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26 薬草
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笑いを止めたというより涙を止めた経久が振り返った。
「その者たちの骸は如何した?」
小松が答える。
「そのまま放置し腐れております」
「そうか、ではその腐れを箱に入れておけ。桜井と大山に抱かせてやろう」
数人の兵が頷いて陣幕を出た。
静かになった陣幕が風で揺れた。
流星が佐次郎の傷をなめている。
それを見ていた国久が言った。
「お前はもう戻って横になっておれ」
「ありがたきお言葉なれど、俺はもう持ちますまい。木村様のように足を切り落とせば何とかなるやもしれませぬが、俺の場合はここだ」
そう言って佐次郎は自分の目を指さした。
「まさか頭を切り落とすわけにもいきませんでのぉ。そこでお願いがございます」
「なんなりと申してみよ」
「ありがとうございます。俺が連れてきた権左という雑兵が戦死しましたのです。その者の娘は俺の許嫁でしてなぁ。戻ったら祝言を挙げる予定でしたが、もはやこの体だ。俺はこのまま森に消えます。しかし許嫁ばかりか父親まで行方がしれぬとなれば不憫で仕方がない。申し訳ないが権左の遺体を道庭に家に運びたいのでございます」
「権左とは……あのジジイか? あの者には返しきれぬほどの恩がある……そうか、あやつはお前の舅となる者だったか」
国久が悲痛な顔で佐次郎を見た。
「戦場に行くということは死にに行くということ。権左も満足しておりましょう。しかし残される春乃を思うといたたまれません」
「あいわかった。権左の亡骸はわが手のものによって速やかに運ばせようぞ。しかしお前は本当に戻らぬのか?」
「戻りたくても戻れますまい」
「佐次郎……」
小松が漏らすような声を出した。
「これ、お前たちは山に暮らす者であろう? このような傷に効く薬草はないのか?」
小松から声を掛けられた杣人たちが互いに顔を見合わせている。
その中の一人が口を開いた。
「その傷は蛾毒じゃと聞きました。それならホッタイソウが効きまする」
「そうか! ではすぐにそれを取って参れ」
もじもじしながら答える杣人。
「あれはこの山にはござりませんよ。ホッタイソウは因幡の山にだけ生えとりますけぇのぉ」
「因幡……」
因幡の国とは現在で言う鳥取県で、当時そこを治めていたのは山名宗全の孫である山名誠通なのだが、尼子との関係は最悪と言えた。
「因幡か。それはまた」
小松が眉を寄せた。
経久が声を出す。
「ワシが手紙を書こう。国久よ、お前の手の者の誰かに届けさせよ。つい先だって捕縛した誠通の配下の者を返すと言えば応じるであろう」
攻めれば退くばかりで、なかなか決め手が打てずにいた因幡国との争いの中で、苦労して捕縛した人質を解放するというのだ。
捕らわれていたのは岩井谷の斎木一族の者で、後日談ではあるがこの解放をきっかけに斎木は尼子側につくことになる。
「それは……なんと言う褒美じゃ! 佐次郎、喜べ! 父上が文を書いて下さるそうじゃぞ」
すでに死ぬものと決めていた佐次郎は、感謝しろと言われてもどういう顔をしていいのかわからない。
縦しんば命を落とさずに済んだとしても、とても働ける体ではないのだ。
「はっ……ありがたき幸せ」
そうは言ったが戸惑いを隠せない佐次郎に経久が言う。
「お前にではないわ。孫四郎を庇って命を落とした権左とかいう男のためじゃ。その者の娘と添うのであろう? お前が戻らねば権左も死んだ甲斐が無かろう」
佐次郎は黙ったまま地面に額をこすり付けた。
小松が後を引き取る。
「国久様の配下が動くのであれば風より早い。お前たちはすぐにでも因幡に発て。ただし武装はせず、ただの杣人が足を伸ばしたことにせよ。何なら家族が蛾毒にやられてどうしてもホッタイソウが欲しかったと言えば見逃そうよ」
頷いた杣人たちが陣幕から走り出た。
佐次郎が小松に言う。
「あの者たちの報奨金は?」
「もちろん渡してやる。たんまり色をつけてな。家族に送れば問題なかろう?」
「ありがとうございます」
経久が動いた。
「今宵はここまでじゃ。後は又四郎と孫四郎と過ごそうぞ。夜明けとともに尋問を開始する」
「はっ!」
国久がすぐに声を出す。
「権左の亡骸をこれへ。すぐに出立せねば腐れてしまおう」
目線で指示をすると新宮党の数人が頷いて動きだした。
「お前は戸板に乗せて荷車で運んでやろう」
佐次郎にそう言うと立ち上がり、国久が声を張った。
「朝までは家族だけで過ごす。酒と肴を持ってきてくれ。ああ、父上、肴は何がよろしいか?」
場の雰囲気を変えようとする国久に経久がニヤッと笑った。
「スルメが食いとうなったわ」
「畏まった」
控えていた領主たちが陣幕から出た。
流星はその場に残り、自分も家族だと主張している。
陣幕の灯りは朝まで消えなかったが、その中でどのような話がなされたのかは誰にもわからない。
「その者たちの骸は如何した?」
小松が答える。
「そのまま放置し腐れております」
「そうか、ではその腐れを箱に入れておけ。桜井と大山に抱かせてやろう」
数人の兵が頷いて陣幕を出た。
静かになった陣幕が風で揺れた。
流星が佐次郎の傷をなめている。
それを見ていた国久が言った。
「お前はもう戻って横になっておれ」
「ありがたきお言葉なれど、俺はもう持ちますまい。木村様のように足を切り落とせば何とかなるやもしれませぬが、俺の場合はここだ」
そう言って佐次郎は自分の目を指さした。
「まさか頭を切り落とすわけにもいきませんでのぉ。そこでお願いがございます」
「なんなりと申してみよ」
「ありがとうございます。俺が連れてきた権左という雑兵が戦死しましたのです。その者の娘は俺の許嫁でしてなぁ。戻ったら祝言を挙げる予定でしたが、もはやこの体だ。俺はこのまま森に消えます。しかし許嫁ばかりか父親まで行方がしれぬとなれば不憫で仕方がない。申し訳ないが権左の遺体を道庭に家に運びたいのでございます」
「権左とは……あのジジイか? あの者には返しきれぬほどの恩がある……そうか、あやつはお前の舅となる者だったか」
国久が悲痛な顔で佐次郎を見た。
「戦場に行くということは死にに行くということ。権左も満足しておりましょう。しかし残される春乃を思うといたたまれません」
「あいわかった。権左の亡骸はわが手のものによって速やかに運ばせようぞ。しかしお前は本当に戻らぬのか?」
「戻りたくても戻れますまい」
「佐次郎……」
小松が漏らすような声を出した。
「これ、お前たちは山に暮らす者であろう? このような傷に効く薬草はないのか?」
小松から声を掛けられた杣人たちが互いに顔を見合わせている。
その中の一人が口を開いた。
「その傷は蛾毒じゃと聞きました。それならホッタイソウが効きまする」
「そうか! ではすぐにそれを取って参れ」
もじもじしながら答える杣人。
「あれはこの山にはござりませんよ。ホッタイソウは因幡の山にだけ生えとりますけぇのぉ」
「因幡……」
因幡の国とは現在で言う鳥取県で、当時そこを治めていたのは山名宗全の孫である山名誠通なのだが、尼子との関係は最悪と言えた。
「因幡か。それはまた」
小松が眉を寄せた。
経久が声を出す。
「ワシが手紙を書こう。国久よ、お前の手の者の誰かに届けさせよ。つい先だって捕縛した誠通の配下の者を返すと言えば応じるであろう」
攻めれば退くばかりで、なかなか決め手が打てずにいた因幡国との争いの中で、苦労して捕縛した人質を解放するというのだ。
捕らわれていたのは岩井谷の斎木一族の者で、後日談ではあるがこの解放をきっかけに斎木は尼子側につくことになる。
「それは……なんと言う褒美じゃ! 佐次郎、喜べ! 父上が文を書いて下さるそうじゃぞ」
すでに死ぬものと決めていた佐次郎は、感謝しろと言われてもどういう顔をしていいのかわからない。
縦しんば命を落とさずに済んだとしても、とても働ける体ではないのだ。
「はっ……ありがたき幸せ」
そうは言ったが戸惑いを隠せない佐次郎に経久が言う。
「お前にではないわ。孫四郎を庇って命を落とした権左とかいう男のためじゃ。その者の娘と添うのであろう? お前が戻らねば権左も死んだ甲斐が無かろう」
佐次郎は黙ったまま地面に額をこすり付けた。
小松が後を引き取る。
「国久様の配下が動くのであれば風より早い。お前たちはすぐにでも因幡に発て。ただし武装はせず、ただの杣人が足を伸ばしたことにせよ。何なら家族が蛾毒にやられてどうしてもホッタイソウが欲しかったと言えば見逃そうよ」
頷いた杣人たちが陣幕から走り出た。
佐次郎が小松に言う。
「あの者たちの報奨金は?」
「もちろん渡してやる。たんまり色をつけてな。家族に送れば問題なかろう?」
「ありがとうございます」
経久が動いた。
「今宵はここまでじゃ。後は又四郎と孫四郎と過ごそうぞ。夜明けとともに尋問を開始する」
「はっ!」
国久がすぐに声を出す。
「権左の亡骸をこれへ。すぐに出立せねば腐れてしまおう」
目線で指示をすると新宮党の数人が頷いて動きだした。
「お前は戸板に乗せて荷車で運んでやろう」
佐次郎にそう言うと立ち上がり、国久が声を張った。
「朝までは家族だけで過ごす。酒と肴を持ってきてくれ。ああ、父上、肴は何がよろしいか?」
場の雰囲気を変えようとする国久に経久がニヤッと笑った。
「スルメが食いとうなったわ」
「畏まった」
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流星はその場に残り、自分も家族だと主張している。
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