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41 それぞれの事情
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怪我を負った杣人たちはもちろん、痛みで動けなくなっているたたら場衆も治療を受けていた。
森に逃げ込んでいた老人たちも、無事に全員が戻り、村に安堵の空気が流れる。
佐次郎の小屋から戻ってきた女たちは、意識を取り戻したたたら場衆を睨みつけていたが、佐次郎の説明でその態度を軟化させた。
「まあそちらさんにも事情はあったのじゃろうが、だからと言ってやって良い事と悪いことはあるじゃろうが!」
最年長の老婆が枯れ枝のような腕を振り上げて、襲ってきたたたら場衆の頭の頭をポカンと叩く。
「申し訳ない……ワシらが間違っておりました。すんません……すんません」
プルプルと震える足を精一杯踏ん張りながら、老女が続けた。
その周りを杣人たちが取り囲み、ニヤニヤと笑っている者もいる。
「そんで? お前達の村にもジジババがおるんか?」
「はい。ワシらのように動けるもんは山賊のなりをしとりますが、村にはジジババもカカアも子もおります。みんな腹をすかせて骨と皮ばかりになっとります」
山裾から続く道を辿って風が駆けあがってきた。
微かに煮炊きの匂いが含まれている。
肩を砕かれた男の腹が恥ずかしそうに鳴いた。
「グゥゥゥゥゥ」
老婆がその男を見る。
男は腕を棒きれで固定されながら、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「出しちゃれぇ。あの戦でワシらが負けとったらこうなっとったんじゃ。生きとるもんは生き続ける努力をせにゃあ、死んだもんに顔向けができんわい」
頷いた女たちが動きだす。
その中には春乃もいた。
「おい、春乃。こっちに来てくれ」
佐次郎が声を出す。
振り向いた春乃の顔は涙でくちゃくちゃになっていた。
「佐次郎さま……佐次郎さまぁぁぁぁ」
春乃が駆け寄り、佐次郎の胸に飛び込んだ。
先程までの鬼神のような戦いぶりが噓のように、軽い春乃を受け止めた体がよろめく。
「春乃、心配をかけてしもうたのぉ。すまんかった。じゃが、お前のお陰で俺は生きとるぞ」
「うん、佐次郎さまは生きていなさるよ」
「お前に……謝らねばならんことが……」
春乃が目っ直ぐな目で佐次郎を見上げた。
「お父ちゃん?」
「ああ……」
「お父ちゃんは帰ってきなさったよ」
「え?」
朦朧とした意識の中で権左と交わした会話が甦る。
「お父ちゃんは絶対に佐次郎さまはお戻りなさるけぇ、待っとれと言いなさった」
「権左が?」
「うん、体が戻って来た夜に夢にでてくれたんじゃ。お父ちゃんは心配性じゃけぇね。それだけ言ったら安心したんじゃろう。月に吸われて行きなさったよ」
「そうか……月にのぉ」
「ほれ、あそこに居りんさるけぇ。寂しゅうはないよ」
春乃の指さす方向に月白が霞んで見えた。
夜に見る月が初夏の山吹の花なら、月白はまるで白花カタクリソウを思わせる。
「権左……いや義父上。俺は生きとるぞ」
春乃が佐次郎にしがみついた。
「もう死んだら許さんけぇね。もう一回死んだんじゃけ、もう死んだらいけんのんじゃけぇ」
「うん、俺は死なんよ」
二人の側に長老が近寄ってくる。
「さあさあ、飯にしましょうわい。今日は芹と干したナバ(キノコ)の味噌汁じゃけぇ」
それを聞いたたたら場衆の腹が一斉に騒ぎ始めた。
修羅場をくぐり抜けた山間に笑い声が響く。
「さあさあ、たんとは無いがあるだけ全部食いんさい。あんたらは村に戻らにゃいけんのじゃろ? 途中まで送ったげるけぇ。元気だしんさいよ」
鍋の蓋とすりこ木で応戦していた女が木をくり抜いて作った椀を差し出す。
それを受け取ったたたら場の男が声を出して泣き始めた。
「ワシはええけぇ、子に食わしてやりたいのぉ」
女が応える。
「何言いよるんね。あんたが元気で動かんかったら子も育たんのよ。まずはあんたが食べんさい」
それを見ていた佐次郎が、最後に残っていたたたら場の男に声を掛けた。
「まだ毛利のやつらはおるんか?」
「へぇ、村には何も無いけぇあまり来んけんど、何人か残して見張っとるよ。中でも一人厄介な男がおってねぇ。弓がうまいのが自慢で、尼子の若殿を射抜いたのは自分じゃと嘯いとってねぇ。いけ好かん男で威張りくさっとるよ」
「若殿を射抜いた?」
佐次郎と共に戦場を駆けた数人の杣人が気色ばむ。
「あの時逃がした奴かもしれん」
呟くような言葉に佐次郎が頷いた。
「誰か小松様のところに走ってくれ。単騎で来てくれと言うんじゃ。けっして詳細は話すな」
男が二人駆け出していく。
その後ろ姿を見送った佐次郎がポツンと呟いた。
「戦はまだ終わっとらんのじゃのぉ」
佐次郎のザンバラ髪を揶揄うように、まだ冷たい初春の風が吹き抜けた。
森に逃げ込んでいた老人たちも、無事に全員が戻り、村に安堵の空気が流れる。
佐次郎の小屋から戻ってきた女たちは、意識を取り戻したたたら場衆を睨みつけていたが、佐次郎の説明でその態度を軟化させた。
「まあそちらさんにも事情はあったのじゃろうが、だからと言ってやって良い事と悪いことはあるじゃろうが!」
最年長の老婆が枯れ枝のような腕を振り上げて、襲ってきたたたら場衆の頭の頭をポカンと叩く。
「申し訳ない……ワシらが間違っておりました。すんません……すんません」
プルプルと震える足を精一杯踏ん張りながら、老女が続けた。
その周りを杣人たちが取り囲み、ニヤニヤと笑っている者もいる。
「そんで? お前達の村にもジジババがおるんか?」
「はい。ワシらのように動けるもんは山賊のなりをしとりますが、村にはジジババもカカアも子もおります。みんな腹をすかせて骨と皮ばかりになっとります」
山裾から続く道を辿って風が駆けあがってきた。
微かに煮炊きの匂いが含まれている。
肩を砕かれた男の腹が恥ずかしそうに鳴いた。
「グゥゥゥゥゥ」
老婆がその男を見る。
男は腕を棒きれで固定されながら、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「出しちゃれぇ。あの戦でワシらが負けとったらこうなっとったんじゃ。生きとるもんは生き続ける努力をせにゃあ、死んだもんに顔向けができんわい」
頷いた女たちが動きだす。
その中には春乃もいた。
「おい、春乃。こっちに来てくれ」
佐次郎が声を出す。
振り向いた春乃の顔は涙でくちゃくちゃになっていた。
「佐次郎さま……佐次郎さまぁぁぁぁ」
春乃が駆け寄り、佐次郎の胸に飛び込んだ。
先程までの鬼神のような戦いぶりが噓のように、軽い春乃を受け止めた体がよろめく。
「春乃、心配をかけてしもうたのぉ。すまんかった。じゃが、お前のお陰で俺は生きとるぞ」
「うん、佐次郎さまは生きていなさるよ」
「お前に……謝らねばならんことが……」
春乃が目っ直ぐな目で佐次郎を見上げた。
「お父ちゃん?」
「ああ……」
「お父ちゃんは帰ってきなさったよ」
「え?」
朦朧とした意識の中で権左と交わした会話が甦る。
「お父ちゃんは絶対に佐次郎さまはお戻りなさるけぇ、待っとれと言いなさった」
「権左が?」
「うん、体が戻って来た夜に夢にでてくれたんじゃ。お父ちゃんは心配性じゃけぇね。それだけ言ったら安心したんじゃろう。月に吸われて行きなさったよ」
「そうか……月にのぉ」
「ほれ、あそこに居りんさるけぇ。寂しゅうはないよ」
春乃の指さす方向に月白が霞んで見えた。
夜に見る月が初夏の山吹の花なら、月白はまるで白花カタクリソウを思わせる。
「権左……いや義父上。俺は生きとるぞ」
春乃が佐次郎にしがみついた。
「もう死んだら許さんけぇね。もう一回死んだんじゃけ、もう死んだらいけんのんじゃけぇ」
「うん、俺は死なんよ」
二人の側に長老が近寄ってくる。
「さあさあ、飯にしましょうわい。今日は芹と干したナバ(キノコ)の味噌汁じゃけぇ」
それを聞いたたたら場衆の腹が一斉に騒ぎ始めた。
修羅場をくぐり抜けた山間に笑い声が響く。
「さあさあ、たんとは無いがあるだけ全部食いんさい。あんたらは村に戻らにゃいけんのじゃろ? 途中まで送ったげるけぇ。元気だしんさいよ」
鍋の蓋とすりこ木で応戦していた女が木をくり抜いて作った椀を差し出す。
それを受け取ったたたら場の男が声を出して泣き始めた。
「ワシはええけぇ、子に食わしてやりたいのぉ」
女が応える。
「何言いよるんね。あんたが元気で動かんかったら子も育たんのよ。まずはあんたが食べんさい」
それを見ていた佐次郎が、最後に残っていたたたら場の男に声を掛けた。
「まだ毛利のやつらはおるんか?」
「へぇ、村には何も無いけぇあまり来んけんど、何人か残して見張っとるよ。中でも一人厄介な男がおってねぇ。弓がうまいのが自慢で、尼子の若殿を射抜いたのは自分じゃと嘯いとってねぇ。いけ好かん男で威張りくさっとるよ」
「若殿を射抜いた?」
佐次郎と共に戦場を駆けた数人の杣人が気色ばむ。
「あの時逃がした奴かもしれん」
呟くような言葉に佐次郎が頷いた。
「誰か小松様のところに走ってくれ。単騎で来てくれと言うんじゃ。けっして詳細は話すな」
男が二人駆け出していく。
その後ろ姿を見送った佐次郎がポツンと呟いた。
「戦はまだ終わっとらんのじゃのぉ」
佐次郎のザンバラ髪を揶揄うように、まだ冷たい初春の風が吹き抜けた。
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