泣き鬼の花嫁

志波 連

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100 語り継がれる言葉

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「おつけもんもあるけぇね。汁はここに置いておくけぇ」

 驚いた曾我衆たちが腰を浮かせて頭を下げた。
 それを微笑ましく見ていた伊十郎が言う。

「俺はここで夜を明かそうかな。ほれ、星が降ってくるようじゃ」

「だめですよ。布団で寝んとだめです」

 そう言ったのは佐次郎だ。
 いつの間に着替えてきたのか、大きなどてらを着こんでいる。

「お前こそ、ここで夜明かしする気まんまんじゃないか」

「ええ、俺はここの領主ですけぇね」

 そう言いながら男たちが笑い合っていると、佐次郎の腹が鈍い光を発し始めた。

「え? お前……腹が光っとるぞ」

「え? あっ、ホントじゃ」

 薄く土を戻して埋め戻していた穴の中からも光が浮き上がっている。

「呼応しとるようじゃな」

「何なんでしょうか。痛くもなんともないですが」

 助右ヱ門が言う。

「もしかしたら昼間もそうじゃったのかもしれませんのぉ。暗くならんとわからんかっただけで」

「ああ、そうかもしれなんな。それにしてもきれいな光じゃないか。お前の腹にも星があるのではないのか?」

 そう言って伊十郎は再び夜空を見上げた。
 結局三人は昔ばなしをしながら朝までずっとその場にいた。 
 伊十郎を庇って毒矢を受けた佐次郎と、佐次郎の言葉に鼓舞されて再び戦場に向かった助右ヱ門、その助右ヱ門を救うために毒矢を受けた彼の足を切断した伊十郎。
 結局、武将を続けているのは毒を受けていない伊十郎だけだが、当の伊十郎は武将をやめた二人を羨んでいるという不思議な関係だ。

 政久の骸を抱き上げた時の感触や、懐から取り出した横笛にスルメがこびりついていたことなどを佐次郎が話す。
 死なせないためとはいえ、仲間の足を一刀で切り落とした時の心情など、あの戦いで人生が変わった三人の話は尽きない。

 そのすべてが政久の死によって始まったと思うと人生の不思議を感じずにはいられない。
 彼らの話を聞くともなく聞いている曾我衆は、かつての仲間が放った矢が始点だと思うと、なんとも言えない感情を抱いていた。
 そして、その関係した者たちがこの地に縋って生きていくのだ。
 そんな彼らを見下ろす月も星も、全てのものを平等に照らしている。

 そして翌朝、たたら場衆が再び作業を始め、交代で曾我衆が小屋に戻っていった。

「ここらでしたよ。もう少し掘ってみましょう」

 そう言って一刻も経たないうちに、つるはしの先が何か固いものに弾かれた。

「これは! 鉧(けら)じゃ! 大きな鉧が出た!」

 たたら場衆の声に佐次郎たちが穴を覗き込んだ。
 するとそこにはキラキラと輝く大きな鉄の塊があるではないか。

「これが鉧というものか」

 助右ヱ門の声にたたら場衆が興奮した顔で答えた。

「普通は砂鉄を溶かして作るのが鉧ですが、こいつはもう出来上がっとりますよ。一目でわかるほど凄い鉧じゃ。最高の玉鋼(たまはがね)ですわい!」

「玉鋼じゃと? この大きさの? こりゃたまげた」

「これほどの玉鋼となると国が買えるほどの値打ちがあるぞ」

 そうなると、これを奪おうとする者たちがいることは想像に難くない。
 取り急ぎ曾我衆たちに守りを固めさせ、たたら場衆には緘口令を敷く。

「佐次郎……いや、ご領主様。すぐにこの上に屋敷を建てなされ。ここを囲むように村を作るんですよ。少しだけ削っただけでそのくらいの金はできますけぇ」

 大急ぎで帰り支度をした伊十郎は、すぐさま国久の元へと行き、この地の警備の任を得てきた。
 最小限の兵を残し、小松家の武力をこの領地に集中させたのだ。
 助右ヱ門はあらゆる伝手を使って、玉鋼を売る算段をつけていく。
 あれよあれよという間に、佐次郎は押しも押されもせぬ大鉄師となっていった。

 そして夏がきて春乃が玉のような男児を産んだ。

「俺とそっくりすぎて何やらおもはゆいのぉ」

 そう言った佐次郎の元には、あの戦で共に戦った武将たちから祝いの品が届けられた。
 そしてまた夏が来て冬の兆しが見えた頃、春乃は二人目の男児を産んだ。

「なんと兄上のように利発そうな顔をした子ではないか」

 そん言葉に春乃は、この子が道庭の本家を継ぐのだと察した。
 そして三回目の春が来た頃、今度は女の子を産んだ春乃が泣きながら佐次郎に言う。

「やっとよねこちゃんがうまれてくれたよ。佐次郎さん、ほれ、この子は絶対によねこちゃんじゃ」

 そう言いながら生まれたばかりの赤子を抱きしめる春乃。

「うん、そうじゃな。間違いなくこの子はよねこじゃな」

 そう言いながら両目から涙を流す佐次郎。
 その赤子の右腕は、枯れ木のようにどす黒く細かった。

「この子は嫁には出さんぞ。ずっとこの地で幸せに暮らすんじゃけ」

「佐次郎さま、気が早いよぉ」

 そう笑い合う二人の側で、伊十郎と助右ヱ門はもらい泣きをしていた。
 何度も春が来て夏が過ぎた。
 砕いても減らないほど大きな鉧は、トウモクたたら場鉄師の屋敷の中庭に鎮座している。
 
 助右ヱ門に剣の手ほどきを受けている長男は、子供とは思えないほどの力持ちだ。
 学問所に通うために道庭本家に暮らしている次男が、杣人衆に付き添われて月に一度は戻ってくるのを春乃は首を長くして待っている。
 末娘の定座位置は佐次郎の胡坐の中で、父親が仕事で忙しい時には鉧に寄りかかって歌を歌っているような娘だ。

 春乃は相変わらず畑に芋を植えている。
 国で一番の着物でも思いのままだというのに、相変わらず同じ絣の着物で忙しく立ち働いていた。
 そんな春乃を佐次郎はこよなく愛し、可愛がった。
 どんな豪華な食事よりも、春乃が懐から出す蒸かし芋を何よりも喜んだ。

 この地を狙ってやってくる武将や夜盗も少なくないが、その度に壊滅的に返り討ちに遭うのはもう有名な話になっていた。

「当たり前じゃ。尼子一の軍師木村助右ヱ門とこの小松伊十郎が守っとるのだからな」

 そう豪語する伊十郎の横でニヤニヤと笑っている佐次郎。
 佐次郎は伊十郎の後ろでただ立っているだけなのに、敵兵たちから恐れ慄かれていた。

「あの地には泣き鬼がおるぞ。あれは本物の鬼じゃ!」

 奥出雲と呼ばれるこの地には、今も語り継がれる言葉があるという。

「嫁に勝とうなどとは思わぬことじゃ。泣き鬼様でも嫁には勝てぬ。勝たぬが価値じゃぞ」




 おしまい
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