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尼子一家を残して自幕に引きあげた領主たちは、悲壮な顔をしていた。
車座になり頭を寄せ合う。
「ワシがこの皺腹を差し出しましょう。それで収まれば一番じゃろう」
牛尾の声に安藤が続いた。
「お供仕る」
「ワシも」
「私も」
数人が声を出したが牛尾は頷かなかった。
「木村殿、貴殿はどう思う?」
毒で寒気がするのか、真っ青な顔のまま木村助右ヱ門が声を出した。
「牛尾様にお供するなら俺でしょう。恐らく俺はもうだめだ。ここで死ぬのも同じでござる」
牛尾が頷く。
小松が静かに声を出した。
「木村様、俺は政久様の側近だ。だからかの方のお考えはよく知っている。絶対に喜ばれませんよ。むしろ生きて戻って働けと仰るはずだ。薬草が間に合えば佐次郎も助かりましょう。あなたは足を切るしかないが、切れば生きられるのです」
全員が木村の足に視線を向けた。
毒矢を受けた膝上から変色しており、すでに太腿の半ばまで毒が侵食しているのがわかる。
「なるほど。毒に殺されるのは業腹ですな。のう、小松様、お主が切ってくれぬか?」
小松が静かに立ち上がる。
「承った。ただし俺は刀を失いましてな。木村様の愛刀を拝借できますか?」
「勿論です」
男たちが頷きあうと、控えていた木村助右ヱ門の弟である木村喜平が自分の鉢巻を外して兄の太腿をきつく縛った。
その痛みに顔を顰めた助右ヱ門が声を出す。
「喜平、すまんがお前が家督を継いでくれ。俺は武将としてはもうだめじゃが、ここから上で生きていく」
自分の首を指さしてにやりと笑った。
その顔には粒のような汗が浮かび、痛みに耐えているのがわかる。
小松が配下の者を呼んだ。
「血止め草を大量に用意せよ。後は晒しが必要じゃが汚れていてはダメじゃ」
戦場での応急措置は血止め草と晒しが必需品だ。
通常なら一番先に無くなるのだが、今回はほとんど使うような戦闘は無かったのが幸いした。
「では、木村様」
「ええ、小松様、よろしくお頼み申す」
木村助右ヱ門の愛刀を何度か振り、感触を確かめた小松伊十郎が襷を掛けた。
気傷を負った左足の踵を切り株に乗せて、右足を大きく開く助右ヱ門。
その後ろには喜平が立ち、兄の体を支えている。
きつく縛った場所のすぐ下を、大腿骨諸共に切ろうというのだ。
小松の額に緊張の汗が浮かんだ。
固唾をのみ見守る人たちの真ん中で、静かに声を出した。
「参る」
「お頼み申す」
大上段に振りあげられた刀が月光を浴びてきらりと光る。
シュンという音がした次の瞬間、ドサッと助右ヱ門の左足が転がった。
「お……お見事で……ござる。かたじけのう……」
そこまで声に出した木村助右ヱ門だったが、がくんと後ろに仰け反ったまま動かなくなった。
数人が駆け寄り、血止め草をすりつぶした液をたっぷりと染み込ませた晒しを幾重にも巻き始める。
白い晒しがみるみる血に染まる。
それを何度も繰り返すうち血が止まったのか、色が変わらなくなった。
切り落とされた兄の足をじっと眺めていた喜平が小松に言った。
「恩にきます」
「ああ……後はご本人の気力のみだ」
切り口からどす黒い血が流れだしているままの助右ヱ門の左足を布に包み喜平が下がった。
ふうっと大きく息を吐いた小松に、酒が差し出された。
「安藤殿……かたじけない」
酒の入った竹筒を渡しながら安藤が言う。
「あれは良い男じゃ。必ず生き延びてくれましょう」
「ええ、そう願いましょう」
木村が流した血が地面に淀み、それに映った月が風に揺れた。
そしてその頃、無理に動いたことで再び気を失っていた佐次郎を囲む杣人たちも、神妙な顔で頭を寄せ合っていた。
「行くのは良いが金子はどうする?」
「佐次郎さまの鎧箱に金子が入っておると権左様が言うてなさったぞ」
「黙って取るのは気が引けるわい」
「そうは言うても因幡までとなると金はいるぞ。もしあちらの木こりに文句を言われたら金を渡すことにもなるじゃろう?」
「ああ、それはそうじゃな」
その時、木村喜平がのそりと現れた。
その顔色は悪く、何かに耐えているような表情だ。
「如何なさいました。真っ青じゃ」
それには答えず、木村は懐から革袋を取り出した。
「旅費にいたせ。残ればやる。しかし絶対に裏切るな。頼むから薬草を持ちかえってくれ。我が兄も同じ毒で苦しんでおる」
震えるようなこの声に、喜平の真剣さが伝わってくる。
杣人たちは立ち上がって頷いた。
「裏切るようなことはしません。持てるだけ持って帰りますけぇ、もう少し待っとって下さいねぇ。わしのところの爺様が、生え獲る場所を知っていなさるで、必ずもちかえりましょうからの」
「ああ、頼む。本当に頼むぞ」
木村が顔の前で手を合わせた頭を下げた。
長老格の男が出立する三人に頷いて見せた。
「褒章の金は必ず家族に届けるで心配すな。お前たちはホッタイソウを持ちかえることだけを考えろ」
「へいっ」
男たちが森の闇に消えていった。
政久が城を出立して二十日。
その命をこの地に散らして三日目の朝が来ようとしていた。
車座になり頭を寄せ合う。
「ワシがこの皺腹を差し出しましょう。それで収まれば一番じゃろう」
牛尾の声に安藤が続いた。
「お供仕る」
「ワシも」
「私も」
数人が声を出したが牛尾は頷かなかった。
「木村殿、貴殿はどう思う?」
毒で寒気がするのか、真っ青な顔のまま木村助右ヱ門が声を出した。
「牛尾様にお供するなら俺でしょう。恐らく俺はもうだめだ。ここで死ぬのも同じでござる」
牛尾が頷く。
小松が静かに声を出した。
「木村様、俺は政久様の側近だ。だからかの方のお考えはよく知っている。絶対に喜ばれませんよ。むしろ生きて戻って働けと仰るはずだ。薬草が間に合えば佐次郎も助かりましょう。あなたは足を切るしかないが、切れば生きられるのです」
全員が木村の足に視線を向けた。
毒矢を受けた膝上から変色しており、すでに太腿の半ばまで毒が侵食しているのがわかる。
「なるほど。毒に殺されるのは業腹ですな。のう、小松様、お主が切ってくれぬか?」
小松が静かに立ち上がる。
「承った。ただし俺は刀を失いましてな。木村様の愛刀を拝借できますか?」
「勿論です」
男たちが頷きあうと、控えていた木村助右ヱ門の弟である木村喜平が自分の鉢巻を外して兄の太腿をきつく縛った。
その痛みに顔を顰めた助右ヱ門が声を出す。
「喜平、すまんがお前が家督を継いでくれ。俺は武将としてはもうだめじゃが、ここから上で生きていく」
自分の首を指さしてにやりと笑った。
その顔には粒のような汗が浮かび、痛みに耐えているのがわかる。
小松が配下の者を呼んだ。
「血止め草を大量に用意せよ。後は晒しが必要じゃが汚れていてはダメじゃ」
戦場での応急措置は血止め草と晒しが必需品だ。
通常なら一番先に無くなるのだが、今回はほとんど使うような戦闘は無かったのが幸いした。
「では、木村様」
「ええ、小松様、よろしくお頼み申す」
木村助右ヱ門の愛刀を何度か振り、感触を確かめた小松伊十郎が襷を掛けた。
気傷を負った左足の踵を切り株に乗せて、右足を大きく開く助右ヱ門。
その後ろには喜平が立ち、兄の体を支えている。
きつく縛った場所のすぐ下を、大腿骨諸共に切ろうというのだ。
小松の額に緊張の汗が浮かんだ。
固唾をのみ見守る人たちの真ん中で、静かに声を出した。
「参る」
「お頼み申す」
大上段に振りあげられた刀が月光を浴びてきらりと光る。
シュンという音がした次の瞬間、ドサッと助右ヱ門の左足が転がった。
「お……お見事で……ござる。かたじけのう……」
そこまで声に出した木村助右ヱ門だったが、がくんと後ろに仰け反ったまま動かなくなった。
数人が駆け寄り、血止め草をすりつぶした液をたっぷりと染み込ませた晒しを幾重にも巻き始める。
白い晒しがみるみる血に染まる。
それを何度も繰り返すうち血が止まったのか、色が変わらなくなった。
切り落とされた兄の足をじっと眺めていた喜平が小松に言った。
「恩にきます」
「ああ……後はご本人の気力のみだ」
切り口からどす黒い血が流れだしているままの助右ヱ門の左足を布に包み喜平が下がった。
ふうっと大きく息を吐いた小松に、酒が差し出された。
「安藤殿……かたじけない」
酒の入った竹筒を渡しながら安藤が言う。
「あれは良い男じゃ。必ず生き延びてくれましょう」
「ええ、そう願いましょう」
木村が流した血が地面に淀み、それに映った月が風に揺れた。
そしてその頃、無理に動いたことで再び気を失っていた佐次郎を囲む杣人たちも、神妙な顔で頭を寄せ合っていた。
「行くのは良いが金子はどうする?」
「佐次郎さまの鎧箱に金子が入っておると権左様が言うてなさったぞ」
「黙って取るのは気が引けるわい」
「そうは言うても因幡までとなると金はいるぞ。もしあちらの木こりに文句を言われたら金を渡すことにもなるじゃろう?」
「ああ、それはそうじゃな」
その時、木村喜平がのそりと現れた。
その顔色は悪く、何かに耐えているような表情だ。
「如何なさいました。真っ青じゃ」
それには答えず、木村は懐から革袋を取り出した。
「旅費にいたせ。残ればやる。しかし絶対に裏切るな。頼むから薬草を持ちかえってくれ。我が兄も同じ毒で苦しんでおる」
震えるようなこの声に、喜平の真剣さが伝わってくる。
杣人たちは立ち上がって頷いた。
「裏切るようなことはしません。持てるだけ持って帰りますけぇ、もう少し待っとって下さいねぇ。わしのところの爺様が、生え獲る場所を知っていなさるで、必ずもちかえりましょうからの」
「ああ、頼む。本当に頼むぞ」
木村が顔の前で手を合わせた頭を下げた。
長老格の男が出立する三人に頷いて見せた。
「褒章の金は必ず家族に届けるで心配すな。お前たちはホッタイソウを持ちかえることだけを考えろ」
「へいっ」
男たちが森の闇に消えていった。
政久が城を出立して二十日。
その命をこの地に散らして三日目の朝が来ようとしていた。
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