そして愛は突然に

志波 連

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 アルバートがその場にいる全員に向かって声を掛けた。

「少しでいいんだ。時間をくれないか」

 誰も何も言わず、手に持っていた剣を下ろした。

「ありがとう」

 アルバートが蠟人形のように固まっている父王に向かって歩み寄る。

「父上」

 ゴールディ国王が虚ろな目を向けた。

「何を目指していたのですか?」

「…………」

「帝国化して皇帝になろうなど、本当は思っても無かったのでしょう? 我が国は平和なだけの普通の国です。そしてその国を父上はとても大切にしておられたはずだ」

 王がゆっくりと口を開いた。

「帝国化か……そうしたかったのはグリーナの王妃だよ。私はただあの人の側に眠りたかった。あの人はグリーナ王家の墓に埋葬されているだろう? でもどうしても彼女の側で永遠の眠りにつきたかったんだ。そう約束して別れたのだから……」

 キースが目を見開いた。

「それだけだったんだ。アルバート……私はもう長くない。医者にもあと半年だと言われたよ。そう言われて初めて彼女との約束を果たさねばと……」

 アルバートは強く唇を嚙んだ。

「そんなの無理に決まってるでしょう? どうやって隣国の王家の墓に入れるって言うんですか。それならいっそ側妃様の遺骨を貰い受ける交渉をした方が現実的だ」

「そうしたさ。その条件が……」

「オピュウムですか」

「ああ、独占栽培権を寄こせと言われた。無理だと言ったら協同ならどうだと譲歩した」

「皇太子ですか?」

「ああ、ローズはロナードによってオピュウム中毒にされていた。だからどちらにしてもお前の妃にはできない状態だった。だから皇太子に押し付けた。皇太子は昔からローズに執心していたから、すぐに了承したよ」

「ローズ……」

「皇太子を中毒にしたのはローズなりの復讐だったのかもしれない」

 唇を嚙むアルバートの横でキースが言葉を発した。

「バローナの皇太子も中毒でしたよね? あれは?」

「あれは私ではない。ヌベール辺境伯だ。あいつはバローナを操りオピュウムの独占栽培を計画していたんだ」

「わかった時点で手を打つべきでしょう!」

 アルバートが声を荒げた。

「ヌベール辺境伯は……彼女の父親だ。そして私は力がないばかりにむざむざと彼女を奪われ……死なせてしまった愚か者だ」

 キースもアルバートも、そしてシュラインも険しい顔をしている。
 アルバートが吐き捨てるように言った。

「くだらない! 実にくだらない!」

 その瞬間、じっと蹲っていた王が動いた。
 馬車から飛び降りるようにしてアルバートに襲い掛かる。

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい! すべてを賭けるほどの愛を知らないお前に何がわかる! それほどの愛を突然失った私の絶望が、お前なんかにわかってたまるか!」

 首を締められながらもアルバートが反論する。

「わかってたまるか! バカの考えることなんかわかりたくもない! 何が愛だ! そんなの愛じゃない。ただの執着だ。そしてあなたはただの偏執狂だ!」

「パラノイア……」

 キースが呟くように言った。
 シュラインがアルバートから王を引き剝がし、騎士達に拘束させた。

「父上、その愛する方の遺骨は手に入ったのですか?」

 王がニヤッと笑う。

「ああ、馬車で一緒に来たさ。どうせ私を殺すのだろう? 一緒に埋めてくれ。最後の頼みだ。王命だぞ」

 すでに狂っている父王を見ながら兄弟は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

「なぜ宣戦布告を?」

「それが条件だったからだ。グリーナの王妃が戦争をするという形を望んだのだ」

「狂っている……」

 アルバートがシュラインの腰から剣を抜こうとした。
 キースが静かに近寄り、それを止める。

「狂っているとはいえ血のつながった父を弑するのは寝覚めが悪かろう。僕がやる」

「キース?」

「僕も弟も狂った老いぼれ二人に散々コケにされてきたんだ。少なからず思うところはあるさ」

 シュラインが小さく頷いた。
 キースがゴールディ国王に向き直る。

「一緒だぞ! 一緒に埋葬するんだ! いいな? 絶対だぞ」

「……断る!」

 そう言い放つと同時に、ゴールディ国王の首が転がった。

「なぜ母上の遺骨を渡せなばならん? ふざけるな」

 キースは怒りで青ざめていた。
 数分の間、誰も動かなかった。
 その時間を止めたのはシュラインだった。
 何度かパンパンと手を打って、大きな声で言った。

「撤収だ! ゴールディ王国元国王の遺体は、我が方で持ちかえる。グリーナ王国王妃の遺体はそちらの方で対処願いたい。そして持ち出した遺骨は……」

 キースが無人となった馬車に急いだ。

「あれ? これ違うぞ? 母上のものではないな」

 シュラインが聞く。

「なぜわかる?」

「ああ、我が国では無くなって3年経過したら一度掘り出して骨だけ拾って、国教会に安置するんだ。骨壺は本人のお印が描かれているから、誰のものかすぐにわかる。これは……ははは! 父上のだ。 危うく恋敵と一緒に埋められるところだったな……シャレにならんな。しかし義母上も惨いことをなさる」

「確かにシャレにならんな……」

 キースが振り向いた。

「流石に前王の遺骨を粗末にはできん。これは私が持ち帰るよ。このまま帰国しようと思う。王族が誰もいない状態はさすがに拙い。それと弟のことだが……」

 シュラインが口を開く。

「どうしたい?」

 少し考えた後、キースが言葉にした。

「楽にしてやってくれ……あいつも十分狂っている」

 そしてキースは馬車に王妃の遺体を載せ、馬上の人となった。

「また連絡するよ。アルバート、考え過ぎるなよ。自分の心に正直になれよ」

 小さく頷いたアルバート達を残し、グリーナ王国一行は去って行った。
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