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43 キースの怒り

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 ララがクレマンを見る。

「ごめんなさい。続けてください、クレマン様」

 クレマンが頷いた。

「もし君たちが『サム』を助けたいと言うなら、私に異論は無いよ。でも『トマス』や『シェリー』のためというなら、少なからぬ疑問を感じるんだ。まあ今回については乗りかかった舟だし、最後まで協力はするが」

 ティアナがララの顔を見ると、目を逸らされてしまった。

「どういうこと? なぜトマスやシェリーだと疑問を感じるの? 私はあの二人にとてもお世話になっていて……」

 そこまで言ったところで店の扉が勢いよく開いた。

「ティアナ!」

 入ってきたのはトマス。
 少し遅れてシェリーも駆け込んできた。
 全員が驚いた顔で二人を見ている。

「さっき帰ってきてシェリーから話は聞いた。誤解だ! 誤解なんだよティアナ」

 ティアナが不思議そうな顔をすると、キースが口を開いた。

「何が誤解なのかな? 私はこの目で見て、この耳で聞いたが」

 トマスが睨むようにキースを見た。

「君が何を見て何を聞いたかはシェリーから聞いたよ。あのシーンだけ切り取ったら確かにそう思われても仕方がない。でもそれにはちゃんとした事情があるんだ」

 クレマンが口を開いた。

「その事情とやらをお伺いしましょうか。私はティアナを守る義務も責任もある。もちろん個人的にもティアナの幸せを願っている。それはここにいる全員が同じだと思うが」

 トマスがグッと拳を握った。
 シェリーがその場にへたり込んで泣き出した。
 キースがシェリーを助けて椅子に座らせてから口を開く。

「私が見たのは君がシェリー嬢を抱きしめていたシーンだ。そして君はなんと言った? シェリー嬢になんと言ったんだ! 私の聞き間違いなら嬉しいのだけれど、生憎私は聴覚も鍛えているからね」

 トマスが拳を握ったまま俯いた。
 
「だから……それには事情があるんだ……」

 クレマンが声を出す。

「キース・ソレント卿はまだ何も言ってない。しかし察するに、私が掴んだ情報は正しいようだ。それを誤解だと言うなら分かるように説明してもらおうか」

 トマスが唇を嚙みしめた。
 シェリーがゆっくりと顔を上げた。

「私から説明します」

 全員がシェリーの顔を見た。

「私は……サムに捨てられたと思って……もう忘れようと頑張って……でもサムが会いに来てくれて、昔にような関係に戻って……」

 トマスがシェリーの背中に手を当てた。

「でもサムが来た数日後には必ずガラの悪い連中が店に来るの。それを追い払ってくれるのがトマスで……近所の人達はみんなトマスと私が結婚するって信じてるわ。それに私……」

 トマスが引き取った。

「シェリーは妊娠している」

 全員が驚いた顔でトマスを見た。

「いや、違う! 違うから! 僕の子供じゃないよ? だから誤解なんだってば」

 ララが聞いた。

「私の情報ではサムさんの子供でもないですよね?」

 シェリーがグッと唇を嚙んだ。
 ティアナが目を大きく見開いている。

「誰の子かは……言えないの」

「どういうこと! シェリーさん! サムさんはあなたのことをずっと愛していて……奥さんにも指一本触れないで、それで嫌われて酷い目に遭って……それなのに……あなたは」

 ティアナが目にいっぱい涙をためて立ち上がった。
 その震える肩を駆け寄ったキースが抱き寄せる。
 その姿を見たトマスが、ギュッと目を瞑って苦しそうに顔を顰めた。
 嗚咽を漏らすシェリーの代わりにトマスが口を開いた。

「僕も誰が父親なのかは知らないんだ。サムが戻ってこれると分かった時には、すでに妊娠していたらしい。僕も知らなかったんだよ。でも近所の女将さん連中はみんな気付いていたみたいで、父親は僕だと言ってるんだ。まあ、そう思われても仕方がないけど……でも、違うんだよ。君たちにサムの件を聞いたときは知らなかったんだ。それは信じてくれ」

 誰も何も言わない。
 暫しの沈黙の後、クレマンが言った。

「なぜ言えないんですか? あなたを助けようとしている人間にも言えないほどの人なのですか? その人は自分の子だと知っているのですか?」

 矢継ぎ早の質問に、シェリーが顔を上げた。

「言えないのは、知らないからです。夜遅くに、母が発作を起こして薬を取りに行った事があります。いつもならトマスが行ってくれるのだけれど、その日はいなくて。薬局から出て急いで帰る途中で……路地から手が伸びて……」

 シェリーの呼吸が荒くなった。
 トマスが駆け寄り、シェリーの体を支えた。

「過呼吸だ。シェリーさん! 息を止めて! 少し我慢して」

 シェリーは何度も頷くが、上手くできない。

「私を見なさい。ほら、真似をして。ゆっくり息を吐くんだ。何も考えなくていい。今は息を吐くことに集中しなさい」

 ティアナの肩から腕を解いたキースが、シェリーの前に屈みこんで手本のようにゆっくりと息を吐きだした。
 それを見て真似をするシェリー。
 なぜかその場にいる全員が、同じようにゆっくり息を吐いている。

「ティアナ、水を持ってきてくれ」

「はい」

 ティアナがコップを差し出すと、トマスが受け取りシェリーに渡した。

「シェリー、大丈夫だから。みんな君の味方だから。ほら、水だよ」

 キースが眉間に皺を寄せたまま立ち上がり、ティアナの横に戻った。

「酷い話だ」

 呟くように頭取が言った。

「さて、サムさんにはどう話しますかね」

 クレマンの声にシェリーが弾かれた様に顔を上げた。

「サムには……サムには言わないでください」

「シェリー……」

 トマスがシェリーを抱きしめた。

「大丈夫だ。大丈夫だよシェリー」

 キースがトマスに言った。

「それで? 私が聞いた言葉になるわけか。本当にそれが正しいとでも? あなたのために動いているここにいる人たちに何と説明するんだ? ティアナの気持ちを考えたのか! 言ってみろ! トマス!」

 いつも貴公子然としているキースの剣幕に、ティアナの肩が跳ねた。
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