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99 勾玉と銅鏡
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「おはようございます」
「ああ、おはよう。よう眠ったか?」
三人は縁側に並んで座り、春乃が運んでくる箱膳を両手で受け取った。
「ええ匂いじゃ」
木村が感嘆したような声を出す。
「うちの女房は最高でしょ?」
佐次郎の精一杯の惚気に、真顔で頷く二人。
「羨ましいわい。俺ももう一度所帯を持つかな」
「それはええですのぉ。やはり生きる甲斐が出るものですよ」
佐次郎の言葉に木村が困った顔で頷いた。
昨日のうちに壊された小屋の残骸が積んである側で、一人の曾我衆が蹲っている。
「どうした?」
助右ヱ門が声を掛けると、その男が顔を上げて言う。
「どうやらこの小屋にはまだけばけば草が染みついとるようですのぉ。こいつを燃やすと村人が狂ってしまいそうじゃ」
「それはいかんな。しかし他にも使えまい?」
「こいつは埋めた方が良さそうですのぉ。焼けた森にでも捨てましょうか」
「ああ、あそこか。焼けたままになっとるのじゃろう? そこに穴でも掘って埋めようか」
頷いた曾我衆が仲間たちに声を掛け始めた。
伊十郎が助右ヱ門に聞く。
「助さん、あいつらは穴は掘れんじゃろ? 何をさせるんじゃ?」
「あ奴らにはいろいろ仕事があるのですよ。この領地におる時は獣を狩ったり、荷を運んだりですな。要するに雑用を一手に引き受けてくれとります」
「おる時は? ということはおらんこともあるということか。ん? もしや新宮党か?」
「ご明察です。あいつらは使い道がたんとありますよ。しかし、ここが奴らの棲み処になったというのは間違いありません。もう根無し草じゃない。これで家も持てるし子もなせる」
「なるほどな」
「それにね、あいつらは獣道をよう知っとります。杣人たちとの連絡も、あいつらに頼めばすぐですよ」
「へぇ。まあ、働けることがあったのなら良かったわい」
そうこう言っている間に、掘り進める場所に縄が張られていた。
一人の男が出てきて、縄で仕切った場所の真ん中に膝をつく。
「かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちはなのおどのあはぎはらに みそぎはらへたまいしときになりませるはらえどのおおかみたち もろもろのまがごと つみ けがれあらむをばはらえたまい きよめたまへとまをすことを きこしめせとかしこみかしこみまをうす」
腹から声を絞り出したような低い響きが地を這った。
全員が頭を下げて柏手を打った時、佐次郎の家から春乃が駆け出してくる。
「佐次郎さま~ 大変ですよぉ。鏡が光るんですよぉぉぉ」
よねこの残した銅鏡を両手で持ったまま、駆け寄ってくる春乃。
佐次郎が慌てて両手を広げた。
「ばかっ! 転んだらどうするんじゃ!」
「ごめんなさい。でもね、銅鏡が……」
春乃が差し出した銅鏡を佐次郎が覗き込む。
「お? これは……」
伊十郎と助右ヱ門も佐次郎の後ろから銅鏡を見た。
「なんと! これは勾玉ではないか」
佐次郎がもろ肌を脱いで勾玉のある場所を銅鏡に映した。
すると佐次郎の腹が光りだし、銅鏡がその光を吸い込んでいく。
「あ……痛みが消えた」
そう言った佐次郎が銅鏡を覗き込むと、ずっと奥の方から光の筋が湧き出してくるのが見えた。
「なんじゃ? これは」
銅鏡を体から離した佐次郎がそう言った刹那、その光の筋が縄を打ってあるのとは別の場所を指示した。
そこは、まさに小屋が建っていた場所の真ん中あたりだ。
「ここを掘るんか?」
佐次郎が銅鏡に問いかけたが、当然返事はない。
しかし、なぜかそれが正しいような気がしてならない佐次郎が、たたら場衆に言った。
「すまんが先にここを掘ってくれ」
ずっと後ろの方で見ていた長老格の男が静かな声を出す。
「久方ぶりに見たわい。この光は鬼様のお告げの光じゃ。わしがまだ子供のころに、この地を掘れと知らしてくれたのもその光ですわい」
「鬼の光?」
「そうですよ。鬼神様は勾玉と銅鏡を映し合って占いをなさるのですよ。わしのじい様がそう言うておりなさった。いまのがそうでしょうわい」
助右ヱ門が慌てて立ち上がり、たたら場衆たちに指示を出した。
「こっちじゃ。鬼神様のお告げじゃけ。こっちを掘ってくれ」
たたら場衆たちは『鬼様のお告げ』という言葉に跳ね起きて、すぐさま作業に取り掛かった。
そのまま昼餉の時間になり、そして夕餉の時間になった。
しかし、誰一人作業をやめようとはせず、西日に頬を染めながらも黙々と掘り進めている。
「当たったぞ!」
佐次郎の背丈ほども掘り進んでいただろうか。
作業をしていた男の声に、作業場を囲んでいた松明の火が揺れた。
「よし。今日はここまでじゃ」
助右ヱ門の声に、作業員たちがのろのろと穴から這い出てきた。
「軽く埋め戻して見張りを立ててくれ」
そう言う助右ヱ門の前に曾我衆たちがやってくる。
「我らは夜目も利きますけぇ」
「ああ、そうじゃな。ではお前たちに頼もうか」
頷いた曾我衆が穴の周りを囲むように陣取った。
「他のもんはゆっくり休んで、明日に備えてくれ。夜明けと同時に始めるぞ」
道具を担いだたたら場衆が去っていくと、交代のように女たちが大きなザルを抱えてやってきた。
「握り飯だよぉ。ここで夜を明かすんでしょう? 腹が減ったらお上がりなよぉ」
女たちが差し出すザルには、米と一緒に麦や稗が入っている握り飯が山のように盛られていた。
「ああ、おはよう。よう眠ったか?」
三人は縁側に並んで座り、春乃が運んでくる箱膳を両手で受け取った。
「ええ匂いじゃ」
木村が感嘆したような声を出す。
「うちの女房は最高でしょ?」
佐次郎の精一杯の惚気に、真顔で頷く二人。
「羨ましいわい。俺ももう一度所帯を持つかな」
「それはええですのぉ。やはり生きる甲斐が出るものですよ」
佐次郎の言葉に木村が困った顔で頷いた。
昨日のうちに壊された小屋の残骸が積んである側で、一人の曾我衆が蹲っている。
「どうした?」
助右ヱ門が声を掛けると、その男が顔を上げて言う。
「どうやらこの小屋にはまだけばけば草が染みついとるようですのぉ。こいつを燃やすと村人が狂ってしまいそうじゃ」
「それはいかんな。しかし他にも使えまい?」
「こいつは埋めた方が良さそうですのぉ。焼けた森にでも捨てましょうか」
「ああ、あそこか。焼けたままになっとるのじゃろう? そこに穴でも掘って埋めようか」
頷いた曾我衆が仲間たちに声を掛け始めた。
伊十郎が助右ヱ門に聞く。
「助さん、あいつらは穴は掘れんじゃろ? 何をさせるんじゃ?」
「あ奴らにはいろいろ仕事があるのですよ。この領地におる時は獣を狩ったり、荷を運んだりですな。要するに雑用を一手に引き受けてくれとります」
「おる時は? ということはおらんこともあるということか。ん? もしや新宮党か?」
「ご明察です。あいつらは使い道がたんとありますよ。しかし、ここが奴らの棲み処になったというのは間違いありません。もう根無し草じゃない。これで家も持てるし子もなせる」
「なるほどな」
「それにね、あいつらは獣道をよう知っとります。杣人たちとの連絡も、あいつらに頼めばすぐですよ」
「へぇ。まあ、働けることがあったのなら良かったわい」
そうこう言っている間に、掘り進める場所に縄が張られていた。
一人の男が出てきて、縄で仕切った場所の真ん中に膝をつく。
「かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちはなのおどのあはぎはらに みそぎはらへたまいしときになりませるはらえどのおおかみたち もろもろのまがごと つみ けがれあらむをばはらえたまい きよめたまへとまをすことを きこしめせとかしこみかしこみまをうす」
腹から声を絞り出したような低い響きが地を這った。
全員が頭を下げて柏手を打った時、佐次郎の家から春乃が駆け出してくる。
「佐次郎さま~ 大変ですよぉ。鏡が光るんですよぉぉぉ」
よねこの残した銅鏡を両手で持ったまま、駆け寄ってくる春乃。
佐次郎が慌てて両手を広げた。
「ばかっ! 転んだらどうするんじゃ!」
「ごめんなさい。でもね、銅鏡が……」
春乃が差し出した銅鏡を佐次郎が覗き込む。
「お? これは……」
伊十郎と助右ヱ門も佐次郎の後ろから銅鏡を見た。
「なんと! これは勾玉ではないか」
佐次郎がもろ肌を脱いで勾玉のある場所を銅鏡に映した。
すると佐次郎の腹が光りだし、銅鏡がその光を吸い込んでいく。
「あ……痛みが消えた」
そう言った佐次郎が銅鏡を覗き込むと、ずっと奥の方から光の筋が湧き出してくるのが見えた。
「なんじゃ? これは」
銅鏡を体から離した佐次郎がそう言った刹那、その光の筋が縄を打ってあるのとは別の場所を指示した。
そこは、まさに小屋が建っていた場所の真ん中あたりだ。
「ここを掘るんか?」
佐次郎が銅鏡に問いかけたが、当然返事はない。
しかし、なぜかそれが正しいような気がしてならない佐次郎が、たたら場衆に言った。
「すまんが先にここを掘ってくれ」
ずっと後ろの方で見ていた長老格の男が静かな声を出す。
「久方ぶりに見たわい。この光は鬼様のお告げの光じゃ。わしがまだ子供のころに、この地を掘れと知らしてくれたのもその光ですわい」
「鬼の光?」
「そうですよ。鬼神様は勾玉と銅鏡を映し合って占いをなさるのですよ。わしのじい様がそう言うておりなさった。いまのがそうでしょうわい」
助右ヱ門が慌てて立ち上がり、たたら場衆たちに指示を出した。
「こっちじゃ。鬼神様のお告げじゃけ。こっちを掘ってくれ」
たたら場衆たちは『鬼様のお告げ』という言葉に跳ね起きて、すぐさま作業に取り掛かった。
そのまま昼餉の時間になり、そして夕餉の時間になった。
しかし、誰一人作業をやめようとはせず、西日に頬を染めながらも黙々と掘り進めている。
「当たったぞ!」
佐次郎の背丈ほども掘り進んでいただろうか。
作業をしていた男の声に、作業場を囲んでいた松明の火が揺れた。
「よし。今日はここまでじゃ」
助右ヱ門の声に、作業員たちがのろのろと穴から這い出てきた。
「軽く埋め戻して見張りを立ててくれ」
そう言う助右ヱ門の前に曾我衆たちがやってくる。
「我らは夜目も利きますけぇ」
「ああ、そうじゃな。ではお前たちに頼もうか」
頷いた曾我衆が穴の周りを囲むように陣取った。
「他のもんはゆっくり休んで、明日に備えてくれ。夜明けと同時に始めるぞ」
道具を担いだたたら場衆が去っていくと、交代のように女たちが大きなザルを抱えてやってきた。
「握り飯だよぉ。ここで夜を明かすんでしょう? 腹が減ったらお上がりなよぉ」
女たちが差し出すザルには、米と一緒に麦や稗が入っている握り飯が山のように盛られていた。
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