泣き鬼の花嫁

志波 連

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64 決戦準備

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「なんじゃ? おい、誰か分かるもんはおらんか?」

 入り口辺りでおどおどとしていた老婆がよねこに近づいた。

「どうしたんか? よねこ、教えてくれろ」

 よねこが頷いてじっと老婆の顔を見た。
 そのまっすぐな瞳を見つめ返す老婆。
 
「どうやら呼んできて欲しいお人がいるようですわい。急がねばこのお人が危ないと言うておると思います」

「お前はわかるんか?」

 老婆が申し訳なさそうな顔をする。

「わかるんか言われたら……なんと申せば良いのか……」

 老婆を責めるような口調になった吉松の肩に手を置き、伊十郎がよねこに聞いた。

「間違いないんか? 誰を呼べばいいんじゃ?」

 よねこは再び頷いて老婆を見た。

「このお人の嫁ごじゃと言うとりますよぉ」

「嫁……春乃か。そうか、春乃か」

 伊十郎が何度も頷いて立ち上がった。
 その着物を再び引くよねこ。
 その手を離さず老婆の方に顔を向ける。

「もう一人……尼子の? え? もう一度言うてくれ」

 老婆が驚いた顔をしてよねこにそう言った。
 何度も頷き老婆の顔を真剣に見ていたよねこが、すっと伊十郎に視線を向けた。
 再びしゃがみ込んだ伊十郎の顔を正面から見て、大きく頷いて見せる。

「なんと言うておるんじゃ?」

 まさに恐る恐るという態で老婆が口を開いた。

「尼子様のご次男様も呼んでくれと申しておりますです」

「なんと! 国久様を呼べとな? はははっ! こりゃ豪気なことじゃ」

 よねこの腕は佐次郎の腹に埋まったままだ。
 もう一方の手をぶんぶんと振って何かを必死で訴える。

「そりゃなんの真似じゃ。まるで切り合いをしているような……まさか毛利が?」

 ぶんぶんと頷くと、一番後ろでじっと蹲っている曾我衆を指差した。
 立ち上がり曾我衆に近寄っていった伊十郎が低い声を出した。

「お前は何か知っとるのか?」

 俯いたままの姿勢で視線だけ向けた男が声を出した。

「もうすぐ毛利の兵がここに来ます。わしらはそれと入れ替えでお役御免になるはずじゃったんですよ。毛利の大将にこの馬を献上すれば苗字を貰える約束じゃったです」

 ぶひひひんと流星が鼻息を荒くした。

「なるほどそれで襲ったのか」

 曾我衆の襟首を捩じりあげて伊十郎が聞いた。

「くるんはいつ頃なんか」

「次の満月の予定ですわい」

 時蔵が独り言のように言った。

「次の満月言うたらあと十日じゃ」

 伊十郎は咄嗟に頭で旅程を計算した。

「間に合わんかもしれんのぅ。しかしむざむざやられるのも業腹じゃ。藻搔くだけ藻搔いてみるか」

 振り返った伊十郎が腹から声を出した。

「吉松と時蔵は今から俺が書く手紙を新宮党に届けてくれ。急いでどのくらいで行けるか?」

 吉松が指を折りながら返事をした。

「ここからまっすぐ下りて……わしら二人なら昼過ぎには富田まで行けましょう」

「そうか、ではすぐに準備を頼む」

 頷いた二人が立ち上がった。
 小屋の隅に投げ捨てていた羽織りの中から巻紙を取り出して、サラサラと手紙をしたためた伊十郎が、今度は佐助の方へ顔を向ける。

「佐助、俺は今から流星で春乃を迎えに行ってくる。街道を走れば流星の足であれば今日中には着くはずじゃ」

「へい」

 皺くちゃの羽織を丸めて佐助のせに当ててやるながら、伊十郎は耳元で小さな声を出した。

「死ぬな。ええか? 絶対じゃ」

「へい」

 振り返ってよねこの頭をポンポンと撫でた。

「すぐに戻るけぇ、もうちっと辛抱してくれ」

 たたら場の男が老婆を支えながら口を開いた。

「お戻りになるまでにやっておくことがありますかいのぉ」

「村の者たちを杣人の村に移動させてくれ。ここは戦場になるでな」

 ヒッと息をのんだ男がおずおずと聞く。

「このお人とよねこはどうしましょうか」

 ぶんぶんと首を横に振るよねこ。
 よねこの代わりに老婆が答えた。
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