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73 敵襲
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「これじゃ佐次郎を運ぶどころかご神木に行くこともできんな」
伊十郎が呟いた。
「万事休すか」
全員の思いを代弁したかのような言葉が流れた時、春乃とよねこが同時に顔を上げた。
「何の音? 地鳴りがしよる……」
二人以外はまだ気づいていない。
よねこが春乃の着物の裾をギュッと握りしめた。
「大丈夫じゃけぇね。私がよねこちゃんと佐次郎さまを守るけぇ」
春乃がよねこの手をそっと握りしめた。
「どうした? なにかあったんか?」
よねこの叔父にあたるたたら場の男が話しかけた。
春乃にしがみついたままのよねこが目だけを向ける。
言葉を発しないよねこの代わりに春乃が答えた。
「凄い音がしたんですよぉ。何かの大軍がこっちにやってきてるんですよぉ」
男たちが耳を澄ませ、佐助が地面に耳を当てる。
「蹄の音じゃな……相当な数じゃ」
佐助の声に伊十郎が振り向いた。
「もしや新宮党か? いや、毛利勢かもしれん」
春乃が北東の方を指差しながら言う。
「こっちから聞こえますよぉ」
どんどん大きくなるそれは、遂に誰の耳にも届くほどになった。
「伊十郎! 小松はおらんか!」
「国久様の声じゃ!」
飛び出そうとする伊十郎より早く、小屋の戸が開け放たれた。
「戻ってきました! お連れしましたよ!」
新宮党に使いに走った松吉と時蔵だ。
二人は小屋に駆け込むなり、伊十郎と佐助の前に跪いた。
「おう! ようやってくれた!」
伊十郎が労いの言葉をかけると、二人は半泣きの顔で頷いた。
「ここか?」
国久の声だ。
さすが新宮党の棟梁だけあって、その威圧感はなかなか慣れるものではない。
小屋を取り囲むように兵たちが散開している音がする。
馬を下りてぬっと小屋に入ってきた国久は、歯列を見せつけるような笑顔を浮かべた。
「おう、よう知らせてくれた。で? 敵はどこじゃ?」
「まだ本隊は到着していないと思いますが、男が一人とその護衛らしき曾我衆が一人か二人は来ておるようです。つい先程ですが、様子見の矢が放たれました」
伊十郎がそう言うと、頷いた国久が横たわる佐次郎と女二人に目を向けた。
「また眠ってしもうたか……こいつは寝坊助じゃのぉ。それで? このおなご達は?」
伊十郎が事の顛末を話した。
「なんと! そうか、そういうことか。なんとも不思議な事じゃ」
佐次郎の腹の中に埋まったままのよねこの腕を見ながら国久が言った。
それには答えず伊十郎がすでに来ている男の素性を伝える。
「高橋か……まあ不思議ではないのぉ。それで? ここからどう動く?」
「毛利軍が来ないとなると戦は長引きます。ぜひともここで決着をつけたい」
伊十郎の声に国久が頷いた。
「そうなると、今来ている者たちは捕えねばなぁ。知らせに走られたら面倒じゃ」
たたら場衆がおずおずと声を出した。
「なんか臭くないか?」
その声に佐助と曾我に二郎が反応した。
「何か焼けとるぞ!」
その声とほぼ同時に新宮党の男が駆け込んできた。
「集落に火が放たれたようですわい」
たたら場のほぼ真ん中にあるこの小屋にまで匂うということは、かなり燃え広がっているのだろう。
「村人は?」
たたら場衆が答える。
「もう人っ子一人おらんけぇ。みんな杣人の村に逃げとりますけぇ」
伊十郎が呟いた。
「どうやらやり合う心算のようですな」
外でドシュッという音がして何かが倒れた。
「敵襲じゃぁ! 一人やられた!」
国久が外に出ようとした瞬間、伊十郎が駆け寄り突き飛ばした。
「出て来るんを狙っとるはずじゃけ!」
外から怒鳴る声がする。
「二人おる! 東西から矢が放たれとる!」
国久がすかさず応じた。
「半数に分かれろ! 半分は東を追え! 半数は取り囲んで捕縛じゃ! 西は捨ておけ!」
小屋が崩れそうなほどの音をたてて馬が駆け去っていった。
残った半数は次の矢に備えて万全の体制を組みなおしている。
春乃はじっと目を瞑っているよねこにそっと寄り添った。
伊十郎が呟いた。
「万事休すか」
全員の思いを代弁したかのような言葉が流れた時、春乃とよねこが同時に顔を上げた。
「何の音? 地鳴りがしよる……」
二人以外はまだ気づいていない。
よねこが春乃の着物の裾をギュッと握りしめた。
「大丈夫じゃけぇね。私がよねこちゃんと佐次郎さまを守るけぇ」
春乃がよねこの手をそっと握りしめた。
「どうした? なにかあったんか?」
よねこの叔父にあたるたたら場の男が話しかけた。
春乃にしがみついたままのよねこが目だけを向ける。
言葉を発しないよねこの代わりに春乃が答えた。
「凄い音がしたんですよぉ。何かの大軍がこっちにやってきてるんですよぉ」
男たちが耳を澄ませ、佐助が地面に耳を当てる。
「蹄の音じゃな……相当な数じゃ」
佐助の声に伊十郎が振り向いた。
「もしや新宮党か? いや、毛利勢かもしれん」
春乃が北東の方を指差しながら言う。
「こっちから聞こえますよぉ」
どんどん大きくなるそれは、遂に誰の耳にも届くほどになった。
「伊十郎! 小松はおらんか!」
「国久様の声じゃ!」
飛び出そうとする伊十郎より早く、小屋の戸が開け放たれた。
「戻ってきました! お連れしましたよ!」
新宮党に使いに走った松吉と時蔵だ。
二人は小屋に駆け込むなり、伊十郎と佐助の前に跪いた。
「おう! ようやってくれた!」
伊十郎が労いの言葉をかけると、二人は半泣きの顔で頷いた。
「ここか?」
国久の声だ。
さすが新宮党の棟梁だけあって、その威圧感はなかなか慣れるものではない。
小屋を取り囲むように兵たちが散開している音がする。
馬を下りてぬっと小屋に入ってきた国久は、歯列を見せつけるような笑顔を浮かべた。
「おう、よう知らせてくれた。で? 敵はどこじゃ?」
「まだ本隊は到着していないと思いますが、男が一人とその護衛らしき曾我衆が一人か二人は来ておるようです。つい先程ですが、様子見の矢が放たれました」
伊十郎がそう言うと、頷いた国久が横たわる佐次郎と女二人に目を向けた。
「また眠ってしもうたか……こいつは寝坊助じゃのぉ。それで? このおなご達は?」
伊十郎が事の顛末を話した。
「なんと! そうか、そういうことか。なんとも不思議な事じゃ」
佐次郎の腹の中に埋まったままのよねこの腕を見ながら国久が言った。
それには答えず伊十郎がすでに来ている男の素性を伝える。
「高橋か……まあ不思議ではないのぉ。それで? ここからどう動く?」
「毛利軍が来ないとなると戦は長引きます。ぜひともここで決着をつけたい」
伊十郎の声に国久が頷いた。
「そうなると、今来ている者たちは捕えねばなぁ。知らせに走られたら面倒じゃ」
たたら場衆がおずおずと声を出した。
「なんか臭くないか?」
その声に佐助と曾我に二郎が反応した。
「何か焼けとるぞ!」
その声とほぼ同時に新宮党の男が駆け込んできた。
「集落に火が放たれたようですわい」
たたら場のほぼ真ん中にあるこの小屋にまで匂うということは、かなり燃え広がっているのだろう。
「村人は?」
たたら場衆が答える。
「もう人っ子一人おらんけぇ。みんな杣人の村に逃げとりますけぇ」
伊十郎が呟いた。
「どうやらやり合う心算のようですな」
外でドシュッという音がして何かが倒れた。
「敵襲じゃぁ! 一人やられた!」
国久が外に出ようとした瞬間、伊十郎が駆け寄り突き飛ばした。
「出て来るんを狙っとるはずじゃけ!」
外から怒鳴る声がする。
「二人おる! 東西から矢が放たれとる!」
国久がすかさず応じた。
「半数に分かれろ! 半分は東を追え! 半数は取り囲んで捕縛じゃ! 西は捨ておけ!」
小屋が崩れそうなほどの音をたてて馬が駆け去っていった。
残った半数は次の矢に備えて万全の体制を組みなおしている。
春乃はじっと目を瞑っているよねこにそっと寄り添った。
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