく雪を楽しもうとしていたのに失敗だったな。寒いと思うけど魔法を解除するよ」
俺はそうマリーに告げると魔法を解除した。
「冷たいです。でも、凄く綺麗です」
俺が魔法を解除したタイミングで降り続いていた雪が止まり、輝く朝日が顔を出した。その光は降り積もった雪に反射してきらきらと輝き始めたのだ。
「私、この景色を一生忘れません。これから先も多くの地域を巡るでしょうが、あなたと見る世界はいつもきらきらと輝いています。私、本当にあなたと一緒になれて幸せです」
優しく微笑みながらそう告げるマリーに俺は照れながらも言葉を返す。
「俺も同じ気持ちだ」
二人を優しく照らす柔らかな朝日を浴びながら俺とマリーは肩を寄せ合ったまま銀世界を眺めていた。
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はじめまして
楽しく読ませて頂いています。
今後の展開も楽しみなのですが登場キャラのマリーさんの言動がどうしても不快でイラッとしてしまいます(^_^;)これからも登場するんですよね?
109話まで読みました
ラミラさんの家がラーナの部屋と応接室があり、たぶんラミラさんの部屋もあるから、3DKはありそう。
アルフを一晩泊める流れから、ゲストルームもあるのかな?
ラーナが普通に生活出来るようになったら、その家売ればまとまったお金が出来そう…。
容量30×30×30cmのマジックバッグのサイズがショルダーバッグくらいだと
40×30×20
婦人用ハンドバッグで
30×20×10
くらいでしょうか
空間拡張さんもっと仕事して!