19 / 36
王子様との出会い
一旦、王子さまは去っていく
しおりを挟む
「うう。せっかくのレオン様のエキスがこもった永久保存の逸品が……。そうだ! 洗った後の水を瓶詰で保管すれば、いつでもレオン様のレアスチルを思い出せるじゃん! 私ってば天才じゃ!?」
レオンハルトだけでなく、周りの者からも寄ってたかって強制的に手を洗わせられた希は、涙を流さんばかりに悲嘆に暮れていた。しかし用意された桶の中の水をジッと見ながら、名案を閃いたとばかりに目を輝かせて手を叩く。
そんなテンションのユーファネートを見ていたレオンハルトは、なにやら妖しげな空気に気付いたのか、ユーファネートの手を優しく握ると、その小さな耳元で口を近付けて囁いた。
「なにを言っているのか分からないけど。いいかいユーファ、絶対にその水は保管しちゃだめだよ。そんな事をしなくても、いつでも僕が――」
「ちぇすとー。はーいストップ! いいですか殿下! 『いつでも』なんて存在しませんぞ! 駄目ですぞ! 先ほどもお話しした通り、学院を卒業するまではユーファネートの半径50メートル以内には近付かず、ましてやお触りも禁止ですぞ! いいかギュンター。お前も学院に行ったら、しっかりと殿下を監視――見張ってくれ」
アルベリヒが猛烈な勢いで二人の間に入り、距離を取らせると一気呵成にまくしたてた。そしてギュンターに血走った目を向けて命令する。
「この世界でもメートルなのね……じゃない! お父様! レオン様との距離が50メートルなんて聞いていませんわ! そのような事を言うお父様なんて大嫌いです!」
「う、嘘だよね? お父様を『ちょっぴり嫌い』だなんて嘘だよね? え? なんでそんな顔を……駄目だ。もう駄目だ侯爵家はこれで終わりだ……ふはははは」
希の言葉にアルベリヒは打ちひしがれ跪くと、涙を流しながら呆然とした表情を浮かべ笑い始めた。突然始まったコントのような出来事にギュンターは付いていけず、マルグレートも呆れた表情を浮かべていた。
「あなた? 今までユーファネートにそこまで執着していなかったでしょう? 急にどうしたのです?」
「わがままが酷くなって心配だった娘が、見違えるように自分磨きを始め、そして侯爵領の発展を考えてくれるようになったんだよ? それに『大好きなお父様。私は落花生を育てる土地が欲しいの。……え!? いいの!? 本当に? 土地をくれるなんてお父様大好き!』と言われて、さらに抱きつかれまでしたら溺愛するようになるよね? 本当は殿下とのお茶会も延期じゃなくて取りやめにしたかったんだ!」
「娘に土地をむしり取られてるじゃない。なにをしているのよあなたは……」
自分に縋り付くように愛娘の可愛さを力説している夫のアルベリヒに、マルグレートは呆れた表情のまま盛大なため息を漏らす。そんな夫婦で漫才をしている横で、ギュンターがユーファネートとレオンハルトに近付いていた。
「ちっ。仕方ないからレオンとユーファの橋渡しになってやるよ。だけど手紙のやりとりだけだからな!」
「ああ、それだけで十分だよ。まだね」
レオンハルトはギュンターの言葉に頷くと右手を差し出す。ギュンターは嫌そうに、レオンハルトは嬉しそうにお互いの手を握り返す。そしてレオンハルトは希に視線を向けると、目には優しさを浮かべて話し始める。
「ユーファ。僕の心を君に捧げる。どんな時であっても、例え君に苦難が訪れたとしても、いつも僕が側に居て支えてあげる。君はどうする? 心を受け取ってくれるかい?」
「君☆(きみほし)」シリーズ「君に心を届ける☆ 心を捧げるのは誰だ!?」の最高とされるシーンの1つである、レオンハルトが主人公に好意を伝えるシーンの台詞に気付いた希のテンションはマックスになる。そして顔を真っ赤にさせながら何度も頷いた。
「喜んで! 私の心もレオン様に捧げ――」
「だらっしゃぁぁぁ! させんぞ! そんな言葉は言わせんぞ。ユーファネートはパパが守ってみせる!」
先程までマルグレートに抱きついて慰められていたアルベリヒだったが、2人のやり取りを聞くと物凄い勢いで間に割って入る。そんな必死な父親の姿にギュンターは耳を塞ぎながら「あれは違う。あれは違う。俺の父上はあんなんじゃない」と、何度も呟いていた。
「アルベリヒはユーファネートを溺愛はしてましたよ。薔薇が好きだと聞いたら小麦から転作するくらいなのよ。忘れたわけじゃないでしょギュンター」
プルプルと首を振っているギュンターに、マルグレートが近付いてきた。2人の間に入ろうとして、娘から「お父様なんて大嫌い!」と再び言われ泣き崩れているアルベリヒを見る。
「……まあ、少し振り切れ過ぎている感じはするわね。貴方はお父様のようになっては駄目ですよ」
「なりませんよ!」
ギュンターは侯爵家当主であり、父親であるアルベリヒの醜態を見ながら、ああはなるまいと心に誓うのだった。
◇□◇□◇□
「ユーファ」
「レオン様」
完全に2人の世界に入り込んでいる希とレオンハルトを、マルグレートとギュンターに押さえつけられているアルベリヒがハンカチを噛みしめながら見つめていた。なにも語らず見つめ合っている2人だったが、御者が気まずそうに咳払いをする。そろそろ出発しないと次の宿泊地に間に合わない時間になっていた。
「……ん。分っているよ。ユーファそろそろ行くよ」
「お手紙待ってますね」
「ああ。毎日は無理だがマメに出すようにしよう」
レオンハルトの言葉に希は名残惜しそうに、その姿を目に焼き付けて心のフォルダに納めていく。信じる事が難しい、夢のような、奇跡のような、神の采配のような目の前にいるレオンハルトの姿が、これから居なくなると感じ希は寂しそうな顔になる。
「これでレオン様が去ったら夢から覚めないよね? これからもレオン様と呼べるよね?」
馬車に乗り込み窓から顔を覗かせているレオンハルトの憂いを帯びた顔も、目線が合って嬉しそうにする顔も、希にとってはかけがえのないものであった。そしてユックリと動き出す馬車。2人を徐々に引き離していく馬車を見えなくなるまで見送っていた希に、セバスチャンが遠慮がちに声を掛けた。
「ユーファネート様。そろそろお屋敷に入らないと。お身体が冷えてしまいます」
「……」
反応をしないユーファネートにセバスチャンは少し考えると、耳元で小さく呟いた。
「お風邪を召されると、殿下が哀しく思われますよ」
効果てきめんであった。物凄い勢いでセバスチャンの顔を見た希は、大きく頷くと令嬢にあるまじき速度で館に向かって全力で走っていった。
レオンハルトだけでなく、周りの者からも寄ってたかって強制的に手を洗わせられた希は、涙を流さんばかりに悲嘆に暮れていた。しかし用意された桶の中の水をジッと見ながら、名案を閃いたとばかりに目を輝かせて手を叩く。
そんなテンションのユーファネートを見ていたレオンハルトは、なにやら妖しげな空気に気付いたのか、ユーファネートの手を優しく握ると、その小さな耳元で口を近付けて囁いた。
「なにを言っているのか分からないけど。いいかいユーファ、絶対にその水は保管しちゃだめだよ。そんな事をしなくても、いつでも僕が――」
「ちぇすとー。はーいストップ! いいですか殿下! 『いつでも』なんて存在しませんぞ! 駄目ですぞ! 先ほどもお話しした通り、学院を卒業するまではユーファネートの半径50メートル以内には近付かず、ましてやお触りも禁止ですぞ! いいかギュンター。お前も学院に行ったら、しっかりと殿下を監視――見張ってくれ」
アルベリヒが猛烈な勢いで二人の間に入り、距離を取らせると一気呵成にまくしたてた。そしてギュンターに血走った目を向けて命令する。
「この世界でもメートルなのね……じゃない! お父様! レオン様との距離が50メートルなんて聞いていませんわ! そのような事を言うお父様なんて大嫌いです!」
「う、嘘だよね? お父様を『ちょっぴり嫌い』だなんて嘘だよね? え? なんでそんな顔を……駄目だ。もう駄目だ侯爵家はこれで終わりだ……ふはははは」
希の言葉にアルベリヒは打ちひしがれ跪くと、涙を流しながら呆然とした表情を浮かべ笑い始めた。突然始まったコントのような出来事にギュンターは付いていけず、マルグレートも呆れた表情を浮かべていた。
「あなた? 今までユーファネートにそこまで執着していなかったでしょう? 急にどうしたのです?」
「わがままが酷くなって心配だった娘が、見違えるように自分磨きを始め、そして侯爵領の発展を考えてくれるようになったんだよ? それに『大好きなお父様。私は落花生を育てる土地が欲しいの。……え!? いいの!? 本当に? 土地をくれるなんてお父様大好き!』と言われて、さらに抱きつかれまでしたら溺愛するようになるよね? 本当は殿下とのお茶会も延期じゃなくて取りやめにしたかったんだ!」
「娘に土地をむしり取られてるじゃない。なにをしているのよあなたは……」
自分に縋り付くように愛娘の可愛さを力説している夫のアルベリヒに、マルグレートは呆れた表情のまま盛大なため息を漏らす。そんな夫婦で漫才をしている横で、ギュンターがユーファネートとレオンハルトに近付いていた。
「ちっ。仕方ないからレオンとユーファの橋渡しになってやるよ。だけど手紙のやりとりだけだからな!」
「ああ、それだけで十分だよ。まだね」
レオンハルトはギュンターの言葉に頷くと右手を差し出す。ギュンターは嫌そうに、レオンハルトは嬉しそうにお互いの手を握り返す。そしてレオンハルトは希に視線を向けると、目には優しさを浮かべて話し始める。
「ユーファ。僕の心を君に捧げる。どんな時であっても、例え君に苦難が訪れたとしても、いつも僕が側に居て支えてあげる。君はどうする? 心を受け取ってくれるかい?」
「君☆(きみほし)」シリーズ「君に心を届ける☆ 心を捧げるのは誰だ!?」の最高とされるシーンの1つである、レオンハルトが主人公に好意を伝えるシーンの台詞に気付いた希のテンションはマックスになる。そして顔を真っ赤にさせながら何度も頷いた。
「喜んで! 私の心もレオン様に捧げ――」
「だらっしゃぁぁぁ! させんぞ! そんな言葉は言わせんぞ。ユーファネートはパパが守ってみせる!」
先程までマルグレートに抱きついて慰められていたアルベリヒだったが、2人のやり取りを聞くと物凄い勢いで間に割って入る。そんな必死な父親の姿にギュンターは耳を塞ぎながら「あれは違う。あれは違う。俺の父上はあんなんじゃない」と、何度も呟いていた。
「アルベリヒはユーファネートを溺愛はしてましたよ。薔薇が好きだと聞いたら小麦から転作するくらいなのよ。忘れたわけじゃないでしょギュンター」
プルプルと首を振っているギュンターに、マルグレートが近付いてきた。2人の間に入ろうとして、娘から「お父様なんて大嫌い!」と再び言われ泣き崩れているアルベリヒを見る。
「……まあ、少し振り切れ過ぎている感じはするわね。貴方はお父様のようになっては駄目ですよ」
「なりませんよ!」
ギュンターは侯爵家当主であり、父親であるアルベリヒの醜態を見ながら、ああはなるまいと心に誓うのだった。
◇□◇□◇□
「ユーファ」
「レオン様」
完全に2人の世界に入り込んでいる希とレオンハルトを、マルグレートとギュンターに押さえつけられているアルベリヒがハンカチを噛みしめながら見つめていた。なにも語らず見つめ合っている2人だったが、御者が気まずそうに咳払いをする。そろそろ出発しないと次の宿泊地に間に合わない時間になっていた。
「……ん。分っているよ。ユーファそろそろ行くよ」
「お手紙待ってますね」
「ああ。毎日は無理だがマメに出すようにしよう」
レオンハルトの言葉に希は名残惜しそうに、その姿を目に焼き付けて心のフォルダに納めていく。信じる事が難しい、夢のような、奇跡のような、神の采配のような目の前にいるレオンハルトの姿が、これから居なくなると感じ希は寂しそうな顔になる。
「これでレオン様が去ったら夢から覚めないよね? これからもレオン様と呼べるよね?」
馬車に乗り込み窓から顔を覗かせているレオンハルトの憂いを帯びた顔も、目線が合って嬉しそうにする顔も、希にとってはかけがえのないものであった。そしてユックリと動き出す馬車。2人を徐々に引き離していく馬車を見えなくなるまで見送っていた希に、セバスチャンが遠慮がちに声を掛けた。
「ユーファネート様。そろそろお屋敷に入らないと。お身体が冷えてしまいます」
「……」
反応をしないユーファネートにセバスチャンは少し考えると、耳元で小さく呟いた。
「お風邪を召されると、殿下が哀しく思われますよ」
効果てきめんであった。物凄い勢いでセバスチャンの顔を見た希は、大きく頷くと令嬢にあるまじき速度で館に向かって全力で走っていった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる