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65 真相3
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「斉藤家と東小路家がそちらの方々が所属している組織に債権を持っているのは本当ですね。でも『女神の涙』の呪いなんて作り話でしょう? あのデザインのピンクダイヤモンドは存在していても、債権を証明するものでは無いし、唯一のものでもない。サムさんを良く知る人物を探して、いろいろお話を伺いました。あなたがシンガポールに逃げるまで仕えていた家令のポギさんです。ご存じですよね?」
サムの顔色が変わった。
「ああ、安心してください。我々は日本人が関わらない海外の事件に対する捜査権も逮捕権もありません。あなたを逮捕することはありませんから」
民族衣装の男たちが顔を見合わせている。
「サムさん、あなた東小路小百合の代理人を名乗ってお金を受け取っちゃったんですね。そしてシンガポールに逃げちゃった。でも斉藤さんに見つかって、仕方なく取引を持ち掛けた。その時ポギさんを連れて行ったでしょ? もう少し口止め料を弾んでやれば、彼の口も固かったでしょうけれど、ペラペラとよく唄ってくれましたよ」
サムが唇を嚙みしめている。
「あなたは小百合さんと千代さんが入れ替わっていることに気付いて、彼女たちの犯行を知った。それをネタに小百合さんを脅したんだ。叔父さんが姪を脅すとか良くないですよ? そして斉藤さんにはある程度の金を渡して、残りは15年待ってくれと言った。その期限があの『あと3年』ですよね?」
伊藤が後を引き取った。
「斉藤さんは元々債権を放棄するつもりでいたのでしょう。そして殺人の時効が成立するまで千代として生きるしかない小百合さんも何も言えない。でも山本医師が金に執着し始めた。彼は自分の女が小百合という債権者だと信じてますからね。そして生まれたのが呪いであり、宝石の伝説だ。斉藤さんは騒ぐ山本さんを黙らせるために『あと15年待て』とでも言ったのでしょう? その期限ですよね」
藤田が頷いて続けた。
「斉藤さんはすでに相当な資産家だし、小百合さんは脛に傷を持つ身だ。しかし山本医師は違う。宝石の伝説を信じた山本医師を諦めさせるために、斉藤さんと小百合さん、そして小夜子さんも協力して『女神の涙』窃盗事件を起こしてみたり、同じデザインの宝石を『女神の涙』に見せかけてオークションに出してみたりされたのでしょう? でも彼は諦めなかった。そこであの儀式だ。実に大掛かりだったようですね」
伊藤が交代する。
「山本医師を信じ込ませるために、今日と同じ手を使ったのですか? うちの課長は今の部署に来る前まで薬物取締りを担当していましてね、その手の事にはめっぽう強いんです。さっきのコーヒーに入ってましたよね? でも麻薬の類では無いし、今の日本の法律では違法とは言えないものなので、問題ありまあせんが、小夜子さんがテーブルに置いたあの宝石、あれが集団催眠の鍵ですか?」
小夜子が軽い口調で言った。
「いいえ、あれは映写機のようなものです。いくら集団催眠をかけたからといって、全員が同じ映像を描くなんてことは不可能ですからね、あれは実際に視覚が捉えたものですよ。刑事さんたち3人と信一郎さんにだけですけれど。集団催眠は彼らの得意技です」
そう言うと小夜子は民族衣装の男たちを見た。
「なるほど、合点がいきました。課長はすぐに気付いたようですが、違法物ではないという判断だったので、そのまま乗っかってみました」
「でもね、あのお話しは本当のことらしいです。今はもう亡くなった東小路の家にいたばあやに聞いた通りに再現していますからね。相当古い映像なんですって。もともと山本先生に見せるために作ったものらしいので」
「あの画像の粗さや、モノクロというところが妙にリアルでしたが、そういうことですか。話を戻しましょう。山本医師を丸め込むことに成功したあなたは、小夜子さんを連れ戻そうとしましたね? それに気付いた斉藤さんが小夜子さんと結婚するという強硬手段に出た。おいそれと手を出せなくなったあなたは、友好関係を結ぶことにした。そして互いの約束が守られていることを確認するために、毎年顔を合わせていたんだ。斉藤さんは斉藤家の当主として、山本医師は小百合さんの代理として参加していたのでしょう」
小夜子が口を挟んだ。
「さすがですわ。でも斉藤は債権を放棄するつもりだったのです。それはサクラさんの祖国に貢献したいという思いからです。それは私も同じです。何度も言いましたが、お金はもういらないんです。今の暮らしができれば十分なんですよ。あのカンマとピリオドを書き違えている契約を作ったのも、私が斉藤の妻になってすぐですから。でもね、あまりにも山本先生がお金に執着なさるから、面白がってしまって。本当は5億円なのに『0』をひとつ増やして、オマケに円をドルに変えたのです。桁を増やしたのに、500ドルが5ドルに減るんですから、面白いよねって」
伊藤が困ったような顔をした。
「当時の5億円だと相当な額ですよね。しかし、同じ債権放棄するなら契約を巻きなおすまでもなく放棄すればよかったのではないですか?」
「50年前のお話しですか? あの債権は斉藤家出50%東小路家で50%です。そして小百合はまだ10歳にもなっていませんわね」
伊藤が何度も小さく頷いた。
「15年前の契約書のことでしたら、山本先生が見張ってらしてできなかったのです。でも私たちが債権を放棄するという意志は伝えておりましたから、今回の儀式も協力していただけたのです」
「小夜子さんはどうして協力しようと思ったのです? 実際には起訴できるようなものではありませんが、山本医師については詐欺行為として訴えられてもおかしくない内容ですよ?」
「だって夫と母と叔父に頼まれたら断れませんわ。ああ、刑事さん。誤解が無いように申し上げますと、山中さんは無関係です。今回の計画を彼に話したのは斉藤ですが、あれは余命宣告を受けた後のことです。山中さんは斉藤が心から信頼していた唯一の人ですから、自分が死んだあと、計画が頓挫しないようにしたかったのだと思います」
「それは理解していますからご安心ください。でも山中さんが全くの無関係とは言えないでしょう? 伊豆長岡は山中さんの故郷だ。病院だったんですね」
山中が顔を上げた。
「ええ、父方の実家ですよ。父は出来が悪くて医者になれなかった。そのせいでしょうか、私をとにかく良い学校に入れたがりましたからね。疎開の話は斉藤さんのお父上から頼まれたと聞いています。父は機織りの機械を作っていましたので、斉藤さんとは取引がありました。私は疎開せず三鷹に残りました。斉藤さんは父の実家を経由して小林さんたちに援助をしていたそうです。小林さんはあそこの人間ではありませんからね」
伊藤は頷いてから息を吸った。
「さあ、もう二つだけ確認させていただいたら終わりにしましょう。一つ目です。信一郎さん、お父さんを今の状態にした原因である儀式なるものを計画した人達を訴えますか?」
信一郎が俯いた。
「先ほどまで私は自分の父親を鬼畜だと思っていましたが、どうやら違ったようだ。まあ、金に執着していたことには間違いないですが……もう全て終わったことです。訴えるつもりはありません」
「わかりました。それでは最後の質問です。小夜子さん、なぜ我々に話す気になったのです? 黙っていれば全て闇の中だったでしょう?」
「そうですね。全てを闇に隠しても良かったのですが、そうなると伊藤さんも藤田さんも、ずっと調べ続けるでしょう? なんだか申し訳なくなっちゃって」
「ははは! お気遣いありがとうございました。ああ、そうだ。ブディさん、あなた、本当はどういう立場の方なのですか?」
ブディが眉を下げた。
「私はインドネシア大使館の職員ですよ。そして彼らはインドネシア外務省の職員です。我々が協力したという事で、あのお金が何に使われ、何人の命を救ったのかを察してください。そして我々民族は未来永劫、民族独立運動にご支援いただいた恩義を忘れない事を誓います」
課長が立ち上がった。
「さあ、帰ろうか。全て過去のことだしな」
「はい」
伊藤と藤田も立ち上がる。
厨房から蕎麦屋の店主が顔を出した。
課長が声を掛ける。
「また来ますよ」
「ええ、お待ちしてます」
扉を開けて振り返ると、小夜子以外の全員が深々と頭を下げていた。
「伊藤さん、お元気で」
小夜子だけがにこやかに手を振っていた。
サムの顔色が変わった。
「ああ、安心してください。我々は日本人が関わらない海外の事件に対する捜査権も逮捕権もありません。あなたを逮捕することはありませんから」
民族衣装の男たちが顔を見合わせている。
「サムさん、あなた東小路小百合の代理人を名乗ってお金を受け取っちゃったんですね。そしてシンガポールに逃げちゃった。でも斉藤さんに見つかって、仕方なく取引を持ち掛けた。その時ポギさんを連れて行ったでしょ? もう少し口止め料を弾んでやれば、彼の口も固かったでしょうけれど、ペラペラとよく唄ってくれましたよ」
サムが唇を嚙みしめている。
「あなたは小百合さんと千代さんが入れ替わっていることに気付いて、彼女たちの犯行を知った。それをネタに小百合さんを脅したんだ。叔父さんが姪を脅すとか良くないですよ? そして斉藤さんにはある程度の金を渡して、残りは15年待ってくれと言った。その期限があの『あと3年』ですよね?」
伊藤が後を引き取った。
「斉藤さんは元々債権を放棄するつもりでいたのでしょう。そして殺人の時効が成立するまで千代として生きるしかない小百合さんも何も言えない。でも山本医師が金に執着し始めた。彼は自分の女が小百合という債権者だと信じてますからね。そして生まれたのが呪いであり、宝石の伝説だ。斉藤さんは騒ぐ山本さんを黙らせるために『あと15年待て』とでも言ったのでしょう? その期限ですよね」
藤田が頷いて続けた。
「斉藤さんはすでに相当な資産家だし、小百合さんは脛に傷を持つ身だ。しかし山本医師は違う。宝石の伝説を信じた山本医師を諦めさせるために、斉藤さんと小百合さん、そして小夜子さんも協力して『女神の涙』窃盗事件を起こしてみたり、同じデザインの宝石を『女神の涙』に見せかけてオークションに出してみたりされたのでしょう? でも彼は諦めなかった。そこであの儀式だ。実に大掛かりだったようですね」
伊藤が交代する。
「山本医師を信じ込ませるために、今日と同じ手を使ったのですか? うちの課長は今の部署に来る前まで薬物取締りを担当していましてね、その手の事にはめっぽう強いんです。さっきのコーヒーに入ってましたよね? でも麻薬の類では無いし、今の日本の法律では違法とは言えないものなので、問題ありまあせんが、小夜子さんがテーブルに置いたあの宝石、あれが集団催眠の鍵ですか?」
小夜子が軽い口調で言った。
「いいえ、あれは映写機のようなものです。いくら集団催眠をかけたからといって、全員が同じ映像を描くなんてことは不可能ですからね、あれは実際に視覚が捉えたものですよ。刑事さんたち3人と信一郎さんにだけですけれど。集団催眠は彼らの得意技です」
そう言うと小夜子は民族衣装の男たちを見た。
「なるほど、合点がいきました。課長はすぐに気付いたようですが、違法物ではないという判断だったので、そのまま乗っかってみました」
「でもね、あのお話しは本当のことらしいです。今はもう亡くなった東小路の家にいたばあやに聞いた通りに再現していますからね。相当古い映像なんですって。もともと山本先生に見せるために作ったものらしいので」
「あの画像の粗さや、モノクロというところが妙にリアルでしたが、そういうことですか。話を戻しましょう。山本医師を丸め込むことに成功したあなたは、小夜子さんを連れ戻そうとしましたね? それに気付いた斉藤さんが小夜子さんと結婚するという強硬手段に出た。おいそれと手を出せなくなったあなたは、友好関係を結ぶことにした。そして互いの約束が守られていることを確認するために、毎年顔を合わせていたんだ。斉藤さんは斉藤家の当主として、山本医師は小百合さんの代理として参加していたのでしょう」
小夜子が口を挟んだ。
「さすがですわ。でも斉藤は債権を放棄するつもりだったのです。それはサクラさんの祖国に貢献したいという思いからです。それは私も同じです。何度も言いましたが、お金はもういらないんです。今の暮らしができれば十分なんですよ。あのカンマとピリオドを書き違えている契約を作ったのも、私が斉藤の妻になってすぐですから。でもね、あまりにも山本先生がお金に執着なさるから、面白がってしまって。本当は5億円なのに『0』をひとつ増やして、オマケに円をドルに変えたのです。桁を増やしたのに、500ドルが5ドルに減るんですから、面白いよねって」
伊藤が困ったような顔をした。
「当時の5億円だと相当な額ですよね。しかし、同じ債権放棄するなら契約を巻きなおすまでもなく放棄すればよかったのではないですか?」
「50年前のお話しですか? あの債権は斉藤家出50%東小路家で50%です。そして小百合はまだ10歳にもなっていませんわね」
伊藤が何度も小さく頷いた。
「15年前の契約書のことでしたら、山本先生が見張ってらしてできなかったのです。でも私たちが債権を放棄するという意志は伝えておりましたから、今回の儀式も協力していただけたのです」
「小夜子さんはどうして協力しようと思ったのです? 実際には起訴できるようなものではありませんが、山本医師については詐欺行為として訴えられてもおかしくない内容ですよ?」
「だって夫と母と叔父に頼まれたら断れませんわ。ああ、刑事さん。誤解が無いように申し上げますと、山中さんは無関係です。今回の計画を彼に話したのは斉藤ですが、あれは余命宣告を受けた後のことです。山中さんは斉藤が心から信頼していた唯一の人ですから、自分が死んだあと、計画が頓挫しないようにしたかったのだと思います」
「それは理解していますからご安心ください。でも山中さんが全くの無関係とは言えないでしょう? 伊豆長岡は山中さんの故郷だ。病院だったんですね」
山中が顔を上げた。
「ええ、父方の実家ですよ。父は出来が悪くて医者になれなかった。そのせいでしょうか、私をとにかく良い学校に入れたがりましたからね。疎開の話は斉藤さんのお父上から頼まれたと聞いています。父は機織りの機械を作っていましたので、斉藤さんとは取引がありました。私は疎開せず三鷹に残りました。斉藤さんは父の実家を経由して小林さんたちに援助をしていたそうです。小林さんはあそこの人間ではありませんからね」
伊藤は頷いてから息を吸った。
「さあ、もう二つだけ確認させていただいたら終わりにしましょう。一つ目です。信一郎さん、お父さんを今の状態にした原因である儀式なるものを計画した人達を訴えますか?」
信一郎が俯いた。
「先ほどまで私は自分の父親を鬼畜だと思っていましたが、どうやら違ったようだ。まあ、金に執着していたことには間違いないですが……もう全て終わったことです。訴えるつもりはありません」
「わかりました。それでは最後の質問です。小夜子さん、なぜ我々に話す気になったのです? 黙っていれば全て闇の中だったでしょう?」
「そうですね。全てを闇に隠しても良かったのですが、そうなると伊藤さんも藤田さんも、ずっと調べ続けるでしょう? なんだか申し訳なくなっちゃって」
「ははは! お気遣いありがとうございました。ああ、そうだ。ブディさん、あなた、本当はどういう立場の方なのですか?」
ブディが眉を下げた。
「私はインドネシア大使館の職員ですよ。そして彼らはインドネシア外務省の職員です。我々が協力したという事で、あのお金が何に使われ、何人の命を救ったのかを察してください。そして我々民族は未来永劫、民族独立運動にご支援いただいた恩義を忘れない事を誓います」
課長が立ち上がった。
「さあ、帰ろうか。全て過去のことだしな」
「はい」
伊藤と藤田も立ち上がる。
厨房から蕎麦屋の店主が顔を出した。
課長が声を掛ける。
「また来ますよ」
「ええ、お待ちしてます」
扉を開けて振り返ると、小夜子以外の全員が深々と頭を下げていた。
「伊藤さん、お元気で」
小夜子だけがにこやかに手を振っていた。
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