消された過去と消えた宝石

志波 連

文字の大きさ
64 / 66

64 真相2

しおりを挟む
 課長が椅子に深く座りなおし、伊藤と藤田は前のめりの姿勢をとった。

「ずっと聞いていて思ったのですが、かなり用意周到に計画されていたようですね。先ほど仰ったように首謀者は斉藤さんなのでしょうけれど、協力者の連携も素晴らしい。感心しましたよ、特に千代さん。いいえ、東小路小百合さん」

 千代の肩がビクッと跳ねた。
 伊藤が続ける。

「共犯者という言い方は止めましょうね。最初に申し上げたとおり『女神の涙』盗難に関しては犯罪ではありませんから。そしてもう一つの事件……こちらは敢えて事件という言い方をします。烏丸信也さんを殺害したのは小百合さん、あなたですね?」

「あなたはパラメタさんが産んだ東小路小百合さんだ。そして小夜子さんはあなたが産んだ娘で、父親は烏丸信也。要するにあなたが犯したのは夫殺しという罪です。あなたは信也さんを殺害した後、烏丸千代さんと共謀して入れ替わり、烏丸千代として伊豆長岡に舞い戻った」

 伊藤が一息つく。
 誰も微動だにしない。

「小夜子さんを連れて、千代さんと一緒にここに住みついたあなたの生活を支えたのが斉藤さんと山本医師だ。山本さんは二人の入れ替わりを知らなかったのでしょうね。でも斉藤さんは気付いていた。だって斉藤さんはサクラさんの妹であるあなたを心配していたからです。何度も会っていたはずだ。そして信也さんの素行やあなたに対する仕打ちも知っていたのでしょうね。だからあなたが夫を殺したことを知って、匿うことにしたのでしょう? ああ、言い忘れていましたが、殺人事件の時効は25年です。斉藤さんが亡くなった年ですね。あなたは起訴されることはありません」

 千代と名乗っていた東小路小百合が小さく息を吐いた。

「でも大変だったでしょう? 二人の素性を知っている田坂玲子さんを騙し続けるのは。まあ当の千代さんが協力するのだから、玲子さんの前だけ元に戻ればいいのだから大丈夫かな……でも玲子さんが亡くなるまでは演技を続ける必要があった。だから烏丸小百合としての死亡届と墓誌に刻まれた没年に乖離があるんだ」

 山中が小百合をじっと見ているが、小百合は俯いたままだった。

「夫を殺してしまったあなたは、まず一也さんを遠ざけることにした。そして一也さんは市場家へ養子として引き取られたのでしょう。かなりの額の持参金と一緒にね。困窮していた市場家としては願ったり叶ったりだったでしょうね。なんせたった一人の跡継ぎが明日をも知れぬ状態でしたから。そして一也さんは正平さんになったのです。これで、万が一小百合さんの犯罪が発覚しても、犯罪者の息子にはならずに済みますから」

 小百合がフッと笑顔を浮かべた。

「やっぱり警察の人って怖いですね。もう時効ですし、全部お話しします。仰る通り私が東小路小百合です。烏丸信也と結婚して烏丸小百合になりましたが。そして小百合として亡くなったのが、烏丸千代です。一也も小夜子も私と信也の子供です」

 藤田が大きく息を吐いた。
 伊藤も肩に力が入っていたのだろう、使い古された低い背もたれに体を預ける。

「私と信也の結婚は、疎開前から決められていた事でした。戸籍上は従弟ですが、私の父は誰なのかわかりません。私は父親似なのでしょうね、南海の宝石とまで言われた母の面影は全くありませんから。しかし血というものは不思議ですね。隔世遺伝というのかしら、小夜子は母パラメタに良く似ているそうですから」

 小夜子が困ったような顔で小百合を見た。
 伊藤が背もたれから体を起こした。

「信也さんには二人とも恨みがあったという感じですか?」

「ええ、信也は本当に酷い男でした。烏丸家で生まれた私は、そのままそこで育ちました。第二夫人の娘である千代さんとは乳姉妹ですし、とても仲が良かったのですが、嫡男の信也には子供の頃からよく虐められていましたね。二人で庭先に正座をさせられて、気が済むまで蹴られるなんてこともありました」

 伊藤が辛そうな顔をした。

「しかし生活の術がないあなたは、決められたまま信也さんと結婚して二児を設けた。千代さんはそのまま一緒にいたのですか?」

「ええ、彼女はずっと玲子姉さんと一緒にメイドをしていました。私たちが結婚した翌年には嫁ぎましたが、2年ほどで死別して戻ってきたのです」

「なるほど、あなたが結婚して16年ですか……耐え続けたのですね」

「子供のためです。千代さんも助けてくれましたし、なんとか頑張れましたが……」

「何があったのですか? 殺したいほどの何が」

「売られたんですよ。借金のカタとしてね。一也は10歳になったばかりで、小夜子は7歳でした。お前の母親と同じ仕事をさせてやるとか言われて……夜中に叩き起こされて、連れて行かれそうになりました。私が抵抗するものだから、酷い暴力を振るわれて、その音に気付いた千代さんが駆け付けてくれて……二人がかりで……首を締めました」

 小百合が顔を覆った。
 一也が小百合の側に来て肩を抱いてやっている。

「そして斉藤さんに相談したのですね?」

「ええ、信也は自殺したことにしてくれて、偽装工作もしてくれました。一也の将来を考えて養子先を探してくれたのも斉藤さんです。小夜子を連れて千代さんと一緒に逃げるように東京を離れました。信也が作った借金は斉藤さんが肩代わりしてくれました」

 伊藤が頷いた。

「小百合さんの奔放な生活という話は偽装ですよね? 千代さんは小百合さんとして山本医師に囲われたということでしょう。そしてあなたは斉藤さんと……」

「ええ、そうです。山本先生は入れ替わりを知りませんから、二人が一緒に伊豆に来ることは無かったです。山本先生は私と斉藤さんの関係を知りませんでしたからね。あの頃山本先生は奥さんがご健在でしたから、千代さんは日陰の身でした。信一郎さんがご結婚なさってからですよ、同居できたのは」

 信一郎が目を見開いている。

「なるほど、だから小百合さんは死んだことにして玲子さんの目を誤魔化したのですか。でも結局千代さんも亡くなりましたね。玲子さんも……」

「ええ、結核でした。山本先生も手を尽くされたのですが、千代さんは人を殺めたことをとても後悔していましたから、亡くなる前には信也の亡霊が見えるなんて言いだして……錯乱状態になることもあったようです。玲子姉さんが亡くなっても小百合はすでに鬼籍に入ったことになってますから、私は長谷部千代で通すしかありませんでした」

「ご事情はわかりました」

 伊藤が大きく息を吸った。

「斉藤さんが亡くなった時に、山本さんが口走った『あと3年』という言葉が、一番難解でしたが、こいつが頑張ってくれたお陰で、解決しましたよ。サム・ワン・チェンさん、あなたの番です」

 藤田がにこやかな声を出した。

「その節は大変お世話になりました。とても素晴らしいホテルで、新婚旅行の良い記念になりましたよ。盗聴器さえ無ければもっと良い思い出になったのですが」

 粉々になった盗聴器をポケットから出し、テーブルにパラパラと置いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...