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40 たたら場の住人
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「一人も逃さんぞ」
流星が木々を搔い潜り駆けおりていく。
鋤の柄で応戦していた杣人が、駆けてくる佐次郎を見てポカンと口を開けた。
「鬼の佐次郎さまじゃ。佐次郎さまが助けに来てくれんさったでぇぇぇ! 皆の衆! 佐次郎さまのお目覚めじゃぁぁぁぁ」
鍋の蓋で子供を守っていた母親たちの前に立ちはだかる流星と佐次郎。
その体はやせ衰えてはいるが、片方だけになった眼光は恐ろしいほどに鋭い。
「子供と女は上へ! 春乃がおるけぇ一緒に隠れろ! じいさん達は森に入って身を守れ! 必ず迎えに行く! 安心して我が身だけを守れ! 行くぞ杣人隊!」
「おぉぉぉぉぉ!」
いっきに士気が上がり、襲って来た山賊たちの腰が引けた。
「一匹たりとも逃すでないぞ! 生かしておく必要は無い! 頭を砕いてやれ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
いっきに形勢は逆転だ。
いつもなら殺すなという佐次郎の怒気に、仲間である杣人たちでさえ怖気が走った。
流星は縦横無尽に駆けまわり、佐次郎は山賊たちの肩を丸太で打ち据えていく。
怪我を負い転がっていた杣人の体を器用に避けつつ、流星は山賊だけを狙って動いた。
「さすが政久様の愛馬じゃのう。動きが俊敏で的確じゃ」
山賊を狩りながら佐次郎が流星を褒めた。
肉の煮汁だけで生きていた男と、藁だけで凌いでいた馬の動きとは思えないほど鋭い。
そして最後の一人となった山賊を取り囲んだ杣人たち。
その真ん中には流星に跨った佐次郎の姿があった。
腰を抜かしたように尻を地べたにつけた男が、佐次郎を指さした。
「阿用の鬼じゃ。ほんまに(本当に)おったんじゃ。ああ……そうかぁ、阿用鬼はおりんさったんか。ならなんで助けてくれなんだ? ワシらの村はもう……」
佐次郎が流星から降りて、その男の顔を覗き込んだ。
「阿用鬼? ああ、あの片目の鬼か? なぜ鬼が山賊を助けねばならん」
男がぽろぽろと涙をこぼしながら言った。
「阿用鬼のことはじい様から聞いとる。わしらはたたら場で暮らしておったんじゃ。来る日も来る日も男はケラをとり、女は鞴を踏んで生きてきたんじゃ。阿用鬼はたたら場の守り神じゃろう? そうなんじゃろう?」
「どこのたたら場か?」
「奥出雲じゃ。ある日毛利の兵が村に入ってきてワシらは捕まった。尼子のために作っておった鉄を毛利のために作れと言われたんじゃ。ワシらにとっては侍などどちらでもいい。そうこうしておったら、今度は尼子の兵が攻めてきたんじゃ。ワシらの住んどった山が戦場になって女も子供もジジさまもババさまもたくさん切られて死んだんじゃ! そん時に年寄りが言うとった。村下(むらげ:製鉄の熟練職人)は鬼の子孫じゃと。じゃから困ったときは阿用鬼様が助けに来てくれるとなぁ。なのになんで来んかった! なんでワシらを見捨てたんじゃ!」
その男は膝立ちになって佐次郎の腹をぽかぽかと打ち据えた。
じっとされるがままになっている佐次郎。
杣人の数人が男を羽交い絞めにして佐次郎から引き剝いだ。
「この御方は鬼ではないぞ。先の戦で毒矢にやられてずっと伏せっておっただけじゃ」
「え? 鬼じゃない?」
「ああ、この人は立派なお武家様よ」
男が再びペタンと尻もちをついた。
「噓じゃ……噓じゃと言うてくれえや……ジジ様もババ様もみんなそれを信じて待っておるというのに。なんでじゃ……ワシらは見捨てられたんか? ははは……そうか、ワシらは要らん人間か……ははは……かかぁは攫われ子は谷から捨てられた。それでも生きとったんは阿用鬼さまが来ると信じとったから……ワシらは……信じとったんじゃ!」
男が泣き崩れた。
襲われた側の杣人たちは苦い顔をして男の震える背中を見ていた。
「ブルルルルルン」
流星が鼻を鳴らした。
「おお、そうじゃな。春乃たちを迎えに行かねばな。おい、お前たちも森に隠れたじじばばを迎えに行ってやれ。ケガをしたものは長老の家に集めておけ。それと誰ぞ医者を呼んで来い」
男たちが動きだした。
「医者を呼んでも払う銭が無いですよ」
そう言った男に佐次郎がニヤッと笑った。
「心配するな。俺の報奨金は伊十郎様が預かってくれとる。あれを使うでなぁ」
そしてまだ泣いている男に声を掛けた。
「集落にはまだ人はおるんか?」
「おるよ。生き残ったもんが火を守っとるよ。でも食いものがないけぇ……ワシら若いもんは山賊になるしか無かったんじゃ」
「そうか。鉄はまだできるんじゃな?」
「当たり前じゃ」
「お前はワシの家に来い。死んだやつらは荼毘にふして山に返す」
男がのろのろと立ち上がった。
「何人生き残っとる?」
「俺が相手をしたやつらはみんな生きとるよ。脳みそを揺らしただけじゃけぇ」
それを聞いた杣人が顔を見合わせて頷きあった。
「やっぱり佐次郎さまは佐次郎さまじゃの」
「ほんまにのぅ」
見上げた空では太陽が頂点に差し掛かろうとしていた。
流星が木々を搔い潜り駆けおりていく。
鋤の柄で応戦していた杣人が、駆けてくる佐次郎を見てポカンと口を開けた。
「鬼の佐次郎さまじゃ。佐次郎さまが助けに来てくれんさったでぇぇぇ! 皆の衆! 佐次郎さまのお目覚めじゃぁぁぁぁ」
鍋の蓋で子供を守っていた母親たちの前に立ちはだかる流星と佐次郎。
その体はやせ衰えてはいるが、片方だけになった眼光は恐ろしいほどに鋭い。
「子供と女は上へ! 春乃がおるけぇ一緒に隠れろ! じいさん達は森に入って身を守れ! 必ず迎えに行く! 安心して我が身だけを守れ! 行くぞ杣人隊!」
「おぉぉぉぉぉ!」
いっきに士気が上がり、襲って来た山賊たちの腰が引けた。
「一匹たりとも逃すでないぞ! 生かしておく必要は無い! 頭を砕いてやれ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
いっきに形勢は逆転だ。
いつもなら殺すなという佐次郎の怒気に、仲間である杣人たちでさえ怖気が走った。
流星は縦横無尽に駆けまわり、佐次郎は山賊たちの肩を丸太で打ち据えていく。
怪我を負い転がっていた杣人の体を器用に避けつつ、流星は山賊だけを狙って動いた。
「さすが政久様の愛馬じゃのう。動きが俊敏で的確じゃ」
山賊を狩りながら佐次郎が流星を褒めた。
肉の煮汁だけで生きていた男と、藁だけで凌いでいた馬の動きとは思えないほど鋭い。
そして最後の一人となった山賊を取り囲んだ杣人たち。
その真ん中には流星に跨った佐次郎の姿があった。
腰を抜かしたように尻を地べたにつけた男が、佐次郎を指さした。
「阿用の鬼じゃ。ほんまに(本当に)おったんじゃ。ああ……そうかぁ、阿用鬼はおりんさったんか。ならなんで助けてくれなんだ? ワシらの村はもう……」
佐次郎が流星から降りて、その男の顔を覗き込んだ。
「阿用鬼? ああ、あの片目の鬼か? なぜ鬼が山賊を助けねばならん」
男がぽろぽろと涙をこぼしながら言った。
「阿用鬼のことはじい様から聞いとる。わしらはたたら場で暮らしておったんじゃ。来る日も来る日も男はケラをとり、女は鞴を踏んで生きてきたんじゃ。阿用鬼はたたら場の守り神じゃろう? そうなんじゃろう?」
「どこのたたら場か?」
「奥出雲じゃ。ある日毛利の兵が村に入ってきてワシらは捕まった。尼子のために作っておった鉄を毛利のために作れと言われたんじゃ。ワシらにとっては侍などどちらでもいい。そうこうしておったら、今度は尼子の兵が攻めてきたんじゃ。ワシらの住んどった山が戦場になって女も子供もジジさまもババさまもたくさん切られて死んだんじゃ! そん時に年寄りが言うとった。村下(むらげ:製鉄の熟練職人)は鬼の子孫じゃと。じゃから困ったときは阿用鬼様が助けに来てくれるとなぁ。なのになんで来んかった! なんでワシらを見捨てたんじゃ!」
その男は膝立ちになって佐次郎の腹をぽかぽかと打ち据えた。
じっとされるがままになっている佐次郎。
杣人の数人が男を羽交い絞めにして佐次郎から引き剝いだ。
「この御方は鬼ではないぞ。先の戦で毒矢にやられてずっと伏せっておっただけじゃ」
「え? 鬼じゃない?」
「ああ、この人は立派なお武家様よ」
男が再びペタンと尻もちをついた。
「噓じゃ……噓じゃと言うてくれえや……ジジ様もババ様もみんなそれを信じて待っておるというのに。なんでじゃ……ワシらは見捨てられたんか? ははは……そうか、ワシらは要らん人間か……ははは……かかぁは攫われ子は谷から捨てられた。それでも生きとったんは阿用鬼さまが来ると信じとったから……ワシらは……信じとったんじゃ!」
男が泣き崩れた。
襲われた側の杣人たちは苦い顔をして男の震える背中を見ていた。
「ブルルルルルン」
流星が鼻を鳴らした。
「おお、そうじゃな。春乃たちを迎えに行かねばな。おい、お前たちも森に隠れたじじばばを迎えに行ってやれ。ケガをしたものは長老の家に集めておけ。それと誰ぞ医者を呼んで来い」
男たちが動きだした。
「医者を呼んでも払う銭が無いですよ」
そう言った男に佐次郎がニヤッと笑った。
「心配するな。俺の報奨金は伊十郎様が預かってくれとる。あれを使うでなぁ」
そしてまだ泣いている男に声を掛けた。
「集落にはまだ人はおるんか?」
「おるよ。生き残ったもんが火を守っとるよ。でも食いものがないけぇ……ワシら若いもんは山賊になるしか無かったんじゃ」
「そうか。鉄はまだできるんじゃな?」
「当たり前じゃ」
「お前はワシの家に来い。死んだやつらは荼毘にふして山に返す」
男がのろのろと立ち上がった。
「何人生き残っとる?」
「俺が相手をしたやつらはみんな生きとるよ。脳みそを揺らしただけじゃけぇ」
それを聞いた杣人が顔を見合わせて頷きあった。
「やっぱり佐次郎さまは佐次郎さまじゃの」
「ほんまにのぅ」
見上げた空では太陽が頂点に差し掛かろうとしていた。
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