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42 再会
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その日の夕刻近くになって小松伊十郎はやってきた。
馬が汗をかくほど大きな荷物を括り付けている。
「佐次郎!」
佐次郎の小屋の戸がガラリと開く。
「小松様……お久しゅうございます」
伊十郎の目から大粒の涙が噴き出した。
「佐次郎……」
「はい」
「佐次郎よぉ……佐次郎じゃのぉ。うん、佐次郎じゃ」
伊十郎がペタペタと佐次郎の顔を触る。
その指先が伽藍洞になった眼窩に入った。
そのことが全ては現実なのだと突きつける。
「すまんかった……俺がボンクラじゃった。本当にすまんかった」
「何を言うかと思うたら。俺は小松様がおってくれたけぇ生き残れたんじゃ。ありがとうござりました」
佐次郎が春乃と共に頭を下げた。
「何を言うか。しかしお前は強いのぉ。強い男じゃ。惚れ惚れするわい」
伊十郎の声が震えた。
あとを追ってきた杣人が荷物を運びこむ。
涙を隠すようにそれを指さした伊十郎が春乃に言った。
「これは仲人としての祝儀じゃ。受け取ってくれ」
春乃が行李を開けると明るい花柄の着物と萌黄色の帯がきれいに畳まれている。
その下には佐次郎の体でも十分なほどたっぷりとした反物が入っていた。
「あれぇ、これは高価なものじゃ。佐次郎さま……どうしましょう」
佐次郎が落ち窪んだ目から涙を流しながら言った。
「もうろうておけ。お前にもべべ(着物)がいるじゃろう? そんな子供のころから着とる着物はもう仕舞いにしてしまえ」
「勿体ないのぉ……でも、嬉しい! ありがとうございます、小松様」
小松が照れたように鬢をかく。
「お……おう。見立ては女房じゃから安心せよ。それより佐次郎、何があった? 右京や父親ではなく俺を先に呼ぶとは」
隈笹茶を沸かしに立った春乃を見送ってから小松伊十郎が声を出した。
「実は……」
今日起こった山賊襲撃の話をザッと語る佐次郎。
そして最後の一言に伊十郎が目を見開いた。
「本当か噓かはわかりませんけぇ。俺が流星と一緒に見てきましょうわい」
「それなら俺が行こう。お前はまだ体力が戻っておらん」
「いや、小松様。これは俺と杣人でないとわかりませんよ。俺らは奴の気配を知っている。杣人は逃がした獣の匂いを覚えとるものですけぇ」
小松が腕組みをして考え込んだ。
「ならば尼子のお当主に言うて兵を……」
「いや、それはダメじゃ」
伊十郎の声を遮って佐次郎が言う。
「大軍が動いたらたたら場衆の村は全滅じゃ。それだけは避けねばならんのじゃ」
「しかし」
「夏になるまでに体力を戻しますけぇ。ここは小松様の胸に納めといてくださらんか。そのために一人で来てもろうたんじゃ」
伊十郎の眉間に皺が入る。
「なあ佐次郎。俺に何をさせたい?」
佐次郎がフッと息を吐いた。
雰囲気を察した春乃が茶だけを置いて外に出る。
長年連れ添った夫婦でもここまでの阿吽の呼吸は難しいだろうと伊十郎は思った。
春乃に聞かせたくない話なのだろう。
そして春乃もそれを納得しているのだ。
戸が閉まる音を聞いた伊十郎がボソッと言った。
馬が汗をかくほど大きな荷物を括り付けている。
「佐次郎!」
佐次郎の小屋の戸がガラリと開く。
「小松様……お久しゅうございます」
伊十郎の目から大粒の涙が噴き出した。
「佐次郎……」
「はい」
「佐次郎よぉ……佐次郎じゃのぉ。うん、佐次郎じゃ」
伊十郎がペタペタと佐次郎の顔を触る。
その指先が伽藍洞になった眼窩に入った。
そのことが全ては現実なのだと突きつける。
「すまんかった……俺がボンクラじゃった。本当にすまんかった」
「何を言うかと思うたら。俺は小松様がおってくれたけぇ生き残れたんじゃ。ありがとうござりました」
佐次郎が春乃と共に頭を下げた。
「何を言うか。しかしお前は強いのぉ。強い男じゃ。惚れ惚れするわい」
伊十郎の声が震えた。
あとを追ってきた杣人が荷物を運びこむ。
涙を隠すようにそれを指さした伊十郎が春乃に言った。
「これは仲人としての祝儀じゃ。受け取ってくれ」
春乃が行李を開けると明るい花柄の着物と萌黄色の帯がきれいに畳まれている。
その下には佐次郎の体でも十分なほどたっぷりとした反物が入っていた。
「あれぇ、これは高価なものじゃ。佐次郎さま……どうしましょう」
佐次郎が落ち窪んだ目から涙を流しながら言った。
「もうろうておけ。お前にもべべ(着物)がいるじゃろう? そんな子供のころから着とる着物はもう仕舞いにしてしまえ」
「勿体ないのぉ……でも、嬉しい! ありがとうございます、小松様」
小松が照れたように鬢をかく。
「お……おう。見立ては女房じゃから安心せよ。それより佐次郎、何があった? 右京や父親ではなく俺を先に呼ぶとは」
隈笹茶を沸かしに立った春乃を見送ってから小松伊十郎が声を出した。
「実は……」
今日起こった山賊襲撃の話をザッと語る佐次郎。
そして最後の一言に伊十郎が目を見開いた。
「本当か噓かはわかりませんけぇ。俺が流星と一緒に見てきましょうわい」
「それなら俺が行こう。お前はまだ体力が戻っておらん」
「いや、小松様。これは俺と杣人でないとわかりませんよ。俺らは奴の気配を知っている。杣人は逃がした獣の匂いを覚えとるものですけぇ」
小松が腕組みをして考え込んだ。
「ならば尼子のお当主に言うて兵を……」
「いや、それはダメじゃ」
伊十郎の声を遮って佐次郎が言う。
「大軍が動いたらたたら場衆の村は全滅じゃ。それだけは避けねばならんのじゃ」
「しかし」
「夏になるまでに体力を戻しますけぇ。ここは小松様の胸に納めといてくださらんか。そのために一人で来てもろうたんじゃ」
伊十郎の眉間に皺が入る。
「なあ佐次郎。俺に何をさせたい?」
佐次郎がフッと息を吐いた。
雰囲気を察した春乃が茶だけを置いて外に出る。
長年連れ添った夫婦でもここまでの阿吽の呼吸は難しいだろうと伊十郎は思った。
春乃に聞かせたくない話なのだろう。
そして春乃もそれを納得しているのだ。
戸が閉まる音を聞いた伊十郎がボソッと言った。
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