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98 未来へつなぐ
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二人が連れ立って座敷を出ると、ニコニコと笑っていた右京が、佐次郎と春乃に向かって養子の話を始めた。
「右京さま、なんで私の腹にやや子がおると知っとるの?」
この言葉に道庭兄弟が目を見開いて声を出した。
「えっ! 春乃! お前……身籠っとったんか」
「うん、たぶん間違いないよ。杣人の村でできた子じゃけぇ。たぶん夏には生まれると思う」
「お前……なんで言わなんだ! 昨日も重たい漬物石を動かしよったじゃろうが!」
「あんなん何でもないよね。それよりこの子が男でも女でも欲しいんかね? 右京さま」
右京が半泣きの声を出した。
「ああ、男でも女でも。それに、今腹におる子じゃなくともよいのじゃ。道庭の名を継いでくれる子が欲しいだけじゃけ」
春乃が佐次郎の顔を見ると、いつものように涙を流す右目だけではなく、左の目からも滔々と涙が零れ落ちていた。
「佐次郎さまは相変わらず泣き虫じゃね」
春乃が揶揄うように言うと、佐次郎は堪らずその小さな体を抱きしめた。
「やや子がおるんじゃけ、乱暴にしたらいけん」
「ようやった。でかしたぞ、春乃」
「うん、私も嬉しいよ。あんなにいろいろなことがあったのにまだここにおってくれるんじゃけぇ、この子はきっと強い子じゃろうね」
「ああ、そうじゃな。待ち遠しいわい」
ずっと黙ってうれし泣きをしていた右京が春乃に言う。
「とにかく体を大事にせよ。さっき漬物石をなんやら言うとったが、あんなことはしたらいけんぞ。そんなことは佐次郎にやらせればいい。春乃は一番日当たりが良い部屋で、ふんぞり返っておれ」
「はははっ! そんなことをしたらお父ちゃんにどやされるよぉ」
「そんなことはないさ。とにかく大事にしてくれよ」
「あい。ちゃんと大事にする。でも右京さま、この子はうちが育てるよ?」
「そんなん当たり前じゃ。名だけ継いでくれたらええんじゃけ」
春乃が佐次郎の顔を見て頷いた。
頷き返した佐次郎が声を出す。
「必ず道庭の領地は守るけぇ、兄上は体調だけ心配しとってください」
遠くから聞こえる兄弟の笑い声を聞きながら、伊十郎がポツリと言った。
「木村さんが羨ましいですよ。俺もここに住みたいなぁ」
木村がフッと口角を上げる。
「ここはええですよ。本当に気持ちがいい。たたら場衆も曾我衆も一癖二癖あるけれど、根はええ人間たちですわい。腹さえ割れば応えてくれます。あの城におる金子だけ貰いに来る名ばかりの武将たちとは雲泥の差じゃ」
「はぁぁぁぁぁ。本当に羨ましいですわい。まあ、そうは言うても俺には俺の役目というものがあるのでしょうけぇ、頑張らんといけません」
二人は頷きあって、たたら場の真ん中にある朽ちかけた小屋の前まで歩いた。
今日中にはこの小屋も壊され、明日の朝いちばんから掘り出し作業が始まるのだ。
まずはたたら場衆が大方の見当をつけて掘っていき、その規模によって人員の増員を図る予定だ。
「鬼の宝とは何でうかのぉ」
「本当に何ですかのぉ。ここにはもう真砂砂鉄は無いという話ですけぇ、違うものじゃとは思うのですが」
「楽しみですのぉ」
「ええ、楽しみです」
二人はまた笑い合う。
小屋の周りにいたたたら場衆と曾我衆が、男二人の屈託のない笑い声に驚いた顔を向けたが、すぐに作業に戻っていった。
その日は木村助右ヱ門の小屋に泊まった小松伊十郎が、佐次郎たちの家に来たのは、まだ朝も明けきらない頃だった。
「起きとるか」
「はぁい。伊十郎様、おはようございますねぇ。朝餉の準備はできておりますよぉ」
「ははは! 別に朝めしを強請りに来たわけではないのだが、なんだか目が覚めてしもうてのぉ」
「私もですよぉ。いよいよですものねぇ」
「ああ、いよいよじゃな。では馳走になるとするか。木村も来ておるぞ」
「だろうと思うてしっかり用意しておりますよぉ。佐次郎さまも起きていなさるけぇ、一緒に召し上がってくださいましねぇ」
頷いた伊十郎が木村助右ヱ門と一緒に表座敷に上がり込んだ。
普段は助さんと呼ばれて親しみやすさが溢れている木村だが、現役の武将と行動しているせいか、今朝はなんだか猛々しい表情だ。
「あれぇ、助さん。何を気張っておいでになるのかねぇ?」
助さんと呼ばれて木村が破顔一笑を見せる。
「女将さんにかかってはこの助右ヱ門も形無しだな。なんだか気合が入ってのぉ。ぐっすりと眠ったのもあるが、早うに目が覚めてしもうた」
「そりゃそうですよぉ。今までたんと苦労なさったもの。上手くいくと良いですねぇ」
「ああ、人事は尽くした。後は天命を待つのみじゃ」
春乃が木を繰り抜いただけの椀に炊き立ての飯をよそって盆にのせた。
今日の汁菜は山蕗の新芽とワカメだ。
「今日は奮発して卵を焼きました。あの黒いような鶏の卵は、他のと比べて小さいけんど、栄養は倍もありますけぇ。お漬物は筍ですよぉ。伊十郎さまのお土産のアジの干物も焼きましたです」
「そりゃいいや。朝から三倍飯を喰らいそうじゃな」
佐次郎が奥の部屋からのそりと出てきた。
浴衣の腹を割って撫でているのは、そこに埋まった勾玉が原因だろうか。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。よう眠ったか?」
三人は縁側に並んで座り、春乃が運んでくる箱膳を両手で受け取った。
「ええ匂いじゃ」
木村が感嘆したような声を出す。
「うちの女房は最高でしょ?」
佐次郎の精一杯の惚気に、真顔で頷く二人。
「羨ましいわい。俺ももう一度所帯を持つかな」
「それはええですのぉ。やはり生きる甲斐が出るものですよ」
佐次郎の言葉に木村が困った顔で頷いた。
「右京さま、なんで私の腹にやや子がおると知っとるの?」
この言葉に道庭兄弟が目を見開いて声を出した。
「えっ! 春乃! お前……身籠っとったんか」
「うん、たぶん間違いないよ。杣人の村でできた子じゃけぇ。たぶん夏には生まれると思う」
「お前……なんで言わなんだ! 昨日も重たい漬物石を動かしよったじゃろうが!」
「あんなん何でもないよね。それよりこの子が男でも女でも欲しいんかね? 右京さま」
右京が半泣きの声を出した。
「ああ、男でも女でも。それに、今腹におる子じゃなくともよいのじゃ。道庭の名を継いでくれる子が欲しいだけじゃけ」
春乃が佐次郎の顔を見ると、いつものように涙を流す右目だけではなく、左の目からも滔々と涙が零れ落ちていた。
「佐次郎さまは相変わらず泣き虫じゃね」
春乃が揶揄うように言うと、佐次郎は堪らずその小さな体を抱きしめた。
「やや子がおるんじゃけ、乱暴にしたらいけん」
「ようやった。でかしたぞ、春乃」
「うん、私も嬉しいよ。あんなにいろいろなことがあったのにまだここにおってくれるんじゃけぇ、この子はきっと強い子じゃろうね」
「ああ、そうじゃな。待ち遠しいわい」
ずっと黙ってうれし泣きをしていた右京が春乃に言う。
「とにかく体を大事にせよ。さっき漬物石をなんやら言うとったが、あんなことはしたらいけんぞ。そんなことは佐次郎にやらせればいい。春乃は一番日当たりが良い部屋で、ふんぞり返っておれ」
「はははっ! そんなことをしたらお父ちゃんにどやされるよぉ」
「そんなことはないさ。とにかく大事にしてくれよ」
「あい。ちゃんと大事にする。でも右京さま、この子はうちが育てるよ?」
「そんなん当たり前じゃ。名だけ継いでくれたらええんじゃけ」
春乃が佐次郎の顔を見て頷いた。
頷き返した佐次郎が声を出す。
「必ず道庭の領地は守るけぇ、兄上は体調だけ心配しとってください」
遠くから聞こえる兄弟の笑い声を聞きながら、伊十郎がポツリと言った。
「木村さんが羨ましいですよ。俺もここに住みたいなぁ」
木村がフッと口角を上げる。
「ここはええですよ。本当に気持ちがいい。たたら場衆も曾我衆も一癖二癖あるけれど、根はええ人間たちですわい。腹さえ割れば応えてくれます。あの城におる金子だけ貰いに来る名ばかりの武将たちとは雲泥の差じゃ」
「はぁぁぁぁぁ。本当に羨ましいですわい。まあ、そうは言うても俺には俺の役目というものがあるのでしょうけぇ、頑張らんといけません」
二人は頷きあって、たたら場の真ん中にある朽ちかけた小屋の前まで歩いた。
今日中にはこの小屋も壊され、明日の朝いちばんから掘り出し作業が始まるのだ。
まずはたたら場衆が大方の見当をつけて掘っていき、その規模によって人員の増員を図る予定だ。
「鬼の宝とは何でうかのぉ」
「本当に何ですかのぉ。ここにはもう真砂砂鉄は無いという話ですけぇ、違うものじゃとは思うのですが」
「楽しみですのぉ」
「ええ、楽しみです」
二人はまた笑い合う。
小屋の周りにいたたたら場衆と曾我衆が、男二人の屈託のない笑い声に驚いた顔を向けたが、すぐに作業に戻っていった。
その日は木村助右ヱ門の小屋に泊まった小松伊十郎が、佐次郎たちの家に来たのは、まだ朝も明けきらない頃だった。
「起きとるか」
「はぁい。伊十郎様、おはようございますねぇ。朝餉の準備はできておりますよぉ」
「ははは! 別に朝めしを強請りに来たわけではないのだが、なんだか目が覚めてしもうてのぉ」
「私もですよぉ。いよいよですものねぇ」
「ああ、いよいよじゃな。では馳走になるとするか。木村も来ておるぞ」
「だろうと思うてしっかり用意しておりますよぉ。佐次郎さまも起きていなさるけぇ、一緒に召し上がってくださいましねぇ」
頷いた伊十郎が木村助右ヱ門と一緒に表座敷に上がり込んだ。
普段は助さんと呼ばれて親しみやすさが溢れている木村だが、現役の武将と行動しているせいか、今朝はなんだか猛々しい表情だ。
「あれぇ、助さん。何を気張っておいでになるのかねぇ?」
助さんと呼ばれて木村が破顔一笑を見せる。
「女将さんにかかってはこの助右ヱ門も形無しだな。なんだか気合が入ってのぉ。ぐっすりと眠ったのもあるが、早うに目が覚めてしもうた」
「そりゃそうですよぉ。今までたんと苦労なさったもの。上手くいくと良いですねぇ」
「ああ、人事は尽くした。後は天命を待つのみじゃ」
春乃が木を繰り抜いただけの椀に炊き立ての飯をよそって盆にのせた。
今日の汁菜は山蕗の新芽とワカメだ。
「今日は奮発して卵を焼きました。あの黒いような鶏の卵は、他のと比べて小さいけんど、栄養は倍もありますけぇ。お漬物は筍ですよぉ。伊十郎さまのお土産のアジの干物も焼きましたです」
「そりゃいいや。朝から三倍飯を喰らいそうじゃな」
佐次郎が奥の部屋からのそりと出てきた。
浴衣の腹を割って撫でているのは、そこに埋まった勾玉が原因だろうか。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。よう眠ったか?」
三人は縁側に並んで座り、春乃が運んでくる箱膳を両手で受け取った。
「ええ匂いじゃ」
木村が感嘆したような声を出す。
「うちの女房は最高でしょ?」
佐次郎の精一杯の惚気に、真顔で頷く二人。
「羨ましいわい。俺ももう一度所帯を持つかな」
「それはええですのぉ。やはり生きる甲斐が出るものですよ」
佐次郎の言葉に木村が困った顔で頷いた。
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