泣き鬼の花嫁

志波 連

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45 杣人たち

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 そしてあくる朝、怪我人をあらかた診て回った医者が佐次郎のために坂を上ってきた。
 腕のいい医者なのだろう、一瞬だけあまりの傷に顔を顰めたが、後は何も言わず佐次郎の右目のあった穴を手拭いで清め始めた。

「もうすっかり塞がっておりますのぉ。毒も消えておるしもうここの心配はないでしょう」

 それを聞いていた伊十郎と春乃がホッと胸をなでおろした。

「それにしても、よう生きておりなさったのぉ。これだけ脳みそに近いと、普通は狂うものじゃがのぉ」

 顔の右半分の爛れをごしごしと焼酎で拭かれながら、佐次郎が明るい声を出した。

「しぶといんでしょうなぁ」

 医者がニヤッと笑った。

「なるほど、まことにしぶとい。しかしホッタイソウしか効かぬ毒じゃに、よう集めて来なさったものじゃ」

 戸の外に集まっていた杣人たちが、ニヤニヤと笑いながらつつき合っている。
 それをチラッと見た伊十郎が少しだけ声を大きくした。

「そりゃここは出雲一の杣人達がおるからなぁ。のう? 佐次郎」

「ええ、誠にその通りですよ」

 その声に上がった歓声の中から誰かの女房が声を出した。

「それを言うなら御新造さまも凄いよ。ホッタイソウを毎日煎じてなぁ。最初は血やら膿やら出ておったのに、若いのに怖がりもせんと、よう看病しなさったよ」

 春乃が恥ずかしそうに顔を伏せた。
 手を止めずに聞いていた医者が言う。

「そりゃそうじゃ。ワシらでもここまで根気よう世話はできんよ。さすが御新造さまじゃな」

 ますます縮こまる春乃の肩に手を当てて伊十郎が言った。

「佐次郎、お前は死ぬまで春乃には頭が上がらんのぉ。ええ気味じゃ」

 医者が山を下りるというので、伊十郎が送りがてら同行することになった。
 名残惜しそうな顔を佐次郎と春乃に向けた伊十郎が言う。

「また来てもええか?」

「もちろんですよぉ。またいつでも来てくださいねぇ」

 春乃の声に伊十郎が頷く。
 佐次郎もニコニコと笑いながら伊十郎を見ていた。
 つと伊十郎が佐次郎に近づく。

「お前の意向はわかったが、絶対に勝手には動くな」

 その言葉に頷いて見せた佐次郎。

「またすぐ来るけぇ。今度はなんぞ干物でも持ってこようわい」

「ええ、待っていますよ。干物もええが春乃に菓子でも買うてきてやってくだされ」

 愛馬に医者を乗せ、自分は手綱を引いて徒で山を下っていく伊十郎。
 その背中をいつまでも見送る佐次郎と春乃の横顔を、木漏れ日が優しく撫でた。

「さあ、帰ろうか」

 佐次郎が春乃の手を取った。

「あい。帰りましょうねぇ」

 春乃の歩調に合わせながらゆっくりと坂を上る佐次郎。
 それを見送る杣人たちの顔はみな慈愛に満ちていた。
 二人が小屋に入るのを見届けた村長が顔を引き締める。

「さあ、始めようかいのぉ」

 男たちは頷いて村長の家へと向かい、女たちは子供を連れてそれぞれの家へと消えた。
 
「これで全部かの?」

 村長の問いに若い男が頷いた。

「へい、全部で十四人ですわい。そのうち動けるものは三人ですのぉ」

「うん、丁度良い数じゃ。あまり多いと見張るんが面倒じゃけぇのぉ」

 土間に藁を敷いて転がされている男たちが横になったまま顔を見合わせた。

「さあ、喋ってもらおうかいのぉ。お前んとこの村はどうなっておるのかの?」

 座ることができている三人の男たちの喉が鳴った。

「まあ命があるだけでも儲けもんじゃと思いんさい。佐次郎さまはお優しいけんど、わしらは村を守るためなら鬼にでも何でもなる覚悟じゃけえねぇ」

 一人の男がひれ伏すように頭を下げた。

「何でも言いますけぇ。本当に申し訳のないことをしたと思うとりますけぇ」

 村長が鼻で嗤った。

「まあ死んだ者はおらんけぇ、これくらいで済ましとるんじゃと思いんさいや。一人でも命を落としとったらあんたら全員どころか、たたら場の村も焼き落しとるところじゃけぇね」

 男がひれ伏したまま声を出した。

「何を喋りゃあ良いんですかのぉ」

 中年の杣人が一歩前へ出た。
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