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第五章 俺の扱い雑すぎませんか??
第三話*side陽真
しおりを挟む血まみれで切り刻まれた隊服をまとい、倒れた屈強な男たちの中に佇む衛を見た瞬間、僕の息が止まった。
「衛……これは……」
高名な画家の作品かと思うほど、神秘的で美しい光景がそこにはあった。
衛は決して美貌の持ち主というわけではない。
だがその憂いを孕んだ雰囲気が、凶暴でいて清楚な空気が、僕の心の何かを激しく揺さぶるのだ。
うっかり見惚れそうになったが、今は衛の美しさに心酔している場合ではなかった。
―― 会議室の一室。
第弐部隊がよく使うそこは防音室でもあった。
鍵もかかり秘匿性の高い室内で何事が行われているのか、僕の衛がそこにいることを想像しただけで血管がブチ切れそうになる。
そもそも土御門班に絡まれた衛を見た者の報告では、逃げられないよう奴等に囲まれ、尻や身体をいやらしく愛撫されていたというではないか!
衛もなぜ大人しく着いていったのか?
まさか、浮気?!
いや待て、待つんだ陽真。可愛い僕の衛がそんなことをするはずがない。
極秘情報を漏らした同期を守った時のように、真面目すぎる理由が絶対にあるはずだ。
はやる気持ちを落ち着かせながら、とにかくすぐに助けに行かねばとたどり着いた先の光景が、ただ一人部屋に佇む衛である。
その足元には出来れば一生会いたくない女、土御門伯爵令嬢が蹲っている。
土御門伯爵令嬢は見た目こそ美しいが性根が曲がっている。何度も断っているのに何故か僕の婚約者気取りなのも気に入らない。
土御門伯爵とはそれなりに付き合いもあるので放置していたが、この様子を見る限り、そうもいかなくなったようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……来ないでぇっ! バケモノっ!! いやぁッ!!」
甲高い女の叫び声が響くが、衛はじっと土御門を見つめたまま動かない。
僕は倒れている隊員を踏まないように避けながらも、急ぎ足で衛の元へ向かう。
「陽真様っ! 助けてくださいっ! そこのバケモノがみんなをっ!!」
「衛……」
女の声を無視して声をかければ衛の肩がビクリと震えた。
隊服を見れば明らかに刃物で切り裂かれたのだと分かる。ベルトもない。
連れ去られた時の情報からすれば、強姦されかけたに違いない。
……―― スーッと僕の中に形容し難い、風のようなものが流れた。
人は怒りを通り過ぎると心が凪いでしまうのだろう。こんなに腹が立ち、一周回って落ち着いた経験は今までになかった。
さすが僕の衛だ。僕に新しい経験を幾つももたらしてくれる。
僕は自分の上着を脱ぎ、衛の肩にかけてやる。本当は抱きしめてやりたいが、先にやることがあるので我慢だ。
「衛、良くやったね。いい子だ」
「しょう、い……俺……」
衛は青ざめた顔で僕を見るがすぐに視線をそらした。
襲われた恐怖なのか、この女にかけられた暴言の所為なのか、その両方かは判らないが、衛が酷く傷ついていることは解った。
「ん、大丈夫だよ、あとは僕に任せておいで」
誰のものかもわからない血液で汚れた衛が痛ましい。早くこの忌まわしい記憶とともに洗い流してやりたい。
僕はできるだけ優しく、安心させるように衛に微笑みかけた。
「陽真様、お助けくださ……」
「土御門曹長。君が僕の隊の隊員に危害を加えたことは、多くの者の知るところだ」
「なにを? わたくしはただ……」
「月光隊は私闘を禁じている。私闘であれば日凪にも罪はあるが、これはどういう状況か?」
開け放ったままの会議室の扉から、幾人かの顔が中を覗き込んでいるのが見えたので、僕はわざと観客に聞こえるよう土御門伯爵令嬢に問いかけた。
勿論、大衆に会議室内を見てもらうため扉は開けたままにした。
四ツ谷には薫子たちを寄越すように伝えてある。
だが僕の部下だけでは証言の信憑性は低くなってしまうだろう。衛のためにも多くの目が必要だ。
「違いますわっ! その化けも……」
「なるほど、私闘ではないと言うなら、私刑か?」
「そ、そうですわっ! そいつ……」
「解った。土御門曹長。君が勝手に僕の部下に私刑を行ったということだね」
「ちがっ……」
「違う? 君が僕の部下を強引に連れ去り、第弐部隊の会議室内へ閉じ込め複数人で取り囲んだ。この状況で何故、僕の部下が君たちに私刑を行えたというんだい?」
「そ、それは……」
どうみても状況的に衛が被害者で、土御門伯爵令嬢は加害者だ。
彼女達の評判はそもそも悪い。悪すぎる。排除を後押しする者はいるだろうが庇う者はいないだろ。
聡明な土御門伯爵も出来損ないの娘をさすがに切り捨てるはずだ。いや、僕が切り捨てさせる。
衛を傷付けた女など、日の下を歩くに値しない。それなりの報いはきっちりと受けてもらう。
「土御門曹長、当然知っていると思うが私刑は除隊処分だ。そこの者たちと共に沙汰を待つといい」
切り捨てるように言えば、真っ青な顔で泡を吹きながら土御門伯爵令嬢は昏倒した。
やっと静かになった。
「衛、怪我はないかい?」
顔色の悪い衛の頬に手を伸ばせば、素早く避けられてしまう。
まるで手負いの小動物だ。
こちらを怯えたように見る目が居た堪れない。
僕が手塩にかけて心を開かせ手懐けたというのに、今の衛は出会った時のように殻に閉じこもろうとしている。
「……俺は、汚い、ので……触らないでください」
僕のかけた上着を大切そうに両手で握りながら、その中に隠れるように縮こまり衛が呟く。
とても寒そうで見ていられない。
もちろん、部屋は寒くなどない。
だけど、衛を温めてやりたいと思った。
このままでは衛は凍えてしまうだろう。
今度こそ僕は迷うことなく衛を抱きしめた。
「っ!! 一条寺少尉っ!」
「大丈夫だ。衛は汚くなんてない。よく頑張った。それでこそ僕の衛だ」
手で体を押されたが、負けじと僕は衛を強く掻き抱く。
大丈夫だ。君は汚れてもいないし、化け物なんかじゃない。
汚れた化け物とは、そこの女や、君を虐げた者らを言うのだから。
そんなことを思いながら、衛を強く抱きしめる。
しばしして、衛の体から力が抜けほぅっと安堵の吐息が漏れた。
ゆっくりと頭を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めて「いい匂いがする」と猫のように頭を押し付けてくる。
つまりこれは僕に匂いをつけて欲しいということだろう。
悲しいかな衛の前では欲望を隠すことのできない僕は、煽られればすぐに火が着いてしまう。
傷心した衛を温めてやりたいという親愛にも似た、慈愛の気持ちで溢れていたというのに、あっという間に僕は情欲まみれの野獣に成り下がった。
僕は後始末を部屋を覗いていた適当な隊員に頼めば、衛の手を引いて自室へ向かうことにした。
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